連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第2回
世界のあらゆる国の、様々なジャンルの埋もれかけた映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第2回で紹介するのはSFスリラー映画『アーカイヴ』。
すさまじい勢いで進歩する人工知能=AI。2045年にはAIの性能が人類の知能を上回る、技術的特異点がやってくるとの説があります。
人間の知能や魂が記憶の集合に過ぎないなら、膨大な情報を入力したAIは魂を持つのでは。繰り返し問われるSF的テーマです。
人間の記憶を収めた人工知能が、人間同様の機能を持つ体を得る。その技術的進歩の過程は、どんな状況を生み出すのか。
その物語を日本を舞台に、ミステリーとして描く本作には、意外な結末が待っています…。
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CONTENTS
映画『アーカイヴ』の作品情報
【日本公開】
2021年(イギリス映画)
【原題】
Archive
【監督・脚本・美術】
ギャビン・ロザリー
【キャスト】
テオ・ジェームズ、ステイシー・マーティン、ローナ・ミトラ、トビー・ジョーンズ
【作品概要】
事故で妻を亡くしたロボット工学者は、日本の山奥の施設でアンドロイド開発に従事します。彼の目的は妻を蘇らせること。お馴染みの設定を斬新な切り口で描くSFミステリー映画。
ダンカン・ジョーンズ監督の『月に囚われた男』(2009)で、美術を担当したギャビン・ロザリーが監督。数々のビデオゲームの美術にも関わった彼の初長編映画監督作です。
主演は『ダイバージェント』(2014)シリーズや、『バグダッド・スキャンダル』(2018)のテオ・ジェームズ。
『ニンフォマニアック Vol.1/2』(2014)や『アマンダと僕』(2018)のステイシー・マーティン、『ドゥームズデイ』(2009)や『スカイライン 逆襲』(2020)のローナ・ミトラ。
『ミスト』(2008)に「キャプテン・アメリカ」シリーズ、『裏切りのサーカス』(2011)の個性派俳優、トビー・ジョーンズが共演しています。
映画『アーカイヴ』のあらすじとネタバレ
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薄く雪の積もる、山の中を1人走るロボット工学者のジョージ・アルモア(テオ・ジェームズ)。日本の山梨にある、山奥に作られた研究施設に彼は戻ります。
人型のアンドロイド、J2(声=ステイシー・マーティン)と会話を交わし作業するジョージ。彼はARM社の研究施設に住む、ただ1人の人間でした。
J2は彼が最初に開発した、腕が無く2足歩行のロボットJ1をバージョンアップしたものです。
ジョージに対してJ2はハンバーガーを食べてみたい。夢を見た、夢の中でドライブしたと話します。何か覚えているかと聞かれると、目覚めた時に悲しかったと言うJ2。
J2をJ1を格納すると、彼はリビングで黒い大きな装置の前に座ります。呼び出し音の後、モニターに映ったのは彼の妻ジュール(ステイシー・マーティン)の顔です。
ためらいがちに話すジュール。回線が不安定なのか通話は途切れます。もどかしい思いを抱くジョージ。
ジョージはかつて妻とドライブした日を思い浮かべます。車のフロントガラスの前に、小さなJ2の模型がありました。
彼に会社から連絡が入ります。モニターに映ったシモーヌ(ローナ・ミトラ)は厳しい態度をとります。
同じARM社のロボット開発で成果を上げたシモーヌは、今は彼の上司です。会社と3年の契約で自由な研究を約束されたジョージに、成果を上げねば契約を見直すと告げました。
彼女は社の機密が狙われていると告げ、ゼキュリティ強化を命じます。ここは秘密の場所で必要ない、開発が遅れると言うジョージに、システムのバックアップをとれと命じたシモーヌ。
ジョージに彼女は嫌いと告げるJ2。ジョージは社に隠れて、独自に開発したAIを使用するアンドロドを製作していました。
彼はJ2をバージョンアップした、より人間に近いJ3(声=ステイシー・マーティン)を開発中です。
