Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2021/03/07
Update

映画『異邦人』あらすじ感想と内容解説。ヴィスコンティおすすめの芸術至上作品が《デジタル復元版・イタリア語バージョン》で蘇る!

  • Writer :
  • タキザワレオ

ヴィスコンティ没後45年封印された幻の名作が、本邦初公開となるイタリア語バージョンで復活!

ノーベル文学賞作家アルベール・カミュのベストセラー「異邦人」をイタリア映画界の至宝ルキノ・ヴィスコンティ監督がマルチェロ・マストロヤンニ主演で映画化した作品『異邦人』。

20世紀文学の映像化作品の最高傑作とも謳われる本作は、現代人の生活感情の中に潜む不条理の意識を巧みに描いています。

主人公の孤独さを描いたヒューマンドラマでありながら、宗教的背景や政治的側面も持ち合わせたイタリア・ネオレアリズムの系統を継ぐ本作は、新たにデジタル復元版として日本では初となるイタリア語バージョンで2021年3月5日(金)より新宿シネマカリテ、池袋シネマ・ロサにて公開されました。

映画『異邦人』の作品情報


⒞ Films Sans Frontieres

【公開】
1967年(イタリア・フランス映画合作)

【原作】
アルベール・カミュ

【原題】
Lo Straniero

【監督】
ルキノ・ヴィスコンティ

【キャスト】
マルチェロ・マストロヤンニ、アンナ・カリーナ、ジョルジュ・ジェレ、ベルナール・ブリエ、アルフレッド・アダム、ジョルジュ・ウィルソン、ブリュノ・クレメール、ジャン・ピエール・ゾラ

【作品概要】
原作はフランスが生んだノーベル賞作家アルベール・カミュによって1942年に発表され、現代の社会機構の中にある矛盾と現代人の生活感情の中に潜む不条理の意識を描いたことで、世界中で「不条理の哲学」として論争を呼びました。

カミュの死後に製作された本作を手掛けたのはルキノ・ヴィスコンティ。20世紀文学の傑作の映画化に数年構想を練った上で、最高のスタッフ、キャストを集めて実現させました。カミュの未亡人が指名したことからも、映画作家としてヴィスコンティが現代ヨーロッパを代表する芸術家であったことが伺えます。

監督のフィルモグラフィで言うと、豪華絢爛な超大作『山猫』(1963)と『地獄に堕ちた勇者ども』(1969)『ベニスに死す』(1971)『ルートヴィヒ』(1972)からなる「ドイツ三部作」の間に製作されました。

主演はイタリアで絶大な人気を誇る国際的なトップスター、『8 1/2』(1965)『甘い生活』(1960)で知られるマルチェロ・マストロヤンニ。コメディ作品での軽妙な演技から、本作で久しぶりに感銘深い演技を見せています。

共演のアンナ・カリーナはフランスのヌーヴェル・ヴァーグ作品で当時から知られており、公私を共にしたジャン・リュック・ゴダール監督と離婚。脚本家にして俳優のピエール・ファーブルと再婚する間に本作に出演しました。

