映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』は2021年4月23日(金)より上野オークラ劇場にて公開!
『海底悲歌(ハイテイエレジー)』は大阪芸術大学の卒業制作作品であり、コンプライアンスが叫ばれる時代に、あえてピンク映画というジャンルへ真剣に挑んだ学生たちの渾身の意欲作です。
元々卒展上映作品の1本として大阪の映画館で上映されるはずだった本作は、突如上映拒否される事態に。しかし作品を惜しむ多くの人々の尽力により、本作はピンク映画の老舗・上野オークラ劇場での劇場公開が急遽決定され、多くの映画ファンから注目を集めています。
本作の監督を務めたのは、堂ノ本敬太。前作の中編ピンク映画『濡れたカナリヤたち』(2019)では、カナザワ映画祭「期待の新人監督」2020にて「もっとも商業映画に近い作品」と高く評価されました。
今回の堂ノ本監督へのインタビューでは、映画『海底悲歌』の制作背景と劇場公開に至る経緯はもちろん、堂ノ本監督のピンク映画との出会い、その制作を続ける理由などを伺いしました。
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ピンク映画との出会い、そして大阪芸大へ
──はじめに、堂ノ本監督とピンク映画の出会いを改めてお聞かせください。
堂ノ本敬太監督(以下、堂ノ本):それは、僕の中学生時代にまでさかのぼります。中学生の頃の自分は非常に荒れていて、いわゆる「無期限停学」に近い状況を過ごしていたんですが、ちょうど東日本大震災から3年ほど経った時期でもあったことから、ならば時間だけはあるこの機会に被災地に行ってみようと考え現地へと向かったんです。そしてそこで偶然出会った年配のご婦人に、色々とお世話をしていただきました。
そのご婦人には漁師の息子さんがいらっしゃったんですが、震災時に亡くなられていました。やがて彼女から「息子の遺品が片付けられない」という言葉を聞き、お世話になったお礼に息子さんの遺品整理を手伝うことにしたんです。
息子さんの自室には壁一面にロマンポルノのポスターが貼ってあり、棚にはピンク映画のVHSテープが整頓され並んでいました。その際、ピンク映画というジャンルすらも知らずに観た作品が『連続暴姦』(1983)でした。それまであまり映画は観てこなかったものの、同作が持つ強力な何かに当時の自分自身の心情がハマったと感じています。
──その思いがけない出会いを機に、映画監督を目指し始めたのでしょうか。
堂ノ本:いえ、実はそういうわけでもありません。その後、僕は被災地での体験を機にとにかく勉強をするようになり、高校3年間は勉強に明け暮れていました。それこそ『ビリギャル』(2015)のように、一流大学を目指すようになったんです(笑)。
でも結局、高3の12月頃に「何か違うなぁ」と感じてしまったんです。やがて気がつけば映画を観るようになり、それに関わる仕事をしたいと思うようになりました。そしてその中で、自分は『連続暴姦』のカメラマンを務めていた佐々木原さん(佐々木原保志:撮影監督/大阪芸大映像学科教授)の映像が好きなんだと再発見しました。大阪芸大に入ったのも「佐々木原さんと言葉を交わしたいと」いう思いがきっかけでした。
芸大を二分してしまった“ピンク映画制作”への挑戦
参考映像:映画『濡れたカナリヤたち』(2019)予告編
──大阪芸大へ入学後、堂ノ本監督は『海底悲歌』の前作にあたる中編ピンク映画『濡れたカナリヤたち』を制作されました。その際の周囲の人々の反応はどのようなものでしたか。
堂ノ本:『濡れたカナリヤたち』は企画段階から、ピンク映画を取り扱うことの是非について教授陣の中で議論が取り沙汰され、大学内は一時騒然とした状況になりました。大森さん(大森一樹:映画監督/大阪芸大映像学科長)や金田さん(金田敬:映画監督/大阪芸大客員教授)を中心に「何でも撮るべきだ」という方々と「学生に撮らせていいのか」と危惧する方々の間で大きく意見が分かれたそうです。
