映画『事故物件 怖い間取り』は2020年8月28日(金)より、全国ロードショー
中田秀夫監督待望の作品、『事故物件 怖い間取り』がついに公開されました。
日本の映画・テレビ界は、以前のようなオカルト・心霊番組が作れなくなっています。その環境の中で、新たな作品を生み出そうとした試行錯誤が、ようやく一つの結果を生んだとも言えます。
新たなホラーの形を模索し、様々な過去の作品をリスペクトした『事故物件 怖い間取り』は、これからのホラー映画やオカルト番組に、大きな影響を与えるでしょう。日本のホラーを取り巻く歴史を振り返りつつ、この映画を分析してみましょう。
CONTENTS
映画『事故物件 怖い間取り』のあらすじ
売れない芸人、山野ヤマメ(亀梨和也)。仕事も無く困っていた彼は、元相方で放送作家となった中井(瀬戸康史)が、番組のために思い付いた企画に出演することになります。
それは前の住人が自殺や孤独死、あるいは殺された心理的瑕疵物件、俗に言う”事故物件”に住み、体験を撮影し番組化するものでした。
彼は1軒目に住んだ事故物件で、白い”何か”を映像に捉えることに成功します。
やがて番組が評判になると、山野はより衝撃的な映像を求め、次々と事故物件を移り住んで行きました。
しかし彼のファンであり、今はTV局に務める梓(奈緒)は不安を覚えます。彼女は霊感の持ち主で、山野の周囲に異様な気配を感じていたのです。
梓は彼に警告しますが、長年の苦労の果てに成功をつかんだ山野は、その言葉に耳を貸しません。そして最恐の事故物件に住んだ彼の前に、何かが姿を現します。
『事故物件 怖い間取り』に影響を与えた作品
怖い話を聞きたがり、噂として話す。古来よりどこの文化でも行われている人の営みです。演劇や文学の題材として、そして娯楽の対象として、恐怖は人々を楽しませてきました。
映画が誕生しTVが普及すると、怪異譚はそれらの題材になります。その長い歴史の中に“Jホラー”ブームがあり、今回紹介する『事故物件 怖い間取り』も存在します。
ご存知の通り、怪談や心霊・オカルトブームには流行と衰退の波がありました。そして現在誕生した作品も、そういった歴史からの影響が反映されています。
こういった側面から日本のホラー文化を振り返り、『事故物件 怖い間取り』が新たな潮流の中で誕生した映画でだと紹介していきます。
オカルトブームと興隆と凋落
メディアの発達に大きな影響を受けてきた大衆文化。やがてテレビがその中心に位置する時代が到来します。
それまで恐怖体験は、演劇や小説・映画などの創作物となって世間に広まるものでした。
それと別に、個人的な恐怖体験は、昔ながらに人から人へと口コミ・噂話で広まり、中には都市伝説を形成するものも誕生します。
1970年代、冷戦とベトナム戦争の激化、公害や自然破壊など科学や文明への不信、学生運動の挫折と過激化など、世界中が先行きの見えない不安に包まれた時代が到来します。
1973年に映画『エクソシスト』が公開されると、世界的なオカルトブームが巻き起こります。同じ年日本では「ノストラダムスの大予言」が出版、社会現象と化すベストセラーになりました。
同年に、日本テレビの昼番組『お昼のワイドショー』の特集コーナー、「怪奇特集!!あなたの知らない世界」が放送されました。
それまで雑誌・ラジオで紹介されていた個人的心霊体験を、映像取材や再現ドラマで見せる手法が人気となり、単発企画の「あなたの知らない世界」はレギュラー、特集化されます。
『事故物件 怖い間取り』で事故物件に住む描写は、モキュメンタリーやPOV(一人称)視点で見せる、最近の洋画ホラーで流行している手法を採用していません。
使用する機材の進歩に関わらず、本作は「あなたの知らない世界」やそれに倣った心霊番組の、取材映像と再現ドラマを組み合わせたものになっています。
年配のオカルトファンには懐かしく、若い方には新鮮に見えたのではないでしょうか。
やがてTVは心霊写真にUFO、超能力を題材に様々な番組を作り始めます。
1978年口コミで広まっていたとされる”口裂け女”の噂が、1979年報道されると全国的ブームを引き起こし、怪談とメディアの新たな関係性を世に示しました。
80年代には、「あなたの知らない世界」にも出演していた霊能者、宜保愛子が人気となり、それ以降霊能者・占術家といった人物がメディアに登場、タレント化していきます。
90年代、タレント化したそれらの人物は、それを批判する人々との対決を含めて面白おかしく番組化され、オカルトはTVで新たなブームを迎えました。
しかしメディアには、霊感商法などが問題視される人物も登場し、さらにオウム真理教とメディアの癒着は、カルト教団の一連の犯罪が明るみになった際に、大きな批判を浴びました。
この反省を踏まえて、90年代のオカルトブームは終焉を迎えます。
お分かり頂けただろうか?
参考映像:『ノロイ』(2005)
オカルトブームの初期の段階から、取り上げられてきた心霊写真。ビデオカメラそしてスマホと撮影機材が進化すると、話題の中心は写真から動画に移ります。
90年代のTV界のオカルトブームの終焉は、新たな形の映像作品を生み出します。
その1つが完全に創作された怪談作品であり、中田秀夫監督が『女優霊』や『リング』を、清水崇監督が1999年にビデオで発表した『呪怨』を2003年映画化。
これらの作品に関わった高橋洋監督らと共に、“Jホラー”映画ブームを作りあげていきます。
もう1つの流れが心霊動画。1999年ビデオシリーズ『ほんとにあった!呪いのビデオ』の第1作が発売されました。
一般の方が撮影した映像を紹介する体裁で、「お分かり頂けただろうか?」と、奇妙な場面をリプレイして見せる、お馴染みの作品で現在も続くシリーズです。
賞金を出し一般から映像を公募しています。しかし中には製作陣が作ったフェイクの映像が、そもそも応募作品がフェイクかも…とも疑えます。
真偽不明のいかがわしい部分も、このビデオ作品ならではの、楽しむべき要素でした。
『ほんとにあった!呪いのビデオ』に関わったクリエーターには、中村義洋・白石晃士監督らがいます。
後にモキュメンタリー風ホラー映画『ノロイ』を監督し、2016年に自身の制作手法を著した「フェイクドキュメンタリーの教科書」を出版している白石監督。
果たして彼が、『ほんとにあった!呪いのビデオ』で果たした役割は?…この世には表立って評価されない、優れた映像作品を作る人物が存在するとだけ紹介しておきましょう。
さて、『ほんとにあった!呪いのビデオ』が人気となると、様々なTV番組で心霊動画が紹介されました。
放送された心霊動画の一部には、尾ひれの付いた噂と共に都市伝説化し、今も密かな話題になったものも存在します。
しかし一時人気だったTVの心霊動画紹介も、余り見かけなくなりました。
一つは技術の進歩と共に、簡単にフェィク映像が製作出来るとの認識が広まり、視聴者も昔の様に楽しめなくなった現状があります。
もう一つはコンプライアンスの問題。TV番組のヤラセが厳しく追及されるようになり、真偽不明のいかがわしい物を放送することは難しくなりました。
こうしてプロの作った、面白いフェイクの心霊動画はあってはならない存在と化し、TVで放送できるのは名目上、偶然か素人の撮影した”本物”のみとなります。
これを寂しいと感じるのは、かつていかがわしいTV番組を楽しんだ世代だけでしょうか? こうしてTVで心霊動画を目にする機会は減ったのです。
コンプライアンスの順守は、他にも心霊番組に大きな影響を与えました。それは心霊スポット取材など、周囲の住民に迷惑となる行為が遠慮されるようになったのです。
心霊スポットが紹介されると、そこに肝試しに人が集まるのは当然です。かつては場所をイニシシャルで紹介するなど、予防策を講じていました。
しかし様々な情報が飛び交うネットの時代、その気になれば場所は割り出せます。
その結果住民に迷惑がかかり、肝試しに現れた者に事故や事件が発生しては、と心霊スポットの現地取材も難しくなったのが現状です。
おかしいなぁ~、なんだかやだなぁ(稲川淳二)
今までTVなど、日本の心霊・オカルトを映像の面から紹介してきましたが、別の側面から見ていきましょう。
1986年、タレントの稲川淳二がフジテレビの深夜番組「オールナイトフジ」で語った怪談話が大きな反響を呼びます。
彼は1993年から怪談ライブを始め、それは現在まで続く人気を獲得しています。
過去にも落語など、怪談を聞かせる芸能はありました。
しかしスティーヴン・キングの小説のファンであり、ホラー映画に造詣が深い稲川淳二の怪談は、映像の恐怖体験を踏まえて聞かせる語り口が評判になりました。
こうしたラジオ、ライブでの怪談トークが盛んになると、他のタレントも加わり2000年前後には収集・創作怪談ブームが起こり、その流れは現代まで続いています。
この時怪談の語り手として活躍した人物に、北野誠がいます。彼は名古屋テレビ系CS局で放送される、心霊番組「北野誠のおまえら行くな。」(2011~)で今も活躍しています。
その番組中の企画「松原タニシのパラノーマル日記」で、2012年から松原タニシは事故物件に住み始めます。それが今回の映画『事故物件 怖い間取り』にまで発展しました。
この企画、タイトルからして、映画『パラノーマル・アクティビティ』(2007)的な展開を期待していました。それは本作からも伺い知ることができます。
1990年、小説家で放送作家、怪異蒐集家の木原浩勝と中山市朗が、共著で『新・耳・袋-あなたの隣の怖い話』を出版します。
2人が聞き集めた怪異譚を集めた本は1度絶版となりますが、1998年に再出版されると大ヒット、シリーズ化され漫画化もされました。
作品はショートフイルム形式のオムニバスドラマとして2003年放送され、2004年には映画『怪談新耳袋 劇場版』が公開されます。
こうして実話と創作を含めた、短い怪談話を楽しむスタイルが日本に定着していきます。
それは掲示板やSNSで伝えるのに便利なサイズの、短い怪談話が広まる時期と重なります。
信じるか信じないかは、あなた次第です
本作は”事故物件住みます芸人”松原タニシが生んだ作品ですが、彼には芸人の先輩(?)と言うべき人物がいます。それは“Mr.都市伝説”こと関暁夫です。
本作の主人公、そして原作者松原タニシと同じく、笑い芸人コンビ・ハローバイバイを組んでいいた関は、2004年頃から豊富な知識を持つ都市伝説をネタに活動しようと考えます。
2005年に放送されたテレビ東京の番組、『やりすぎコージー』の「芸人都市伝説」のコーナーで彼のトークは評判になります。
2006年に『ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説 信じるか信じないかはあなた次第』を出版、都市伝説ブームの火付け役となりました。
2009年にコンビを解散、2011年12月30日に”Mr.都市伝説 関暁夫”と改名、2007年より不定期で放送されているテレビ東京の番組、『やりすぎ都市伝説』を中心に今も活躍しています。
コンプライアンスを意識するようになったTV業界にとって、彼のような芸風は好都合でした。
バラエティー番組で、あくまで出演者が語る1つの話を紹介するだけであり、真偽は視聴者に委ねる訳ですから。
怪談ブームは芸人がオカルトを語るスタイルを生み、そのスタイルがTVなどメディアがオカルトの話題を、バラエティーとして取り扱いやすい存在に変えました。
世にも奇妙な物語
日本のオカルトエンターティンメントの歴史を振り返った上で、『事故物件 怖い間取り』に戻りましょう。
怪談を収集・創作し、それを語り部が語る2000年以降に生まれた、“ポストJホラー”の流れで生まれた作品と言えます。
と同時に心霊番組の原点である、取材映像と再現ドラマで見せる、70年代の心霊番組と、90年代に心霊動画を手掛けたクリエーターへの、深いオマージュを感じさせてくれます。
同時に本作は、見事に登場人物たちが劇中で成長するドラマになっています。この部分には従来の”Jホラー”より、強いエンタメ性を感じました。
本作の脚本はブラジリィー・アン・山田。劇団を主宰し演出・脚本を手掛け、ドラマ・映画の脚本も数多くを執筆している人物です。
彼が脚本を執筆している作品には今まで紹介していない、現在の日本のオカルトSFも含む映像作品を語るのに、忘れてはならない作品があります。
それはドラマ、『世にも奇妙な物語』(1990~)です。
フジテレビで放送開始以来、現在も続くるオムニバスドラマ。彼は2007年以降、何本もの作品の脚本を執筆し、2019年も1エピソードを手掛けました。
エンタメ系映画、そして海外のホラー映画の熱心なファンであるブラジリィー・アン・山田。本作では主人公が、事故物件を渡り歩くことがミソとなる話です。
引っ越すことで主人公は、その物件の呪いからは逃れることが出来ます。しかし、何かが彼に「憑いて」くる…。
この構造は主人公が死の運命を予知し、悲惨な事故から逃れたのに、死の運命の方から追ってくる映画、『ファイナル・デスティネーション』(2000)と同じです。
ちなみに『事故物件 怖い間取り』、『ファイナル・デスティネーション』を見ている人は、笑ってはいけないシーンで思わず吹き出します。このシーン、パロディと言って良いでしょう。
この主人公の前に現れる恐るべき存在を得た事で、この後何軒事故物件を引っ越しても、別の登場人物の物語となっても、シリーズとして成立できる作品になったと言えます。
中田秀夫が日本に生活空間に根差す恐怖を描きながら、ハリウッド映画的な今後の展開の余地を残すホラー映画となった『事故物件 怖い間取り』。
このストーリーは『世にも奇妙な物語』に親しんだ世代には、より身近に感じられる作品でしょう。
まとめ
“ポストJホラー”の1つの形を示した『事故物件 怖い間取り』。楽しめる恐怖の中に、過去の様々な作品への深い愛情を感じました。
今後、事故物件の数だけ物語が生まれる可能性を示し、ホラー映画の新たな題材を開拓した作品と言えるでしょう。
同じくポストJホラー作品である『犬鳴村』は、あえてテレビがコンプライアンス的に遠慮してきた題材に踏み込み、怪談的・土俗的な物語を創造することでヒットしました。
TVがオカルトを取り上げなくなったと紹介しましたが、一方でCSでは『緊急検証!』(2012~)や『超ムーの世界』(2014~)といった、オカルトを楽しむ姿勢の番組も登場しています。
また控えられるようになった、取材・ドキュメンタリー形式の作品は、「怪談新耳袋殴り込み!」シリーズで健在です。
第7回ホラー秘宝まつり2020では、その最新作『怪談新耳袋Gメン2020』(2020)が公開されました。
ブームの盛衰を経験してきた、日本のオカルト番組とホラー映画。
今年は間違いなく転機の年であり、それは将来、新型コロナウイルスが引き起こした世相を反映した出来事として語られるでしょう。
『事故物件 怖い間取り』の上映が続く間に、人々の間で「不気味な声が入っている」とか「不可解なものが映っている」とか、奇妙な噂が広まりつつあります。
昔なら映画会社の宣伝だよ、と笑い飛ばすところですが、コンプライアンス順守・やらせNG(この映画の登場人物も言ってます)の中、嘘だと言い切る自信もありません。
今我々は、映画に関する新たな怪談、都市伝説の誕生を目撃しているのかもしれません。
振り返ると映画を見ていた時に、映画館の天井の方からミシミシ音がしていました。感染症対策でしっかり換気してくれていたお陰と思いますが、果たして怪奇現象で無いと言い切れるでしょうか。
という具合に、想像を逞しくして恐怖を楽しむのが、ホラー映画やオカルト番組の正しい鑑賞法!
決して恐怖や思い込みに支配されてはいけません! そんな姿勢で『事故物件 怖い間取り』を楽しんで下さい。
映画『事故物件 怖い間取り』は2020年8月28日(金)より、全国ロードショー。