連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第11回
世界各地の映画が大集合の「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催しています。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、一部作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今回も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第11回で紹介するのは、アクション映画『フォックストロット・シックス』。
ギャレス・エヴァンス監督・脚本、イコ・ウワイス主演の『ザ・レイド』登場以来、新たなアクション映画大国として注目を集めるインドネシア。
今熱いインドネシア映画界に注目したのが、かつてカロルコ・ピクチャーズで「ランボー」シリーズや『トータル・リコール』、『ターミネーター2』を手がけたマリオ・カサール。彼が製作総指揮を務めた近未来デストピア映画です。
「東京国際映画祭2019」“CROSSCUT ASIA ♯06 ファンタスティック! 東南アジア”において上映されました。
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CONTENTS
映画『フォックストロット・シックス』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ・インドネシア合作映画)
【原題】
Foxtrot Six
【監督・脚本・製作】
ランディ・コロンピス
【キャスト】
オカ・アンタラ、ベルディ・ソライマン、アリフィン・プトラ、リオ・デワントコ、ジュリー・エステル
【作品概要】
近未来、恐怖政治に統治されたインドネシアを舞台に、権力に立ち向かう男たちの姿を描いたアクション映画。『ザ・レイド GOKUDO』のオカ・アンタラ、アリフィン・プトラ、ジュリー・エステル、「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品『メッセージマン』のベルディ・ソライマンなど、アクション映画でお馴染みの顔ぶれが出演しています。
またモデル出身でインドネシアのTVメロドラマに出演し、人気上昇中のリオ・デワントコも出演、国際色豊かなスタッフには、ヒロ・イシザカの名義で海外でも活躍している、『人魚の眠る森』のサウンドデザインを手がけた、石坂紘行も音響で参加しています。ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『フォックストロット・シックス』のあらすじとネタバレ
近未来、世界は気候変動の影響で穀物の生産は激減、食糧は石油より高い価格で取引される様になっていました。その中で数少ない穀物生産大国となったインドネシアは、世界経済のリーダーに浮上します。
インドネシアのインドラ大統領は世界と協調し、食糧供給の責任を果たしながら自国を発展させる方針でいました。しかし軍部と結託したピラナス党が勢力を伸ばし、大統領は失脚します。
ピラナス党と野党に転落した大統領が勢力を争い、政情が不安定となった首都・ジャカルタ。海兵隊員のアンガ(オカ・アンタラ)は、サリ(ジュリー・エステル)と街頭で出会います。
将来を約束しているサリに、今日こそ指輪を手渡そうと考えていたアンガですが、TVキャスターであるサリに、野党を率いるインドラ元大統領の取材が急に入ります。
インドラの支持者であるサリと、軍人であるアンガ。2人は愛し合っていましたが、サリは取材へと向かいます。婚約の機会を逃してしまったアンガ。
時は過ぎ2031年。軍を除籍したアンガは、体制側の国会議員として活躍していました。今やピラナス党は、インドネシアを独裁支配する存在になっていました。
身支度を整えるアンガ。彼の自宅にはサリの写真が飾ってありますが、彼女は政情が混乱した際に失踪、行方不明になっていました。
海兵隊のマヤ軍曹の運転する車で、ピラナス党本部に向かうアンガ。彼は今、野心的な若手政治家として手腕を振るっていました。厳重に警備された党本部ビルに入っていきます。
有力者の仲介で、ようやくインドネシアを支配するピラナス党幹部との面会が許されたのでした。幹部室には現大統領バラナと、巨大メディア企業の経営者に2人の将軍の、国を牛耳る面々がそろっていました。
国民の愛国心を煽り、反対勢力である改革団を力で抑えつけるバラナ政権のやり方は、今や経済大国となり、世界の注目を集めるインドネシアに相応しくない。
