映画『カセットテープ・ダイアリーズ』は2020年7月3日(金)より公開。
『ベッカムに恋して』(2002)のグリンダ・チャーダ監督が描く新たなドラマは、アメリカのロックスターに衝撃を受けた、ある一人の青年の物語。
米国ロック界の「ボス」ことブルース・スプリングスティーンの歌声で、人生に失望した一人の移民青年が自分の未来を変えていく姿を描いた『カセットテープ・ダイアリーズ』。
80年代終わりの音楽を中心としたテイストをたっぷりと含ませながら、一方で人種差別などの社会問題を改めて考えさせられるメッセージ性をもった作品です。
キャストには新星俳優ヴィヴェイク・カルラのほかディーン=チャールズ・チャップマン、ネル・ウィリアムズ、ヘイリー・アトウェルらバラエティに富んだ布陣が名を連ねています。
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス映画)
【原題】
Blinded by the Light
【監督】
グリンダ・チャーダ
【脚本】
グリンダ・チャーダ、サルフラズ・マンズール、ポール・マエダ・バージェス
【キャスト】
ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライドン、ヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン
【作品概要】
原作はパキスタン出身で現在は英国ガーディアン紙で定評のあるジャーナリスト、サルフラズ・マンズールの回顧録です。1980年代のイギリスを舞台に、パキスタン移民の少年がブルース・スプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく姿を描いた青春音楽ドラマ。『ベッカムに恋して』(2002)『英国総督 最後の家』(2017)のグリンダ・チャーダ監督が作品を手掛けます。
またキャストにはスクリーン・インターナショナル誌でイギリスとアイルランドの将来有望な役者を列挙したリスト「明日の映画スターたち」の一人として挙げられている新星俳優のヴィヴェイク・カルラが主役を担当、他に『1917 命をかけた伝令』(2020)のディーン=チャールズ・チャップマンや『キャプテン・アメリカ』シリーズのヘイリー・アトウェルらが名を連ねています。
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』のあらすじ
87年、パキスタン系移民の息子ジャベドは、イギリスの田舎町ルートンに住む音楽好きな高校生。多感な高校生で将来は作家になりたいという夢を持ちながら、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から納得できない価値観を押し付けられ、未来に悲壮感を覚えていました。
さらに絶対安泰と思っていた会社勤めの父は突然解雇を宣告、何もかも“家族のため”と我慢を強いられることに絶望していました。
ところがある日、彼はムスリム系の陽気なクラスメイトのルーブスとひょんなきっかけで友人になります。彼はブルース・スプリングスティーンのカセットテープを熱っぽく勧めますが、ジャベドは気が乗らず、それを自分のカバンにしまい込むだけでした。
ところがある日、どん底の気分だったジャベドは、ふいに流れてくるテープからの音楽を聴き、大きな衝撃を受けます。そして彼の人生は変わり始めていくのでした。
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の感想と評価
ブルース・スプリングスティーンがテーマと並ぶポイントとなりますが、「80’s」ファンからすれば非常に気分の上がる作品となっています。冒頭より当時の懐かしい音楽が、あの頃の雰囲気さながらに流れ、人々の記憶を当時へ誘います。
その一方で、物語には音楽のもつ意味を改めて考えさせてくれるポイントがあります。大きなムーブメントとなった80年代以降、どちらかというと音楽は70年代のウッドストックを中心とした社会に影響を及ぼすムーブメントと比べ、商業主義に走る傾向があったといわれています。
それには、「表現の自由などといった社会全体の変化により、ビジネスよりメッセージ性を考えて表現された曲すらも“商品化”され、カテゴライズされてしまった」という要因もあるかもしれません。この映画は、そんな80年代以降の音楽にも含まれていたメッセージ性を、改めて感じられるストーリーです。
「80’s」ムーブメントが去ろうとした80年代後半、ブルース・スプリングスティーンというアメリカン・ロックを象徴していたアイコンに対して、イギリスの、なかでもパキスタン移民が強く触発されるというユニークな物語は、アーティストたちがそういった思いをしっかりと作品に描いていることを、改めて訴えているようでもあります。
そしてそんな側面の一方で非常に興味深いのは、もう一つのメッセージ性が感じられることであります。先述の通り、スプリングスティーンは80年代に「アメリカ最後のボス」などとメディアから呼ばれるほどに、アメリカの一つの象徴的な存在と見られていました。
しかしその一方、80年代の音楽ムーブメントは、かつて70年代の米国における音楽シーン隆盛に対し、イギリスよりプロモーションビデオという新しい手法を使うなど、全く新しい音楽性の音楽が進出し、シーンを盛り上げていました。
その状況下でイギリスとアメリカそれぞれの音楽は、性質的な面でそれぞれ違う様式をもっていたといえます。そんな中でお互いの国がお互いの音楽を聴かなかったわけではありませんが、やはりそれぞれの国では、自国の音楽を支持する傾向がありました。
その意味で、スプリングスティーンの音楽はアメリカにおける音楽リスナーの支持のほうが強く、この映画に描かれるようにイギリスで、しかもパキスタン移民がこれを支持するという状況は、少し違和感のある状況であります。
そういった面を考えると、本作の物語は「本来アメリカ人が心に留めておかなければならないことを、他の国の人々は理解しているのにアメリカ人たち自身は忘れている」という、現在のアメリカに対する何らかのメッセージを暗に伝えているといえます。実際の人物の回顧録を原案として描かれた物語である一方で、非常に強いメッセージ性をもった作品であることもうかがえます。
まとめ
冒頭より流れてくるペットショップ・ボーイズ「悲しみの天使」をはじめLEVEL42「Lessons In Love」、カッティング・クルー「愛に抱かれた夜」など、ポップでクリアなカラーをもつ「80’s」の音楽ですが、ちょうどこの物語のポイントとなるスプリングスティーンの曲が流れてくる頃から、映画のトーンはガラッと変わります。
こういった箇所は商業主義的に傾いてしまった音楽業界への、ある意味批判的な面を表しているといえます。特に劇中で、やはり「80’s」のポップスターであるティファニーのサウンドに難癖がつくというくだりが登場します。が、非常に風刺的な表現で笑いを誘いながらも、資本主義の問題性を訴えているとも読み取れます。
そういった音楽業界における商業主義/資本主義批判の側面が、劇中でも描かれているこの時代の背後にあった保守的な思想、差別問題と丁寧にリンクしているのも本作の見どころの一つとして挙げられるでしょう。
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』は2020年7月3日(金)より公開です!