特に佐々木原さんと金田さんは、常に僕を応援してくれていました。やはり大阪芸大の先生方にはピンク映画の現場で活動されていた方が多く、「俺たちも撮ってきたのだから」と感じていたんだと思います。
──『濡れたカナリヤたち』の主人公は、『海底悲歌』でも引き続き主演を務めた燃ゆる芥さんが演じています。同作が初の映画出演となった芥さんですが、どのような経緯でキャスティングされたのでしょうか。
堂ノ本:『濡れたカナリヤたち』は歌がモチーフの作品であったため、オーディション時には燃ゆる芥さんにも歌っていただいたんですが、その歌声があまりにもよくて「ぜひこの人とやりたい」とすぐに思いました。
彼女は緊縛師の撮影モデルなどを中心に活動をされていますが、『濡れたカナリヤたち』の企画を読み「主人公は自分に近い存在だ」と感じたことでオーディションに応募してくれました。僕自身も、現場では彼女の素のままの姿を撮ることに努めました。
しかし『濡れたカナリヤたち』を手がけた結果、自分の中には苦い思いが色々と生まれました。
前作『濡れたカナリヤたち』で痛感した“現実”
──堂ノ本監督が『濡れたカナリヤたち』で感じた苦い思いには、映画の制作環境における“現実”への思いも含まれているとお聞きしました。
堂ノ本:基本的に、労働環境として成り立っていないんだと思います。金銭の問題を抜きにしても、かつて本などで読んだ厳しい状況が、いまだに現在も存在し続けている。大学内という狭い場所でもそうした状況が生じるなら、日本の映画界全体もまた同じなんだろうと感じました。
そして、自分の『濡れたカナリヤたち』でも同じようなことが起こりました。負荷が大き過ぎる先輩・後輩の関係、撮影での出演俳優の長時間拘束……予算やスケジュール上仕方ないとは思う一方で、「仕方ない」で成り立っちゃダメだと思い続けていました。
また『濡れたカナリヤたち』の時に頑張ってくれていた制作部の子が、映画が完成すると大学を辞めてしまったんです。その理由は「映画はしんどい」……映画の仕事をやりたかったけれど、一生続けるのは無理だと感じたんだと。そう感じさせてしまった監督としての責任への思いは、ずっと自分の中にあります。
──そうして“現実”を痛感させられた堂ノ本監督は、それでも「やり残したことがある」という理由から、『濡れたカナリヤたち』の一部キャラクターの役名を引き継ぎながら『海底悲歌』の制作へと挑まれました。
堂ノ本:これは企画書にも書き記しましたが、僕の身近に『海底悲歌』のストーリーの原型となった重い出来事がありました。それが中学時代、自分の心が荒れてしまったことにもつながっています……その題材だけは、絶対に映画として表現しなくてはと考えていました。
また前作の内容はもちろん、燃ゆる芥さんにまた主演を務めてもらうことを強く意識して、『海底悲歌』の脚本を書いたというわけではありません。しかしキャスティングの段階ではすでに、「彼女とはもう1回映画を撮らなければ、終われない」と考えるようになっていました。
名優・川瀬陽太との現場
──『海底悲歌』にはインディーズ映画から大作映画に至るまであらゆる作品で活躍してきた俳優・川瀬陽太さんが出演されています。
堂ノ本:川瀬陽太さんは元々僕が好きな俳優さんで、金田さんの紹介を通じて出演の直談判をしました。脚本の第2稿が上がった時にに連絡を入れましたが、その際にはかなりの長文で厳しい感想をいただきました(笑)。ですがその後も脚本の改稿とともに連絡をとり続け、クランクイン1ヶ月前でついに出演のOKをいただけました。
撮影に入ると、やはり数多くの現場を経験してきた素晴らしい俳優だと改めて実感しました。例えばある場面の撮影時に監督である自分が「こういう形で撮ります」と伝えると、すぐにこちらの意図を把握した上でスッと動いてくれる。そのおかげで、リテイクがほとんどなかったんです。「リハをしよう」と周りのスタッフが言っても、僕と川瀬さんは「いいから、本番行こう!」と答えるほどでした(笑)。
ただ撮影当初は、僕も川瀬さんに対して変にかしこまってしまい細かく段取りを組み撮影しようとしました。ですが川瀬さんにはすぐに「お前、そういうタイプじゃないだろう」と指摘されてしまいました(笑)。そういった出来事や気さくな人柄も相まって、現場では「頼れるお兄さんが来てくれた」と皆が感じていました。
