連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第3回
世界のあらゆる国の、様々な事情で埋もれかけた映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第3回で紹介するのは、ノーベル賞受賞作家の小説を映画化した『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』。
「未体験ゾーンの映画たち」と言えば玉石混交、隠れた名作から珍作・怪作までそろえたラインナップで注目されています。
その中で本作はジョニー・デップ、アカデミー助演男優賞受賞のマーク・ライランスが出演した、スケールの大きな大作映画。
2019年ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された作品が、全貌を現します。
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CONTENTS
映画『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』の作品情報
【日本公開】
2021年(イタリア・アメリカ映画)
【原題】
Waiting for the Barbarians
【監督】
シーロ・ゲーラ
【キャスト】
マーク・ライランス、ジョニー・デップ、ロバート・パティンソン、ガナ・バヤルサイハン、グレタ・スカッキ、デビッド・デンシック
【作品概要】
とある帝国の辺境の地。平穏を保っていた城塞に住む人々の運命は、ある男の来訪で狂い始めます。壮大な自然を背景に人間の愚かさを描く、風刺を秘めた映画です。
デビュー作で注目され『彷徨える河』(2015)でカンヌ国際映画祭監督週間で最高賞受賞、アメリカのバラエティ誌で「2016年に注目すべき監督10人」の1人に選ばれたシーロ・ゲーラ。
ノーベル賞作家J・M・クッツェーが自作の小説「夷狄を待ちながら」を自ら脚本化し、それをゲーラ監督が映画化した作品です。
主演は『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015)でアカデミー賞を獲得し、『ダンケルク』(2017)や『レディ・プレイヤー1』(2018)に出演のマーク・ライランス。
『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018)など、数々の有名作でお馴染みジョニー・デップ、『TENET テネット』(2020)の出演で知名度を上げたロバート・パティンソンらが出演しています。
映画『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』のあらすじとネタバレ
荒涼とした大地を、黒い制服に身を包んだ騎兵に護衛された、1台の馬車が進んできます。
とある帝国の辺境の、多くの住民が住む城塞の中の街。この地を統治する行政官(マーク・ライランス)はここに赴任していました。
~夏 「大佐」~
行政官は城塞の街に馬車で到着した、帝国から派遣された秘密警察所属のジョル大佐(ジョニー・デップ)を出迎えます。
蛮族が攻めてくるとの噂に帝国政府は、辺境の調査に大佐を派遣したのです。自分はこの地の地理や状況に疎く、行政官は現地の実情に詳しいかと尋ねる大佐。
帝国の支配外にある、遊牧民の住む地の実態は判らないが、彼らとは問題なく交流してると答えた行政官。長らく辺境に住む彼は、すっかり暮らしに慣れてしまったと答えます。
大佐と別れ街を視察した行政官は、住人から現れた大佐がどんな人物か聞かれます。帝国に蛮族が攻めてくるという話が広まっていましたが、その噂をこの地では誰も信じていません。
翌朝、ジョル大佐を連れ街を案内する行政官。彼は大佐から囚人を管理する牢獄があるか聞かれます。大した犯罪も無く、古い兵舎を留置所代わりにしていると説明する行政官。
そこには羊泥棒と疑われた、遊牧民の2人の男が収容されていました。彼らの言葉が判る行政官は2人は盗賊ではなく、病の甥とその叔父で薬を求めこの街にやって来た、と説明します。
ジョル大佐は自ら尋問したい、と告げました。老人と病人の2人が襲撃部隊の訳がないと主張する行政官。
嘘をつく相手には、辛抱強く繰り返し圧力をかければ真実を話す。真実か否かは声の調子で見極められると語る大佐は、行政官を立ち会わせずに尋問を開始します。
日常の業務に戻る行政官。隣人の豚が庭を荒らしたという住人の訴えを仲裁し、太古にこの地に住む人々の遺物を発掘調査し、1日は終わります。
