連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第61回
今回取り上げるのは、2021年7月30日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開の『パンケーキを毒見する』。
第99代内閣総理大臣・菅義偉の隠された素顔を政治家や元官僚、ジャーナリストや各界の専門家たちの証言を元に探りつつ、日本の現在および今後の菅政権についてシニカルに検証します。
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映画『パンケーキを毒見する』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
内山雄人
【企画・製作・エグゼクティブプロデューサー】
河村光庸
【ナレーター】
古舘寛治
【キャスト】
菅義偉、村上誠一郎、前川喜平、森功、鮫島浩、上西充子、古賀茂明、石破茂、江田憲司
【作品概要】
2020年9月に第99代内閣総理大臣に就任した、菅義偉の素顔に迫った政治ドキュメンタリー。
『新聞記者』(2019)、『i 新聞記者ドキュメント』(2019)などの社会派作品を送り出してきた映画プロデューサーの河村光庸が、企画・製作・エグゼクティブプロデューサーを担当。
現役国会議員や元官僚、菅首相をよく知るジャーナリストといった証言者の声とともに、ブラックユーモアなアニメーションも交えたシニカルな視点で、日本政治の現在を捉えます。
NHKプレミアム『アナザーストーリーズ』や関西テレビ『新説!所JAPAN』など数々のテレビ番組を手がけてきた内山雄人が、監督を務めます。
映画『パンケーキを毒見する』のあらすじ
世界が未曾有のコロナ禍に陥った2020年から、日本は更なる難問に直面していました。
感染が拡大するなかでの「GO TOキャンペーン」の強行、先進国におけるワーストとなるワクチン接種の遅れ、そして誰も責任を取ろうとしない東京五輪問題。
もはや聞き飽きてしまった、不祥事や失言がある度に繰り返される「全ての責任は私にあります」という首相のセリフ。
謝るけれど、何もしない……これが、激動の時代の舵取りを任された日本のリーダーなのか? 果たして日本はどうなるのか?
パンケーキ好きな「令和おじさん」の素顔(スガオ)
本作『パンケーキを毒見する』は、『新聞記者』、『i 新聞記者ドキュメント』と日本の政治社会に疑問を投げかける作品を立て続けに送り出してきたプロデューサーの河村光庸が、2020年9月の菅内閣発足直後に立案しました。
二世、三世が多い日本の政治界の中で、東北のイチゴ農家で生まれた「叩き上げ」で政治家になった菅。
過去最長の8年間も務めた官房長官時には「令和おじさん」なる愛称が付けば、首相就任直後には自身の好物パンケーキを記者に振る舞う懇親会を開くなど、話題を振りまきました。
しかし昨今は、沈静化の兆しが見えないコロナ禍への対応、それに追随する東京五輪開催などに対する不安視の声が高まっています。
彼が一体何を考えているのか、どういう政治家なのか? おそらく日本映画史上初となる、現役首相の素顔(スガオ)に迫るドキュメンタリーを製作すべく取材を開始するスタッフ。
ところが、菅に近い自民党議員たちが結成した「ガネーシャの会」所属の若手議員をはじめ、市議会や県議会の議員たち、あげくはパンケーキ懇親会を開いたスイーツ店からの、相次ぐ取材NGに直面することとなります。
現総理大臣をシニカルに分析
政権同様、本作製作も先行きが不安視されるも、それでも菅のノンフィクションを出版した森功、元朝日新聞記者の鮫島浩らジャーナリストが、彼を分析。
「庶民的で親しみ易い、気遣いの人」(森)、「秘書出身の気配りの人」(鮫島)とそれぞれ評せば、官房長官時代にアクアラインの通行料金や携帯料金、ふるさと納税といった“値下げ”政策を実行するなど、「危機管理のプロ」として評価を高めました。
しかし、首相就任後の菅はどうでしょうか。
国会審議を可視化する活動を行ってきた法政大学教授の上西充子は、昨年11月の学術会議の問題に関する国会質疑での菅の答弁について、映像を見ながら解説。
この解説は、まさに前半のハイライトといえる内容となっており、共産党の小池晃からの代表質問に答弁する菅の様子は、さながらコントを見ているよう。
ザ・ニュースペーパーの社会風刺コント、NHK『LIFE! ~人生に捧げるコント~』の「宇宙人総理」をも凌駕する、本物の政治家による喜劇が繰り広げられます。
『パンケーキを毒見する』公式Twitter
この度の『#パンケーキを毒見する』公式Twitter凍結に対する返答です。
ルールに繰り返し違反した為に凍結。その後、スパム誤認識の可能性だったというテンプレート回答。
凍結タイミングはお披露目試写回直後でした。「#新聞記者」もアカデミー賞受賞直後に凍結されました。
たまたま、ですよね。 pic.twitter.com/9cI82j1eOY— パンケーキを毒見する (@pancake_movie) June 28, 2021
ジャーナリストや専門家以外に、本作では石破茂や村上誠一郎、江田憲司といった現役の国会議員や、古賀茂明、前川喜平ら元官僚が登場。
「総理大臣として上に立つ者の見識がない」(村上)、「国民の思いが分かる政治家、金集めの上手い利権政治家の2つの顔を持つ」(江田)、「人のご機嫌取りをせずに威圧感がある」(石破)など、彼らの口から出てくる菅の評価は、軒並みシニカルで辛辣です。
古賀にいたっては、コメンテーターを務めていたテレビ朝日の『報道ステーション』を、官房長官時代の菅からの圧力で降板させられたと断言するほどです。
メディアへの圧力といえば、本作公開にあたり本格的に宣伝を開始した6月23日の夜、公式Twitterのアカウントが突如凍結された理由を、企画・プロデューサーの河村光庸は「政治的な意図を疑わざるを得ない」としています。
Twitter Japanは凍結の理由として、「Twitterのルールに繰り返し違反したため」とメールで回答した後、25日午前に凍結を解除。
26日に再度Twitter Japanからのメールで「スパム誤認識の可能性があった」と追記がありましたが、結局「違反したTwitterのルール」が何だったのかは明かされていません。
凍結は単なるスパム誤認識だったのか? それとも本作冒頭の相次ぐ取材NGも含めた、「危機管理のプロ」と呼ばれた男によるメディアコントロールなのか?
真相は藪の中ながらも、『選挙』(2007)や『れいわ一揆』(2020)など、政治家を決める選挙の舞台裏を追うドキュメンタリーに通底する、政治勢力のグレーゾーンが見え隠れします。
日本の未来を“毒見”せよ
4月16日に、ワシントンでジョー・バイデン大統領と日米首脳会談を行った菅首相は、自身がバイデンと直接会う初の外国首脳となったことについて、「彼自身とアメリカ政府が日本を非常に重要な存在だと認めている証」(『ニューズウィーク日本版』2021,5/18号)と語りました。
さらに、「共に叩き上げで政治家となり、共に国の指導者となった」と、バイデンにシンパシーを感じている節があります。
ただ、その会談の際に出されたハンバーガーには、両者とも口を付けませんでした。
理由を訊かれ、「会談に熱中しすぎたから」と答えた菅ですが、これがもしハンバーガーではなくパンケーキだったら喜んで口にしたのでしょうか。
今後も彼が推し進めるであろうパンケーキ政権が、日本国民や各国首脳の舌を唸らせられる時は、はたして訪れるのか。
日本の未来を、本作で“毒見”してみるのはいかがでしょうか。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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