「きまじめの、ぼんやり」は、「考えない、ふまじめ」なこと。
独自の世界観で唯一無二の作品を作り上げる池田暁監督の長編第4作『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』。個性派俳優たちの集結で、池田ワールド全開です。
『山守クリップ工場の辺り』がロッテルダム国際映画祭とバンクーバー国際映画祭でグランプリを受賞、その後の『うろんなところ』も多くの国際映画祭で上映され、世界から注目を浴び高く評価を受けている池田暁監督。
今作も斬新なアイデアとオリジナリティーで、見るものを異色の世界へと導きます。
舞台は、目的を忘れ、全く知らない相手と毎日戦争をしている町。ある日を境に、何の疑問もなく毎日同じように過ごしていたひとりの兵隊と町民たちに、少しづつ変化が起こり始めます。
「わからないもの」を恐れる人々の暮らしの中にある、戦争と権力、偏見と差別。「わからないもの」へ疑問を持つことは、果たして彼らの暮らしにどんな変化をもたらすのでしょうか。
架空の町の話でありながら、どこか身近に感じる物語『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』を紹介します。
CONTENTS
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
池田暁
【キャスト】
前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、木村知貴、友松栄、よこえとも子、熊倉一美、中川光男、黒河内りく、鎌田麻里名、白井美貴、橋本マナミ、竹中直人、矢部太郎、小山弘訓、小野修、ワニ完才、小山更紗、軍司眞人、山内まも留、角田朝雄、長田拓郎、片桐はいり、嶋田久作、きたろう、石橋蓮司
【作品概要】
これまで国際的に高く評価されてきた池田暁監督が、不条理な世界で生きる人間たちをユーモラスかつシニカルに描いた長編第4作。
本作は、若手映画作家を支援する「Nndjc:若手映画作家育成プロジェクト」の一環となる「長編映画の実地研修」として製作され、第21回東京フィルメックスで審査員特別賞を受賞。
主人公の兵隊役に、『あゝ、荒野』の前原滉。さらには、石橋蓮司、竹中直人、嶋田久作、片桐はいり、きたろう等、実力確かな個性派俳優が勢揃いです。
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』のあらすじとネタバレ
明け方の町に、音楽が聞こえてきました。トランペット、トロンボーン、クラリネット、ドラムによる音楽隊が、町中を歩きながら演奏をしています。
津平町に暮らす真面目な兵隊・露木は、いつも楽隊の演奏で目を覚まします。石鹸で顔を洗い、背広の埃をはたき袖を通し、兵舎へと出勤。
ラジオ体操をしながら、町長の話を聞き、朝9時には川岸にスタンバイ。合図とともに向こう岸にある太原町へと鉄砲を撃ち始めます。
何のために、誰に向かって撃っているのか、もはや町の人々は目的も忘れ、こんな戦争をかれこれ何十年も続けてきました。
お昼は、気まぐれなおばさんの定食屋で、同僚の藤間とごはんを食べます。おばさんが言うには、「息子がいる川上の戦いは激しく、太原町の人々はとにかく恐ろしく残酷な奴ららしい」ということです。
「あんたらも、出世できるようにハリキリなね」。おばさんの盛るごはんの量もいつも気まぐれです。
夕方5時、戦争は一旦終了。家路の途中で、物知りなおじさんの煮物屋でおかずを買って帰ります。「藤間君、また明日」。「露木君、また明日」。これが露木の毎日のルーティーンです。
その日の朝、楽隊のラッパの音が途中で乱れました。それでも露木はいつものように兵舎へ出勤します。町では、新部隊と新兵器がやってくると噂が広がっていました。
新しく赴任してきた技術者の仁科、煮物泥棒をした町長の息子はなぜか警官に、一緒に泥棒をした三戸は兵隊になりました。町は少しづつ変わり始めていました。
そして、露木は音楽隊への人事異動を言い渡されます。朝の乱れたトランペットの音色は、演奏者が倒れたことを知らせていました。埃を被っていたトランペットを引っ張り出し、音楽隊の兵舎を探す露木。
その頃、いつものように川岸で銃を撃っていた藤間が、相手の弾に撃たれてしまいました。運ばれた藤間は、右腕を切断、もう兵隊ではいられなくなりました。
新入りの三戸は、すべてのことが疑問で仕方ありません。「なぜ、戦争をしているのですか?」「向こう岸には誰がいるのですか?」「なんで一緒に泥棒をした町長の息子は警官に、自分は兵隊になったのですか?」。三戸の疑問に答えられる人は誰もいませんでした。
二日がかりで音楽隊の兵舎を偶然見つけた露木は、新しいトランペット担当として無事、楽隊の一員になることが出来ました。
楽隊の朝のお勤めにも慣れてきた頃、露木は夕刻の戦争が終了した向こう岸からトランペットの音色が聞こえてくることに気付きます。