翌朝、従兵(デビッド・デンシック)から手紙を受け取った行政官は、急いで留置所に向かいます。遊牧民の少年は傷ついて怯え、その叔父は既に死んでいました。
拷問を加え供述を取ったと知り、行政官は朝食中のジョル大佐に抗議します。国境の情勢を知るには更なる情報が必要だと大佐は告げ、1週間分の食料と兵士の提供を要求します。
少年が拷問で襲撃の動きの自白を強要されたと知り、平穏な関係を保っている遊牧民との関係を悪化させるだけだ、と抗議する行政官。
その訴えを無視し、大佐は拷問した少年を道案内にして部隊と共に国境地帯に向かいました。
行政官は実情に疎い秘密警察の大佐の行動は、地域の平穏を乱すと懸念し、帝国が実情に疎い人物を調査に派遣したことを抗議する手紙を書きます。
その夜、何人かの遊牧民を捕虜として引き連れた大佐の部隊が帰ってきました。
大佐の行動を止めることが出来きず、駐屯する兵士が通う娼館の女に慰めを求める行政官。
牢屋に収容された遊牧民たちは、非人道的な扱いを受けていました。行政官の前に現れたジョル大佐は、必要な情報を得たのでこの地を去ると伝えます。
今回得た情報は一部に過ぎない、辺境各地で同様の調査が行われ、蛮族の企ての全貌が明らかになるだろうと話す大佐。
どの地域の行政官も調査に協力的だが、ここはそうではなかったと告げ、辺境地域にはいずれ大掛かりな処置が必要だと言葉を続けます。
大佐が引き上げると部下の兵たちを叱りつけ、ただちに拘束された遊牧民を開放しろと、行政官は命じました。
~冬 「少女」~
薄く雪が積もる時期、行政官は街の中で松葉杖を持つ、物乞いの少女(ガナ・バヤルサイハン)を見かけ去るように伝えます。街は住人ではなく、職も持たぬ浮浪者の存在を禁じていました。
しかし足が不自由で、言葉も異なる遊牧民の女は街を去りません。彼女を哀れみ邸宅に招いた行政官は、その両足首が傷つき化膿していると気付きます。
その足を丁寧に洗ってやった行政官は、やがて疲れ果て寝てしまいます。その姿を見て初めて笑顔をこぼした少女。
街に帝国から派遣された、正規軍部隊が到着します。行政官は部隊の隊長を歓迎しました。
隊長に対しジョル大佐の僅か1週間の行動が、この地の情勢を不安定なものに変え、今もこじれた民族間の関係は修復出来ていないと訴える行政官。
隊長は帝国の一部であるこの土地を、必ず蛮族の手から取り返すと自信ありげに語りました。
国境があって無いような辺境に帝国は城塞を築き、この地に定住する人も現れました。しかし現地の民は、我々をいずれ立ち去るよそ者と見ている、行政官はそう説明します。
定住しない遊牧民の討伐など不可能と言う行政官に、隊長は我々は決して去ることなく、帝国の防衛に不可欠なこの地域を確保すると告げました。
何も語ろうとしない少女を屋敷に住まわせ、世話を続ける行政官。
従兵のクラークと屋敷に娘と孫と住む家政婦(グレタ・スカッキ)は、行政官と少女が男女の関係か噂していました。
家政婦の娘と共に洗濯をし、覚えた言葉を交わす少女を呼び、髪を洗ってやる行政官。目元の傷に気付き、彼女がジョル大佐に捕らえられ、拷問された遊牧民の1人と気付きます。
部下の兵士の尋問の様子を訊ね、告白を強要された父の前で彼女は拷問され、両足首を折られ、そして父は死んだと知ります。部下から報告されなかった事実に衝撃を受ける行政官。
少女に何をされたか尋ねた行政官は、背中についた無残な傷跡を見せられます。そして拷問の実態について聞かされました。
彼女に対し望むのであれば、部族の元に送り届けようと伝える行政官。
1週間か10日の行軍を命じられた兵士たちは、行政官が少女を連れて現れたことに戸惑います。
しかし命令に従い、兵たちは行政官と少女と共に城塞に囲まれた街を出発します…。
映画『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』の感想と評価
登場する軍隊の装備を見ると、時代は19世紀半ばでしょうか。帝国の辺境は北アフリカにも、中東のどこかにも見える風景です。
そして帝国の敵とされた人々は、中央アジアの遊牧民のような姿です。南アフリカのノーベル賞作家J・M・クッツェーが1980年に発表した原作通り、架空の時代・場所の物語です。
原作を彼がを自ら脚本化した映画が本作です。そのテーマは21世紀の現代社会への風刺していると、誰もが気付くでしょう。
しかし、ここは原点に帰るためにも、小説が書かれた当時の南アフリカを振り返りましょう。
過去の南アフリカ共和国の姿が現在を風刺する
参考映像:『RECCE レキ 最強特殊部隊』(2018)
かつて人種隔離政策、アパルトヘイトを行っていた南アフリカ共和国。第2次大戦後旧植民地諸国が次々独立、1960年にアフリカで17か国が誕生し、「アフリカの年」と呼ばれました。
