連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第27回
世界各国の様々なジャンルの映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施され、一部作品は青山シアターにて、期間限定でオンライン上映で紹介されます。
2019年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第27回で紹介するのは、強姦事件の被害者の葛藤を描いた作品『ビューティフル・カップル 復讐の心理』。
B級映画ファンなら、”レイプリベンジもの”という映画ジャンルの名を、聞いたことがあるかもしれません。性暴力の被害者が逆襲に転じ、卑劣な加害者に制裁を加える、勧善懲悪の形を借りてエロスとバイオレンス要素満載した、悪趣味娯楽映画の代表と言えるジャンルです。
しかし現実は、映画のように単純ではありません。かつて被害に遭い、時間をかけて傷を癒したかに夫婦が、ある日突然犯人と再会してしまう。そんなリアルな設定の基に、人間の心の動きを描いたドイツ映画が誕生しました。
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CONTENTS
映画『ビューティフル・カップル 復讐の心理』の作品情報
【日本公開】
2020年(ドイツ映画)
【原題】
Das schonste Paar
【監督・脚本】
スベン・タディッケン
【キャスト】
マクシミリアン・ブルックナー、ルイーゼ・ハイヤー、ヤスナ・フリッツィ・バウアー
【作品概要】
バカンス先で、強姦事件の被害者となった夫婦が、2年後に偶然犯人と再会し、復讐と忘却の間で揺れる姿を描くサスペンス映画。監督・脚本は、『パイレーツ・オブ・バルティック 12人の呪われた海賊』のスベン・タディッケン。前作『熟れた快楽』で、中年男女の性的な問題を取り上げた彼が、今回も微妙な問題にあえて挑み、完成させた作品です。
主演はドイツ映画祭2008で上映された、日本を舞台にした映画『HANAMI』に出演、以降数々の映画・ドラマで主演を務めるマクシミリアン・ブルックナー。そして『ぼくらの家路』のルイーゼ・ハイヤーは、本作の演技でドイツにアカデミー賞にあたる、ドイツ映画賞主演女優賞にノミネート、そしてドイツで最も古いメディア関連の賞、バンビ賞の最優秀女優賞を獲得しました。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ビューティフル・カップル 復讐の心理』のあらすじとネタバレ
スペイン・マヨルカ島の保養地でバカンスを過ごす、マルテ(マクシミリアン・ブルックナー)とリヴ(ルイーゼ・ハイヤー)夫婦。開放的な気分になった2人は、人気のない夜の海辺の岩場で、裸になって戯れて楽しみました。
しかし崖の上に人影が現れたことに気付き、笑って衣服を身に付けます。その後他のバカンス客と同様にレストランで食事をし、夜が更けると夫婦は宿泊しているコテージに戻ります。
突然そこに3人の若者が押し入ります。マルテは現地の言葉で財布とカメラを渡すから、すぐに大人しく出て行けと説得します。するとドイツ語で話せと言ってきた乱入者たち。おそらく若者たちも、ドイツからの観光客でしょうか。
妻リヴを庇おうとするマルテの行動を反抗的と受け取り、より威圧的になる侵入者たち。中でも1人の若者はナイフを手に、危害を加えかねない態度で振る舞い、緊迫した空気が流れます。
その若者は夫婦に、さっきの続きをやれと命じます。彼らは2人の海辺での行為を目撃していました。屈辱的な指示に従い、裸になって抱き合うマルテとリヴ。
脅され怯え抱き合う2人の姿に、気まずい空気が流れます。すると指示した男は思ったより面白くないと言い放つと、マルテを引き離しその目前で妻をレイプします。
事が終わると彼は仲間と共に逃げ去ります。後には恐怖と屈辱に震える夫婦が残されていました。
2年後。同じ学校でマルテとリヴは、それぞれ生徒を指導していました。2人は同僚として、この学校で教師を務めていました。マルテは生徒に音楽を指導しています。
