映画『はちどり』は2020年2020年6月20日(土)よりユーロスペースほかで全国ロードショー予定
2019年、韓国で異例の動員を記録した韓国の新鋭キム・ボラ監督の長編デビュー作『はちどり』。
大きな時代変貌の時を迎えた1990年の韓国を舞台に、社会生活の息苦しさに揺れながらも一人の女性との出会いで成長していく少女のさまを描いた『はちどり』。
韓国のリアルな時代性と、一人の少女が見せるありのままの姿を表現したこの作品は世界的にも大きな評価を受け、韓国では単館公開規模ながら公開より15万人に迫る観客動員数を記録。異例の大ヒットとなりました。
映画『はちどり』の作品情報
【日本公開】
2020年(韓国・アメリカ合作映画)
【原題】
벌새
【英題】
House of Hummingbird
【監督】
キム・ボラ
【キャスト】
パク・ジフ、キム・セビョク、イ・スンヨン、チョン・インギ
【作品概要】
1990年代の韓国・ソウルを舞台に、思春期の少女が家族や周辺の人間関係に揺れながらも、出会いやさまざまな出来事を通して成長していくさまを描きます。
『はちどり』が長編作品デビューとなるキム・ボラ監督が、自身の同時期の思いをベースとして作品を作り上げました。
キャストには『わたしがいない家』(2017)『目撃者』(2019)のパク・ジフ、『サニー 永遠の仲間たち』(2012)『ひと夏のファンタジア』(2014)などのキム・セビョクをはじめ、ドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』(2018)などのイ・スンヨン、『ノーボーイズ、ノークライ』(2009)などのチョン・インギらベテラン俳優も名を連ねています。
また作品は2018年釜山国際映画祭でのワールドプレミア上映を皮切りに、ベルリン国際映画祭ジェネレーション14plus部門をはじめ国内外の映画祭で45を超える賞を受賞。世界的にも非常に高い評価を得ています。
映画『はちどり』のあらすじレ
1994年のソウル。14歳になる女子中学生ウニは、餅屋を経営する両親、姉、兄と集合団地に暮らしていました。韓国は空前の経済成長を迎え、繁忙期には家族総出で店を切り盛りしていました。
経済成長期の中でも、父を中心に形成された家長制度の家族構成は変わらず、父は子どもたちの心の動きと向き合う余裕がない上に、口を開けば厳しい説教。さらに、父が期待を寄せる長男であ兄は親の目を盗んでウニに暴力を振るっていました。
肩身の狭い立場で暮らしていたウニの関心ごとは漫画を描くことでしたが、自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていました。
学校にも馴染めないウニは、漢文の塾で知り合った別の学校に通う親友と遊んだり、男子学生とポケベルで連絡をとってデートをしたりして日々を過ごしていました。時には親友とディスコに行き、学校の後輩とつながりをもち告白までされることも。
そんなある日、ウニは漢文塾の近くで一人のタバコを吸っていた女性とすれ違います。自分とは違う世界の人間として気になり、ウニは彼女を怪訝な表情で見つめていました。
ところがその日漢文塾に到着すると、そこに現れたのは先程のタバコを吸っていた女性教師のヨンジ。学校では新任の担任教師が「タバコを吸う奴は不良だ」「“私はカラオケではなくソウル大に行きます”と言ってみろ」と言って、不良生徒を徹底的に排除しようとしていたことが頭をよぎり、ウニは不信感を覚えます。
しかし大学を休学中のヨンジは高圧的な学校の教師や周囲の同級生と違うふるまいで、勉強の教え方も丁寧で優く、どこか不思議な雰囲気を漂わせていました。
ある日ウニの平穏を脅かす事件が続きます。付き合っていた男子生徒とは連絡がつかず、やけになったウニは、親友とともに商店街の文房具店で万引きをしてしまい、あっさりと店主につかまります。
その上共犯である親友はウニを裏切り、ウニの両親のことを店主にバラしてしまいます。