また『海底悲歌』の上映中止が決定された日、川瀬さんには同日メールで報告をしたんですが、「勲章やと思え」という励ましの返信をいただけました。そしてご自身のツテをたどっての映画館への声がけや、SNSでの投稿も行ってくださいました。
上映中止から“ピンク映画の殿堂”での劇場公開へ
『海底悲歌』撮影スタッフたちと堂ノ本監督
──堂ノ本監督が言及された通り、完成した『海底悲歌』は2021年3月、卒展上映作品の1本として大阪の映画館で当初上映される予定でしたが、突如その上映を拒否・中止されるという事態に陥りました。
堂ノ本:僕も詳しい経緯は把握し切れていないんですが、「劇場側からNGが出た」とのちに聞きました。また作品を観ずに、あくまであらすじを聞いた際に「多分R指定にあたる作品だからダメだ」と判断されたとも。上映自体が難しいのは仕方ないとも思いましたが、『海底悲歌』だけが内容を観られることなく上映NGを出されるのは、おかしな話だとも感じられました。
また大学側も、上映NGが出されるとは考えていなかったようです。最後の詰めの打合せ時、最終確認として「こういう作品があります」と報告した瞬間にNGを出されたと自分は聞いています。
──しかし上映中止の決定後、作品を惜しむ多くの人々の尽力によって、『海底悲歌』は“ピンク映画の殿堂”として知られる上野オークラ劇場での公開が実現しました。その経緯についてお教えいただけますか。
堂ノ本:大森さんと成田さん(成田裕介:映画監督/大阪芸大客員教授)のお二方は、東京で上映できないか動いてくださいましたが、残念ながらプログラムの事情により叶いませんでした。卒展上映での劇場との交渉役だった大学の副手さんが、「上映しなければもったいない」と大阪の別の映画館でイベント上映ができないかと模索してくださり、金田さんも「ピンク映画館で上映をしよう」と動いてくださいました。
そして、そのような状況の中で僕だけが何も動けないのも嫌だったので、今回の上映中止の一件に対する思いを自分のブログで書かせてもらいました。公開した記事は思いのほか反響があり、オークラ劇場を運営している大蔵映画(オーピー映画)さんもブログを読んでくださっていました。
その結果、金田さんが大蔵映画さんに上映の相談をされた際にもスムーズに話が進み、上映中止が決定された3月上旬から少し経った3月末には、大蔵映画さんとの上映交渉は本当にありがたい形で固まりました。
──ピンク映画のプロたちからは、『海底悲歌』に対してどのような言葉をいただけたのでしょうか。
堂ノ本:まずいただいたのが「“どうせエロいシーンだけ撮りたい学生だろう”と思っていたが、全然違った」という言葉でした。そして「本当に愛がある映画を撮っているので、ピンク映画に携わる会社として、ぜひ上映したい」と言っていただけたのが、何よりも嬉しかったです。
今まで全く外の世界を知らない人間が、いきなり自分の映画を「1ヶ月興行します」と伝えられたので、正直まだ現実味がないのが本音です。ですがピンク映画が好きで観続け、それに憧れて撮った自分の映画が、オークラ劇場でピンク映画として上映されることほど、素晴らしいことはない……それが、率直な感想です。
“映画が好きな人々”に恥じない映画作りを続ける
キャストの燃ゆる芥さん(写真中央)&生田みくさん(写真左)と堂ノ本監督:上野オークラ劇場にて
──大阪芸大を卒業され、『海底悲歌』が2021年4月23日(金)/上野オークラ劇場での公開を迎えた現在、堂ノ本監督はどのような心境にあるのかを最後にお聞かせください。
堂ノ本:1本の映画が上映という“仕上げ”ができなくなる状況を危惧し、多くの先輩にあたる方々が動いてくださったんだと思うと「やっぱり皆、愛と誇りをもって映画を関わっているんだ」「皆、映画が好きなんだ」と改めて実感しました。僕も今回その一員になれたのかは定かでないですが、もし自分が次の作品を撮れるのなら、そういう方々への感謝を胸に、その思いに恥じない映画を作りたいと思います。