リヴはあの体験の後、専門家にカウンセリングを受けていましたが、今回で終了となります。専門家は最後に彼女の克服の努力を讃え、6週間後にその後の経過を報告するよう告げました。
一方マルテは仕事を終えると、ボクシンクジムで汗を流します。彼もまた過去の出来事に、自分なりに向きあっていました。
2人は帰宅すると、共にパソコンで仕事をします。それが落ち着くとリヴは、夫にセラピーが終了したと告げました。今後も一緒に支え合おう約束し、ぎこちなくもベットで愛し合う2人。
別の日、マルテは仲間と組んだバンドの一員として、ライブハウスで演奏していました。ステージを終え仲間と談笑ていたマルテは、1人外に出るとライブハウスの向かい側で営業する、ケバブ屋に入ります。
注文をした彼は、店内に若いカップルがいることに気付きます。その男がリヴを犯した人物に見えたのです。愕然とするマルテですが、カップルは全く気付いた様子がありません。
品物を受け取り店を出て行く2人。マルテは衝動的にその後をつけます。カップルは彼に全く気付きません。駅のホームまで2人を追ったものの、2人の乗りこんだ電車が動き出し、それ以上追うすべを失ってしまったマルテ。
ライブハウスに戻ったマルテは、バンドの仲間にたった今、妻をレイプした男を見たと話します。事件を知るバンドの仲間ベンは、そいつを叩きのめそうと言いいますが、無論今となっては何も出来ません。
その日帰宅した彼は、男を見たとはリヴに告げず、ただ激しく愛し合います。
次の日も夫婦は出勤し学校で授業を行いますが、マルテは授業が終わるとケバブ店に向かいます。昨日のカップルの特徴を伝え、彼らについて訊ねますが、身元に関する情報は得られませんでした。そこで駅のホームに座り、あてもなく男が現れないかと見張るマルテ。
それからもマルテは学校で授業を終えると、駅のホームを張り込む日々を続けます。帰宅した夫にリヴはどこにいたのか尋ねますが、彼は飲みに行ったと告げ誤魔化します。
友人宅の庭で開かれたバーベキューに招かれたリヴとマルテ。友人たちも夫婦を襲った事件を知っており、その後の苦悩を理解していました。
リヴは皆に事件とその後の心境について語り、夫は決して悪くないと話します。しかしその話題を持ち出されると、つい渋い表情を隠すことが出来ないマルテ。
妻に対して、他人にそこまで事件を語る必要はないと告げる夫に、カウンセリングをうけたリヴは、起きてしまった出来事に向き合い、受け入れることが大切だと語ります。しかしあの男を目撃して以来、マルテは平静な気持ちではいられなくなっていました。
この日も授業を終えると駅に向かい、ホームのベンチで採点していたマルテ。リヴから連絡が入り、荷物をまとめ引き上げようとします。
ところが目の前に、あの男が現れたのです。なんとか男が入った電車に乗り込み、気付かれないよう尾行を開始するマルテ。
マルテは電車を降りた男の後を追います。彼はマーケットで買い物を済ますと、とあるアパートに入りました。オートロックの玄関をどうにかすり抜け、男がエレベーターで4階に向かったと確認すると、マルテは必死に階段をかけ上がります。
手がかりを得ようと、4階にある部屋の表札をスマホで撮影し始めるマルテ。すると部屋からあのカップルが姿を現します。
2人をやりすごしたマルテは、強引にその部屋に入ります。中にはカップルの写真が飾られていましたが、そこに写った人物は、間違いなく妻を犯した男でした。悩んだ末に、その部屋に留まることを選んだマルテ。
やがて男だけが帰ってきましたが、マルテの顔を見て事態を悟った男は逃げ出します。その後を追い駆け出すマルテは、男に追いつくと殴りましたが、相手もマルテを殴り返すと公園のフェンスの向こうに逃れます。
男はマルテに、俺の人生を破滅させたら殺してやると叫びます。相手を捕まえられないと悟ったマルテは、やむなく家へと引き返します。そのマルテの後を、男が尾行していました。
帰宅した夫の傷付いた顔を見て、驚いたリヴにボクシングをした誤魔したすマルテ。連絡して現れなかった理由を聞かれ、バンド仲間のベンと会っていた嘘をつきますが、リヴはそのベンと会っていたのです。
