あったことは、なかったことには出来ない……。
忘れたことにした方が楽だとしても。
「世の中を変えるために映画を撮りたい。せめて今の世の中はクソだ!ぐらいは言いたい」という映画への愛が爆発する大塚信一監督長編映画デビュー作、世にも奇妙な綺譚映画『横須賀綺譚』は、7月11日(土)より新宿K’sシネマにて公開です。
東日本大震災で亡くなったと思われていたかつての恋人が、実は生きていた!? あれから9年。春樹は、知華子を探す旅にでます。
彼女の夢のこと、2人の未来、そして自分の現状にさえも向き合う気力がなかった薄情な春樹。この奇妙な旅は、春樹にとって「変わろう」と思った自分に、再び出会える旅となりました。
映画『横須賀綺譚』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本】
大塚信一
【キャスト】
小林竜樹、しじみ、川瀬陽太、長内美那子、湯舟すぴか、長屋和彰、烏丸せつこ
【作品概要】
今作が長編映画デビュー作となる大塚信一監督。自ら脚本も手掛け、5年の歳月をかけ完成となりました。カナザワ映画祭2019に、期待の新人監督賞として正式出品されています。
東日本大震災で亡くなったはずのかつての恋人が横須賀で生きている? そんな怪情報をもとに旅に出る男の物語。
主人公・春樹を演じるのは、『恋の罪』(2011)で映画初出演を果たし、『菊とギロチン』『真っ赤な星』(2018)、舞台「カスケード やがて時がくれば」など、その他CMなどでも活躍中の小林竜樹。
相手役の知華子には、映画『終わってる』(2011)『Motherhood』(2009)出演のほか、Vシネ、舞台など幅広く活動する女優しじみが演じます。
また、春樹のライバルとなる川島役には、小林竜樹とともに『菊とギロチン』にも出演、瀬々敬久監督作品ではお馴染みの川瀬陽太が登場です。
映画『横須賀綺譚』のあらすじ
2009年3月、東京。知華子は、友達の絵里と引越し作業をしています。小説家を目指していた知華子の荷物は、たくさんの本であふれていました。
家を去ろうとした時、酔っ払った春樹が帰ってきます。「今日、引越しって知ってたよね」。責め立てる絵里。
「いいの。この人いいひとよ。でもそれって、欲がなくて、執着もしない。愛がない、薄情な人ってこと」。知華子は、すでに諦めたような穏やかな顔をしていました。
父親の介護のため実家の福島に帰ることにした知華子と、それならばと別れを決めた春樹。これからの知華子との生活よりも、東京での仕事を優先した選択でした。
9年後の東京。証券会社で働く春樹は、後輩もでき、仕事のノルマ達成に追われていました。契約を取り付けるためなら、違法行為ぎりぎりの仕事もいといません。
そんなある日、春樹はばったり絵里に再会します。そこで、知華子が震災で行方不明のままだと知らされます。「いままで知らなかったの?本当に薄情だね」。
春樹は仕事の休暇を取り、福島へと向かいます。新しい堤防の上、海を眺める春樹の携帯電話が鳴ります。「もしもし」。
「1回ぐらい遊びに来なよ」。知華子が出て行く時の言葉でした。沈黙のあと続いた「来ないね」。確かに知華子の声でした。
その後、春樹は絵里からの知らせで、役場の方に知華子の転移届が提出されていたことを知ります。転移先は、横須賀ということでした。
春樹は半信半疑のまま、知華子を探すために横須賀を目指します。たどり着いた場所は「桃源郷」という老人介護施設でした。
その施設で春樹は、知華子の幼馴染だという川島拓と出会います。ひょんなことから、そこで1週間働くことになった春樹。
どこか奇妙で別世界のような横須賀時間の中で、春樹は老人たちとの交流を通し、長いトンネルの終わりに導かれていくのでした。
映画『横須賀綺譚』の感想と評価
「9年の月日が流れ……僕たちは幽霊に会いに行く」。映画『横須賀綺譚』の予告動画に浮かび上がる文字。どうゆう意味だろうと思いを巡らせました。
東日本大震災で亡くなったと思われていた元恋人の行方を探しに、旅に出る男。再会した彼女は幽霊なのだろうか?たどり着いた場所は本当にこの世なのか?
主人公の春樹は、なんとも薄情な男として登場します。同棲していた彼女が去る日であっても、まるで興味がないような振る舞いです。
そんな春樹に起こった奇妙な出来事は、「変わろう」そう思ったあの日を思い起こさせるものでした。
震災に関わらず、事件や事故、現在では新型コロナウィルスなど、死は常に間近にあります。でも私たちは、日々の暮らしの中で、そのことから目を逸らし忘れがちです。
映画『横須賀綺譚』は、そんな平和ボケをした私たちに警告を与え、現実をみることを思い出させてくれる映画です。
東日本大震災がもたらした感情
岩手に住むものとして、3.11は人生を変えるほどの衝撃を受けた日です。あれから9年が経ちました。
自分が生きているうちにこんな大震災が起こるなんて、津波で故郷がなくなるなんて、あの人がもういないなんて、なんで東北なの。信じられない気持ちで混乱しました。神様っていないんだ。
月日は流れ、復興に向けて前向きな風潮が高まる一方で、喪失感に苦しみ未来を諦めてしまった人も多くいます。
このことは忘れてはいけない、この日だけは心に刻んで生きていこうと、今までもそしてこれからもそう思って生きていくのだと思います。
あの日の記録、記憶を残そうと想いのこめられた書籍や映画も多く制作されています。そのような作品に触れるたびに、無意識に涙が流れる時もあります。
そして、ふと思うのです。あんなに一日一日を大事に生きようと思っていたのに、あれから自分は何かを成し遂げたのだろうか。
あの恐ろしい体験をいつの間にか頭の片隅に追いやり、ダラダラと毎日を過ごしていたのではないかと。
こうして、救いのない過ぎた時間を突き付けられるたびに、映画の解説にもあるように、死んだ人たちに顔向けできないじゃないかと思うのです。
まさに、自分も主人公と同じく薄情な人間であり、『横須賀綺譚』ならぬ『盛岡綺譚』ではないかと。
あったことは、なかったことには出来ない……。起こったことは、何もなかったことには出来ない……。忘れることが一番楽な方法だと知っていても、逃げることは結局、後悔の繰り返しにしかなりません。
映画の中で認知症の老人が「忘れるもんか!」と叫ぶシーンがあります。その強さこそ、今の私たちに必要なものなのかもしれません。
そして、一日一日を大事に生きようと、大切な人へはちゃんと言葉で伝えようと、忘れても忘れてもまた思い出し、やはり前に進むしかないと再び奮い立たされるのです。
まとめ
大塚信一監督デビュー作品『横須賀綺譚』を紹介しました。現実が現実を侵食していく、奇妙で歪んだ物語。
そこに迷い込んだ主人公・春樹と知華子の未来はどこに向かうのか? 「幸せになりたい……」知華子の言葉が蘇ります。
あったことは、なかったことには出来ませんが、今のあなたの行動で未来が少し変わるかもしれません。
映画『横須賀綺譚』は、7月11日(土)より新宿K’sシネマにて公開です。