映画『サンダーロード』は2020年6月19日(金)から新宿武蔵野館ほか全国ロードショー予定。
家庭も崩壊し、仕事ではトラブル続きの警察官ジム・アルノーが、母親の葬式で踊りを披露した事で、新たなトラブルが巻き起こるドタバタを描いた映画『サンダーロード』。
新鋭ジム・カミングスが監督・脚本・編集・音楽・主演の5役をこなし、2016年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞した短編を基に制作された本作をご紹介します。
映画『サンダーロード』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Thunder Road
【監督・脚本・編集・音楽】
ジム・カミングス
【キャスト】
ジム・カミングス、ケンダル・ファー、ニカン・ロビンソン、ジョセリン・デボアー、チェルシー・エドマンドソン、メイコン・ブレア、ビル・ワイズ
【作品概要】
2012年にFilmmaker誌で「インディー映画の新星25組」に選出された新鋭ジム・カミングスが、2016年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞した短編『Thunder Road』を、監督・脚本・編集・音楽・主演の5役をこなし自ら長編化。
2018年に「SXSW映画祭」グランプリを受賞し、「カンヌ映画祭」ACID部門に正式出品するなど、高い評価を受けています。
映画『サンダーロード』のあらすじ
テキサス州の警官ジム・アルノーは、最愛の母親を亡くしてしまいます。
母親の葬儀で、ジムはバレエ教室を主宰していた母親に敬意を表し、母親が好きだったブルース・スプリングスティーンの名曲「涙のサンダーロード」を流し、曲に合わせて踊ろうとします。
ですが、持ち込んだラジカセの故障で曲が再生されない為、ジムは無音の中で踊るという奇行に走るのでした。
母親を失い傷心状態のジムですが、私生活でも妻のロザリンドと別居をしており、愛する娘のクリスタルとは週に3日しか会えません。
クリスタルと一緒に過ごす時間はジムにとって幸せでしたが、年頃のクリスタルとは話が噛み合わず、ジムは上手くコミュニケーションが取れません。
ジムは、クリスタルにとって母親であるロザリンドの存在は必要と考えていますが、ジムとロザリンドの仲は最悪。その上、ロザリンドには新たな恋人が出現し、クリスタルを奪われそうになっているため、ジムは危機感を覚えます。
精神的に追い込まれているジムは、警官の仕事でもミスを連発、上手くいかない苛立ちから上司へ悪態をついてしまいます。
そんな中、ロザリンドがクリスタルの親権をジムから奪おうとしている事が発覚します。このままでは愛するクリスタルを奪われてしまうと焦るジムは、弁護士を雇い調停に持ち込みます。
ですが、調停の場で判事への参考映像として、葬式の時に無音の中で踊るジムの姿が流されてしまい…。
映画『サンダーロード』感想と評価
2016年のサンダンス映画祭でグランプリを獲得した短編映画を基に、監督と脚本、主演を務めたジム・カミングスが、長編映画に仕上げた映画『サンダーロード』。
短編作品は、母親の葬式で踊るジムの姿を1テイクで撮影した、12分の作品でしたが、長編の本作『サンダーロード』は、母親の葬儀で踊ったジムのその後が描かれています。
その為、本作の冒頭では母親の葬儀で哀悼の意を表し、母親に捧げる踊りを披露するジムの場面から始まります。
短編作品同様、1テイクの長回しでの場面となりますが、問題なく音楽が流れた短編作品とは違い、長編ではラジカセが故障し音楽が流れず、ジムは無音の中で踊りを披露する事になります。
母親の葬式で突然踊り始めたジムもかなり奇妙ですが、音楽が流れず無音の状況なので、とんでもない空気が流れます。
決してウケを狙った訳ではなく、純粋な想いで真面目に葬儀で踊りを披露したジムとは、どういう人間なのか?が、長編の『サンダーロード』で掘り下げられるのですが、ジムの私生活は悲惨としかいいようがありません。
警官として必死に職務を全うしようとするあまり、酔っ払いに暴行を働き自宅へ送還されてしまったり、血気盛んになって上司へ暴言を吐くなど散々です。
また、家庭も問題を抱えており、別居した妻ロザリンドとの間に生まれた愛する娘クリスタルとも週に3日しか会えず、追い打ちをかけるようにロザリンドに親権を剥奪されそうになります。
葬儀の場で踊りを披露し、地獄のような空気を味わったジムですが、ジムにとって地獄なのはその一時だけではなく、日常自体である事が浮き彫りになっていきます。
地獄のような毎日の中で自暴自棄になっていくジムですが、ジムは自身の人生に真正面から向かっていき、戦う姿勢を崩しません。
週に3日しか会えないクリスタルと心を通わせる為に、学校で流行している遊びを必死で習得したり、警官としてのミスを挽回しようと必死に事件に取り組みます。
ですが、その何事にも必死になりすぎる姿勢こそが逆に家庭を崩壊させる要因になった事が、後半のある展開で明らかになり「こんなはずじゃなかった」という心境を暴露します。
「必死にやっているのに、上手くいかない」という心境は、誰もが味わった事があるのではないでしょうか?
ジムは必死になればなるほど空回りし、全てにおいて気の毒なほど不器用なのです。
物語が進む中でジムの不安定な内面は暴走を始めますが、そんなジムに手を差し伸べるのが、親友であったり姉であったりという、ジムを愛している周囲の存在であり、そしてジムが愛するクリスタルの存在です。
警官として、また夫としては上手くいかないジムですが、せめてクリスタルの良き父親になろうと必死に立ち振る舞い、さまざまな人の支えで奮起します。
作品全体をみると散々な人生を歩むジムですが、ラストシーンでのジムの表情は、新たな出発を決意した事を物語っており、例え不器用でも、自分らしく現実を捉えて真っ向から立ち向かう事の大切さを描いた作品となっています。
まとめ
生真面目で不器用なジムが遭遇する、さまざまなトラブルを描いた『サンダーロード』。
母親の葬儀で踊り出したり、上半身裸で警察署の前で抗議をするジムなど、奇妙な場面も多い作品ですが、本作で監督・脚本・編集・音楽・主演の5役を務めたジム・カミングスは「コメディでも、ドラマでもない、観客にジャンルを考えさせない事」を重視して、本作を制作した事を語っています。
必死で目の前のトラブルに立ち向かうものの、ジムの一生懸命さが空回りする展開により、笑って良いのかどうなのか分からない場面が連続。作品冒頭の、地獄のような葬式の空気がずっと漂っていくんです。
本作のアイデアは、ジム・カミングスが、実際に自分の母親の葬式で踊り始めた男の話を聞いた事で、「もし自分だったら?」と考えた事がキッカケとなったそう。
ジム・カミングスは、「おそらく自分ならブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を踊るだろうが必ず笑いものになる」と想像した事から、本作を着想し制作しました。
映画『サンダーロード』は、ジム・カミングスの狙い通りジャンル分けが難しい作品で、ジムの人生を淡々と追った作風となっています。
人生がコメディかドラマかなんて誰にも分かりませんし、ましてや、当の本人が自分の人生をジャンル付けしている訳がありません。
人生の悲喜劇が込められた本作は、不思議な作風となっており、間違いなく唯一無二の個性を発揮している作品となっています。
映画『サンダーロード』は2020年6月19日(金)から新宿武蔵野館ほか全国ロードショー予定です。