連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第45回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第45回で紹介するのは、ニコラス・ケイジ主演のサバイバル・アクション映画『ザ・ビースト』。
船という密室空間に、2匹の野獣が放たれる。それは元特殊部隊の暗殺者で、今や殺人鬼と化した凶悪テロリストと、巨体に似合わぬ敏捷な動きで忍び寄る、獰猛な人喰いホワイト・ジャガー!
という絶対絶命の状況に挑むのが、我らがニコラス・ケイジ。様々な敵や状況を与えられても、力技の怪演でねじ伏せて来た男は、今回どんな活躍をみせるのか。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ザ・ビースト』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Primal
【監督】
ニコラス・パウエル
【キャスト】
ニコラス・ケイジ、ファムケ・ヤンセン、ケビン・デュランド、ラモニカ・ギャレット、マイケル・インペリオリ
【作品概要】
南米のジャングルで猛獣狩りを生業にする男が、殺人鬼と肉食獣に挑むアクション映画。長らくスタントマンとして活躍し、『三銃士 王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』(2011)や『バイオハザードV リトリビューション』(2012)などの第2班監督を務め、初監督作『ザ・レジェンド』(2015)にニコラス・ケイジと組んだ、ニコラス・パウエル監督作品です。
主演はお馴染みのニコラス・ケイジ。共演に「X-メン 」シリーズで、ジーン・グレイを演じたファムケ・ヤンセン、ドラマ「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」で有名なマイケル・インペリオリ、DCコミックドラマシリーズで活躍するラモニカ・ギャレット。敵役を押井守監督作『ガルム・ウォーズ』(2014)に出演した、ケビン・デュランドが演じます。
映画『ザ・ビースト』のあらすじとネタバレ
ブラジルのジャングルに、家畜の死骸を吊るし木の上に潜む男、フランク・ウォルシュ(ニコラス・ケイジ)がいます。彼は野生動物を生け捕りにして売る、猛獣ハンターでした。
何かが近づく気配を感じ、フランクは麻酔銃を用意しますが、彼が潜む木が大きく揺れます。肉食の猛獣が囮に飛びつき、そのはずみで麻酔銃を落したフランク。
見ると木の下に、全身を白い毛で覆われたジャガーがいました。野獣は木の上のフランクに気付くと、飛びついて襲ってきます。フランクは麻酔銃のダート(注射筒になった矢)を握り、ジャガーの体に突き立てますが、木から落ちてしまいます。
やむなく彼は、ナイフを手にして凶暴な肉食獣に向き合います。しかし幸いにも、麻酔が効き野獣は倒れました。こうして彼は貴重なホワイトジャガーを生け捕りにしました。
フランクはジャングルの中にある村で、捕えた他の野生動物と共に、檻に入れたホワイトジャガーをトラックに積み込みます。
ところが彼の手配したトラックの運転手は、車に乗ることを拒否します。フランクが理由を訊ねると、運転手は村の住人たちが、彼が捕らえたホワイトジャガーを、「白い悪魔」と呼んで恐れていると説明します。
その昔、人々はジャングルに棲み、人間を襲って喰う「白い悪魔」の存在を信じ、恐れていました。フランクが捕らえたホワイトジャガーこそ、その不吉な「白い悪魔」であると、彼らは固く信じていました。
ホワイトジャガーは金になると説明し、賃金を釣り上げる交渉かとフランクが訊ねても、運転手は首を振るばかりです。やむなく彼に金を握らせると、トラックは自ら運転し、付きまとうオウムと共に港に向かうフランク。
港に着いたフランクは、貨物船に捕えた様々な野生生物を積み込みます。彼はこの船のモラレス船長と、その息子ラファエルとも顔なじみでした。
檻の中で暴れる、180㎏はありそうなホワイトジャガーは、乗組員や作業員の注目を集めていました。そこへ突然車が現れます。
中からは武装した屈強な男たちと、スーツの男にアメリカ海軍の制服を着た女が現れます。そして彼らに続き、鎖で手足を拘束された男が現れます。
