連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile152
数々のホラー映画の基礎を作り出し、ホラー映画界の巨匠と呼ばれる監督ジョージ・A・ロメロ。
彼が「ルーテル教会」の依頼によって製作したにも関わらず、あまりの過激な描写に封印されてしまった映画『アミューズメント・パーク』(2021)が2021年に遂に日本で劇場公開されます。
それに伴い、ロメロ監督がホラー映画としてのキャリアを積み上げるきっかけとなった2作が同時に劇場公開されることとなりました。
今回は、その中でも特にファン人気の高い作品である映画『マーティン/呪われた吸血少年』(2021)をご紹介させていただきます。
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映画『マーティン/呪われた吸血少年』の作品情報
【原題】
Martin
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【監督】
ジョージ・A・ロメロ
【キャスト】
ジョン・アンプラス、リンカーン・マーゼル、クリスティーン・フォレスト、エレイン・ナデュー、トム・サヴィーニ、マイケル・ゴーニック、ジョージ・A・ロメロ
【作品情報】
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)や『ゾンビ』(1979)で現在の「ゾンビ映画像」を作り上げた巨匠ジョージ・A・ロメロが監督を務めた作品。
『クリープショー』(1986)や『死霊のえじき』(1986)など、ロメロ作品に多く出演するジョン・アンプラスが主演を務めました。
映画『マーティン/呪われた吸血少年』のあらすじ
人の生き血を啜りたいという強い吸血衝動を持つマーティン(ジョン・アンプラス)は、睡眠薬で相手を眠らせ冷静に犯行を重ねてきました。
ある日、マーティンの吸血衝動を知る親戚のクーダ(リンカーン・マーゼル)に引き取られ、田舎町で過ごすことになったマーティンはクーダの家族や町の住民と知り合います。
自身を信用していないクーダの監視や町での仕事によってマーティンの吸血衝動を抑え込まれていましたが……。
残虐かつ官能的な吸血鬼伝説
ロメロ監督が自身の作品の中で最も気に入っている映画として挙げている映画『マーティン/呪われた吸血少年』。
本作はファンの中でも高い人気を保ち続けており、日本のファンによって新たに録音される吹替声優を豪華にするためのクラウドファンディングが実地されたほどでした。
しかし、その一方であまりに衝撃的な映像が問題となり、イギリスでは「1959年わいせつ出版物法」に抵触し押収されてしまいます。
本作の映像は映像技術が発展し、より残虐な映像が簡単に描けるようになった現代に観ても衝撃を覚えるほどであり、ロメロ監督の計算しつくされた「恐怖」へのこだわりを感じさせました。
性と血
性欲が生み出す興奮と人間の暴力性が満たされる際の興奮は脳内でリンクしていると言う研究が存在します。
その効果を知ってか知らずか、かつてより「ホラー」映画には性描写が付き物であり、本作もイギリスの法律に抵触するほどに性的シーンが描写されています。
しかし、本作での性描写は単なるベッドシーンには留まらず、残虐なシーンの中にも「性的」描写を取り入れていました。
主演のジョン・アンプラスの持つ青年吸血鬼としての美しさは吸血のシーンになるとより高まり、恐ろしいシーンでありながらもどこか性的な魅力を覚える背徳的な作品でした。
映像表現と特殊メイク
ロメロ監督の代表作である『ゾンビ』において特殊メイクを担当したトム・サヴィーニが、本作でも特殊メイクを担当しています。
トム・サヴィーニは『ゾンビ』以降、『13日の金曜日』(1980)や『死霊のえじき』と言った名作ホラーで特殊メイクを務めることとなり、その高い実力は当時から話題を集めていました。
もちろん、特殊メイクの技術は追随する技術が発展した現代の方が高く、特殊メイクの力だけで本作のクオリティの高い恐怖描写は成し得ません。
一方、全体的にセピア調の映像が映し出される本作は、町の映像からは静寂や平穏と言った印象を受けます。
しかし、主人公マーティンの重ねる凶行はその静寂を打ち破るように苛烈であり、昨年話題となった1980年の映画『アングスト』(1980)のような色による静寂を打ち破る「恐怖」がそこにはありました。
ロメロ監督の映像表現とトム・サヴィーニによる特殊メイクの技術が合わさり、本作の衝撃的な恐怖描写が生み出されたことが分かります。
マーティンは「人間」か「悪魔」か
さまざまな神話や伝承に登場する「吸血鬼」と言う存在。
その特徴や習性は諸説あるものの、現代の作品に登場する吸血鬼像は小説家のブラム・ストーカーによって1897年に執筆された「吸血鬼ドラキュラ」を下敷きとしたものが多いとされています。
しかし、本作では敬虔なキリスト教徒であるクーダがマーティンに吸血鬼の苦手なものとされる「にんにく」や「十字架」といったものでの対応を試みますが、マーティンには一切効果がありません。
マーティンは陽の光すらも気に留めてはおらず、吸血衝動は彼の言う通り「魔術なんかではない」と考えることもできます。
その一方で、マーティンは若い見た目から反した高齢であることも明言されており、「人間」であることも疑問視されます。
果たしてマーティンは「人間」なのか吸血鬼と言う名の「悪魔」なのか。
作中で明言されないこの問題に皆さんも挑んでみてはいかがでしょうか。
まとめ
静かな残虐性が描かれる「ホラー」でありながらも、そのシーンに美しさを覚える映画『マーティン/呪われた吸血少年』。
『ゾンビ』と同様に不死の生物を描きつつも、理性を持っていることで苦悩する吸血鬼に共感も出来てしまう本作。
内に湧き出る衝動に抗うことの出来ない苦しみと、理性に身を任せることの快楽と後悔を描いた本作をぜひ劇場でご覧になってください。
本作は『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』(2010)と併せて10月15日(金)より新宿シネマカリテで上映予定です。