映画『滑走路』は2020年11月20日(金)より全国順次ロードショー!
32歳でその命を絶った歌人・萩原慎一郎のデビュー作にして遺作となった唯一の歌集を映画化した映画『滑走路』。年齢も立場も異なる男女3人が、それぞれの抱える問題と苦しみながらもがき続ける姿、そしてその先にある希望を描き出しました。
このたびの劇場公開を記念して、自主製作映画『ノラ』『キュクロプス』によって各映画祭にて高い評価を獲得し、本作が商業映画デビュー作となった大庭功睦監督にインタビュー。
映画化にあたって歌集という原作とどう向き合っていったのか、映画における「記憶」の在り方、これからの映画制作に対する思いなど、貴重なお話を伺いました。
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短歌という「点」を結んだ存在
──歌人・萩原慎一郎さんが遺した歌集を映画化するにあたって、歌集とはどのような形で向き合い制作を進められていったのでしょうか?
大庭功睦監督(以下、大庭):原作の歌集では瞬間瞬間のエモーションのようなものが非常に瑞々しく、鮮やかに描かれているんですが、それらを映画で直接描写しても「点」にしかなりません。その「点」をどう「線」にしていくかを考えていた時に、Amazonに書かれた原作の読者レビューに目が留まったんです。
そのレビューにおいて、執筆者たちそれぞれが自身の経験と歌集を引き合わせた上で、内面をさらけ出すように自身の思いをレビューに書いている様子がとても印象に残ったんです。そうした歌集と読者との深い部分での結びつきにインスピレーションを得て、レビューを書いた読者の方々を群像劇の形式で描き出すようにしていけば、「線」としての映画になり得るのではと考えました。
手加減も誇張もせずに「あるべき姿」として描く
──本作はあらゆる形の苦悩とともに生きていく中での希望を描く一方で、希望を見出すに至るまでの数え切れない程のかなしみも描かれています。
大庭:Amazonにレビューを書かれた方々の中には、何かしらの精神的な傷を負っている方もいらっしゃったのですが、その傷を歌集、ひいては原作者の萩原さんと共有することで、ある種のカタルシスを得ていらっしゃるのだと思いました。
その結びつき方を念頭に置くと、生きていく上で誰しもが負っているであろう傷を、映画の中で何らかの形で描写することは避けられないと思っていました。しかも、それを変に手加減した描写にするわけにもいかない。
ただ、だからといって悲惨さを誇張した映画にしようとも考えてはいませんでした。あくまでも「フェア」に、手加減も誇張もせずに「あるべき姿」として描こうと制作を進めていきました。
記憶は「振り返る」ものではなく
──大庭監督は本作のみならず、過去作の『ノラ』『キュクロプス』でも「記憶」という要素を重要な題材の一つとして描かれています。監督にとって映画における「記憶」とは何かを改めてお聞かせ願えませんか?
大庭:大方の人は、「現在は過去に規定されている」と感じていると思いますが、僕も例外ではなく、また、「その規定から逃れたい」と感じることが度々あります。
人はつい、目の前の事だけに囚われて、「今」という時間を絶えず繰り返し続けるのが人生だと考えがちです。でも、「今」はあの頃にとっての「未来」でもあり、この先振り返るであろう「過去」でもあります。そう考えると、僕らは「今」と「未来」と「過去」の時間を同時に生きているわけです。その時間感覚に基づくと、「記憶」と呼ばれるものは、時間軸に沿って「今」の後ろに並んでいるのではなく、ある意識の表層に等しく並べられているものじゃないかと僕は感じているんです。
これはデジタル時代特有の考え方かもしれませんが、記憶は「振り返って思い出すもの」ではなく、脳内ストレージからパッと手元に引き寄せるものだというイメージですね。
大庭:僕が以前、助監督として関わった映画に『マチネの終わりに』という作品があります。その作中には「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです」というセリフがあるのですが、その言葉が僕の時間と記憶に対する感じ方にピタリとはまったんです。
もし、自身にとって辛くて思い出したくない過去の出来事があったとします。しかし、その過去に向き合いながら、自身を肯定できるようなより良い未来を生きることができたら、その未来の視点から、辛い過去をも肯定的に捉え直せるかもしれない。
そのように過去、現在、未来を考えた時に、それらは時間軸における順位性では無く、ある平面において併存するようなあり方でお互いが作用し合うと言えると思います。それを映画においてイメージで表現すると、今作のように、どの時間における出来事も、等価値のイメージとしてつなぎ合わされ、構成されていくわけです。
映画制作における「バランス」
──本作は大庭監督にとっての商業映画デビュー作となりましたが、今後監督はどのように映画制作を続けていきたいとお考えなのでしょうか?
