映画『悪の偶像』は2020年6月26日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかでロードショー予定
韓国で実際に起きた集団少女暴行事件を映画化した『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』(2013)で長編デビューを果たし、世界各地の映画祭でその才能を見せつけたイ・スジン監督による長編第2作『悪の偶像』。
韓国映画界の実力派俳優ハン・ソッキュとソル・ギョングの共演、そして先行きの見えないどんでん返しの連続で観る者を予想外の結末へと誘う作品です。
このたび、韓国映画『悪の偶像』がいよいよ日本にて劇場公開されるにあたって、イ・スジン監督にインタビューを敢行。
何故本作を制作するに至ったかをはじめ、作品のテーマに込めた思い、ひいては映画作家としてのスジン監督の信念など、貴重なお話を伺いました。
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父親と“発火点”の物語
──まず、『悪の偶像』の制作経緯をお聞かせください。
イ・スジン監督(以下、スジン):正直にお話をすると、本当はいろいろな理由があるのです。ただ端的に説明すると、私は長編デビュー作となる『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』を発表する以前、短編映画を制作していました。その際に「今後、映画作家として長編映画を制作できる機会があれば何を撮ろうか」とずっと思案していたのですが、やがて父親の物語の映画を撮ってみたいと思いつきました。
また同時に、今の韓国社会で起きている大小さまざまな事件や事故を見るや、それらの事故や事件の出来事の始まりは、一体どこにあったのだろうかと考えるようになりました。つまり、人間が引き起こした多くの問題の発火点に興味を巡らせるようになりました。そして、もしその出来事のはじまりに居合わせたら、自分はどのような選択をしたのか。それが『悪の偶像』という映画のはじまりです。
現実に対し“人間”として想像する
──では本作の脚本執筆にあたって、実際に韓国社会で起きた事件や出来事からインスピレーションを受けたものはありますか。また、そのような事象をヒントに表現を行うことは、クリエイターとしてどのような刺激を受けますか。
スジン:今回の作品では、実際に起きた実際の事件や実話を基に、それら全てをなぞって映画に取り入れたわけではありません。
現代の社会ではいろいろな事件が起きています。それは韓国でも日本でも、そして世界のあらゆる国や地域でも同様です。そういった毎日のように起きているあらゆる事件を、映画作家として組み合わせながら再構築する。そこに面白みを感じながら、脚本を書き上げました。
また「刺激」といえるかはわかりませんが、どのような事件であっても、その中心には人間がいて、集団がいるわけです。では、人間や集団は事件に直面した際にどんな選択をするのか、そのような選択をした理由は何かに思いを巡らせながら、それについて同じ人間として悩み、思いを寄せることが重要だと感じています。
社会と政治が孕むドラマ性を描くために
──スジン監督は、韓国映画が何故「ポリティカルサスペンス」を得意としていると思いますか。またご自身が脚本を執筆された際に苦労された点、工夫された点を教えてください。
スジン:社会や政治という環境下において「権力を持っている」という状況自体が、とてもドラマチックなのだと感じています。そこで垣間見える劇的な様相はもちろん、映画的な要素や内容が含まれながらも波瀾に富んでいるからではないでしょうか。
また『悪の偶像』の脚本には、通常よりもかなり長い時間を費やして執筆に取り組みました。その中で今回一番気を遣った点は、主軸となる重要な3人のキャラクターです。
知事選に有力候補者として出馬する市議会議員ミョンフェ、彼の息子に自身の子どもをひき殺された父親ジュンシク、そして事件現場から謎とともに消えた目撃者リョナ。この3人を物語の展開において、どのように登場させたら観客にリアリティやドラマチックさを感じさせられるのか。またそれらを、それぞれの関係性の中で、展開のリズム感にどう強弱をつければ効果的に表現できるのかにとても気を遣いました。
人間はどこまで行き着くのか
──スジン監督が本作で描こうとした事件に対し選択を行う「人間」について、より詳しく伺えますでしょうか。
スジン:私は人間が選択の岐路に立たされた時に、何がその人物にその選択をさせるのかというパーソナルな部分、いわばバックグラウンドについて考えました。その中で、個人が叶えたい夢やその信念が選択を行わせているのではないかと思ったのです。
その一方で、それらの選択を行なった際には人間の悪しき業も必ず現れるはずです。そういった「悪」と呼ばれる暗部に、人間はいったいどこまで行き着くのかを本作の物語に込めたかったのです。
例えば劇中には、カメラ手前で演説をするミョンフェの後ろ姿、その向こうにいる多くの聴衆たちを映し出す場面があります。あの場面を撮ろうとしたのは、「もしかしたら、自分もあの場にいるかもしれない」という前提があったからです。すこし引いて客観視をすれば、自分も誰かを盲信する聴衆者の人たちと同じように支持しているかもしれないと気がついたんです。観客の皆さんも本作を観て、そのことに気づき考えてもらえたらなと思います。
現代を生きる中で生じる“盲信”