拘束された男は挑発的な態度で、女にこの船のラウンジでカクテルはどうだと告げます。口を開いたフランクにいずれメインデッキで会おうと言い、不敵に笑い船に乗せられる男。
その男、ラフラー(ケビン・デュランド)は、警備部隊の隊長リンガー捜査官(ラモニカ・ギャレット)によって、特別に貨物室に作られたケージの中に入れられ、さらに鎖で拘束されます。
この船の貨物室には、ホワイトタイガーなどフランクが捕らえた様々な野生生物も、檻に入れられた状態で積み込まれていました。
スーツの男はラフラーに、自分はフリード検事(マイケル・インペリオリ)と名乗ると、事務次官殺害および多数の殺人の容疑で、ラフラーを逮捕したと告げます。彼はアメリカで裁判を受けるためにこの船で護送されるのです。
検事は横にいる軍服の女性を、エレン・テイラー博士(ファムケ・ヤンセン)と紹介します。彼女はアメリカ海軍の中尉で、脳神経科医でした。
彼女がお前の健康状態を監視する、おかしな動きをすれば射殺すると警告されても、不敵な態度を崩すことのないラフラー。
こうして貨物船は出港しました。最初の寄港地であるプエルトリコまでは、1993海里あります。船内の食堂で、フランクは船長や検事、エレン博士と食事をとっていました。
エレンは猛獣ハンターであるフランクに興味を示し、彼が以前勤めていた動物園のある、サンディエゴに住んでいたと話しかけます。しかしフランクはその話題に乗らず、船の乗組員が気にしている、あの男の正体についてフリード検事に質問します。
検事は拘禁されている男、リチャード・ラフラーは以前は海軍特殊部隊に所属し、その後アメリカ国家安全保障局(NSA)のために働いていたが、命令に従わず逃亡し、テロ活動を行ったと説明します。彼はブラジルで逮捕され、アメリカに送還されることになりました。
乗組員がフランクの捕えたホワイトジャガーについて訊ねます。フランクは動物園の依頼で黒いジャガーを捕獲しようとしましたが、更に希少価値のある白いジャガーを捕えたと自慢します。
エレン博士はこの動物は絶滅危惧種では、と問いかけると、取引の許可は得ていると否定し、高く落札した者に売ると答えるフランク。
彼はなぜラフラーを船で移送するのか、エレンに訊ねます。ラフラーは左脳の血管に異常があり、飛行機に乗せると気圧の影響で破裂するのです。そのため船での移送が選ばれました。
捕えた動物を運ぶ船に、政府関係のやっかいな人物が乗り合わせたと感じていたフランクは、そっけない態度で話を切り上げ、早々に席を立ちます。彼はいつもあの調子かとエレンが訊ねると、船長は笑ってあの男に慣れるしかないと答えます。
フランクは貨物室で、猿や蛇など捕えた様々な野生動物にエサを用意し与えていました。船では調理場を手伝っているラファエル少年が、ホワイトジャガーは人喰いかと彼に訊ねました。
それを否定し、少年にラフィと呼びかけ、むしろ子供を守ろう威嚇する猿の方が恐ろしく、怒ると人を襲い噛みつき、肉を骨から引きちぎると告げるフランク。
ラフィから動物を捕える方法を聞かれると、1週間かけ相手の生態を知り、南米の原住民が使用する毒物、植物から作った”クラーレ”を使用する。それを矢に塗り命中させれば、相手は30秒で意識を持ったまま、体が麻痺して動けなくなるとフランクは説明します。
檻に入っていないオウムについて聞かれ、元の持主が亡くなって以来、付きまとわれていると答えるフランク。ラフィに対しても、口の悪さは変わりません。
その後スカディ機関長と、その部下ジェロームと機関室で酒を酌み交わすフランク。彼はそこで野生動物を売って得た金で、のんびり生活する夢を語ります。
すっかり酔ったフランクは自室に戻る際、ラフラーの診察に向かうエレン博士と出会います。彼女の父は海軍の提督だと知ったフランクに、エレンはサンディエゴの動物園に、何年務めていたか尋ねました。
長くはなかった、軍隊務めの後、10年で8つの動物園を渡り歩き、人に使われない今の生き方を選んだとフランクは答えます。それはあなた自身にも問題がある、と告げるエレン博士。
貨物船はプエルトリコまで589海里の位置にいました。囚人護送の警備主任であるリンガーは、到着時間について船の責任者であるモラレス船長に厳しく確認し、安全のために警備の責任者である、自分に従うよう告げていました。
突然、監視の隊員の前で食事中のロフラーが、痙攣して苦しみ始めます。エレン博士からの無線に従い、隊員はケージの中に入り救命処置を試みますが、それは芝居でラフラーは銃を奪うと、彼らを射殺します。
