映画『もみの家』は2020年3月20日(金・祝)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次ロードショー
坂本欣弘監督の映画『もみの家』は、心に悩みを抱え不登校になってしまった少女が支援施設での出会いや経験を通して成長していく姿を描いた人間ドラマです。
本作の劇場公開を記念して、坂本欣弘監督にインタビューを行いました。
坂本欣弘監督が影響を受けている映画監督、主演を務めた女優の南沙良さんに対する印象、また本作のテーマなど、貴重なお話を伺いました。
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かつての映画体験と重ね合わせた作品
──本作は人生に迷い、立ち止まってしまった16歳の少女が人々との出会いを通じて成長しようとする物語です。そのような作品を手がけられたきっかけや経緯を改めてお聞かせください。
坂本欣弘監督(以下、坂本):僕は「何かを描きたい」「何かをしたい」という衝動で映画を撮ることはあまりありません。本作もそういった衝動に基づいて撮ったものではなく、映画を撮るきっかけを探していた際に生じた出会いを通じて撮ったものなんです。
その一方で、僕自身が家族やひきこもりといったテーマを描いた作品から勇気をもらった過去があったので、本作は自分が幼少期に観ていた山田洋次監督の「家族」シリーズなどの影響は多く受けています。だからこそ、偶然の出会いと自身の中の過去が重なり合い、本作を企画・構想をするに至ったわけです。
ちなみに「学校」シリーズの中でも、『十五才 学校IV』(2000)から影響を受けていまして(笑)。僕がちょうど15歳の時に観た映画なんです。中学3年生の主人公・大介がヒッチハイクで屋久島まで行くという物語で、決してドラマチックなものでもないんですが、僕はそんな彼の姿にとても感動しました。同年代の少年が一人でヒッチハイクの旅に出る。様々な体験をし、様々な人々と関わりながら、屋久島へと行く。当時の僕にとって、彼の旅は勇気なくしてはできないことであり、「自分にはそんな勇気はないな」と感じたんです。ですがその後、10年という月日を経て大人になった僕は屋久島へと行った。それほどまでに『十五才』は僕に勇気をくれた映画でした。
そのため本作でも、『十五才』と同じ三部構成によって主人公・彩花の成長を描いています。そして人と人との繋がりや出会い、それによる人間としての成長の様に焦点を当てて映画を撮り進めていきました。
「育てる立場」を経て得られるもの
──劇中の描写や設定は、実在の自立支援施設「はぐれ雲」をはじめ、多くの取材に基づいているとお聞きしました。
坂本:おっしゃる通り、「はぐれ雲」での取材で見聞きしたことを取り入れている場面もあります。また別の取材の中で、ある大学の先生からお聞きしたことも本作では取り入れています。それは、不登校や引きこもりの少年少女たちに対するセラピーの一環として、「赤ちゃんを抱っこさせる」という行動によって擬似的な母親体験をしてもらうという話です。
血は繋がっていない赤ちゃんではありますが、抱っこなどで触れ合うことによって、自身が母親になったような感覚を抱いてもらう。自分を育ててきた母親への共感というわけではありませんが、「育てる立場」を経験することで、家族や周囲の人々に対する変化が生まれるんだそうです。そして育てる立場、守る立場の経験を通じて「育ててもらってきた立場」にあった自身を再認識する。それはある意味では「大人になる」ということともいえます。本作でそのことを全面的に表しているわけではないですが、終盤の場面を通じて少しでも感じてもらえたらと思います。
すれ違いを「修復」する様を描く
──劇中では主人公・彩花と母親の間にある意見の食い違いをはじめ、現在の社会における相互コミュニケーションの困難さ、言い換えれば「生きづらさ」が多々描かれています。
坂本:本作に限ったことではないですが、僕の中には「家族のズレ」いわゆる「人々のコミュニケーションのすれ違い」というテーマがあります。それはフィクションの世界だけでなく、普段の生活の中でよくあることですよね。例えば、思っていることとは違う意味で言葉を解釈されることは幾らでもある。そういったことが特に成長過程の子供たちにとっては深刻な悩みの一つだと思います。
それはもちろん教育や経験を重ねてゆくことで改善されることだとは思います。ですが、それが原因で誰かと疎遠になってしまう方、不登校や引きこもりになってしまう方もいると思います。僕はそういった、改善されなかった部分の「修復」を映画を通じて描きたいなと考えています。
もし相手が突然亡くなってしまったら誤解は解けなくなるし、謝ることも関係を修復することもできなくなる。それってとても悲しいことじゃないですか。
だからこそ、劇中でも友人同士や親子同士のささいなズレを敢えて描いています。相手に発した感情が意図していたものと違う伝わり方をして軋轢を生んでしまう。そこで意固地になると後悔を生んでしまう。そこで強がらないで、一歩踏み出す、相手に歩み寄ることで幸せになれるんじゃいか。その「修復」の様を描くことで、コミュニケーションのすれ違いに溢れる状況への希望を提示したかったんです。
女優・南沙良の一年間をいただく
──本作の主演を務められた女優の南沙良さんには、どのような印象を抱かれていますか?