そのことを謝らない親友の態度に打ちひしがれながら、漢文塾にたどり着いたウニ。すっかり沈んだ様子のウニをヨンジは優しくお茶でもてなし、静かに話に耳を傾けてくれました。そんなヨンジに、徐々にウニは心を開いていきますが…。
映画『はちどり』の感想と評価
本作は2019年に本国・韓国での公開当初で異例の大ヒットを飛ばし、さらに世界各国での映画祭で賞を総なめと、大きな反響を受けています。
この物語は1994年という、韓国でさまざまな出来事が重なった時代に生きた一人の少女の青春の1ページを切り取ったもの。
しかし、大きな出来事があちこちにちりばめられているといったものではなく、そのうえ、多くの出来事から少女の抱く感情を、心情や表情で積み重ねていくというものでもありません。
日々の少女の身の回りに起きた出来事を淡々と綴っていくだけの物語ですが、作品を見る側には、この少女の感情はまるで自分の意志と同化するくらいに深い共感を与えます。それは目に見える以上のリアリティーが存在するためにほかなりません。
キム・ボラ監督は『はちどり』のテーマについて、自分が学生時代に苦しい思いをしていた時期に思い出し、夢にまで見るようになっていた自身の中学校時代の思いをテーマにしたと言います。
そのため物語は同時期のボラ監督自身の思いをモチーフにしており、実際に監督の身の回りに起きたことなどもエピソードとして盛り込まれています。
そんな意味で『はちどり』は、ボラ監督自身のドキュメントに近い作品となっています。それぞれの時期やエピソードを客観的な視点で、多角的に見つめ直して作品として紡いたことが、更なる映画作家として世界的に大きく賞賛を浴びました。
パク・ジフが演じるウニという少女は、あまり感情を強く表情に出さない非常に繊細な役柄です。
その演技、演出でもしっかりと心理の変化を伝えるというのは、才能あふれるジフという女優と、徹底的に自身の思いを見つめ直したボラ監督という二人だからこそ成せたものといえるでしょう。
そしてもう一つ物語の大きなポイントに、1994年という時代設定があります。
この時代は物語にも大きく絡むエピソードである、ソンス大橋崩落という事故があり、さらに、当時北朝鮮の首相であった金日成国家主席の死去があったことが印象的な出来事として挙げられます。
92年にソビエト連邦が崩壊。社会主義という体制が大きく揺らぎ、韓国社会にも徐々に変化がもたらされていた90年代初頭において、この事件は韓国という国内の時代の変貌を明確に示すものでありました。
物語では、そんな新たな社会に生まれ変わりながらも、ウニはまだ古い殻をぬぐい切れない家族や周りの人がもつ古い風習の香りとの軋轢に悩んだり、新たな出会いの場で見たことのなかった世界を垣間見たりします。
自分の内面、外面両方で大きな変化が起きる中、少女が心揺り動かされながら成長していくさまを描いているのです。
物語のモチーフは一人の少女の物語であり、その感情の変化は成長の過程でおそらく誰もが似たような思いを経験するものでしょう。しかし、これほどにリアルな思いを作品として表現するのは至難の業であり、単に撮影のテクニックだけでは解決できない表現を成し得ている、このように見る者を強く感じさせてくれます。
まとめ
2020年6月には2014年に韓国で起きたセウォル号沈没事故のエピソードをもとに作られた映画『君の誕生日』が公開されます。
大きな事故を1つのポイントに製作された作品、そして共に新星女性監督として、『はちどり』を『君の誕生日』とイメージを重ねる人も多いといわれています。
表現の仕方によってその見え方はさまざまでありますが、この作品ではボラ監督自身が強い印象を抱いた時期と、歴史に刻まれた一つの出来事が重なったからこそ鮮明にそのイメージを描くことができたともいえます。
その意味では、まさしく完成した作品はボラ監督自身がもつ宝物のようなものを映し出した結晶であるといえるでしょう。
映画『はちどり』は2020年2020年6月20日(土)よりユーロスペースほかで劇場公開予定。