Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2023/03/20
Update

映画『ぼくたちの哲学教室』あらすじ感想と評価解説。分断の地ベルファストで哲学を教える校長と生徒たちのドキュメンタリー|山田あゆみのあしたも映画日和10

  • Writer :
  • 山田あゆみ

連載コラム「山田あゆみのあしたも映画日和」第10回

映画『ベルファスト』(2022)でも知られる北アイルランドの分断の街ベルファストでは、現在もプロテスタント地区とカトリック地区を隔てる壁が存在し、時折衝突が起こっています。

そんな地域にあるホーリークロス男子小学校では、ケヴィン・マカリーヴィー校長が子どもたちに「哲学」を教えています

心身共に危険にさらされて不安定な子どもたちに、生き方や考え方の指針を説く哲学の授業の光景を映し出した本作は、観る者にとって多くの気づきを与えてくれる作品となっていました。

映画『ぼくたちの哲学教室』は、2023年5月27日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開!

それでは、作品の感想と見どころについて解説していきます。

連載コラム『山田あゆみのあしたも映画日和』記事一覧はこちら

映画『ぼくたちの哲学教室』の作品情報


(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

【日本公開】
2023年(アイルランド・イギリス・ベルギー・フランス映画)

【監督・脚本】
ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ

【キャスト】
ケヴィン・マカリーヴィーとホーリークロス男子小学校の子どもたち

【作品概要】
北アイルランド紛争により、プロテスタント・カトリック間の対立が長く続いたベルファスト。本作は、宗教的・政治的対立の記憶と分断が今なお残る街で、“哲学的思考”と“対話”による問題解決を探るケヴィン校長の大いなる挑戦を映し出した作品です。

本作を手がけたのは、アイルランドで最も有名なドキュメンタリー作家のナーサ・ニ・キアナンと、ベルファスト出身のデクラン・マッグラの2人の監督。

およそ2年に及ぶ撮影期間中には新型コロナウィルスによるパンデミックも起こり、インターネット上でのトラブルといった新たな問題が表面化するなど、子どもたちを取り巻く環境の変化も捉えています。

ケヴィン校長と生徒たちの微笑ましくも厳粛な対話はニコラ・フィリベールの『ぼくの好きな先生』(2019)を彷彿とさせ、国内外の映画祭でも多くの賞を受賞しました。

映画『ぼくたちの哲学教室』のあらすじ


(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

北アイルランド、ベルファストにあるホーリークロス男子小学校。ここでは「哲学」が主要科目になっています。

エルヴィス・プレスリーを愛し、威厳と愛嬌を兼ね備えたケヴィン校長は言います。「どんな意見にも価値がある」と。

彼の教えのもと、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの思考を整理し、言葉にしていきます。

授業に集中できない子や、喧嘩を繰り返す子には、先生たちが常に共感を示し、さりげなく対話を持ちかけます。

自らの内にある不安や怒り、衝動に気づき、コントロールすることが、生徒たちの身を守る何よりの武器となるとケヴィン校長は知っています。

かつて暴力で問題解決を図かってきた後悔と挫折から、新たな憎しみの連鎖を生み出さないために彼が導き出した一つの答えが「哲学」の授業なのです……。

映画『ぼくたちの哲学教室』の感想と評価


(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

この映画の舞台となる北アイルランドのベルファスト。その北部にあり、宗派闘争の傷跡が残るアードイン地区では未だに衝突が起きており、ヨーロッパで最も青少年の自殺率が高いとされています。

そうした悲しき現実も映し出すドキュメンタリー映画『ぼくたちの哲学教室』ですが、先生と生徒の生き生きとした対話から希望を感じさせてくれる一作です。

大人も子どもも関係ない「他者の尊重」を学ぶ

どんなに先生の志が高く、教えたいことがあったとしても、生徒に伝わらなければ意味がありません。ですが本作では、生徒たちがケヴィン・マカリーヴィー校長の言葉をまっすぐに受け止めて、思考する姿を見ることができました。

ケヴィン校長は「やられたらやり返してもいいのか?」「目を瞑って、何も考えないでいられることができるか?」といったテーマを提示した上で、生徒たちに考えを働きかけます。

問題を起こしてしまった生徒とは、1対1でホワイトボードを用いつつ対話をします。「何が起きたのか」「その上で今どうすべきなのか」とボードにペンで書き足しながら、心に寄り添って生徒が抱えている悩みや葛藤を整理していくのです。

そうしたやりとりの中で、生徒たちは臆することなく自分の意見を口にしていました。それは、この学校では「どんな意見も価値がある」というケヴィン校長の理念が浸透しているという証明になっています。

生徒たちの発言はあまりに率直過ぎるものが多く、それゆえにぶつかることもあります。そんな時も頭ごなしに否定せず、決して他者をバカにしてはいけない……「違いは違いとして当然に存在する」ということを、子どもたちは学びとっているようでした。

黙って人の話を聞く」という一見簡単な行為は、実はすべての大人ができているわけではないはずです。子どもを持つ親はもちろん、大人にとっても気付きの多い作品だと言えるでしょう。