大庭:ある映像と他の映像を結びつけることで、新たな第三の意味を生み出すのがモンタージュの基本ですが、そこに映画ならではの魅力を感じています。ただ、それだけを無闇に続けていても映画は散逸していくばかりなので、劇映画を撮り続けていきたい僕としては、物語をイメージのモンタージュで表現し、観る方に映画でしか味わえない感動や興奮をもたらすことができたらと感じています。
黒沢清監督や是枝裕和監督たちの仕事からは、表現としての芸術性と親しみやすさとしての娯楽性のバランスがとても意識されているのを感じます。だからこそ、歴史性と同時代性を兼ね備えた魅力ある映画を作り続けられているんだと思います。
そのように、どちらかに偏り過ぎず、「映画を作る」という行為と「映画を観る」という行為を繋ぎ止め、深めていけるような映画作りを、これから続けていければと思っています。
インタビュー/河合のび
撮影/笛木雄樹
大庭功睦監督プロフィール
1978年生まれ、福岡県出身。2001年、熊本大学文学部卒。2004年、日本映画学校(現・日本映画大学)映像科卒。以降、『シン・ゴジラ』『マチネの終わりに』など数々の映画・TVドラマにフリーの助監督として携わる。
2010年に染谷将太主演『ノラ』を自主製作し、第5回田辺・弁慶映画祭にて市民審査員賞、第11回TAMA NEW WAVEにてベスト男優賞(染谷将太)を受賞。2018年には『キュクロプス』を自主製作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にてシネガー・アワード、北海道知事賞をダブル受賞。第18回ニッポン・コネクション&第15回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内長編コンペティションでも正式上映された。
映画『滑走路』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
萩原慎一郎『滑走路』(角川文化振興財団/KADOKAWA刊)
【監督】
大庭功睦
【脚本】
桑村さや香
【キャスト】
水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓、池田優斗、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀
【作品概要】
32歳でその命を絶った歌人・萩原慎一郎のデビュー作にして遺作となった唯一の歌集を映画化。年齢も立場も異なる男女3人が、それぞれの抱える問題と苦しみながらもがき続ける姿、そしてその先にある希望を描き出す。
若手官僚の鷹野役を浅香航大、切り絵作家の翠役を水川あさみがそれぞれ演じる他、物語の中心となる学級委員長役を約500人のオーディションを勝ち抜き抜擢された寄川歌太が演じている。
映画『滑走路』のあらすじ
厚生労働省で働く若手官僚の鷹野(浅香航大)は、激務に追われる中、理想と現実の狭間で苦しんでいた。ある日、陳情に来たNPO団体が持ち込んだ“非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリスト”の中から自分と同じ25歳で自死したひとりの青年に関心を抱き、死の真相を探り始める。
30代後半に差し掛かり、将来的なキャリアと社会不安に悩まされていた切り絵作家の翠(水川あさみ)。子どもを欲する自身の想いを自覚しつつも、高校の美術教師である夫・拓己(水橋研二)との関係性に違和感を感じていた。
幼馴染の裕翔(池田優斗)を助けたことをきっかけにいじめの標的になってしまった中学二年生の学級委員長(寄川歌太)。シングルマザーの母・陽子(坂井真紀)に心配をかけまいと、攻撃が苛烈さを増す中、一人で問題を抱え込んでいたが、ある一枚の絵をきっかけにクラスメイトの天野(木下渓)とささやかな交流がはじまる。
それぞれに“心の叫び”を抱えた三人の人生が交錯したとき、言葉の力は時を超え、曇り空の中にやがて一筋の希望の光が射しこむ……。