上半身しか完成していないJ3に、ジョージはデータをダウンロードします。それは彼女の亡き妻ジュールに関するもののようでした。
J3の開発作業を行うジョージの姿を、密かに見つめているJ2。
ジョージがJ2と施設外のセキュリティ装置の点検を行っていた時、J2はあなたが何をしてるか知ってる、と言い出しました。
自分より優れた妹=J3が作られれば、自分はジョージから捨てられると訴えます。
そんな事はしないとなだめ、雪に濡れたJ2を先に施設に帰らせたジョージ。
ジョージが未完成のJ3を起動すると、アンドロイドは悲鳴を上げます。進歩したAIを持つJ3に、彼は今は睡眠状態と同じだと言い聞かせます。
その頃J2は、リビングに置かれた黒い大きな装置を見つめていました。
施設を出ようとしたジョージは、セキュリティゲートが開いていると気付きます。
J2とゲートの点検するジョージは、J3開発のためにJ2の脚を見せて欲しいと頼みます。言葉を聞き不安げなJ2。
セキュリティ装置には手が加えられていました。怒るジョージに、J2は何もしていないと否定します。
珍しく来客を載せた車両が現れます。アーカイヴ社のシンクレア(トビー・ジョーンズ)と名乗った男は、奥さんに会いたいと告げました。
研究所を外界から遮断する橋を接続し、ジョージは車両を招き入れます。彼らに見られないようJ1とJ2を隠すジョージ。
彼は黒い装置が置かれた居間に来客を案内します。奥さんは「眠り」に移行中と聞いている、とシンクレアは確認します。
彼の部下メルビンが装置のメンテナンスを行います。妻ジュールは2年8か月と4日サービスを利用し、通話に問題無いか尋ねるメルビン。
回線が途切れがちとジョージが答えると、傾眠状態(意識障害の程度の1つ。刺激があれば覚醒するが、すぐ意識が混濁する状態)なら起こりうるとメルビンは説明します。
我が社のアーカイヴ体験は、通常故人と最後の音声会話で終了する、とジョージに伝えるシンクレア。
点検作業中のメルビンは、装置のセキュリティに手が加えられたと気付きました。
まだ開発途上の「アーカイヴ」は、故人の意識や記憶を保管し、会話することを可能にする装置です。ジョージはこれを利用し、亡き妻ジュールと語っていました。
やがて故人のデータは失われます。家庭で使用する「アーカイヴ」は、最期を迎えると法的に遺体同様に扱われ装置は埋葬されます。
「アーカイヴ」の中の妻に、最期の時が近づきつつありました。装置に外部から手を加える行為は許されていません。
それはアーカイヴ社の権利の侵害にもなります。何か行われたと気付いたメルビンと言い争うジョージ。
装置を見て何か気付いたのかシンクレアは誤解があったと詫び、メルビンを引き下がらせます。
それ以上は何も言わず、シンクレアは部下と共に去って行きました。
彼らが引き上げると未完成のJ3を起動し気分を訊ねるジョージ。J3は混乱していると答えます。
J2よりはっきりした自我を持ち、巧みに言葉を操るJ3は動揺していました。しかしジョージに話しかけられ、徐々に自分を受け入れます。
作業を終え眠るジョージ。J2は自ら外に出て、流れ落ちる滝を見つめています。自らの小さな模型を手にしたJ2。そしてJ1は「アーカイヴ」の前に立っていました。
J3の味覚と共感力をテストするジョージ。彼は開発中のJ3に、限りなく人間に近い機能と感覚を持たせようとしていました。
現れたJ2を見て正体を訊ねたJ3に、ジョージは2番目の試作機だと答えます。作られた「私たち」は3人かと聞くJ3。
J2が去った後ジョージとJ3の前に、今度はJ1が現れます。J1の腕を作る時間は無かった、と説明するジョージ。
ジョージは3台のアンドロイドに人間の頭脳に相当する、機械学習する階層型AIを搭載していました。
人間ならJ1は5~6歳程度、バージョンアップしたJ2は15~16歳程度の知能を習得し、成長を止めたと説明します。
J3に君は完全な人間の頭脳と同じ知能を獲得すると告げるジョージ。会話を離れた場所で、J2がモニターで見ていました。
ジョージは妻と暮らしていた頃の夢を見て目覚めます。彼はJ3に無線機を渡し野外作業に向かいます。
J2も行動を共にしたがりますが、妹(J3)の面倒を見るよう言い出てゆくジョージ。