優しく心軽やかになる旋律に、次第に惹かれていく露木。自分もトランペットを吹いてみました。答えるように重なる音。共に音楽を奏でていきます。
感じたことのない平和な時間。向こう岸にワンピースを着た女性が姿を現しました。言葉は届かずとも、音楽が心を繋いでくれているようです。
三戸が姿を消し、定食屋のおばさんの息子が川上の戦いで亡くなり、そしていよいよ新兵器のお披露目の時がやってきました。
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』の感想と評価
朝9時から夕方5時まで、目的も分からない戦争を何十年も続けている町・津平町を舞台に繰り広げられる喜劇のような、きまじめな物語。
津平町に住む人々は、棒読みのような抑揚のないトーンで会話をし、RPGゲームのようにカクカクと歩き回り、感情のないロボットのように動きます。
時に、新しいことへの対応能力が乏しく、いつもと違うことを拒否し、物事に疑問を持ちません。そんなことだから、戦争相手のことを何も知らないし、知ろうともしませんでした。
ただ毎日決められたことを「きまじめ」に繰り返し、思考を停止させ「ぼんやり」と戦争しています。この町には、不条理な事ばかりです。
身近にいるこんな人たち
主人公の真面目な兵隊・露木(前原滉)は、突然誰も知らない部署への人事異動を命じられたうえ、勤務先にたどり着くまで二日かかるという滑稽さ。
肝心なことばかり忘れてしまう津平町長・夏目(石橋蓮司)は、泥棒をした息子とその友達・三戸(中島広稀)の処分として、息子は泥棒を捕まえたとし警官に、三戸にすべての罪をかぶせます。
また、息子の嫁・春子(橋本マナミ)が子供が産めないと知ると、即離婚を強制します。まさに、権力をかざしてやりたい放題です。
露木の同僚の藤間(今野浩紀)は、戦争で片腕を失ったとたん任務を外され、職までも失いますが、子供は出来ないと離婚させられた春子との間になんと子供ができ、違う町へと引っ越していきます。
楽隊の27代目指揮者兼自称楽団の頭脳・伊達(きたろう)は、えこ贔屓が過ぎる人物です。伊達に言わせると、クラリネットは楽隊の顔、トロンボーンは楽隊の心臓、そしてドラムは楽隊の盲腸!?であるようです。
それが、心臓と盲腸の結婚が決まると態度をコロッと変えます。この時代は、結婚して子供を産んで兵隊を増やすことが女の大事な務めです。ドラムは一気に楽隊の顔へ。クラリネットは楽隊の親知らず!?となりました。
戦争時において、音楽隊の役割は朝の巡回と新兵器の出陣式の演奏だけというものでしたが、主人公・露木にとって音楽は、人生に大きな影響を与えるものとなりました。
映画の世界の中でも、トランペットの音色は、モノクロな架空世界とカラフルな現実世界との境界線を引くように奏でられます。
ラストシーンで露木が奏でるトランペットの音色は、気持ちの読めない表情と裏腹に、どこか物悲しく聞こえてきます。言葉や感情がトランペットの音色に滲みでているようでした。
その他にも、町にはびこる不条理さに振り回される町人たちに注目です。物知りな煮物屋店主・板橋(嶋田久作)は、町長の息子に売り物を毎度食い逃げされても捕まえることが出来ません。
気まぐれな定食屋店主・城子(片桐はいり)は、自分の息子が何のために戦っているのか最後まで分からないままでした。衰弱していく城子に不謹慎にも笑ってしまいます。
映画の中で不条理なことに気付かず動き回る人々を面白おかしい気持ちで見ていると、ふと気付くのです。「あれ、こんな人身近にいるな」「自分もぼんやりしてたな」と。
なんで?という疑問から
物語が動き始めるのは、町長によって兵隊にさせられた三戸が「なんで?」とすべてのことに疑問を持ち出したところからです。
その疑問の数々は、至極当然なものばかりでした。「なんで、戦争してるんですか?」。たどり着いた答えは「新兵器は良くない」。最後に三戸は行動を持って証明します。
すべてに答えがあるわけではありません。それでも疑問を持ち、実際に自分の目で見て判断し、行動に移すことが大事なのだと教えてくれます。
世にはびこる悪とされる戦争と権力、偏見と差別の問題をこうも不謹慎に描きながらも、登場人物たちがどこか滑稽で愛おしく見えてしまうのは、まさに池田暁監督ワールド。
そして、妖怪大戦争かのようなキャスティングの成せる技なのでしょう。個性豊かな俳優陣が抑揚のない独特な会話の余白に埋め込んだ、不条理の滑稽さにクスッと笑ってしまいます。
まとめ
不条理な世界で生きる人間たちをユーモラスかつシニカルに描いた池田暁監督の長編映画『きまじめ楽隊とぼんやり戦争』を紹介しました。
不条理だらけの一風変わった暮らしの中は、戦争、権力、男女、身体…どこにでもある、人類の絶えない問題で溢れていました。
いつの時代でもない架空の町の小さな社会は、私たちの日常と地続きにあるものでした。
あふれる情報を鵜吞みにせず、物事に疑問を持ち、自分の目で見て判断し、行動することが大事だと気付かせてくれます。
うっかりすると、「きまじめ」に「ぼんやり」と戦争を続ける人生を送ってしまうところでした。