ハンフリー・ボガート×ローレン・バコール共演ノワール
『三つ数えろ』はレイモンド・チャンドラー原作小説の「フィリップ・マーロウ」シリーズ長編一作目『大いなる眠り』の映画化作品で、ハードボイルドを語る上で欠かせない映画のひとつです。
日本では『ゴルゴ13』のデューク東郷や『仮面ライダーW』の仮面ライダースカル、『紅の豚』のポルコ・ロッソなどがハードボイルドを体現するキャラクターとしてなじみ深いでしょう。
トレンチコート、葉巻、タイプライターなどガジェットのイメージが強いジャンルですが、ハードボイルドとは具体的にどんなものなのでしょうか。代表的な映画である『三つ数えろ』をご紹介します。
映画『三つ数えろ』の作品情報
【公開】
1946年(アメリカ映画)
【原題】
The Big Sleep(同タイトルの小説を原作としています。)
【監督】
ハワード・ホークス
【キャスト】
ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール、ジョン・リッジリー、マーサ・ヴィッカーズ、レジス・トゥーミィ、ペギー・クヌードセン、
【作品概要】
レイモンド・チャンドラー原作の私立探偵「フィリップ・マーロウ」をハンフリー・ボガートが演じた映画作品。
名匠ハワード・ホークスが監督を務めており、共演に本作公開1年前にボガートと結婚したローレン・バコール、『マルタの鷹』(1941)『現金に体を張れ』(1956)で知られる名優エリシャ・クック・Jrなど、脇を固めています。
映画『三つ数えろ』のあらすじとネタバレ
舞台は1940年代のロサンゼルス。地方検事を辞めて私立探偵になったフィリップ・マーロウは、資産家のスターンウッド将軍から依頼を受け、屋敷に招かれていました。
高齢のため隠居したスターンウッド将軍は、屋敷で車椅子生活をしていました。長女のビビアンと次女のカルメンは奔放な性格で、将軍は娘たちに手を焼いていました。
そんな彼のもとに1年前ジョー・ブローディという男が、娘をだしに5000ドルを恐喝してきました。
将軍は身の回りの厄介事を用心棒のリーガンに頼っていました。将軍や娘たちはリーガンを信頼していましたが、彼はひと月前に突然姿を消してしまいました。
リーガンの知り合いであるマーロウに声をかけた将軍のもとには、古書商のガイガーからカルメンのサインが入った借金手形の催促状が届いていました。
事情を尋ねても応えようとしないカルメンを諦めた将軍の依頼とは、ガイガーとの揉め事をマーロウに解消してもらいたいというものでした。
屋敷を後にするマーロウを引き留めたビビアンは、父親の本意はガイガーではなく、消えたリーガンの行方が知りたいのだと伝えてきました。
マーロウはまず、ガイガーの古書店へ一般客として訪れますが、ガイガーには会わせてもらえません。
仕方なく向かいの本屋で待っていると、ガイガーが車で出かけるのが見えました。マーロウも車で後を着けます。
ガイガーを乗せた車はラバーン・テラスにある自宅へ向かいました。彼は後から車で来た女を中へ招き入れました。その車を確認するマーロウ。車はカルメンのものでした。
マーロウは車に戻り待っていると、ガイガー宅から女の悲鳴と銃声が聞こえました。玄関へ急ぐマーロウ。裏口から二台の車が逃走していきます。
窓から家へ入ると、酩酊したカルメンの前にガイガーの遺体が転がっていました。
置物の中に仕込まれており、フイルムが持ち去られていた隠しカメラを見つけるマーロウ。辺りを調べガイガーのデスクから手帳を抜き取り、口がきけないほど酔い潰れているカルメンを屋敷まで送り届けました。
屋敷の使用人とヴィヴィアンにカルメンを介抱させ、彼女のアリバイを偽装するよう忠告しマーロウは現場へ戻りました。
すると、ガイガーの死体は消えており、絨毯には血痕が残されていました。
自信の事務所へ戻ったマーロウのもとを殺人課のバーニー刑事が訪ねてきました。
今夜波止場に転落した男の死体を載せた車がスターンウッド所有のものだったことをマーロウに伝えに来ました。マーロウはバーニーと波止場へ向かいます。
死体はリーガンではなく、テーラーというスターンウッド家の運転手でした。首が折れ左のこめかみに打撲傷があり、内出血していました。
翌日。ビビアンがマーロウの事務所を訪ねてきました。ビビアンは、死んだテーラーはカルメンに求婚していたこと、スターンウッド家に昨晩カルメンがガイガー殺害の現場にいた証拠となる写真が届き、女の声で「ネガとフイルムで5000ドル払え」という脅迫電話がかかってきたことをマーロウに相談します。