作業中のジョージにJ3から無線が入ります。施設内に停電が発生、J3はシステムのバックアップを作動させますが、思わしくない様子です。
ジョージが双眼鏡で見ると、ドローンらしき物体が上空を飛行していました。
施設に戻り作業するジョージを手伝おうと、J2が話しかけます。しかし1人で作業を続けるジョージ。
今日もモニターで古いアニメを見ていたJ1に、ジョージは休めと促します。J2は飾られた芸者の絵を見つめていました。
ARM社開発部門の責任者シモーヌは、セキュリティの確認のためリスク査定人のタッグとの面会を命じました。施設内を見られたくないジョージは、外で会うことにします。
研究施設を出て、繁華街に向かったジョージはとある店でタッグと面会します。
ARM社に対する対企業テロで研究員が2人死亡し、1人が行方不明だと告げるタッグ。
話を切り上げ帰ろうとするジョージに、タッグは君は何者かに監視されていると伝えます。タッグが見せた写真に、就寝中のジョージが映っていました。
誰が撮影したか聞いてもタッグは答えません。彼はジョージに緊急時に使用するトランクを渡します。
留守中の研究施設でJ3の顔のパーツを製作していたJ2は、完成したパーツを壊します。
あの日、ジョージはジュールとドライブしていました。ジョージは妻に研究が認められ、ARM社から3年の契約で自由にアンドロイドを開発できると報告します。
そのために日本の山梨にある、今は未使用の研究施設に赴任すると伝えるジョージ。
ジュールは喜び同時に戸惑っていました。そしてジョージの視界に、横転した車が飛び込んできます…。
施設の警報音でジョージは夢から目覚めました。
確認するとガラス窓が破られていました。侵入者は見当たらず、J1とJ2は格納されたままですが、しかし上半身だけで移動できないJ3の姿がありません。
彼は緊急事態用のトランクを開けます。中には銃があり、蓋に内蔵されたモニターにタッグが映し出されます。
何事かと説明を求めるタッグに問題は無く、中身を確認したくて開けたと告げるジョージ。
施設内を見られたくないジョージは、怒るタッグを誤魔化します。彼は車に乗り敷地内を調べます。
雪の中J3を探すジョージは、妻と歩いていた日を思い出していました。
彼はジュールに「アーカイヴ」の使用を提案します。そこに自身の記憶などのデータを保存すれば、遺族は最大200時間故人と会話できるのです。
死後も意識を保存できれば、突然の死でやり残した事が片付けられ、何より遺された者と対話できると語るジョージに、難色を示すジュール。
そんな妻に対し2人で契約しようとジョージは提案していました。
ジョージが留守にしている時、J2は破られた窓を見ていました。そこに「アーカイブ」からの呼び出し音が鳴ります。
あの日、夫婦は言い争っていました。ジュールは夫が「アーカイヴ」に執着することが理解できず、自分は箱の中に閉じこめられるのは嫌だ、と言いました。
雪の中、捜索用のドローンを飛ばすジョージ。しかしJ3は発見できません。
ジョージは森の中でJ2が持っていた、小さなJ2の模型を拾いました…。
映画『アーカイヴ』の感想と評価
SF的設定を持つ作品ゆえに、文字化すると長くなりました。映画は流れるように鑑賞できるのでご安心下さい。
機械の中に保存された亡き妻の記憶。そのデータをAIの中に魂として再構築し、アンドロイドとして蘇らせる。
SFファンならゾクゾクする設定を見事に映像化し、それが思わぬ結末を迎えますから、このテーマが好きな人なら迷わず見るべき映画です。
SF映画はストーリー以上に、世界観を構築する設定やセリフ、小道具やセットといったアイテムが重要。
美術出身の監督の映画、と聞いてピンとこない人も、閉鎖空間で不条理状態に陥った男を描くSF映画、『月に囚われた男』の美術の方と聞けば納得するでしょう。
コンピューターのクラッシュ体験が本作を生んだ
監督のギャビン・ロザリーは、2011年に自宅で使用する2台のパソコンが同時にクラッシュした体験が、この映画を生んだと話しています。
その結果『月に囚われた男』など、自分の積み上げた仕事の数々を失った監督。パソコンを頼りに生活する人なら、人生の一部を失うような体験だと実感するでしょう。