アパルトヘイト体制下の南アフリカは、周辺に黒人国家が生まれる状況に危機感を募らせます。
近隣の白人国家ローデシアで1965年~1979年に行われた内戦に介入するなど、 自国の体制を守るため国の外や辺境で戦いを繰り広げます。
様々な思惑を持ち、東側陣営諸国が支援する黒人勢力と戦いは泥沼化、多くの人命が失われ国は疲弊し、辺境に住む人々は苦難に巻き込まれます。
J・M・クッツェーはこの時代に、原作小説「夷狄を待ちながら」を執筆しました。
架空の場所を舞台にした物語は、南アフリカ人々が置かれたの状況を切実に反映したものです。
日本人には馴染のない当時の南アフリカ周辺での戦い。これを1981年を舞台に、南アフリカ特殊部隊員の作戦行動を軸に描く映画があります。
それが「未体験ゾーンの映画たち2020」で上映された『RECCE レキ 最強特殊部隊』。
人種隔離政策を内外から批判され、世界から孤立しながら戦い続けた結果、軍事技術だけは発展し過去に一時、核兵器まで保有していた南アフリカ。
『ロボコップ』(1987)が描いた近未来では、南アフリカ白人政府が暴動に対し、中性子爆弾(核兵器)の使用を許可したニュースがTVに流れる、それがネタになる状況でした。
歴史を正面から描いた映画以外の、娯楽作品からも世界の様々な状況が読み取れるものです。
ジョニー・デップにはハマリ役すぎです
深いテーマを持つ小説を作者自らが脚本化、活躍が期待される監督が選ばれ、名だたるスターの出演で製作された本作。
複雑な主人公を演じるマーク・ライランス、時流にのって横暴に振る舞う若者を演じたロバート・パティンソンの演技は見応えあり。
特にある種のカリスマ性を持つ、同時に偏狭な大佐を演じたジョニー・デップの演技は彼の新境地、と言って良いでしょう。しかし、これが不幸な結果を生むとは皮肉です。
2014年に彼と結婚したアンバー・ハードがDV被害を訴え、2016年に離婚したジョニー・デップ。離婚後も双方が相手のDV行為を訴える泥仕合を演じます。
デップは2018年、ワシントンポスト紙に書かれた記事の内容で元妻を名誉棄損で告訴、また同年イギリスのSun誌が彼のDVを報じた記事も同じく訴えます。
それまで家庭内の出来事と静観気味だった世間も、裁判の進行と共にどうやらデップのDVは本当らしい、という見方に変わります。
2019年、ベネチア国際映画祭でお披露目された本作。その際インタビューで「私は悪役が大好きです。でも、それを演じるのは簡単ではなかった」と答えたジョニー・デップ。
本作の大佐と行政官の関係はサディストとマゾヒストの関係で、状況を支配しているのは実はマゾヒストだと解説しています。
今となっては誰もが「お前が言うか?」と思うでしょう。裁判の進展と共にイメージが悪化した彼が、拷問者を演じたのでは洒落にもなりません。
結局コロナ禍もあって、アメリカでは2020年8月配信で公開された本作。散々な結果です。
そして2020年11月、ジョニー・デップはSun誌との裁判に敗訴。結果として彼の元妻へのDV行為を、裁判所が認めた形になりました。
芸能人の不倫に厳しい日本は海外に比べて異常、という声もありますが、アメリカでは日本よりモラルハラスメント、特にそれが立場を利用したものであれば、徹底的に糾弾されます。
それに虚偽の説明が加われば最悪。敗訴直後にデップの「ファンタスティック・ビースト」シリーズからの降板が発表されました。
芸能人や関係者の不祥事で、映画が割を食うのはどこの国も一緒です。不幸な一面に関係なく、本作は優れた映画だと強調しておきます。
まとめ
思わぬケチが付いた感がありますが、モロッコで撮影された風景も壮大で美しい『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』。
現在映画化された本作は対テロ戦争後、あるいはアラブの春運動の後の中近東地域に、様々な思惑で介入したものの、結局混乱を招いただけの各国の姿に重なります。
また国際情勢だけでなく、相手を敵に祭り上げ糾弾することに終始し、気付いた時には取り返しの付かない状況になっている人の姿は、我々の身近に余りに多数存在します。
深い示唆に富んだ作品として、この映画をご覧下さい。無論、拷問もDVもダメです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回の第4回は、福士誠治初主演作!任侠映画とアクション映画が要素がはじける作品『ある用務員』を紹介します。お楽しみに。
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