SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー・ベン・ローレンス監督作品『南スーダンの闇と光』がオンラインにて映画祭上映
埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2020年も開幕。今年はオンラインによる開催で、第17回を迎えました。
そこで上映された作品の一つが、オーストラリアのベン・ローレンス監督が手掛けた長編映画『南スーダンの闇と光』。
戦場カメラマンという職業にスポットを当て、心に傷を抱える一人の戦場カメラマンと難民として戦火から逃れてきた一人のタクシー運転手が、戦場の写真をめぐって出会い、お互いの人生に複雑に絡んでゆく姿を描いた作品です。
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映画『南スーダンの闇と光』の作品情報
【上映】
2020年(オーストラリア映画)
【英題】
Hearts and Bones
【監督】
ベン・ローレンス
【キャスト】
ヒューゴ・ウィーヴィング、アンドリュー・ルリ、ヘイリー・マケルヒニー、ボルード・ワトソン
【作品概要】
今年は戦場カメラマンを主人公とする作品が2本並びました。ドラマとドキュメンタリーというジャンルの異なる2作品を見比べることで、映画の多様性も感じられるのではないでしょうか。
『南スーダンの闇と光』は、戦場カメラマンと紛争から生き延びた一人のタクシー運転手という2人の男性が、戦争と対峙するそれぞれの立場において、カメラマンの撮影したある一枚の写真をきっかけに交わっていく様を描いたヒューマンドラマ。
作品は第44回トロント国際映画祭や第24回釜山国際映画祭でも上映され高い評価を得ました。作品を手掛けたベン・ローレンス監督はこれまで多くのドキュメンタリーを手掛けています。長編デビュー作となった『Ghosthunter』は、世界で行われた数々のドキュメンタリー映画祭でも上映され高い評価を呼びました。一方で写真家としての面も持ち、アメリカやイギリスで賞も受賞している実力者でもあります。
主演を務めたのは、「マトリックス」シリーズのエージェント・スミス、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのエルロンドなどで有名なヒューゴ・ウィーヴィング。
ベン・ローレンス監督のプロフィール
1973年生まれ、オーストラリア出身。映画製作者レイ・ローレンスの息子としてロンドンで生まれた彼は、これまでさまざまな短編映画を手掛け、エディンバラ、クレルモン=フェラン、ロサンゼルス、サンジオ、サンパウロなどの映画祭で上映。一方で写真はニューヨークの国際写真賞、オーストラリアの全国ポートレート写真賞、ヘッド・オン・ポートレート写真祭、そしてロンドンのフォトジャーナリズムのスパイダー賞で高い評価を得ました。
2018年に発表し高い評価を受けた長編デビュー作『Ghosthunter』は、シェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭のイルミネート賞にノミネート、さらにAACTAアワードの最優秀ドキュメンタリー作品賞にもノミネートされ、シドニー映画祭では最優秀国内ドキュメンタリー賞を受賞しました。
映画『南スーダンの闇と光』のあらすじ
PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱え生きてきた戦場カメラマンのダン。普段の生活でその症状に悩まされてきた彼は、ある日サプライズで聞いたパートナーの妊娠のニュースを素直に喜ぶことができませんでした。
心の病に加え、父となることへの不安がのしかかるダン。
またある日、そんなダンのもとを、南スーダンからの難民だという一人のタクシー運転手・セバスチャンが訪ねてきました。
ダンはまもなく開催される自身の写真展を控えていましたが、セバスチャンは自身が同じ難民同士で結成したコミュニティーのコーラスグループを撮り、南スーダンの虐殺を捉えた写真を外してほしいとダンに懇願しました。
困惑するダンでしたが、故郷から逃れ、自身の過去を秘密にしながら今の妻と結婚し家庭を築き上げたというセバスチャンの人柄に、いつしか気持ちを寄せていきます。
ところがセバスチャンには、人には知られてはいけないもう一つの秘密がありました……。
映画『南スーダンの闇と光』の感想と評価
戦場カメラマンというポイントを、主点からずらした視点
著名な戦場カメラマンが撮影したという写真はあまた発表され、戦争という現場の凄惨な事実、一方でそんな中にやはり人は生きているという事実が描かれます。
それに対して、戦場カメラマンはどのような思いで現場に向かうのか、そんな心理を引き出します。
