岩井俊二監督初の中国映画『チィファの手紙』は2020年9月11日(金)より全国ロードショー予定。
『スワロウテイル』『花とアリス』の岩井俊二監督。彼の初長編映画作品である『Love Letter』(1995)は、日本のみならずアジアでもヒットしました。
2020年9月11日(金)より、岩井俊二監督が初めて中国で製作した映画『チィファの手紙』が公開されます。
本作は、松たか子や福山雅治、広瀬すずらによる『ラストレター』と同じストーリーではありますが、舞台を中国に移し、中国四大女優のひとりジョウ・シュンやチン・ハオら豪華キャストによる完全中国語となったことで、全く異なる印象を残しました。
CONTENTS
映画『チィファの手紙』の作品情報
【日本公開】
2020年(中国映画)
【原題】
你好、之華
【監督・脚本・原作・編集・音楽】
岩井俊二
【キャスト】
ジョウ・シュン、チン・ハオ、ドゥー・ジアン、チャン・ツィフォン、ダン・アンシー、タン・ジュオ、フー・ゴー
【作品概要】
監督の岩井俊二は、TVドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1991)で日本映画監督協会新人賞を受賞。山口智子と豊川悦司共演による短編映画『Undo』(1994)でベルリン国際映画祭において、最優秀アジア作品に贈られるNETPACK賞を受賞しています。
翌年公開された『PICNIC』はベルリン国際映画祭に出品されて更にその名を知らしめました。初の長編映画作品である『Love Letter』(1995)が日本のみならずアジアでも大ヒットを記録。
その後は、英語や中国語を用いて独特の世界観を作り上げたSF大作『スワロウテイル』(1996)がさらに反響を呼び、インターネット上での自作小説を映画化した『リリィシュシュのすべて』(2001)がベルリン映画祭や上海国際映画祭で高く評価されました。
短編シリーズものを長編映画化した『花とアリス』(2004)やそのアニメ版『花とアリス殺人事件』(2015)を手掛け、『ニューヨークアイラブユー』(2010)や『ヴァンパイア』(2011)ではアメリカでの映画製作も行っています。数々のオリジナルの意欲作を、日本のみならず世界で生み出し続けているクリエイターのひとりです。
日本版『ラストレター』以前の作品
本作『チィファの手紙』は、2020年1月に松たか子や福山雅治らの出演によって公開された『ラストレター』より早く、2018年に中国で撮影、公開された作品です。
岩井俊二監督が『吠える犬は噛まない』(2000)や『私の少女』(2014)のぺ・ドゥナを主演に韓国で撮影した『チャンオクの手紙』(2017)というショートムービーを、日本、中国、韓国でそれぞれ別作品として映画製作をしたいという挑戦的なアイデアがきっかけになっています。
中国においてアニメーション以外の日本映画はほぼ上映されておらず、日本人監督による中国映画の製作は難しいとされていましたが、『Love Letter』(1995)をはじめとした岩井作品のファンが多いこともあって、中国内で多くの反響を呼びました。第55回金馬奨で主演女優賞、助演女優賞、オリジナル脚本賞にノミネートされ、ピアジェ賞(伯爵年度優秀奨)を受賞。第38回香港電影金像奨にも選出されるなど数々の評価を得ています。
アジア映画界の巨匠の尽力
この成功に大きく尽力したといえるのがプロデューサーのピーター・チャン。中国のみならずアジア屈指の映画監督でありプロデュース業もこなしています。『愛という名のもとに』(1991)でデビュー後、国内の映画賞を総なめにしたヒット映画『ラヴソング』を監督。また、『ウィンター・ソング』」(2005)では米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど世界を股にかける実力者です。
そんなピーター・チャンによって集められたキャストは豪華な面々。主演のチィファ役には『ふたりの人魚』(2000)『小さな中国のお針子』(2002)等に出演している中国四代女優のひとりのジョウ・シュン。『ラストレター』で福山雅治が演じた役どころを演じたのがチン・ハオ。デビュー作の『シャンハイ・ドリームズ』(2019)でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。ロウ・イエ監督の『スプリング・フィーバー』(2009)や『ブラインド・マッサージ』(2014)などに出演しています。
映画『チィファの手紙』のあらすじ
姉のチィナンが死んで間もなく、彼女宛ての同窓会の知らせが届きます。
