Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2020/03/04
Update

映画“blinded by the light”カセットテープ・ダイアリーズ|感想とレビュー評価。ロックと移民青年の物語が訴えるもの

  • Writer :
  • 桂伸也

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』は2020年7月3日(金)より公開。

『ベッカムに恋して』(2002)のグリンダ・チャーダ監督が描く新たなドラマは、アメリカのロックスターに衝撃を受けた、ある一人の青年の物語。

米国ロック界の「ボス」ことブルース・スプリングスティーンの歌声で、人生に失望した一人の移民青年が自分の未来を変えていく姿を描いた『カセットテープ・ダイアリーズ』。

80年代終わりの音楽を中心としたテイストをたっぷりと含ませながら、一方で人種差別などの社会問題を改めて考えさせられるメッセージ性をもった作品です。

キャストには新星俳優ヴィヴェイク・カルラのほかディーン=チャールズ・チャップマン、ネル・ウィリアムズ、ヘイリー・アトウェルらバラエティに富んだ布陣が名を連ねています。

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の作品情報


(C) 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

【日本公開】
2020年(イギリス映画)

【原題】
Blinded by the Light

【監督】
グリンダ・チャーダ

【脚本】
グリンダ・チャーダ、サルフラズ・マンズール、ポール・マエダ・バージェス

【キャスト】
ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライドン、ヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン

【作品概要】
原作はパキスタン出身で現在は英国ガーディアン紙で定評のあるジャーナリスト、サルフラズ・マンズールの回顧録です。1980年代のイギリスを舞台に、パキスタン移民の少年がブルース・スプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく姿を描いた青春音楽ドラマ。『ベッカムに恋して』(2002)『英国総督 最後の家』(2017)のグリンダ・チャーダ監督が作品を手掛けます。

またキャストにはスクリーン・インターナショナル誌でイギリスとアイルランドの将来有望な役者を列挙したリスト「明日の映画スターたち」の一人として挙げられている新星俳優のヴィヴェイク・カルラが主役を担当、他に『1917 命をかけた伝令』(2020)のディーン=チャールズ・チャップマンや『キャプテン・アメリカ』シリーズのヘイリー・アトウェルらが名を連ねています。

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』のあらすじ


(C) 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

87年、パキスタン系移民の息子ジャベドは、イギリスの田舎町ルートンに住む音楽好きな高校生。多感な高校生で将来は作家になりたいという夢を持ちながら、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から納得できない価値観を押し付けられ、未来に悲壮感を覚えていました。

さらに絶対安泰と思っていた会社勤めの父は突然解雇を宣告、何もかも“家族のため”と我慢を強いられることに絶望していました。

ところがある日、彼はムスリム系の陽気なクラスメイトのルーブスとひょんなきっかけで友人になります。彼はブルース・スプリングスティーンのカセットテープを熱っぽく勧めますが、ジャベドは気が乗らず、それを自分のカバンにしまい込むだけでした。

ところがある日、どん底の気分だったジャベドは、ふいに流れてくるテープからの音楽を聴き、大きな衝撃を受けます。そして彼の人生は変わり始めていくのでした。

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の感想と評価


(C) 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

ブルース・スプリングスティーンがテーマと並ぶポイントとなりますが、「80’s」ファンからすれば非常に気分の上がる作品となっています。冒頭より当時の懐かしい音楽が、あの頃の雰囲気さながらに流れ、人々の記憶を当時へ誘います。

その一方で、物語には音楽のもつ意味を改めて考えさせてくれるポイントがあります。大きなムーブメントとなった80年代以降、どちらかというと音楽は70年代のウッドストックを中心とした社会に影響を及ぼすムーブメントと比べ、商業主義に走る傾向があったといわれています。

それには、「表現の自由などといった社会全体の変化により、ビジネスよりメッセージ性を考えて表現された曲すらも“商品化”され、カテゴライズされてしまった」という要因もあるかもしれません。この映画は、そんな80年代以降の音楽にも含まれていたメッセージ性を、改めて感じられるストーリーです。

「80’s」ムーブメントが去ろうとした80年代後半、ブルース・スプリングスティーンというアメリカン・ロックを象徴していたアイコンに対して、イギリスの、なかでもパキスタン移民が強く触発されるというユニークな物語は、アーティストたちがそういった思いをしっかりと作品に描いていることを、改めて訴えているようでもあります。

