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Entry 2019/12/28
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映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』あらすじと感想レビュー。カンボジアの歴史的建築物を描いた作品がダブル受賞|フィルメックス2019の映画たち3

  • Writer :
  • 桂伸也

第20回東京フィルメックス「コンペティション」スペシャル・メンション、学生審査員賞『昨夜、あなたが微笑んでいた』

2019年にて記念すべき20回目を迎える東京フィルメックス。令和初となる本映画祭が開催されました。

そのコンペティションでスペシャル・メンション、学生審査員賞とダブル受賞を果たした作品が、カンボジア映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』です。


(C)Cinemarche

本作を手掛けられたニアン・カヴィッチ監督は、この作品で初長編作品デビューとなりました。また本作はカンボジア系フランス人のデイヴィ・シュー監督がプロデュースを手掛けており、ロッテルダム映画祭にて優秀なアジア映画に授与されるNETPAC賞を受賞しました。

上映終了後にはニアン監督が登壇し、観客からの質問に応じ、撮影、編集の舞台裏やカンボジアでの映画製作状況などを語ってくれました。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』の作品情報

【上映】
2019年(カンボジア、フランス合作映画)

【英題】
Last Night I Saw You Smiling

【監督】
ニアン・カヴィッチ

【作品概要】

カンボジアの首都プノンペンにある集合住宅「ホワイト・ビルディング」が、1963年の建造から半世紀を経た2017年に取り壊されていく様子と、そこに暮らす人々の最後の日を追ったドキュメンタリー。

本人もそこに住んでいたというカンボジアの新鋭・ニアン・カヴィッチ監督が撮影も担当、建物の退去から取り壊しまでのシーンの中で、建物から去り行く人々の思いを合わせて描きます。

ニアン・カヴィッチ監督のプロフィール


(C)Cinemarche

カンボジア、プノンペン出身。2013年に釜山映画祭の「アジアン・フィルム・アカデミー」に参加、翌14年には制作会社アンチ・アーカイブの設立に参加し、15年に短編映画『Three Wheels』『Goodbye Phnom penn』を製作しました。

そして16年に監督した短編『New Land Broken Road』がシンガポール映画祭で上映されました。そしてその後東京フィルメックスの「タレンツ・オブ・トーキョー」、ヴィジョンズ・デュ・リールの「ドックス・イン・プログレス」、カンヌ映画祭の「シネフォンダシオン・レジデンス」などのワークショップに参加、本作が初長編作品となりました。

また現在は初劇映画作品『White Building』を製作しています。

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』のあらすじ


(C)Atlantis

190年代に建造されたプノンペンの集合住宅「ホワイト・ビルディング」。カンボジアでは歴史的建造物として知られた建物でありますが、老朽化が進んだうえに2017年に日本企業による買収が決定、建物は取り壊されるものとなりました。

この映像では取り壊し直前よりこのビルにカメラを持ち込み撮影を実施、ドキュメント作品として建物取り壊しまでの姿とともに退去していく人々の姿とその思いを描いていきます。

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』の感想と評価


(C)Atlantis

この「ホワイト・ビルディング」は、カンボジアの中では普通の人は立ち入ってはいけないというスラム街として知られる場所であり、映像はその建物の薄汚れた建物の風景を人たちの表情とともに描いていくのですが、鑑賞した後には不思議と美しいもの、いとおしいものを見気分になることでしょう。

もちろん画としては、どちらかというと低所得者の所得が多い建物であり、生活感からくる薄汚れた景色がそこにはあるのですが、一方で人々が長くこの場を愛し、住み続けたという痕跡が随所に見られます。

また人々のコメントも、どちらかというと退去に関する抗議的なコメントも一部見られる中で、多くはその住処の思い出を振り返るものであり、建物への愛情が深く感じられるものとなっています。

例えば退去や取り壊しに対する抗議の動きや騒音が騒々しいノイズとして作品を埋め尽くすものであれば、物語は政索に対する抗議などのメッセージ色の強いものになったかもしれません。しかしこの作品はある意味人と人との別れのシーンを描いているような雰囲気すら醸し出しています。

そのほか要所で使われるカンボジアの楽曲の詞がシークエンスにうまく合わされており、その哀愁感を醸し出して単なる記録ではない、非常に気持ちを揺さぶられる作品になっています。

上映後のニアン・カヴィッチ監督 Q&A

2日の上演時にはニアン・カヴィッチ監督が、編集を担当したフェリックス・レームさんとともに登壇、舞台挨拶をおこなうとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。


(C)Cinemarche

──本作ではどのようなきっかけでドキュメンタリとして描こうとしたのでしょうか?