坂本:今回、主演の南沙良さんには15歳から16歳になるまでという大切な1年間をいただいたので、最新のケアをしながら撮影を進めました。15歳・16歳は思春期の中でも特に多感で敏感な時期にあたるので、事務所のマネージャーさんにも「丁寧に、大事に撮影させていただきます」と挨拶しましたね。
実際の撮影に向けての本読みでも、脚本の1ページ目を読んでもらった時点で声の質も感情の出し方も非常によかったため、「それ以上は読まなくていいよ」とその場で伝えたくらいでした。それは孤独を感じている役である彩花を演じるためにも、他のキャスト・スタッフとできるだけコミュニケーションを取らずに現場に入ってほしいという演出的な考えも含めての判断でした。
芝居はあくまで彼女に任せ、現場を重ねていく中で彼女の演技をできるだけ見守るという形で撮影は進めました。もちろん助言や指摘をすることはあるものの、撮影期間を通じてほとんどありませんでしたね。僕は普段、芝居について細かく演出やお願いをするタイプなので、これは本当に珍しいことなんです。
その中でも特に彼女について印象に残っているのは、5ページの脚本を頭の中に完璧に覚えてしまい、5分にもわたる夕陽の中の長回し場面を一発でこなしたことですね。記憶力やお芝居における反射神経、「夕陽なので1日に1度しか取れない」というプレッシャーに勝たなくてはならない点など、全ての要素を含めて女優としての凄さを感じられました。
映画を撮り続けることだけは変わらない
──『もみの家』を経た今、現在の坂本監督はどのような映画を撮りたいとお考えなのでしょうか?
坂本:「家族」や「友情」そして「愛情」をテーマに据えることは根本的に変わらないです。例えば次回作で全く異なるテーマを扱ったとしても、絶対家族というものへと展開を持ってゆくと思います。
ただ歳を重ねてきた中で、想像力をより湧き立てられるような映画を撮りたいという感情も芽生えています。それは自分のエッセンスを入れつつ、誰も観たことがない映画、新しい境地にある映画を撮りたいという思いです。
一方で現在構想を練っている作品は、認知症の母と息子の物語です。その作品自体は真新しいものにはならないと思いますし、物語もどこかありきたりなものになるかもしれませんが、今はただそのテーマと向き合うべきであると感じてますし、僕が今まで撮ってきたハートフルな作品とは異なり、貧困や社会に虐げられている別の形で「生きづらさ」を抱いている人々に目を向けた作品を作りたいと思っています。
インタビュー・撮影/河合のび
坂本欣弘監督のプロフィール
2011年に映像制作会社を立ち上げて、富山と東京を拠点にCM、PVなどの制作を手がける。
2014年春から制作を開始し故郷・富山で撮影した長編映画デビュー作『真白の恋』はさまざまな映画祭に出品され、なら国際映画祭2016のインターナショナルコンペティション部門において1700作品の中から観客賞を受賞、福井映画祭11THの長編部門においてグランプリを受賞。
制作開始から3年をかけて2017年2月に全国公開され、2018年3月に第32回高崎映画祭の新進監督グランプリを受賞した。
映画『もみの家』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
坂本欣弘
【キャスト】
南沙良、緒形直人、田中美里、渡辺真起子、二階堂智、菅原大吉、佐々木すみ江、島丈明、上原一翔、二見悠、金澤美穂、中田青渚、中村蒼
【作品概要】
心に悩みを抱え不登校になってしまった少女が支援施設での出会いや経験を通して成長していく姿を描いた人間ドラマ。監督は『真白の恋』(2016)で長編デビューを果たした坂本欣弘が務め、脚本は北川亜矢子が手がけています。
彩花役に『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で第43回報知映画賞新人賞など数々の新人賞を受賞した南沙良、もみの家の経営者・佐藤泰利役に緒形直人、泰利の妻・恵役に田中美里がキャスティングされています。
映画『もみの家』のあらすじ
心に問題を抱えた若者たちを受け入れて自立を支援する「もみの家」に、不登校が続いて半年になる16歳の本田彩花が入所しました。
心配する母親に促されうつむきながらやって来た彼女に、もみの家の主である佐藤泰利は笑顔で声をかけます。
そこで暮らす人々との出会いや豊かな自然の中で感じ取った大切な何かに突き動かされ、彩花は少しずつ自分自身と向き合うようになっていきます……。
映画『もみの家』は2020年3月20日(金・祝)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次ロードショー