自分に任せてもらえれば、より穏やかな手段で国民の不満を抑え、改革団から離反させる事が出来る、但し党の収入の1%を与えて欲しいと訴えるアンガ。
自分や幹部の機嫌を損ねる事を恐れず、自信たっぷりに分け前まで要求する、彼の大胆な発言に興味を示し、バラナ大統領はアンガの計画書を受け取ります。アンガにはこの計画を成功させる事で、政権内でに地位を高めたいと願っていました。
大統領は実行を許可します。喜ぶアンガですがその条件として、治安維持を目的とするビラナス党の私兵部隊のリーダー、ヴィヌスと共に行えと命じられます。
反対派を武力で弾圧する組織の長である、ヴィヌスと共に計画は進められないと訴えますが、大統領の命令は絶対で、やむなくアンガはその条件を認めます。
アンガは急ぎヴィヌスの元へと向かいます。彼の組織は暴力の行使を厭わぬ男たちで構成されていました。軍隊なみの銃火器だけでなく、試作品の潜入・暗殺用の透明マント(光学迷彩マント)に、最新兵器のパワードスーツ“コディアック”まで装備していました。
アンガの計画をあざ笑い、改革団は徹底的に弾圧し、国民など恐怖で支配すれば良いと言うヴィヌス。話が通じないまま、アンガは私兵組織本部を後にします。
建物から出たアンガは、何者かに襲われます。元海兵隊の精鋭部隊にいた彼も多勢に無勢、彼らのアジトに連れ込まれます。隙を見て抵抗するアンガですが、その前にサリが現れます。
突然現れたサリに彼は驚きます。彼女は改革団の創設メンバーの1人でした。しかも彼女には娘・ディンダまでいました。サリはこの子は、あなたの娘だと説明します。
彼女はインドラ大統領失脚させたピラナス党のやり口や、政権を握ってからは国民を騙して飢えさせ、集めた食糧は海外に売却し権力者は私腹を肥やす現状に、見切りをつけ抵抗運動に身を投じていました。
サリたちは私兵部隊の本部を監視中に、アンガが出入りする姿に気付き、彼の真意を確認すべく誘拐したのです。改革団のリーダー、インドラ元大統領は独裁体制を倒し、皆が平等に暮らせる社会を取りもそうとアンガに訴えます。
軍人として政権に忠実であり、議員となってからも体制内で改革を行い、出世を望んでいた彼に、サリの語る真実は驚きでした。
突然改革団のメンバーが襲われます。光学迷彩マントを身に付けた工作員が潜入、襲撃したのです。続いてヴィヌスが私兵を率いて突入してきます。次々人が倒される中、サリとディンダを連れ脱出するアンガ。
サリの指示で、3人は別の改革団のアジトである、廃墟となったモールに逃げ込みます。議員の身分を捨て、アンガは改革団と共に政権と闘う事を決めます。そこで信頼できる、かつて海兵隊で優秀な部下であった仲間に声をかけます。
彼の片腕であったオグス(ベルディ・ソライマン)と共に声をかけ、特殊部隊のバラ(リオ・デワントコ)とティノ(アリフィン・プトラ)を仲間にします。彼らに比べると若く経験の浅いイーサンも、進んで参加しました。
そしてコードネームのスペックの名で知られている、謎めいた凄腕スナイパーも仲間になります。合せて6名に過ぎませんが、アンガは信頼できる精鋭を同志にしました。
ヴィヌスのピラナス党私兵部隊が、3日以内に改革団の弾圧に動くと知ったアンガは、その前に手を打とうと考えます。そこで穏健派の議員の車列を襲い、彼らを政権の影響下から解放、自分たちと行動を共にしてもらおうと動きます。
アンガは改革団のメンバーと共に車列を襲撃、議員らの身元を確保します。しかし護衛の私兵部隊はパワードスーツ“コディアック”まで投入して反撃、アンガたちは撤退を余儀なくされます。
彼らの行動は読まれていました。廃モールのアジトに戻ったアンガたちは、光学迷彩マントの敵に襲われます。私兵部隊に襲われサリと娘のディンダなど、ここに残っていた改革団のメンバーは捕らわれていました。
議員たちの身柄もヴィヌスの手に落ちますが、彼は議員を解放せず改革団の仕業に見せかけて処刑し、それを撮影します。議会の反対派を始末するとともに、これを放送して改革団弾圧の名目に利用する、それがヴィヌスの計略でした。
抵抗するアンガに、貨物用の大型エレベーターに入れられた改革団の人々とディンダ、そして車椅子の縛り付けられたサリを示すヴィヌス。
時限爆弾が仕掛けられたエレベーターは爆発で落下し、自動的に動く車椅子はやがて地上に落下します。ヴィヌスはアンガに助けるのはどちらか選べと迫り、嘲笑し立ち去ります。
アンガはサリを助けに走ります。彼女は娘を助けろと叫びます。爆弾が爆破しエレベーターは落下しますが、彼の読み通り安全装置が働き停止します。しかし建物は炎に包まれます。
車椅子は地上へと落下しますが、アンガはサリを拘束していたベルトを片手で掴み救いますが、引き上げる事が出来ません。このままでは皆が焼け死ぬでしょう。サリはディンダを彼に託すと、自らベルトを離し落ちていきます。