その写真が公になれば、カルメンは逮捕されスターンウッドの家名に傷がつく。警察沙汰を避けるため、ビビアンは父親を頼らず、エディ・マースというカジノを仕切っているギャンブラーから金を借りる手配をしていました。
行方不明のリーガンは、マースの妻と駆け落ちしようとしていたことをマーロウに明かします。
マーロウはガイガーの店の裏口から出た車を尾行します。車が到着したのは、ブローディのマンション、ランドール・アームズでした。
その後マーロウはガイガー殺害現場でカルメンと遭遇します。カルメンはブローディがガイガー殺しの犯人だと言います。
そこへガイガー宅の大家を名乗る男がやってきました。マーロウを問い詰めてくる危険な男の正体はマースでした。裏社会のにおいを感じさせるマースはガイガー宅からマーロウを追い出されます。
ランドール・アームズ、ブローディの住むマンションで張り込みをしていたマーロウは、ビビアンが建物内へ入っていくのを目撃します。
マーロウは彼女をつけ、ブローディの部屋をつきとめます。室内には、ブローディとガイガーの書店で会った女店員のアグネス、そしてビビアンがいました。
マーロウは2人いたガイガーを殺しの犯人のもう一人についてブローディを問い詰めます。
ブローディは証拠写真も殺害にも関与していないと否定しますが、そこへ銃を持ったカルメンが乗り込んできました。
ブローディとカルメンの銃を取り上げるマーロウ。ブローディから証拠写真を取り上げます。そしてビビアンとカルメンを家に帰します。
マーロウはブローディと恋人のアグネスからガイガー事件について聞き出していました。写真は波止場にいたテーラーから奪ったこと、その後彼は殺されたことをブローディは語ります。
その時、何者かが呼び鈴を鳴らしました。ブローディがドアを開けるとやってきた男に射殺されてしまいます。マーロウは男の後を追って捕まえます。男を縛り上げ、ガイガー宅へ連れていき身元をバーニー刑事に引き渡しました。
警察はブローディがガイガーを殺したと事件を処理し、バーでビビアンはマーロウに報酬を渡しました。マーロウはビビアンにマースとのことを詮索しますが、話をはぐらかしたビビアンはその場を去りました。
マーロウは自らマースに連絡して、彼のいるカジノへ向かいました。そこにはビビアンの姿もありました。マーロウはリーガンの情報をマースに求めますが、取りつく島もありませんでした。
カジノで勝ちが続いたビビアンは家まで送って欲しいとマーロウに頼みます。勝ちの日は現金を持ち帰る彼女を心配したマーロウは銃を持って彼女を待っていました。
するとビビアンの後ろから強盗を装った男が近づいてきました。すかさず銃を取り上げるマーロウ。男を一撃で眠らせたマーロウは彼女を車へ乗せます。
マーロウはカジノもマースの話も、強盗も全てマースとビビアンが無関係だと思わせるために仕組んだ芝居だとビビアンに詰め寄りました。
ビビアンとマーロウは惹かれあっていましたが、ビビアンはマーロウに真実を話しませんでした。
マーロウは地方検事から呼び出され、スターンウッド事件から手を引くよう命令されます。
ビビアンが検事に詮索するマーロウのことを相談したようです。そこでマーロウは黒幕がマースであることを確信します。
マーロウはスターンウッド将軍に連絡を試みますが、ビビアンがそれを阻みます。そしてリーガンがメキシコで見つかったとだけマーロウに伝え、電話を切りました。
道で2人の男に暴行され事件から降りるよう脅迫されたマーロウに、ジョーンズという男が近づいてきました。
ジョーンズはブローディの仲間アグネスの遣いで、リーガンの情報を200ドルで売りにきていました。マーロウはアグネスと1時間後に待ち合わせして情報を買う約束を取り付けました。
約束の事務所に着くと、ジョーンズがマースの部下のカニーノに銃を突きつけられていました。アグネスの居場所を教えるよう脅され、ジョーンズは情報を吐いて酒を飲まされました。
カニーノが立ち去った後、酒に入っていた毒が周り、ジョーンズは絶命します。話を立ち聞きしていたマーロウはジョーンズの言っていたアパートに連絡してみるが、そこにアグネスはいませんでした。ジョーンズは、婚約者のアグネスを守るため偽の情報を教えていたのです。
その後マーロウはアグネスと連絡を取り、30分後に広場で会う約束をしました。
映画『三つ数えろ』の感想と評価
命令形のタイトルはハードボイルド!