エレンやリンガーと部下たちが貨物室に到着した時、ラフラーは姿を消していました。アメリカ政府の監視で仕事がやりにくくなったと、船長と話していたフランクも、死体に気付いてラフラーの逃亡を知りました。
部下に完全武装させると、リンガーは手分けして船内を捜索するよう指示します。フリードはアメリカ政府の意向として、ラフラーは必ず生け捕りにするよう命令します。
兵士と船を操作するのに必要な最小人員以外は、安全な船室に待機するよう隊長のリンガーが告げると、フランクは檻の中の動物に、エサや水を与える必要があると噛みつきます。それに対し、相手はプロの殺し屋だと警告するリンガー。
プエルトリコまで545海里の位置にある貨物船で、フランクはフリードやエレン、乗員たちと共に一室に籠ります。モラレス船長は料理長に、必要な食料を取りに行くよう命じます。リンガーの指示に、フランクは反抗的な態度を崩しません。
護衛の隊員と共に料理場に入った料理長は、猿が入り込み食料を食い荒らしている光景を目にします。怒った料理長は猿を追い払おうと試みます。無線で事態を知らされたリンガーは、フランクと共に調理場に向かいます。
料理長は子猿を捕まえました。フランクの警告は間に合わず、怒った親猿たちに襲われ、料理長は殺されてしまいます。事態を悟り、リンガーに断りもなく貨物室へ向かうフランク。
フランクは荷物を用意しながら、無線でラフラーに自分は、元第82空挺師団の整備兵だと話かけます。するとラフラーは、自分は暗殺を行うよう訓練され、南米でその任務を与えられた兵士だったが、ある日突然帰国しろと命じられたと話します。
フランクも組織に馴染めない、自分と同類の人間だと言うラフラー。フランクはその無線を切り、狩猟道具を手にして部屋を出ました。
リンガー隊長は沿岸警備隊と合流できる海域まで、何としても船を進めるつもりでいました。しかしラフラーは、彼の部下を1人づつ殺害していきます。
貨物室にフランクが到着すると、恐れていた通り野生動物の檻は、船の混乱を狙うラフラーによって開け放たれていました。しかも2匹の蛇まで奪っています。蛇が解き放たれていれば、暑く湿度の高い場所にいるはずだ、と機関室のスカディに報告するフランク。
蛇の1匹は危険な毒蛇でした。エレン博士が解毒剤を持っているかと訊ねると、手に入れられなかったと彼は答えます。フランクが準備を怠った結果、乗船している皆が危険に晒されたと、エレンは彼を非難しました。
放たれたホワイトジャガーには、安全のためフランクが発信機を付けていました。肉食獣が好物のバクを捕まえる前に捕えねばならないと、彼は麻酔銃を用意すると野生動物を捕え、檻に戻そうと単独で動き出します。
水が出ないと気付いたフランクは、ホワイトジャガーを発見したものの逃がしました。ラフラーに水栓を閉められたと知った彼の報告を受け、モラレス船長はリンガーと共に、給水ポンプのある機関室へと向かいます。
その頃警護隊員を装って機関室に現れると、機関長のスカディに話しかけ、船底にある舵の操作室の場所を聞き出すラフラー。
船長と共に機関室に現れたリンガーは、スカディの話を聞いて、今までいた男の正体はラフラーだと悟り、急いで後を追いますが、行方は掴めません。
モラレス船長は機関長らと共に、給水ポンプを確認するとラフラーに破壊されていました。しかもそこに放されていた毒蛇に、船長は噛まれてしまいます。
一方フランクは探知機を使い、ホワイトジャガーを追っていましたが、兵士の1人がジャガーに襲われ、絶命するのを目撃しました。
彼らは蛇に噛まれた船長を安全な船室に運びます。猛獣に部下を殺されたリンガー隊長は、ホワイトジャガーを殺すと言いますが、フランクは彼への協力を拒みます。フリード検事は自分も捜索に加わると言い、銃を受け取ります。
船長を噛んだ蛇はブッシュマスターだとフランクから聞き、医務室からモルヒネを持って来て、応急処置を行うと判断するエレン博士。
危険な殺人鬼と肉食獣がうろつき、船長が命の危機に瀕している貨物船。乗り合わせた人々の運命は、これからどうなるのでしょうか。
映画『ザ・ビースト』の感想と評価
参考映像:『ザ・レジェンド』(2014)
スタントマン出身のニコラス・パウエルの初監督作、『ザ・レジェンド』に出演したニコラス・ケイジ。2人が再びタッグを組んだ作品が『ザ・ビースト』です。