戦場という仕事場に向かう一方で「PTSDを抱え、家族との関係にも不安をのぞかせている」という、いわば“普通の人間”であります。そんな彼が写真として描き出すものとは何か。
報道という面で、作品はどのようなモチベーションで発表されるのかが問われる中、このポイントは非常に注目すべきものでもあります。
特に主人公・ダンは自身の安否すら完全な補償も受けられない中、ある意味さまざまな犠牲を払いながら生きている人間です。
主人公が実際に戦争の現場で撮影に出向くシーンは、オープニングからのわずかな時間のみ描かれ、本編の中では一切登場しません。
つまり映画での視点は、戦場カメラマンという立場から、ある意味その仕事を取り払った姿を描いたものといえます。
ベン・ローレンス監督インタビュー
「有名なものやあまり知られていないものなど、様々な戦場写真を見ているなかで、シドニーの展覧会で1枚の写真を見つけました。それはとても恐ろしい表情をする男のクローズアップ写真でした。それを見てから、頭の中にたくさんの疑問が浮かびました。
写真家は誰だろうか?その男とはどのぐらい離れていたのだろうか?そして、写真家はどの程度危険な状況だったのだろうか?そういう物語と写真、そしてそのひらめきがきっかけで、私はこの映画のストーリーを書き始めました。」
人間模様を交えて描いた「伝えること」への意味
そしてそんな彼のもとに突然現れたセバスチャンという男性。彼は自分の忘れたい過去が世にさらけ出されることを恐れ、ダンに詰め寄ります。
そのことに困惑するダン。この場面をクローズアップすると、さらに戦場カメラマンの撮影した写真、その発表という行為に対してカメラマン自身がどのような思いを寄せているか?そんな質問を提起しているようにも見えます。
セバスチャンとの出会いで、その写真のあるべき姿には、さまざまな思惑が生じてきます。物語を辿る中で、映画を見る側としてはダンの心理と同調し、映画を見進めていくに従い「戦場カメラマンの役割とは?」「彼らは果たして、何のために戦場を撮ってきたのだろう?」「戦場の写真を、どう発表していくべきなのだろう?」と考え始めることでしょう。
その物語の筋道の作り方は秀逸で、一見何気なく登場するものやハプニングが映像から湧き出る感情を増幅させる部分も多く、伏線の張り方も細かく巧みに作り上げられています。
また手持ちのカメラを用いて、フィルムカメラの大きな筐体ではなかなか撮れないような視点で人々の表情を繊細に追っているのは、“Dシネマ”の利点でもあるハンディーさを生かした画ともいえるでしょう。
微妙に手ブレで揺れる画像が、逆にドキュメンタリーチックな印象ももたらし、リアリティーを挙げているという点では、カメラマンとして活動しているキャリアで培ったセンスが、存分に生かされている印象もあります。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020 「観客賞」受賞コメント
本作はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020の国際コンペティション部門にて「観客賞」を受賞。ローレンス監督の授賞式への来場はかないませんでしたが、その喜びのコメントを寄せました。
「『南スーダンの闇と光』が観客賞をいただき、映画祭、そして、観客の皆さんに感謝いたします。滞在していたロンドンから発つ直前の、早朝の空港でこのニュースを聞き、とても驚いています。できれば実際に映画祭に参加したかったのですが……。いつかそれが叶うことを願っています」
まとめ
戦場カメラマンというテーマは、報道というテーマがさまざまな面で注目を浴びる現在、特に注目されるものの一つでもあります。
映画では2019年の東京国際映画祭でも出品されたオーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオー監督の『戦場を探す旅』などが、戦場カメラマンという視点を取り上げた作品として発表されました。
また9月28日にはノルウェーの国際平和研究所のウーダル所長が、10月9日に発表される今年の平和賞予想の1位に、米ニューヨークに本部を置き、報道の自由を擁護する国際非営利団体、ジャーナリスト保護委員会(CPJ)を挙げています。
ジャーナリズムというものに大きく注目が集まる中、戦場カメラマンという立場はさらに関心の高い職業であります。
同様に戦場カメラマンが登場する本作ですが、先述の作が「戦場カメラマン」という点にクローズアップされていた印象があるのに対し、本作ではカメラマンとしての仕事、キャリアというよりはその人間自体にクローズアップして描かれたという点で、こういった関心に対し一石を投じることでしょう。
戦場カメラマンたちが自身の危険も顧みず命がけで撮影した写真。その成果物はどういった意図で作られ、世界としてどう扱い解釈すべきものなのか、本作はそういったことを改めて深く考えさせてくれるような作品です。