そしてそんな側面の一方で非常に興味深いのは、もう一つのメッセージ性が感じられることであります。先述の通り、スプリングスティーンは80年代に「アメリカ最後のボス」などとメディアから呼ばれるほどに、アメリカの一つの象徴的な存在と見られていました。

しかしその一方、80年代の音楽ムーブメントは、かつて70年代の米国における音楽シーン隆盛に対し、イギリスよりプロモーションビデオという新しい手法を使うなど、全く新しい音楽性の音楽が進出し、シーンを盛り上げていました。

その状況下でイギリスとアメリカそれぞれの音楽は、性質的な面でそれぞれ違う様式をもっていたといえます。そんな中でお互いの国がお互いの音楽を聴かなかったわけではありませんが、やはりそれぞれの国では、自国の音楽を支持する傾向がありました。

その意味で、スプリングスティーンの音楽はアメリカにおける音楽リスナーの支持のほうが強く、この映画に描かれるようにイギリスで、しかもパキスタン移民がこれを支持するという状況は、少し違和感のある状況であります。

そういった面を考えると、本作の物語は「本来アメリカ人が心に留めておかなければならないことを、他の国の人々は理解しているのにアメリカ人たち自身は忘れている」という、現在のアメリカに対する何らかのメッセージを暗に伝えているといえます。実際の人物の回顧録を原案として描かれた物語である一方で、非常に強いメッセージ性をもった作品であることもうかがえます。

まとめ


(C) 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

冒頭より流れてくるペットショップ・ボーイズ「悲しみの天使」をはじめLEVEL42「Lessons In Love」、カッティング・クルー「愛に抱かれた夜」など、ポップでクリアなカラーをもつ「80’s」の音楽ですが、ちょうどこの物語のポイントとなるスプリングスティーンの曲が流れてくる頃から、映画のトーンはガラッと変わります。

こういった箇所は商業主義的に傾いてしまった音楽業界への、ある意味批判的な面を表しているといえます。特に劇中で、やはり「80’s」のポップスターであるティファニーのサウンドに難癖がつくというくだりが登場します。が、非常に風刺的な表現で笑いを誘いながらも、資本主義の問題性を訴えているとも読み取れます。

そういった音楽業界における商業主義/資本主義批判の側面が、劇中でも描かれているこの時代の背後にあった保守的な思想、差別問題と丁寧にリンクしているのも本作の見どころの一つとして挙げられるでしょう。

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』は2020年7月3日(金)より公開です!

関連記事

ヒューマンドラマ映画

『無言の丘』あらすじ感想と評価解説。ワントン(王童)監督の台湾近代史三部作のラストを締めくくる快作

『台湾巨匠傑作選2024』は2024年7月20日(土)より新宿K’s cinemaほかにて全国順次公開! 『無言の丘』は日本統治下時代の台湾にある金鉱山にやってきた二人の兄弟と、その近くに …

ヒューマンドラマ映画

映画『スキャンダル』ネタバレあらすじと感想。実話のセクシャルハラスメント事件を基に女性の生き方を描く

全米最大のTV局FOXニュースを揺るがせた女性キャスターのセクハラ騒動の全貌が明らかに! 2016年に、アメリカで視聴率1位を誇るニュース放送局「FOXニュース」で実際に起きたセクシャルハラスメント事 …

ヒューマンドラマ映画

映画『テルマ&ルイーズ』あらすじネタバレと感想。ラストで見せた解放された笑顔【リドリー・スコット作品】

どうなってもこの旅は最高よ! 本当の自分になれたから。 『エイリアン』『ブレード・ランナー』の代表作で知られるリドリー・スコット監督の、1991年製作アメリカ映画の『テルマ&ルイーズ』。 平凡な主婦テ …

ヒューマンドラマ映画

映画『人魚の眠る家』あらすじとキャスト。東野圭吾原作に篠原涼子が挑戦

11月16日の全国公開に先駆け、東京国際映画祭GALAスクリーニング作品として先行上映される超大作人魚の眠る家』。 篠原涼子の、かつて見せた事がない狂気の演技でも話題になっています。 発売から1か月で …

ヒューマンドラマ映画

寺島しのぶ映画『オー・ルーシー!』あらすじと感想レビュー。ハグの意味は?

映画『オー・ルーシー!』は、4月28日(土)ユーロスペース、テアトル新宿他にてロードショー。 節子43歳は独身。職場では話し相手はおらず、自宅に戻れば一人暮らしの部屋は物だらけで友だちが来ることもない …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学