映画『異邦人』のあらすじ


⒞ Films Sans Frontieres

第二次世界大戦を目前にしたフランス統治下アルジェリアの首都アルジェ。会社員のムルソーは、アルジェ郊外の老人施設から母親の訃報を受け取ります。

遺体安置所でも通夜でも、彼は遺体と対面しませんでした。

その翌日、ムルソーは偶然再会したマリーと海水浴に行き、映画を見て一夜を共にします。

その後彼は、同じアパートに住む友人とトラブルを起こしたアラブ人をたまたま預かっていたピストルで射殺しました。

太陽がまぶしかったという以外、ムルソーも理由を述べません。

裁判所の法廷では殺害については何も言及されず、ムルソーの母親の葬式にいた目撃者の一人は母親が亡くなったとき、彼が感情を示さなかったことを証言します。

ムルソーの行動は非人間的で不道徳であるとされ死刑を宣告されました。

映画『異邦人』の感想と評価


⒞ Films Sans Frontieres

フランス領時代のアルジェリア

本作の舞台は1930年代末期のアルジェリア。第二次世界大戦を目前にした当時、アルジェリアはフランスによる植民地化から100年を迎えていました。

本作の舞台となる首都アルジェはフランス人居住区として多くの入植者がおり、原作小説著者のカミュもそこで育ったフランス系アルジェリア人でした。

公用語であるアラビア語は統治国フランスにより制限されており、1920年代からイスラム教徒が国内で増加していき、宗教改革者によって国内において少なからず影響力を持っていました。

30年代はメッサリ・ハジを始めとする独立運動家によってナショナリズムが進み、アルジェリア人民党がフランスで働く労働者階級の間で組織されました。こういった流れは後に社会主義とイスラムの文化が融合する形でアルジェリア独立として結実します。

一方アルジェリア統治国であるフランスは、原則として政教分離であったものの、事実上優勢な宗教を尊重する寛容令方式でカトリックが大多数を占めていました。当時はアルジェリア国内の裁判もフランスが代理という形をとっていたため、法廷ではカトリック式の宣誓がとられていました。

裁判でムルソーが明かした母親を養老院へ預け、親の庇護から自由の身となった年は1936年。

当時のフランスでは、ドイツでのナチスによる政権獲得の影響を受けたファシズム運動への反対運動として、反ファシズムを掲げたフランス人民戦線が樹立していました。

アルジェリア統治国であるフランスをムルソーの母親に置き換えることで、彼が何から自由になったのかが分かります。

実際のアルジェリアでは、前述したようにイスラム圏での民族自決が活発化していき、独立に向けての運動が進んでいました。

ムルソーは裁判の結果、彼自身が人々から憎悪で迎えられることを望んだのは、彼自身が急進であれ、保守であれ、アルジェリアのすがたでいることを放棄したかったからではないでしょうか。


⒞ Films Sans Frontieres

映画において、しばしば背景となる季節は心情、社会情勢を表していることがあります。

おぞましい夏の暑さは彼を苦しめ、視界を奪うほどの汗、光が、劇中では殺人に至る直接の動機として描かれています。それらを振り払うことで新たな極地、人生の真理をムルソーは見つけました。

彼の罪を裁く法廷では、その場にいる傍聴人全員が手を扇ぎ、暑さをなんとか凌ごうとしていました。暑さとは植民地に求められる旧体制の象徴ではないかと考えられます。

タイトルの異邦人とは、体制側にとっての理解し得ない他者を指し、同時にアルジェリア人から見たアルジェリアに住むフランス人でもあり、そして異教徒ですらない無神論の背教者を意味しているのではないかと考えられます。

貴族階級出身のヴィスコンティが映し出す中産階級の人間味


⒞ Films Sans Frontieres

ムルソーは、養老院から母親が亡くなった知らせを受けてからというものの、恋人からの求愛も、会社での昇進も、全て拒絶し虚脱状態のまま日々を送っていました。

貧しい家の出身であるムルソーは「学生の頃にあった野望も情熱も学校を辞めて失ってしまった」と言います。彼は全てが無意味であると達観し、他者との断絶した個人主義を獲得しました。映画の主人公でありながら、観客の共感を徹底して拒絶する彼を理解するにはどうするべきか。そもそも理解する必要はあるのでしょうか。

監督のヴィスコンティは、本作は感情に溺れたセンチメンタリズムではないと語ります。

ムルソーの生(それは同時に性)への倦怠、生きる喜び、人間を取り巻く不条理に反抗しないものへの軽蔑といった普遍的な現代性こそが作品のテーマであり、時代設定から30年経って製作された映画版においても変わらず、現代の若者のありのままを描いています。

イタリア映画界におけるヴィスコンティはネオレアリズモ作家として知られ、内戦による恐怖と破壊を乗り越え、新しい未来を築こうとする社会で現れる問題や現実に向き合ってきました。