当然リヴは夫の態度を疑い、女が出来たのかと詰問しますが、マルテは今は聞くなと告げます。妻に意見されても沈黙を守っていた彼は、意を決しレイプ犯を目撃したと妻に告げます。夫の口から経緯を聞かされると、セラピーで平静を取り戻したはずのリヴも大いに動揺します。
映画『ビューティフル・カップル 復讐の心理』の感想と評価
際どいテーマをあえて取り上げる
参考映像:『熟れた快楽』予告編(2016年製作)
何とも重い、困惑すら覚えるテーマに踏み込んだ作品です。監督・脚本のスベン・タディッケンの前作、『熟れた快楽』は日本では劇場未公開ですが、DVDや配信動画で鑑賞可能な作品です。
いかにもエロ映画、どちらかと言えば文芸エロ映画?、を思わせる邦題を与えられた『熟れた快楽』ですが、中高年の性への渇望や虚無感を歪んだ形で描き、神への信仰と重ね、悩める現代人の姿として捉えた意欲作です。
DVやポルノ中毒といった、様々な男女間に横たわる問題を描く監督が、今回本作でテーマに選んだのが性暴力の被害者でした。この映画は実際の事件や被害者の告白を基にした物語ではなく、あくまで創作した物語であると、監督はインタビューに答えています。
そして監督が描きたかったものは、事件の記憶というトラウマへの対処であり、男女における向き合い方の違いでした。冒頭の忌まわしい事件から2年が経過し、平穏を取り戻したかに見えてから、映画のタイトルが表示されるのは、テーマを明確に示すための方法でした。
リサーチを重ねた上で創作
映画の製作の前に、性犯罪被害者のカウンセリングセンターを訊ね、またこの件に関する様々な文献に触れ、リサーチを重ねたタディッケン監督。
事件で大きな傷を受けた後、恐る恐る関係を修復していた夫婦。リヴは何とか人生を取り戻し、これからの人生に価値を見出そうとします。しかし妻を守れなかった自責の念から、逃れられないでいたマルテの衝動は、強姦犯と出会ったことで爆発します。
映画は男性の「マッチョイズム」の負の側面を、シビアに描いています。マルテの反応だけでなく、酔った上で強盗を行ったサシャが、衝動的に強姦を行う姿にも現れています。監督はそれを描写することに、大きな関心をもっていたと語っています。
そんな男の愚かな行動を本作は否定せず、共感と問題提起を与える形で描いています。この映画は描きたかったものは、経緯の説明でも贖罪でもないと語るタディッケン監督。事件の記憶が引き起こす登場人物の、人間的な反応を鋭く表現しています。
監督は演技を引き出す為に、脚本を読んだ俳優にアイデアを出させて、人物描写の微妙な部分を高めていきました。リヴのセラピーシーンに満足していなかったルイーゼ・ハイヤーには、彼女自身にセリフを書かせ、それを生かす形で撮影をしています。
冒頭のシーンやラストシーンなどは最少人数のスタッフで臨み、俳優が演技に専念できる環境を用意し、緊密な関係を保ちながら難しいシーンを撮影したと語っています。
まとめ
深刻なテーマに臆することなく、正面から向き合った映画が『ビューティフル・カップル 復讐の心理』です。いわゆる”レイプリベンジもの”との違いが、お判りいただけたでしょうか。
ラストシーン、映画が見せた問題への決着の付け方を、「文芸的」だと感じる方もいるかもしれません。しかし勧善懲悪敵に加害者に制裁を加える物語こそ、いかにもフィクション的な解決法と言うべきでしょう。
登場人物を苦しめたものは恨みではなく、事件が残したトラウマです。それに心をかき乱され、苦しんだあげく、衝動に駆り立てられつき動かされていきます。
そして同時に、過去に向き合うという困難を経て、それでも成就を目指すラブストーリーでもある本作。監督自身も登場人物が、愛のために闘う姿は美しいと語っています。
スベン・タディッケン監督は深刻かつ過激、さらに変態的なテーマを扱っているようで、実は相当なロマンチストです。この映画に登場する、”ビューティフル・カップル”の揺れ動く姿に注目してご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第28回はニュージーランドが産んだ、伝説の珍作アニマルパニック映画『ブラックシープ』を紹介いたします。
お楽しみに。