Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2025/02/05
Update

『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』あらすじ感想と評価考察。敵同士の2人がカメラを武器に自由を守る|だからドキュメンタリー映画は面白い86

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第86回

今回紹介するのは、2025年2月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開の『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』。

イスラエル軍に破壊されようとする故郷を撮影するパレスチナ人青年と、彼を支えるイスラエル人青年の2人のジャーナリストが捉えた緊迫の現状を捉えた、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品です。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』の作品情報

(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

【日本公開】
2025年(ノルウェー、パレスチナ合作映画)

【原題】
No Other Land

【製作・監督・脚本・編集】
バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール

【撮影】
ラヘル・ショール

【作品概要】
破壊される故郷を撮影するパレスチナ人青年バーセル・アドラーと、彼の活動を支えるイスラエル人青年ユヴァル・アブラハームの2人を中心に、2023年10月までの4年間にわたり記録したドキュメンタリー。

彼らを含む2人のパレスチナ人、2人のイスラエル人の映像作家兼活動家が、共同で製作にあたりました。

2024年第74回ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞、第41回ゴッサム・フィルム・アワード長編ドキュメンタリー賞、2024年ニューヨーク映画批評家協会賞ノンフィクション映画賞を、それぞれ受賞。

2024年度第97回アカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞にノミネートされました。

映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』のあらすじ

(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区マサーフェル・ヤッタで生まれ育ったバーセル・アドラーは、幼い頃からイスラエル軍による占領が進む故郷の様子をカメラに収め、ジャーナリストとして世界へ向けて発信してきました。

そんな彼のもとに、自国イスラエルの破壊行為に心を痛めたジャーナリストのユヴァル・アブラハームが協力を申し出ます。

パレスチナ人とイスラエル人という立場を越えて対話を重ね、友人となっていく2人。しかしその間にも軍の破壊行為は過激さを増し、彼らが撮影する映像にも痛ましい犠牲者の姿が増えていき…。

敵国同士の青年が平等のために協力

(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

1967年の第三次中東戦争(通称「六日戦争」)で勝利したイスラエルは、エジプトからシナイ半島とガザ地区、ヨルダンからヨルダン川西岸と東エルサレム、そしてシリアからゴラン高原を占領。

後に東エルサレムとゴラン高原は併合し、シナイ半島も82年にエジプトに返還され、ガザ地区とヨルダン川西岸地区にはパレスチナ人自治の地域、いわゆるパレスチナ自治区が存在するようになりました。

本作『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』の舞台となるマサーフェル・ヤッタは、ヨルダン川西岸南部に位置するパレスチナ人居住地区。ですが、治安権限および民生権を持つイスラエルの完全な支配下にあります。

イスラエルは、農民が多く住むこのマサーフェル・ヤッタを、国防軍 (IDF)の射撃訓練所にするとの名目で村民たちの強制退去を開始。同地で生まれ育ったバーセル・アドラーは、15歳からイスラエル側による強制立ち退きの現状を、ジャーナリストとして世界に伝えるようになります。

そんなバーセルと行動を共にするのは、エルサレムを拠点に活動する映画監督兼ジャーナリストのユヴァル・アブラハーム。イスラエル人のユヴァルは、バーセルにとってはいわば敵対する立場。

にもかかわらず、「イスラエル人とパレスチナ人が、この地で、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけること」だとして、本作の制作に共同着手しました。

カメラで故郷を守る


(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

「村を占拠するには、住処を無くせばいい」とばかりに、家屋だけでなく学校や図書館といったマサーフェル・ヤッタのありとあらゆる建物をブルドーザーで破壊していくイスラエル軍。村民たちは怒り悲しみ、声を荒げて抗議するも、兵士たちに邪険に扱われます。

銃を携える兵士たちに対し、バーセルとユヴァルが携えるのはスマートフォンやハンディカメラ。無残に変わり果てていく村を映像として世界に発信しようとする、いわば彼らの“武器”です。

しかしイスラエル兵、および入植者たちは容赦ありません。バーセルたちが撮影した映像には緊張感がみなぎっており、中には惨たらしい瞬間を捉えたものもあります。

危害は2人にも直接及びます。バーセルは兵士に暴行を加えられ、ユヴァルに至ってはイスラエル兵に裏切り者呼ばわりされるだけでなく、マサーフェル・ヤッタの村民から「お前は敵国の人間だろ」と罵声を浴びせられてしまう…。