──スジン監督は本作のタイトルにもある「偶像」にも「盲信」の
意味を込めたそうですね。監督は「信じる」という行為、或いは「信じる対象」をどう捉えているのでしょうか。
スジン:個人の叶えたい夢や信念は、盲目的に追い求め過ぎてしまうと全く異なるものへと変質することがあると私は思っています。それらもまた、人間にとっての偶像の一つなのではないか。そういったメッセージを込めました。
また私たちが生きている現在には、たくさんの言葉があふれてます。有名で影響力のある人物の名言・格言の類といえる言葉もそうですし、インターネットではあらゆる人々がSNSを用いて、日々たくさんの言葉を発信しています。それらの言葉を自分たちは時々、盲目的に信じ支持してしまっているのではないか。そのような疑いの問いを持つべきなのではないのかと感じたのです。
映画の何を信じるか
──ではスジン監督にとって、映画という表現とは何でしょうか。そして、映画という表現の何を信じているのでしょうか。
スジン:とても良い質問ですね。同時にとても難しい質問でもあります(笑)。
私は今、映画を制作しています。映画を作っている最中も、映画を作っていない時も「映画とは何か」「私自身にとっての映画とは何か」をずっと考え続けています。ですが、その答えはまだ出ていません。日夜、そして日々が思考の過程でもあるのです。
その中で敢えて伝えたい、私にとっての映画の好きなところ、私が信じる映画の力とは、私がその映画を観た時に、それまで知らなかったことを気がつかせてくれること。そして、自身がそれまでに考えもしなかった事象について想像するきっかけを灯してくれること。それが私の好きな映画であり、本来の映画の力だと信じています。
構成/出町光識
イ・スジン監督のプロフィール
1977年生まれ、韓国・金泉市出身。長編デビュー作『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』は、第43回ロッテルダム国際映画祭の最高賞タイガー・アワードを受賞やシッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀作品賞受賞など、国内外の映画祭で数多くの賞に輝いた。世界的な巨匠マーティン・スコセッシ監督は同作を絶賛し、「この映画から多くを学んだ。イ・スジン監督の次回作が待ちきれない」と語っている。
長編第2作目の本作は、韓国を代表する演技派俳優を起用し、第69回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門へ出品されたのを皮切りに、2019ファンタジア映画祭で作品賞と男優賞(ハン・ソッキュ&ソル・ギョング)受賞、第28回釜日映画賞主演男優賞(ハン・ソッキュ)ノミネートなど国内外の映画祭を席巻している。
映画『悪の偶像』の作品情報
【日本公開】
2020年(韓国映画)
【原題】
우상(英題:Idol)
【監督・共同脚本】
イ・スジン
【キャスト】
ハン・ソッキュ、ソル・ギョング、チョン・ウヒ、ユ・スンモク、ジョー・ビョンギュ、キム・ジェファ
【作品概要】
『シュリ』(1999)『ベルリンファイル』(2013)で知られるハン・ソッシュ。そして『オアシス』(2004)『殺人者の記憶法』(2017)のソル・ギョングという、韓国映画界を代表する実力派俳優の共演によるコリアン・ノワールの話題作。ひき逃げ事件の加害者の父と被害者の父の運命が交錯する“人間の業様”を、『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』(2013)のイ・スジンが脚本・監督を務めています。
本作は第69回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門へ出品、さらに2019年ファンタジア映画祭で作品賞と男優賞(ハン・ソッキュ、ソル・ギョング)を受賞。さらに第28回釜日映画賞主演男優賞ノミネート(ハン・ソッキュ)など国内外で大きな注目を集めました。
映画『悪の偶像』のあらすじ
市民からの支持も高く、政治家としての将来を有望視された市議会議員のミョンフェ。知事選の最有力候補として注目を集める日々を送っていたが、そんな彼に突如、政治家生命の危機が襲いかかります。
帰宅するミョンフェは、妻からの電話で息子ヨハンが飲酒運転した挙句、人をひき殺してしまった事実を知らされ、激しく動揺します。しかも自宅に戻ると、車とともに、そこには被害者の死体がありました。ミョンフェは息子に自首をするよう説得し、その一方で死体をひき殺した現場に再び遺棄することに……。
そしてミョンフェは、世間からバッシングを受け、また息子をひき殺された父親ジュンシクの怒りを甘んじて受け、知事選の辞退を宣言します。ですがその対応で逆に市民からの支持率が上がり、ミョンフェ陣営の周辺は、何としてでも立候補を続けるようにと説得されます。
また、ミョンフェが犯行当日の自宅のガレージの防犯カメラを確認すると意外な事実が明らかになります。
さらに同じころ、現場に居合わせた被害者の新妻リョナの行方不明になっていたことが判明。事実が明るみに出ることを恐れるミョンフェは、リョナの行方を追います。一方、ジュンシクはリョナの足取りを追うなか、義理の娘であるリョナが妊娠していることを知り、なんとかして彼女を捜し出そうとします。
しかし、消えた目撃者であるリョナは、ミョンフェとジュンシクの2人を大きく揺るがし、彼らの想像を絶する本性を持っているました……。