内容に関係ないタイトルの話からすると、原題と異なる印象的な邦題が目を引きます。
原題の『The Big Sleep』は本作の重要なカギを握るヒントを意味し、邦題の『三つ数えろ』はラストシーンの黒幕を追い詰めたマーロウのセリフから来ています。
この改題によって非常にキャッチーな印象を与えます。というのも、命令形の映画タイトルは目に留まりやすい傾向にあるからです。
例えば『北北西に進路を取れ』(1959)『現金に体を張れ』(1956)などは、サスペンスジャンルとしてのスリリングさをタイトルで伝えるのに十分な効果を発揮しています。
近年の作品でも、『暁に祈れ』(2017)や『動くな、死ね、蘇れ!』(1989)などタイトルに込められた力強さやダイナミックさは実際の内容から醸し出しています。
漫画的と感じるほどベタな探偵映画
参考映像:テレビドラマ『探偵物語』(1979)
今の日本で「MARLOWE(マーロウ)」という名前は横須賀発祥の焼きプリン専門店として認知されているかと思いますが、店名の由来はもちろん本作の主人公フィリップ・マーロウであり、ビーカーに書かれた男のイラストはボガート演じるマーロウをイメージしています。
ハンフリー・ボガートが体現したハードボイルドなキャラクター像は『探偵物語』(1979)で松田優作が再定義し直し、それが今では一般化しているほど、象徴的です。
半世紀前に形付けられたハードボイルド像は今では恥ずかしさ、気まずさを覚えてしまう人も少なくないでしょう。
しかし本作はおよそ2時間の上映時間の中で、小説で描かれた内容を極めて散文的に拾い上げています。終始一人称的視点で語られる小説は、主人公が回想しながらタイプライターに記しているイメージがあります。
映画では序盤以降登場しなくなったスターンウッド将軍やガイガーの古書店の向かいの本屋など、脚色の為に省略された箇所は多いですが、中でも特徴的なのはビビアンとの関係をにおわせる結末です。
「The End」のクレジットの左下に映る灰皿に転がされた2本の煙草は、その後の関係を示唆するものですが、原作における長女ビビアンは、マーロウの前を過ぎ去る女のひとりにすぎません。
これは実際の夫婦であるマーロウ演じるボガートとバコール演じるビビアンの実生活を、透かした変更だったのでしょう。
最初は反駁し合っていた2人が調査の中で、遭遇する人々を即興の嘘でごまかす為に協力するくだりや、気持ちを伝えあうようなセリフのやりとりは極めて抽象的で、「愛している」という言葉が劇中一度も登場しない点など、ハードボイルドさをうかがわせる描写と言っていいでしょう。
まとめ
記事の冒頭にて、ハードボイルドが身に着けるガジェットについて触れましたが、本作をご覧になると分かる通り、主人公マーロウは身の回りの所有物に対するこだわりはさしてありません。
それはハードボイルド映画がプロダクトプレイスメントやコスチュームプレイに縛られて製作されていないからです。
これが「007」シリーズでしたら、男性の理想を表象するようなキャラクター性は共通するにせよ、身に着ける高級品はブランド名・固有名詞で語られ、画面を彩ります。
西部劇や史劇であったら衣装そのものが時代性を象徴するものとして機能します。しかし本作は40年代に製作された40年代を舞台にした映画なので、小道具は当時当たり前に存在したもの。服装の着こなしには、齟齬が生まれ「ごっこ遊び感」の出る余地はありません。
リメイクでは絶対に作り出せない当時の空気感、恥ずかしさを感じさせないストレートなハードボイルド味は、この映画以外では決して味わえません。
本作は時代の流れに沿うかたちで再解釈され、元の定義が揺らいでしまったハードボイルドの本流が分かる入門映画の決定版です。