その結果、まるで喪に服したような気分を味わったと振り返る監督。この体験が愛と喪失を扱う本作のアイデアになったと話しています。
自分のSFへの興味は、父からの影響だと語るロザリー監督。
彼の父は多くのSF小説を持っていました。自分は常にアートを最優先だったと回想する監督は、幼い時SF小説の表紙を見て、本に記された物語を想像していました。
そういった体験が自分の美学を育て、映画美術の分野で活躍する道へ進んだと話しています。
本作の一番の魅力的なSFアイテムはJ1、J2、J3のアンドロイドたち。いずれもスーツを着た俳優が演じたと説明する監督。
女性の属性を持つ各アンドロイドは、女性に演じてもらうつもりでした。しかし余りに重く柔軟性に欠けるJ1は、それを製作し熟知した男性スタッフが演じることになりました。
ロボットのスーツに予備は無く、撮影に細心の注意が必要でした。『スターウォーズ』(1977)のR2-D2とC-3POを撮影した苦労を想像すると、信じられないと監督は語ります。
限られた予算で作られた本作は、『スターウォーズ』と同じ70~80年代のテクニックを駆使して作られました。
こうして描かれたアンドロイドのJ3は、最終的に演者のステイシー・マーティン自身になるまでに進化します。
しかし不器用だが哀愁漂うJ2、そして物言わぬ武骨なJ1の方が、より多くの感情を表現しているように感じられます。
ダグラス・トランブル監督の『サイレント・ランニング』(1972)の物言わぬロボット「ドローン」、それを進化させたピクサーとディズニー映画『ウォーリー』(2008)の「WALL・E」。
そんなロボットたちに愛情を感じる方にも、この映画は必見です。
「攻殻機動隊」シリーズの世界観をより発展させる
参考映像:『イノセンス』(2004)
人間の膨大な記憶が魂を生むのか。ならば人間と同様に膨大な記憶、データを蓄積したAIは魂を獲得するのか。
人間と機械の間をさまよう意識、魂を「ゴースト」と呼び、様々な物語を描いたのがコミック・アニメ・映画として発展、ハリウッドで実写映画化された「攻殻機動隊」シリーズです。
J3のデザイン、そしてJ3の創造シーンは明らかに、押井守監督作『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)を再現したものです。
本作の「ゴースト」をテーマにした物語は、その続編『イノセンス』の世界観を発展させたもの。そして愛する女性を求め探す男を描く『イノセンス』とは、また異なる形のメロドラマです。
その意味で本作は、ハリウッド版映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)より、「攻殻機動隊」シリーズに忠実な作品と言えるでしょう。
本作出演のトビー・ジョーンズは、「キャプテン・アメリカ」シリーズでナチの天才科学者、死後は自分の意識を古く巨大なコンピューターに移したヴィランを演じています。
それを意識しての本作への起用なら、心憎いキャスティングだと言えるでしょう。
まとめ
「攻殻機動隊」シリーズの、特に押井守の映画2作品のファンなら必見の映画『アーカイヴ』。
『ブレードランナー』(1982)を思い出させるサイバーパンクな日本、そして絶景過ぎる山梨県(ロケ地・ハンガリー)の描写に、唖然とする方もいるでしょう。
しかしラストまで見れば、そんな脳内イメージのようなトンデモ日本描写も、成程と納得できます。
全ての謎が解けると、ジョージにとって研究施設や様々な物、現れた人物、3体のアンドロイドは何であったか考えたくなるはず。
ギャビン・ロザリー監督は映画に仕掛けた謎を解くヒントとして、研究施設内に「芸者の絵」を用意したと説明しています。
J2が見つめるなど、様々な場所で登場する「芸者」を探して欲しいと語る監督。本作をより深く読み解きたい方は、注目してご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回の第3回はジョニー・デップ主演!ノーベル賞受賞作家の小説を映画化した『ウェイティング・バーバリアンズ 帝国の黄昏』を紹介します。お楽しみに。
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