今まで殺人鬼に幽霊に悪魔、場合によっては自分自身…と、映画の中であらゆる敵と戦ってきたニコラス・ケイジ。今回の敵の1つが180㎏の肉食獣!ですが、その正体はCGです。
ポスプロ作業で撮影終了後に作られた怪物、つまり撮影現場では存在しない野獣と闘いました。実は猫好きだと語るニコラス・ケイジ、ホワイトジャガーならぬ、8歳の時に黒猫に襲われた記憶を頼りにこの役を演じたと語っています。
これがジョークなのか、怪優ニコラス・ケイジならではの、マジのアプローチ方法なのか判断しかねます。しかし彼は子供の頃から想像力を駆使していたと話し、俳優となってからは想像力、自分の悪夢や白昼夢といったものを、演技に取り入れていると説明しています。
ともかく彼が、自分のインスピレーションを元に、撮影現場で演技を組み立てていることが、良く判る証言です。
与えられた企画を活かした映画制作
本作の脚本を与えられ興味を持ち、監督を引き受けたニック・パウエル。そして主役候補の俳優の名前の中に、ニコラス・ケイジの名を見つけました。監督が彼に声をかけると、2~3日の内に出演したいとの返事が返って来ます。こうして映画の製作はスタートしました。
彼にとって初監督作品『ザ・レジェンド』は、良い経験ではありませんでした。アメリカとカナダ、そして中国との合作だったこの作品は、プロデューサー主導で映画製作が進み、自分は監督として作品をほとんど制御できなかったと、振り返っています。
『ザ・ビースト』では、製作環境を調整してくれるプロデューサーに恵まれ、幸運だったと話す監督。ニコラス・ケイジの相手役に、20年近い付き合いがあり、適役だと信じたケヴィン・デュランドを提案したのも彼でした。
当初プロデューサー側は、敵役に名の知れた俳優を検討していましたが、最終的に監督に意見に立ち戻り、彼の起用を決定しました。またファムケ・ヤンセンなど、他の出演者も希望した俳優に参加してもらえたと、満足げにインタビューに答えています。
本作のような比較的低予算の映画だと、資金の殆どが主演俳優と製作費に費やされ、他の俳優に回すことが難しくなりがちです。良い映画を作るには、良い脚本と同様に良いキャストも重要だと、パウエル監督は話しています。
優れたアクションで見せる映画
スタント、アクションコーディネーターとして活躍してきた監督が、望んだケヴィン・デュランドを起用して描くアクションシーンは見応えあり、主役を追い詰める強敵を熱演しています。
また類型的になりがちな、サイコな悪役を独特の存在感で演じ、実のところCGのホワイトジャガーより、ニコラス・ケイジを苦しめる敵として目を引くでしょう。
しかし本作の脚本は、ひねりを加え過ぎたのでしょうか。凶悪犯の貨物船移送と言う設定、野獣+殺人鬼との対決というアイデアだけで充分なのに、捜査官が敵だか味方だか判らないという設定まで加え、筋が判りにくくなった感があります。
主人公の野獣に対する感情同様、捜査官も殺人鬼に対して、小説「白鯨」のエイハブ船長的な執念を燃やしている、という物語にしたかったのかもしれませんが、正直詰め込み過ぎで、結果主人公の人物像も深く描かれていません。
アクションが見事なだけに、シンプルな追跡・攻防劇に徹した方が、分かり易いB級娯楽映画になった事は確かです。平凡な作品になったかもしれませんが。
まとめ
アクションシーンと、クセのある人物を演じたニコラス・ケイジが見物の映画『ザ・ビースト』。彼のファンならやはり見るべき作品です。
パウエル監督はニコラス・ケイジを、自身の演技に様々なアイデアを用意しながら、監督には協力的かつ専門的に演じてくれる俳優だと評しています。
本作の様々なアクションシーンも、彼とケヴィン・デュランドは何度も自分たちでリハーサルを繰り返し、そして完成させていったと証言しています。
今や誰もが怪優で、B級映画に欠かせない顔だと認めるニコラス・ケイジ。しかし演技にかける姿勢と、独特のアプローチに揺るぎはありません。私生活にスキャンダルがあろうが、B級映画ファンが彼を熱く支持する訳だと、実感させられました。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第46回は映画監督を目指す男の数奇な恋愛を描く『ふたりの映画ができるまで』を紹介いたします。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら