Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/07/17
Update

映画『うみべの女の子』感想評価と解説レビュー。実写で石川瑠華×青木柚の青春ドラマの先に輝く“残酷な希望”|映画道シカミミ見聞録58

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第58回

こんにちは、森田です。

今回は、2021年8月20日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開される映画『うみべの女の子』を紹介いたします。

残酷なまでに丁寧に描かれた「青春の暴力性」を読みとることで、希望につながる本作の見どころを紹介していきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

映画『うみべの女の子』のあらすじ


(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

海辺の田舎町を舞台に、中学生の小梅(石川瑠華)が憧れの三崎先輩(倉悠貴)に振られた腹いせに、一度告白されたことのある同級生の磯辺(青木柚)を呼び出し、身体の関係を持つことから物語ははじまります。

初体験を済ませた小梅は、その後も磯辺の家に入り浸るようになり、漫画を読んだり、音楽を聴いたりしながら身体を重ねていきます。

一方で、小梅に片思いしている幼馴染の鹿島(前田旺志郎)は、ふたりの仲を怪しんで磯辺を問い詰めます。

性的関係をほのめかす磯辺と言い争いになった鹿島は、ついに拳を振り上げ、校内で流血騒ぎを起こします。

しかし、この直接的な暴力のまえから、本作ではある残酷さが美術によって表現されており、まずはそのポイントからみていきましょう。

残酷ポイント①「モテ非モテの文化資本」

(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

磯辺の部屋は、大量のCDや本で埋め尽くされています。これらはすべて兄が遺したもので、加えてゲーム会社に勤める父親(村上淳)は家を空ける日が多いため、いつでも自由に触れられる環境があります。

対する鹿島は、とにかく元気のいい野球部員。小梅が徐々に心惹かれていくのは、幼馴染の鹿島ではなく、転校生の磯辺でした。

これに似たような敗北感を抱えたかつての少年も多いのではないでしょうか。

「都会の文化系」と「田舎の体育会系」の違いの本質は、「文化資本」の差に求められます。

生まれたときから、手の届く範囲に、親や兄弟から譲り受けた文化的要素があること。この力は実に大きなものです。

ネットが発達した今なら、努力次第である程度世界中の情報を手に入れられますが、原作の時代設定である90年代後半では、教養としてのカルチャーは誰もが等しくアクセスできるものではありませんでした。

ウエダアツシ監督は、いまでもその時代の空気を引きずっていると述べ、みずからを「音楽も漫画もフィジカルに所有する時代で、“モノ”に対する執着があった最後の世代」に位置づけていますが、その認識が本作では美術(部屋の飾り込み)で文化資本の差を明示するという残酷さに息づいているのがわかります。

そして格差は連鎖し、再生産されるという意味でも残酷です。

それは町全体を閉塞感で飲み込み、放っておけば物理的暴力の温床と化していきます。

残酷ポイント②「格差の連鎖といじめ」


(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

実際に本作では、物語の背景に「いじめ」があります。

磯辺の兄は自殺したことが示唆され、磯辺はその罪悪感を復讐の原動力としています。

ヤンキーがいわゆるオタク(文化的強者)に対してどのような言動をとるかは、想像に難くないでしょう。

鹿島が磯辺に振るった暴力も、ただ挑発に乗せられただけでなく、理解の及ばぬ「他者」への羨望や憎しみが込められていたはずです。

また磯辺がこの暴力の連鎖を止められるかどうかも、本作の鍵となります。これを断ち切らないかぎり、真の救いは訪れません。

暴力的な事件の前後で、「動」から「静」へストーリーが転調するのは、押見修造の描いた『惡の華』の展開に近いですが、大爆発(自暴自棄)のあとも続く生活のなかで、どのようにまた他者と関わり合いを持つかが共通のテーマとして浮かび上がります。

残酷ポイント③「満たされない欲望」


(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

結局のところ、暴力性は他者をめぐる物語の中で発露するといえます。

小梅は磯辺と激しく交わったあと、“してもしても何かが足りない気がするのはなぜ”と尋ねます。

これが意味することは、「欲求は満たされるが、欲望は満たされない」ということです。

つまり「自己の生理的欲求」と「他者を求める欲望」は異なります。そして他者とは所有できない存在です。

部分的な対象(生殖器官)への愛着(所有欲)を超え、他者は自分のものになりえないと知るのが大人への第一歩になりますが、だからこそ孤独なふたりが1つになろうとする希求は激しさを増すという葛藤と矛盾。

本作が性愛をとおして見事に映し出しているのは、この残酷な関係です。

それも思春期の少年少女にかぎらない、人間の本質的な哀しさとして見せることに成功しています。

ふたりの女の子


(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

欲求から欲望への変化。両者の違いは、小梅と磯辺の“優しさ”にも表されています。

磯辺は“好きな人は優しい人”と言う一方で、小梅は徐々に思いを募らせていくなかで“優しくしたい”と行動するようになります。

この気持ちは交差するようでしていません。なぜなら、前者は自分の「欲求」にとどまり、後者は他者を求める「欲望」に向かい始めているからです。

磯辺は最初は小梅に片思いをしていたものの、海辺で拾ったSDカードに写っていた女の子を見てからは、彼女をPCのデスクトップの背景にしてしまうほど夢中になってしまいます。

彼を満たすのはあくまで「イメージ」であり、実際に彼女と出会えるかどうかは関係ありません。

これは彼の“復讐”においても同様です。磯辺は鹿島に殴られながら“お前どこみて話してるんだ”と詰められます。

その答えは「自分」です。磯辺は自分を傷つけるものに対していつも“他人の痛みを想像できないやつを許さない”と捨て台詞を吐くのですが、彼も基本的に自分しか見ていないことに変わりはありません。

自己のイメージの世界で行われる勝手な復讐は自己満足に過ぎず、映画『タクシードライバー』(1976年)や『ジョーカー』(2019年)の主人公たちの行為(正義)になぞらえることができるでしょう。

隣にいる小梅と、想像のなかの美少女。欲望と欲求を体現する“ふたりの女の子”が磯辺の行く末を占っています。

青春の残酷な希望


(C)2021『うみべの女の子』製作委員会

そして小梅の欲望はある「贈り物」に象徴されています。何かを贈るという行為は、いうまでもなく他者を必要とします。

その贈り物は本作のモチーフであると同時に、小梅が自己の欲求を離れ他者と再びつながりを求めようとする成長の記号でもあります。

人間は愛を覚えてしまう。ゆえに自己充足的な幸福な関係が永続することはない。これこそが本作の提示するもっとも残酷な真理かもしれません。

海をとらえる手持ちのカメラが、風に吹かれて、波に揺れているように、小梅たちは漂流のさきに落ち着くべきところにたどりつくでしょう。

それぞれがそれぞれの愛の形を見つけること、また、時が経てばどうにかなってしまうという人間の底しれぬエネルギーが、青春の残酷な希望として輝いています。その名状しがたい光をぜひスクリーンでご覧ください。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら



関連記事

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】③

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2019年4月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら CONTE …

連載コラム

【2019年の挨拶】あけましておめでとうございます。

橿原神宮 ©︎Cinemarche 謹啓 あけましておめでとうございます。 今年も映画の多様な価値を、“読者の皆さんに映画を届ける”という原点に立ち返り、専属ライターともに作品解説のご紹介することに取 …

連載コラム

映画『徘徊年代』あらすじ感想と評価解説。チャン・タンユエン(張騰元)監督が描く女性問題は“台湾社会が歩む歴史そのもの”|大阪アジアン映画祭2022見聞録2

2022年開催、第17回大阪アジアン映画祭上映作品『徘徊年代』 毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も2022年で17回目。3月10日(木)から3月20日(日)までの10日間にわたってアジア全域から …

連載コラム

韓国映画『王宮の夜鬼』あらすじと感想。ゾンビ(夜鬼)アクションものでヒョンビンとチャン・ドンゴンが激突!|コリアンムービーおすすめ指南13

陰謀渦巻く王朝に迫りくる“夜鬼”! 朝鮮王朝の存亡をかけた死闘がはじまる! ヒョンビンとチャン・ドンゴンの二大スターが激突する映画『王宮の夜鬼』が9月20日(金)より、シネマート新宿他にて全国ロードシ …

連載コラム

香港映画『空山霊雨』あらすじネタバレと感想。キン・フー監督が1979年に制作した時代劇とは|すべての映画はアクションから始まる7

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第7回 日本公開を控える新作から、カルト的評価を得ている知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を網羅してピックアップする連載コラム、『すべての映画はアク …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学