連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第14回
中川龍太郎、穐山茉由、安川有果、渡辺紘文という4人の監督による連作スタイルの長編映画『蒲田前奏曲』。今回は、第3番安川有果監督「行き止まりの人々」をご紹介します。
新しいスタイルのこの作品が、2020年9月25日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、キネカ大森ほか全国順次公開されます。
蒲田で生活する売れない女優蒲田マチ子を中心に巻き起こる、過去と現在と未来の出来事。エンターテインメント界への皮肉が存分に込められたオムニバス映画です。
映画『蒲田前奏曲』第3番「行き止まりの人々」の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【英題】
Kamata Prélude
【監督・脚本】
安川有果
【プロデューサー】
松林うらら
【キャスト】
瀧内公美、大西信満、松林うらら、吉村界人、二ノ宮隆太郎、近藤芳正
【作品概要】
映画『蒲田前奏曲』は、4人の監督による連作スタイルの長編映画です。中川龍太郎(第1番「蒲田哀歌」)、穐山茉由(第2番「呑川ラプソディ」)、安川有果(第3番「行き止まりの人々」)、渡辺紘文(第4番「シーカランスどこへ行く」)という監督たちが、各自の手法でコミカルに手掛けることで長編作へと仕上げていった意欲作。
売れない女優・マチ子を通し、女性が人格をうまく使い分けることが求められる社会への皮肉を、周囲の人々との交わりを介しながら描いています。
第3番「行き止まりの人々」の監督は、『Dressing Up』(第8回CO2助成作品、OAFF2012)で日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞受賞の安川有果です。松林うららと『カゾクデッサン』や『火口のふたり』(2019)に出演した瀧内公美が熱演しています。
映画『蒲田前奏曲』第3番「行き止まりの人々」のあらすじ
アルバイトをしながら女優をしている、蒲田マチ子、27歳。
カフェでプロデューサーの板垣と仕事の打ち合わせをしています。
「次はこのオーディションを受けようと思います」と次の仕事を説明するマチ子に、板垣は頷きながら、「で、どうする? つき合おうよ」と言いました。
マチ子は「え?」。それから間髪いれず、「いやー、つき合わないですよ」。
それを聞いた板垣はしばらく「フーン」と考えているようでしたが、「もういいのね」と言って席を立ちました。
その後、マチ子は映画のオーディションを受けに来ます。
オーディションの内容は、セクハラについて、何か思っていることやエピソードがあれば話してくださいというものでした。
創作でもいいといわれますが、オーディションを受けに来た人たちは、皆思い出すことに抵抗があるようで上手く話せません。
マチ子の番が来ますが、やはりためらいがちな素振りに、監督から「言いたくないんだったら、いいよ」と言われました。
「いやー、これ誰かわかっちゃうからなあ」と言うマチ子に、監督は「フィクションとか混ぜてもらって全然いいんだよ」と言います。
勇気づけられたマチ子は、「映画プロデューサーの人に、レイプされそうになったことがあります」と自分の体験を話し始めました。その時に拒んだら「主役は無理かもね、とも言われました」とも。
監督はその内容が気に入った様子ですが、休憩時間に監督の横にいたカメラマンからは「あまりそんな話はしない方がいいかも。ソンするだけっていうか……」と言われました。
マチ子以外、それまで他の人が上手く演じられない中、マチ子の次の黒川瑞季だけは迫真の演技を見せました。
好印象を取ったマチ子と瑞季は共に最終選考に残ります。
最終選考は、自宅に女性を連れ込んだ男性とその女性との寸劇でした。瑞希とマチ子がペアを組み、マチ子が女性、瑞希が男性を演じます。
2人の演技について監督からの何回ものダメだしと厳しい指導があり、セクハラ被害者経験のマチ子と瑞希は次第にイライラしてきます。
映画『蒲田前奏曲』第3番「行き止まりの人々」の感想と評価
『蒲田前奏曲』第3番「行き止まりの人々」では、マチ子のオーディションが舞台となっています。
オーディションでは、セクハラや「#metoo」の実体験や創作でもいいからエピソードを述べるように指示が出ました。
演技でいうのか、それとも本当にあったことを述べるのか。迷うマチ子ですが、「セクハラ」という言葉に反応して思い浮かぶのは、「付き合え」としつこいプロデューサー板垣のこと。
マチ子は名前は言わないとしても、知らず知らずのうちに板垣のことを、訴えるように話していました。
真実の話は人の注意を引き付ける何かがあるようです。退屈そうに他の人の話を聞いていた監督が、「おやっ」という表情でマチ子の話を身を入れて聞くようになります。
その反面、セクハラをした相手は誰だろうと探っている素振りもみえます。
このような体験をした女性も多いのではないでしょうか。
セクハラという嫌な目にあって信頼できると思う人に相談しても、興味半分で聞かれてなんの対策もしてくれないということや、かえって噂にされてしまったことなどもあり得るでしょう。
マチ子の役者業界だけがそんな状況ではなく、社会全体に女性を軽く見る風潮がまだまだはびこっているようです。
しかも相手が自分の生活を左右する権力者なら、結構泣き寝入りをしている女性も多いと想像できます。
マチ子の次に体験を述べた瑞希の話も強烈でした。それもまるで目の前にいる監督たちがその輩のように、怒りをこめた目で見つめながら話すのです。
監督はセクハラについて表現したくてこの映画を創ろうとしているということでしたが、オーディション自体がセクハラみたいな感じになり、虐げられた女性の怒りがひしひしと伝わってきます。
「役者なら被害者のままで終わらせるな」という監督ですが、あくまでセクハラを容認してまでも役者でいろ、という意味に取れます。
実際に被害を受けている側としては何のための撮影?と思えてきます。
周りのそんな雰囲気を察した瑞希は思いもかけない行動をとります。
明日の仕事のことも顧みず、自分自身の思いを洗いざらいぶちまける瑞希は、勇気のある強い女性です。マチ子ばかりでなく、そんな瑞希に共感を覚える女性も多いことでしょう。
まとめ
『蒲田前奏曲』第3番「行き止まりの人々」で印象的な女性黒川瑞季を熱演したのは瀧内公美。
『カゾクデッサン』『火口のふたり』でも、芯の強いりんとした女性を演じていますから、彼女は、このような女性が当たり役なのかもしれません。
マチ子と瑞希がオーディションで求められたのは、セクハラや#metoo問題でした。
#metoo運動の始まりは、2017年10月に、アメリカのハリウッドの映画プロデューサーによるセクハラ疑惑が報じられたことからです。
この報道に女優のアリッサ・ミラノが同じようなセクハラ被害を受けた女性たちに向けて”me too”と声を上げるようTwitterで呼びかけたことで始まった運動とされています。
#metooはこのように、同じような体験をした女性が「私も」と声をあげて、男性のセクハラを訴える運動です。
瀧内公美自身はこの問題については、ぼんやりとした認識しかなかったそうですが、『蒲田前奏曲』第3番「行きどまりの人々」出演にあたり、この題材についてもっと深く知りたいと思ったそうです。
自分がもしセクハラなどに遭遇したらどうするか。その場ですぐに反攻できなくても、いつか報復できるのか。
そういった問題点とセクハラを容認している社会に対してささやかな抵抗のある、胸のすくようなラストの第3番「行き止まりの人々」です。
マチ子ばかりでないセクハラの犠牲者瑞希演じる瀧内公美の執念のこもった迫力ある演技をじっくりとご覧ください。
映画『蒲田前奏曲』は、2020年9月25日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、キネカ大森ほか全国順次公開!