また金銭的な問題は多分にありますが、あまり「仕事」として映画を捉えたくないとも感じています。例えば「生涯現役」って言葉がありますが、それはずっと仕事し続けているわけではなく、ある一定の距離感を持つことを意味していると思うんです。「日常に映画が日常にある生活でなければ」「映画で生きていくためには」と考えると、当然映画とは関係ないさまざまなしがらみが生まれますし、「映画」が変わっていってしまうという感覚がずっとあります。
映画だけを純粋に考えるなら、いい映画や面白い映画を考えるなら、経済から放たれるべきだとさえ思います。それは夢物語かもしれませんが、事実インディーズ映画にはそうした側面がありますし、例えば映像制作集団「空族」のような映画との関わり方もありますから、さほど変な話ではないのかもしれません。
とにかく、自分が「面白い」と思う感情を大切にして今後も映画を作っていきたいし、関わっていきたいと考えてます。ただ結局はフリーランスなので、声がかかればどこへでもいくんでしょうが(笑)。
インタビュー/増田健
構成/河合のび
撮影/出町光識
堂ノ本敬太監督プロフィール
1997年9月29日生まれ。奈良県出身。
2019年製作の処女作『濡れたカナリヤたち』がカナザワ映画祭2020期待の新人監督にて上映。
続く2020年、初長編『海底悲歌』を監督。大阪芸術大学の卒業制作ながら、その高い評価から上野オークラ劇場にて公開が決定。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』の作品情報
【公開】
2021年4月23日(日本映画)
【監督・編集】
堂ノ本敬太
【脚本】
松田香織、堂ノ本敬太
【スタッフ】
佐藤知哉(撮影)、山村拓也(照明)、宮下承太郎(美術)、鵜川大輝(録音)、松井宏将(特機)、近藤綾香(衣装)
【キャスト】
燃ゆる芥、長森要、生田みく、住吉真佳、小林敏和、波佐本麻里、フランキー岡村、四谷丸終、桜木洋平、佐野昌平、中岡さんたろう、伊藤大晴、川瀬陽太
【作品概要】
大阪芸術大学の卒業制作作品にして「Daigei Film Award2021」IMAGICA賞受賞作。カナザワ映画祭「期待の新人監督」2020で、最終審査対象作4作品の中の1本に選ばれた『濡れたカナリヤたち』(2020)の堂ノ本敬太の長編監督作です。
「期待の新人監督」2020では審査員から「もっとも商業映画に近い作品」と高く評価されたものの、堂ノ本監督自身は「まだやり残しがある」と感じていたピンク中編『濡れたカナリヤたち』の一部キャラクターの役名を引き継ぎ、新たに完成させた本作。
前作に引き続き、主演は自らを「刹那的で情動的な瞬間の体現者」と呼ぶ女優・燃ゆる芥。そしてピンク映画やアダルト作品で活躍する生田みく、そして自主映画から大作映画まで幅広い俳優活動で知られる川瀬陽太が出演しています。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』のあらすじ
今は温泉街でコンパニオンとして働きながら、父・義昭(川瀬陽太)と2人で暮らしている元高校教師の文乃(燃ゆる芥)。認知症を患った父の振る舞いに悩みながらも、彼女は今の暮らしを捨てられずに生きていました。
そんな日々の中、元教え子の木村(長森要)と再会した文乃。木村との交流が彼女に安らぎを与えるかに見えましたが、それに嫉妬した梨奈(生田みく)が、文乃と父の関係を周囲に暴露します。
弱みを握られてしまい、旅館の客からは関係を迫られ苦しむ文乃。さらに父との関係は木村にも知られてしまいます。しかし文乃に対して、一緒にこの街から出ようと提案する木村。
そして彼女の家を訪れた木村は、文乃に迫る義昭の姿を目撃します。そこで起きた出来事が、2人に先の見えない逃避行を選ばせます。様々な出会いの果てに、文乃と木村の旅路はどのような結末を迎えるのでしょうか……。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』は2021年4月23日(金)より上野オークラ劇場にて公開!