あまりにも不正かつ不条理な光景に、「どうしたらいいのか」と思わずにはいられません。しかし観る者にそう思わせることこそ、ドキュメンタリー映画の肝です。

「遠い国の出来事だから関係ない」でいいのか?知らないふり、見て見ぬふりでいいのか?――バーセルとユヴァルは、そうした自問自答を観る者に強いるのです。


(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

「私たちは抹殺されかけている」

(C)2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

すでに世界各国の映画祭で61もの賞を獲得し、2025年3月2日(現地時間)に行われる第97回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた本作。しかし、アメリカ国内では政治的な事情から配給会社が決まらなかったことから、ついにバーセルら同志による自主上映が1月末から開始。

同じく2024年度のアカデミー賞で10部門にノミネートされた『ブルータリスト』(2025)のブラディ・コーベット監督がアメリカ上映を全面支持するなど、本作を取り巻く状況は慌ただしくなっています。

バーセルは自身のX(旧:ツイッター)で、入植者たちによるマサーフェル・ヤッタへの襲撃模様を逐一撮影し配信しており、以下のようにポストしました。

「アカデミー賞にノミネートされたことは光栄だが、トランプ米大統領が入植者に対する制裁を解除したその一方で、私たちは抹殺されかけている。ハリウッドの人々はどうか黙っていないでほしい」

2023年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃し、その報復としてイスラエル軍のガザ地区への空爆が続いていましたが、今年1月19日にイスラエルとハマスとの間の6週間の停戦が合意。ただしこれはあくまでも戦争の一時停止であって、終戦ではありません。

本作タイトルの「ノー・アザー・ランド」とは「他にはない地=故郷は1つしかない」という意味。これ以上故郷を失う人を増やしてはならない――銃器を持たずして故郷を守り続ける者たちの覚悟を、凝視してください。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

松平光冬プロフィール

テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。

ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)


関連記事

連載コラム

鬼滅の刃遊郭編名言/名シーン集1|アニメ放送前に炭治郎や宇髄天元の意外な一面を予習復習【鬼滅の刃全集中の考察8】

連載コラム『鬼滅の刃全集中の考察』第8回 2019年のTVアニメ放送から2020年の映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』まで社会現象を巻き起こし、未だとどまることを知らない『鬼滅の刃』は、作中で登場す …

連載コラム

映画『許された子どもたち』感想評価と元ネタ考察。少年犯罪事件の現状に警鐘を鳴らす作品|銀幕の月光遊戯 61

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第61回 映画『許された子どもたち』は、2020年6月1日(月)より、渋谷・ユーロスペース、テアトル梅田ほかにて全国順次公開されます。 『先生を流産させる会』『ミスミソウ』 …

連載コラム

【ネタバレ】男たちの挽歌|あらすじ感想と結末の評価考察。香港ノワール映画の歴史的な傑作アイコンとなった“黒いロングコートと二丁拳銃のガンファイト”【すべての映画はアクションから始まる43】

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第43回 日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画は …

連載コラム

SF映画おすすめ5選!洋画邦画ランキング(1960年代)の名作傑作【糸魚川悟セレクション】|SF恐怖映画という名の観覧車85

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile085 第2次世界大戦が終結し世界に平和が訪れたかと思いきや、新たな戦争の火種が見え隠れしていた1960年代。 映画『博士の異常な愛情 または私 …

連載コラム

森山未來映画『オルジャスの白い馬』あらすじと感想レビュー。海外初主演作はカザフスタンで描かれる父子の物語|TIFF2019リポート26

第32回東京国際映画祭・特別招待作品『オルジャスの白い馬』 2019年にて通算32回目となる東京国際映画祭。 令和初の開催となった本映画祭は、2019年10月28日(月)に無事開会の日を迎え、11月5 …

Cinemago|想像力の海へ、シネマダイビング。
ACT1|次の物語は、人からはじまる。
Cinemagoオンラインショップ|DVD・鑑賞チケット・オリジナルグッズ
『血を吸うスマトラオオコンニャク』
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学