悲しみに浸る間もなくエレベーターに向かい、閉じ込められた人々を救出したアンガ。娘は自らの手で救うことが出来ました。
アンガと海兵隊の同志、改革団の残党は脱出に成功します。しかしTVの臨時ニュースは議員たちの処刑シーンを放送し、この事態を受け大統領が緊急声明を行うと伝えていました。
サリから最期に目を覚ますよう訴えられたアンガは、仲間と共にピラナス党に挑み、その支配から人々を解放しようと決意します。
映画『フォックストロット・シックス』の感想と評価
監督自らが売り込んで製作されたアクション巨編
冒頭に紹介した通り、この作品は「東京国際映画祭2019」で上映されており、その際監督・脚本・製作のランディ・コロンピスと、主演のオカ・アンタラがゲストとして来日、上映後登壇し観客とのQ&Aに応じています。
参考映像:『フォックストロット・シックス』Q&A |東京国際映画祭2019
久々にマリオ・カサールが、製作総指揮を務めた大作映画であることが、世界で注目を集めています。実は若い頃にマリオ・カサールの大作映画を見ていたランディ・コロンピスが、自ら彼に売り込んだのが製作のきっかけだと話してくれました。
友人のまた友人、という遠い伝手を利用してマリオ・カサールにコンタクトし、脚本を送ったランディ・コロンピス。自らも無謀な行為だったと振り返っていますが、驚くことに3日後には好意的な返事が返ってきたと話しています。
マリオ・カサールに招待されたランディ・コロンピスは、彼の前で絵コンテやコンセプトアートを示してプレゼンを実施し、その結果この大作映画が誕生したのです。
ランディ・コロンピスの行動力には驚かされます。日本で映画を作りたい方、直接海外のプロデューサーに売り込む、そんな手段もあるんですよ。
これがインドネシア版“デストピア”だ!
ランディ・コロンピスはこの映画を、世界のどの観客が見ても楽しめる普遍的な物語として作ったと語ってくれました。
『フォックストロット・シックス』のタイトルは、主人公らの部隊のコードネームですが、同時に彼らがフォックス(狐)である事を意味し、彼らの部隊マークもそれを意識したデザインになっています。
映画の各登場人物は、行動・性格的にも動物に例えられる存在で、そのシンボルも与えられています。そして物語にも、国民を獣の様に扱い弱肉強食の理屈で支配する者が、最後に人間性を重視する人々に敗れる、寓話的性格が与えられています。
しかしインドネシアの歴史を知る者は、どうしても異色のドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』、その姉妹編『ルック・オブ・サイレンス』で紹介された9・30事件、1965年の共産党勢力への虐殺事件が頭をよぎります。
初代大統領スカルノが中国に接近する中、左派系の軍人が軍の幹部を殺害するクーデター未遂が起き、それを鎮圧した軍人、スハルトが権力を握り大統領となり、スカルノは失脚する政変騒ぎが起こります。
クーデター未遂もスハルトの陰謀、との説やCIAの関与など、今も闇に包まれた事件ですが、政変後スハルトは共産主義者の恐怖をことさら強調し、これが一般住民を左派系住民虐殺に駆り立て、今もインドネシアの人々に深い傷を残す事件となりました。
映画全体のプロット、政変劇や私兵組織の存在、国民を扇動する手段などに、インドネシアの歴史が見え隠れする事実を、誰もが感じ取るでしょう。この映画で描かれたのは間違いなく、インドネシアの歴史が生んだ未来の“デストピア”なのです。
まとめ
インドネシアの歴史が感じられる物語や、映画製作の背景の背景が実に面白い『フォックストロット・シックス』。政変劇に人型ロボットもどきが登場しますから、肉弾アクション主体になった実写版『機動警察パトレイバー2 the Movie』とでも評しましょうか。
正直前半のポリティカルな展開と仲間の集合、敵との攻防が急展開すぎて、何が何やら付いて行くのが大変で、正直困りました。後半敵の本部の襲撃に移ると、ここからは王道のアクション映画の展開ですから、もう安心して楽しめます。
銃撃戦に格闘シーンはお馴染み、血気盛んなインドネシア映画テイスト。アクション映画ファンは深く考えずに、その場面にずっぽり浸って楽しみましょう。
しかしこの映画の主人公たち、撃たれ強い『ダイ・ハード』な奴らです。マリオ・カサール製作の『ユニバーサル・ソルジャー』以上の、何ともしぶとい連中に見えるんですけど。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第12回は南アフリカの特殊部隊を描く映画『RECCE レキ 最強特殊部隊』を紹介いたします。
お楽しみに。
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