また、ケヴィン校長のお茶目なキャラクターも本作の魅力のひとつ。

エルヴィス・プレスリーの大ファンの彼の携帯電話からは、度々エルヴィスの着うたが流れます。授業中も家庭訪問中もお構いなしに。

そして、そのメロディに合わせて生徒たちがノリノリに踊るなんて微笑ましい一幕も……ケヴィン校長と生徒たちの心の距離が近いことが伝わってきます。

「イヤなことリストをつくろう」


(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

この学校では、ケヴィン校長をはじめ、教員たち全員で子どもの些細な不安や怒りに気付き、見守っています。中でも副校長のジャン・マリー・リールは、生徒に優しさとユーモアをもって接する母親的存在でもあります。

作中における彼女と生徒たちのやりとりの中で、特に印象的な場面がありました。興奮し、動揺を隠しきれない生徒と、ジャン副校長が個室で1対1になって話す場面です。

「人には言わずにずっと我慢してきた……」とつぶやく生徒。彼は「友だちもいないし学校にも行きたくない」と投げやりに言い、悲しみに満ちた表情をしていました。

ジャン副校長は「イヤなことリストをつくろう」と生徒に提案します。そして彼の言葉を遮ることなく、ひとつひとつに相槌を入れながら聴く中で、実は糖尿病の治療をしていること、父親とあまり会えていないことなど、とても私的な悩みを生徒は打ち明けていきます。

またその部屋に、他の教員たちが何度か尋ねてきます。ジャン副校長は「あなたのことが心配で来てくれたのよ」と生徒に言います。すると彼の顔色は次第に明るくなり、最後には自身の妹の話をうれしそうに打ち明け「僕の誇りと喜びだ」と満面の笑みを見せてくれました。

生徒の自尊心を呼び覚ましつつ、前向きになるためのきっかけと安心感を与える。そうしたジャン副校長の生徒との対話は、高度なテクニックを要するカウンセリングにも見えますが、実際にやっているのは、その子の思っていることを引き出して、存在そのものを肯定してあげるという非常にシンプルなものでした。

こんな風に身近で不安を抱える子どもに接してあげられたら、そして悩みを抱える友人に対してもそういう思いやりをもって対話できれば、互いに生きやすい世の中になる……同場面を観た方は、誰もがそう思えるはずです。

まとめ


’C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

この映画を観ていて思い浮かんだのは、第4回目のコラムでご紹介した『こどもかいぎ』(2022)という映画でした。

子どもたちによる“対話”の授業が実際に行われている、日本のとある保育園に注目したドキュメンタリー映画『こどもかいぎ』。子どもたちが主役となって会議をするこどもかいぎでは、先生が「死とはなに?水はどこからくるか?」などの議題を出し、自由に園児たちが発言していきます。

その際に重要なのは、最後まで話し合いをしても、先生が答え(一般論の正解)を教えないこと。そして、誰のどんな意見も最後まで聞くことです。

それは、ケヴィン校長の理念「どんな意見にも価値がある」に通じる取り組みと言えます。ベルファストと日本ではこどもたちのいる環境は違いますが、本質的に学ぶべきものは同じなのではないでしょうか。

「対話」を通して得る他者への思いやりや、自分自身に向き合って生きること

『ぼくたちの哲学教室』が、子どもから大人まで多くの人々に届いてほしいと願っています。

『ぼくたちの哲学教室』は、2023年5月27日(土)より渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開!

連載コラム『山田あゆみのあしたも映画日和』記事一覧はこちら

山田あゆみのプロフィール

1988年長崎県出身。2011年関西大学政策創造学部卒業。2018年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを計14回開催中。『カランコエの花』『フランシス・ハ』などを上映。

好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を観る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中(@AyumiSand)。


関連記事

連載コラム

ホラーSFの近年「VS映画」おすすめ4選。人気キャラクター対決の魅力から争いを超えた共闘まで|SF恐怖映画という名の観覧車41

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile041 映画ではしばしば、映画の主軸となる「物語」よりも、「キャラクター」に人気が集まることがあります。 キャラクターデザインや行動理念などその …

連載コラム

映画『エマの瞳』あらすじと感想レビュー。不器用な人々を暖かく見守る視点|銀幕の月光遊戯23

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第23回 映画『エマの瞳』が2019年3月23日(土)より新宿武蔵野館、横浜シネマ・ジャック&ベティほかにて全国順次公開されます。 『エマの瞳』はイタリアの名匠シルヴィオ・ …

連載コラム

映画『イップマン継承』あらすじネタバレと感想。ドニーイェンがマイクタイソンとバトル!|すべての映画はアクションから始まる8

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第8回 日本公開を控える新作から、カルト的評価を得ている知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を網羅してピックアップする連載コラム、『すべての映画はアク …

連載コラム

映画『カイジ 動物世界』あらすじネタバレと感想。ギャンブル漫画は中国でいかなる進化をとげたのか|未体験ゾーンの映画たち2019見破録19

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第20回 1月よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本 …

連載コラム

香港映画『私のプリンス・エドワード』あらすじと感想レビュー。男女の差異と結婚に対する意識の相違|OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録7

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『私のプリンス・エドワード』 毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で15回目。コロナウイルス流行の影響により、いくつかのイベントや、舞台挨拶などが中止となりま …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学