貴族階級出身のヴィスコンティが、本作では中産階級の社会を題材にしています。

中産階級の若者を描くうえで、彼が果たすべき必要があったのは支配者階級、つまり自分自身の否定。それは知識人として政治的論争に係わるべきだというネオレアリズモの責任を果たすためです。

そして旧体制の破壊をすることで、人間は人間らしい生き方ができると考え、階級制度の否定、社会主義の需要を広めました。

ヴィスコンティは本作においてテーマを複雑に描いていました。

不条理への反抗こそ人間らしさ、生の在り方であると、生を諦めたムルソーを通して描いていたのです。人間社会に対する諦観から、反抗すらネガティブなものとして描いていたのです。本作において善悪とは非常に空虚なモノであると後半の裁判のシーンから伝わってきます。悪をもって悪を制することすら、現実は許してくれませんでした。

まとめ


⒞ Films Sans Frontieres

今回のデジタル復元によってDVD化されていなかった『異邦人』がほぼ完璧な形で鑑賞することが出来ました。

デジタルリマスタリングによって、ムルソーの殺人衝動を駆り立てた、むせかえるような夏の暑さが、画面から滴る汗、乾きとともに鮮明に伝わってきます。

『異邦人』は舞台となるアルジェリアの社会情勢や宗教思想からひとつの読み解きができる作品です。

しかし、他者からの理解すら無意味であるムルソーに言わせれば、理解され、救われることに価値などないでしょう。

小説から脚色されたのは脚本だけではなく、映像による説明も含まれます。ヴィスコンティの描いた『異邦人』は、理解を許さぬニヒリストを耽美的に描き、デカダントという輪郭を与えました。

映画『異邦人』はデジタル復元版として2021年3月5日㈮より新宿シネマカリテ、池袋シネマ・ロサにて公開!

関連記事

ヒューマンドラマ映画

映画『僕と世界の方程式』あらすじネタバレと感想!ラスト結末も

イギリスと台湾を舞台に、国際数学オリンピックに挑戦する自閉症の少年を描く『僕と世界の方程式』。その魅力に迫ってみましょう。 CONTENTS映画『僕と世界の方程式』作品情報映画『僕と世界の方程式』あら …

ヒューマンドラマ映画

A24映画『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』あらすじネタバレと感想。タルボットとフェイルズからの地元へのラブストーリー

A24映画『ラスト・ブラック・マン・イン・サンフランシスコ』をいち早く紹介! 映画『ラスト・ブラック・マン・イン・サンフランシスコ(原題:The Last Black Man in San Franc …

ヒューマンドラマ映画

岩井俊二映画『ヴァンパイア』ネタバレあらすじと感想。作家性の特徴を考察できる手掛かりとなる異色作

岩井俊二監督映画の中でも、岩井イズムが強く感じられる一本 岩井俊二作品の中でもオールカナダロケ、全編英語という異色の“吸血鬼”物語『ヴァンパイア』。 『ラブレター』『リリィ・シュシュのすべて』の岩井監 …

ヒューマンドラマ映画

映画『鋼音色の空の彼方へ』あらすじ感想と評価解説。OUTRAGE (アウトレイジ)の生い立ちを基にヘビーメタルを通じて普遍性を描く

映画『鋼色の空の彼方へ』は2022年5月20日(金)に名古屋にて先行公開、6月3日(金)より全国ロードショー! ヘヴィ・メタルを愛する人々の胸の内、生き様を変化球で描きその魅力を湛えた映画『鋼音色の空 …

ヒューマンドラマ映画

映画『リバーズ・エッジ』あらすじとキャスト。小沢健二の主題歌発売日も

岡崎京子の原作漫画が行定勲監督の手によって映画化! 二階堂ふみ、吉沢亮、森川葵ら若手実力派が岡崎ワールドを体現。 主題歌を担当するのは岡崎京子の盟友である小沢健二。 2月16日(金)より公開の『リバー …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学