連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第65回
新世代のトランスジェンダーのアイコンとして注目されるサリー楓。男性として生まれた楓が、“女性”として踏み出した瞬間を追ったドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』をご紹介します。
『選挙フェス!』の杉岡太樹が手掛けた本作は、日本映画史上初、ロサンゼルス・ダイバーシティ・フィルムフェスティバルでドキュメンタリー賞を受賞し、数多くの海外映画祭にて評価・注目された作品です。
映画『息子のままで、女子になる』は、2021年6月19日(土)より渋谷ユーロスペースにて公開予定。
慶應義塾大学で建築を学び、大手建設会社に内定し、8歳からの夢だった建築家としての未来を歩み始めた楓。男性として入学し、女性として卒業し、社会に出ていく中で、楓は世間にある“トランスジェンダー”という既成概念に疑問を抱きます。
新しい自分、本当の自分として世に出た時、家族はそれをどう受け止めるのでしょう。カメラは楓と家族の対話にも同行していきます。
映画『息子のままで、女子になる』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【英題】
You decide.
【監督・制作・撮影・編集】
杉岡太樹
【エグゼクティブプロデューサー】
スティーブン・ヘインズ
【キャスト】
サリー楓、スティーブン・ヘインズ、西村宏堂、JobRainbow、小林博人、西原さつき、はるな愛
【作品情報】
新世代のトランスジェンダーのアイコンとして注目されるサリー楓が、女性として踏み出した瞬間を追ったドキュメンタリー。監督は三宅洋平の選挙活動を追った『選挙フェス!』(2015)の杉岡太樹。
男性として大学に入学し、女性として学校を卒業。社会に出ていく中で女性としての実力を試そうと、ビューティーコンテストへ出場し、LGBT就職支援活動や講演活動などにも参加する楓。それらの活動を通して、世間のトランスジェンダーに対する既成概念に疑問を抱き、新しいリアルな一個人としてのトランスジェンダー女性像を目指します。
映画『息子のままで、女子になる』のあらすじ
きりりとしたスレンダーな楓が「今度映画を撮るから出てくれない?」と両親に電話をしています。
誰もが女性と認識する容姿を持った楓ですが、実は彼女の戸籍上の性別は男性です。
楓は、8歳からの夢だった建築家になるために大学で建築を学んでいたのですが、男性として生きることに違和感を持ち続けてきました。
在学中にその違和感を取ろうとし、就職を目前に、これから始まる長い社会人生活を女性としてやっていこうと決断。
幼い頃から夢見ていた建築業界への就職も決まり、卒業までに残された数か月のモラトリアム期間に、楓は女性としての実力を試そうとするかのように動き始めます。
ビューティーコンテストへの出場や講演活動などを通して、楓は少しずつ注目を集めるようになりました。
メディアに対しては、自身が活躍することでセクシャルマイノリティの可能性を押し広げたいと語る楓ですが、その胸中には、父親の期待を受け止めきれなかった息子というマイナスなイメージが根強く残っています。
社会的な評価を手にしたい野心的なトランスジェンダー女性と、父親との関係に自信を取り戻したいとひそかに願う息子。
2つの狭間を揺れながら、楓はどんな未来をつくり上げていくのでしょう。
映画『息子のままで、女子になる』の感想と評価
トランスジェンダーの悩み
トランスジェンダーの楓は、幼い頃から男性の自分に疑問を抱いていたそうです。建築家になりたいという夢を叶えるべく慶応義塾大学へ進学しますが、大学在学中に‟女性”になる決意をしました。
映画『息子のままで、女子になる』は、楓が両親に映画出演を依頼するために電話を掛けるシーンで始まります。
女性として生きる決意をした楓は、これまでとは違った新しいリアルな“一個人”としてのトランスジェンダー女性像を打ち出そうと、ビューティーコンテストに出場したり、LGBT就職支援活動、講演活動などもこなしました。
そんな中でいつも気になっていたのは、楓を男性として育てた両親のこと。
新しい自分、本当の自分として女性を選んだ時に、家族はそれをどう受け止めるのでしょう。
楓が電話で両親に話した映画出演とはもちろん本作のことです。楓はこれを機に、両親との話し合いに出向きます。
初めて楓と面と向かって話し合い、楓のこれまでの自分自身との葛藤を聞いた時の父親の反応……。
楓と両親の対話は実にリアルで切実なものでした。
トランスジェンダーがみな抱える悩みの中で、最も大きな難問が浮き彫りにされた場面と言えるでしょう。
女子として生きたい。息子として父の期待に応えたい。
こんな複雑な胸中を、楓は同じトランスジェンダーのはるな愛に語ります。同胞だからこそわかる悩みを、はるな愛のおおらかな包容力が包み込みます。
素のままで生きる
トランスジェンダーであることをカミングアウトし、LGBTの就職支援や講演活動をする反面、建築家として仕事を始めた楓。
りっぱに社会の中で生きている楓ですが、世間の理解度には、彼女が受けていた心の傷を逆なでするものがありました。
それに対して、楓は「世の中は私たちをステレオタイプに捉え、知っているカテゴリーに分類する。カテゴリーがあることで得られる理解もあれば、カテゴリーがあることで受ける苦痛もある」と述べています。
また、本作のエグゼクプロデューサーであるスティーブン・ヘインズと出会った時も、「あなたは自分が美しいと思いますか?」と聞かれ、「あなたが決めてください」と言います。
カテゴリーごとには分類できない存在との認識した発言をする楓ですが、少しも卑屈になっていません。
美しいかどうかは、見る人次第でしょうから、自分でなく見る人が決めてくださいと、これまたきっぱりと言い切ります。
自分の人生を納得できるように歩んでいくという決意に満ちた堂々とした態度。
これまでの過程を考えると、傷つき悩み苦しんだことでしょうが、なぜ彼女はこんなにも毅然としているのでしょう。
子供の頃の思い出も写真も、男であった過去を全部捨てたと言い切る楓。
楓のカミングアウトの軌跡を辿れば、‟素の自分”でいることがどんなに大切なことかが分かります。
まとめ
『息子のままで、女子になる』は、新世代のトランスジェンダーとして注目されるサリー楓が女性として社会に踏み出す瞬間を追ったドキュメンタリーです。
息子として父親に対して背徳感を抱く楓が、ありのままの自分を見せて父親と話します。その時の父親の反応はいかに?
主人公・楓の生き様を追う本作には、トランスジェンダーとして生きる決意をする楓を秘かに応援する仲間たちも多く登場します。
エグゼクプロデューサーには、世界トップ5のビューティコンスデレクタのスティーブン・ヘイズ。
人生の先輩として、楓の心に寄り添うタレントはるな愛。楓と共に、LGBT就職支援活動を行う株式会社「JobRainbow」代表の星賢人・星真梨子。
2021年日本アカデミー賞2冠に輝いた映画『ミッドナイトスワン』の脚本監修を務め、女子になりたい男性を応援する「乙女塾」を主宰する西原さつき。
浄土宗の僧侶でミス・ユニバース世界大会メイクを担当した西村宏堂など。
そうそうたるメンバーであり、LGBTの象徴であるレインボーフラッグを高々と掲げる新時代の旗手たちです。
我が道を歩み始めたサリー楓と、楓を見守る仲間たち。その登場と活躍ぶりもまた見逃せません。
映画『息子のままで、女子になる』は、2021年6月19日(土)渋谷ユーロスペースにて公開予定。