妹のチィファは姉の死を伝えに同窓会に参加したものの、友人たちに姉だと勘違いされ言いだせなくなってしまいます。
再会した初恋の人チャンにも本当のことを言い出せず、姉のふりをして文通を始めます。
その文通が思いがけない出会いを呼び、チィナンの過去が明かされていくにつれて、家族とチャンは彼女の死に向き合っていきます。
映画『チィファの手紙』の感想と評価
岩井俊二監督の作品は、時代や場所が異なっていても人と人が関わり合ったときに生まれるリアルな感情を繊細に捉え、リアリティに溢れながらもどこかファンタジックで見たことのない世界を見せてくれるのが魅力の一つだといえます。
本作でもその魅力は健在で、時を超えて人と人が繋がることの不思議さと尊さを感じさせてくれる作品だと感じました。
これまで岩井俊二作品を観たことがない人でもその唯一無二の世界観に引き込まれることでしょう。
監督が中国で映画を撮ることになったのには、監督自身の母親が中国出身で幼いころから母が中国について話すのを聞いていたのがきっかけとなっているそうです。
『スワロウテイル』にはその言語など影響が色濃く出ており、昔から抱いていた「いつか中国で中国人キャストによる映画を撮りたい」という願望が今回叶ったのです。
岩井ワールド新境地へ
本作は中国映画として公開週には興行ランキング1位を獲得し、映画祭でも評価をされました。
有名テレビ番組の司会者が「外国人で初めてちゃんと中国映画を撮った人」と岩井監督を称するに至ったのには、徹底的にリアリティにこだわりぬいたことが大きなポイントになっています。
セリフに関してはただ翻訳するのではなく中国の舞台役者たちに何度も台本を読み合わせてもらい、ディスカッションを重ねて違和感のない会話を作り上げていったのだそう。
また文化や歴史背景の日本との違いも慎重にリサーチを重ね、シーンにおける所作や会話のニュアンスだけでなく人物同士の距離感までネイティブから見ても自然になるようこだわったのだそうです。
そんな岩井流中国映画ですが、クラシカルかつエモーショナルな音楽や、登場人物たちを際立たせる光の具合などは監督らしさにあふれ、息をのむ美しさです。
日本映画『ラストレター』との違い
同じ脚本を基にしているとはいえ、本作は日本映画『ラストレター』とは大きく趣が異なっています。それは前に述べた通り、岩井監督が中国映画としてリアリティを徹底的に追及した結果といえます。
日本版の『ラストレター』においては、舞台は夏で田舎の家屋の趣や、部活動の先輩後輩関係など日本人の青春時代の輝かしい思い出がよみがえるような設定ですが、中国版では舞台は冬になっています。
時代背景が1988年ということで地方には車が走っていなかったり、家屋の雰囲気から生活の乏しさが漂っています。
そして大きく違うのは弟の設定です。一人っ子政策の時代に姉弟がいるのは不自然であることから、その設定が『ラストレター』と違った形になっています。
本作でキーとなるのはこの弟の存在。彼の苦悩や葛藤に焦点を当てたシーンは印象深く心に残るはずです。
また、『ラストレター』では福山雅治が演じていた売れない小説家の役を務めたチン・ハオが悔恨の念に苛まれるシーンは、より絶望感に満ちたものでした。取り戻せない現実と過去の間で打ちひしがれる姿に胸が押しつぶされそうになります。
『ラストレター』はキラキラした甘酸っぱい初恋が印象的でしたが、本作では設定が冬なのもあって暗いイメージが強く、「死」に対して追求した内容だと感じました。
『ラストレター』の青春の雰囲気に感動した人であれば、そこは違いや物足りなさを感じるかもしれません。しかしダークな部分が見えるからこそ希望を抱き、未来をみて歩き出せるような爽やかさが優しく胸にしみる作品になっているといえます。
全く違った一作品として、鑑賞するのがお勧めです。それぞれの魅力がより伝わってくるはずです。
また、岩井作品ファンの方にとっては、岩井美学を中国映画で体感できる貴重な機会を見逃す手はないでしょう。どこか懐かしくもエキゾチックな、今までにない魅力を感じられるはずです。
まとめ
岩井監督による、斎藤工出演のリモート短編作品『8日で死んだ怪獣の12日めの物語』の長編映画版の公開が決まったようです。
また、先日YouTubeで紀里谷和明と岩井俊二との対談が配信されており、そこで岩井監督は「題材を絞らず、どんなものでも作れるようなビジョンが見え始めた」と語っていました。
国外での作品づくりには今後も挑戦していこうという意気込みを語っていたので、これからの岩井作品からも目が離せません。
映画『チィファの手紙』は2020年9月11日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー予定。