ニアン・カヴィッチ(以下、ニアン):もともと2016年にこの舞台である「ホワイト・ビルディング」を題材にフィクションの脚本による企画を進めて考えていました。

実はそのときにはドキュメントという計画はまったくありませんでした。しかしその後政府のほうからこの建物を取り壊すという計画が発表されたのを聞いてから、その建物のすべての瞬間、人々が荷造りをして退去し最後は建物が取り壊されるところを記録しようと考えました。

そしてどんどん記録をおこなっていきましたが、同時にフィクションの映画を作る企画もあるわけで、作るためにはとても時間がかかりフラストレーションがたまっていましたので「今はこれを撮影しているので、何とかできないか」とプロデューサーにも相談しました。

またいろんなワークショップでフィクションのほうの企画の際に記録映像を見せたりしていたんですが、そこではいろんな友人に会う機会もあり、今回ここにいるフェリックスからは「なぜドキュメントにしないのか」と聞かれたりしていたんです。

一方でフィクションを作るためには制作時間がかかってしまうのですが、今にして考えてみると逆にその時間がかかりすぎるという懸案がドキュメンタリを作るというということに対して背中を押してくれたかのもしれません。

──監督にとってこの場所は生まれ育ったところで、私的な部分もかなり多いと思いますが、これを編集する上で監督の私的な部分と、観客に向けた普遍的な方向付けをおこなったようなところ、そして編集の中で方向付けをおこなったところを教えてください。


(C)Cinemarche

ニアン:作品のフッテージは50時間にものぼるもので、もともと自分一人で一週間ほど編集をしてみました。しかし撮影は自分一人で撮っていたのですが、撮った映像を見るとなぜか全部一緒に見えて違いがわからなかくなってしまったんです。

だから自分の中では、こんな映像で何かを作るのは無理じゃないかと希望を失いそうになりました。でもプロデューサーに相談すると「だったら編集に別の方に入ってもらったら?もしかしたらカンボジア以外の人に入ってもらったらどうか?そうしたらまた違った視点でこの建物を見てくれるんじゃないか」という話になりました。

そして実際にフェリックスに参加してもらうことになりました。彼にとってこの映像は見たことが無いものであり、やはり違いも見極められて興味深いものだと感じてくれたので、二人で編集作業を始めました。

最初の10日間はお互いにただ映像を見ているだけ、特にストーリーをこうしようとかいうことはまだ決められずにいたのですが、ただそのフッテージを見た彼に言われたのが「廊下、特に人がいない廊下に本当に執着しているよね」という言葉でした。自分でも確かにそうだなと自分で思いました。

撮影をしている時は、実際のところストーリーは考えていなかったんです。ただ建物を退去していく人々をとらえなければいけない、荷造りをして、自分に話してくれる時間があればその瞬間を。だからそんな忙しくしている彼らのその瞬間というものを撮らなければと、それだけを考えていました。

なので、フェリックスといすを並べてスタジオでそんなことを話した時にいろんな建物の記憶がよみがえり、この映画のテーマを記憶の映画にしようと決めました。

最初はフェリックスとともにまったく構図のないままで、本当に直感的なだけで編集をしていったんですが、最初のバージョンに関して「すごくいいと思うけど、不変的な感じがしない」という風に言われて、そこからさらに編集作業を進めていきました。


(C)Cinemarche

フェリックス・リーム:もともと彼と出会ったのはパリで、ニアン監督がレジデンスのプログラムに参加し、4か月ほど滞在したときのことでした。

今回の企画に関しては最初にいくつかのシーンを編集してみてくれないかと言われたのですが、それではあまり意味がないのではないかと思ったので、一緒に映像を見た上で話し合おうと言いました。

映像を見て一番感服したのは、彼のフレーミング、画角のとり方とかタイミングといったものです。結構長回しも多く、特に長回しをしている間の静けさ、落ち着き、あるいはメランコリーのようなものもとても感じられたり。

一方で壁が崩されそうな瞬間になぜか子供の声が入っていたりと、非常に興味深く思っていました。そしてフッテージから作ったファーストカットには長めのカットをたくさん入れ、ニアン監督とのディスカッションでは逆に僕たちをリスペクトするという格好で編集をおこなっていきました。

ただそこから周りの方に見せても、細かいところでいろんな指摘をいただきました。たとえば「なぜビルがなくなるのか」がわからないと言われたり。

そこで監督の画角、フレミング、撮影の仕方、彼の執着というものと、ひいては家族のストーリーをきちんと伝える、そのバランスを取らなければいけないというように考えて編集を進めました。

そして家族のキャラクターに対しては、特に3~5回の編集を行い、そのバランスに気を付けながら非常に静かな様子のある建物のストーリーを、特に世界の歴史を知らない皆さんにお伝えすることに留意して編集しました。


(C)Cinemarche

──カンボジアの中で「ホワイト・ビルディング」のような歴史的建築を保存するような動きはないのでしょうか?また周辺のアートシーンの人たちの中で、そういったものを作品化していくようなムーブメントはあるのでしょうか?また監督の来歴と影響を受けた監督などを教えてください。

ニアン:まず建物に関してですが、残念ながら現在そういう古いものを保存していこうというカンボジアの中での動きは今のところありません。

だからこそ自分のようなアーティスト、あるいは若い世代、あるいはその上の世代がそういったエリアあるいはそこに暮らす人々、そしてその方々の観点からなどの物語というものを作ろうという風に思うのだと思います。

ただ若いアーティストたちを見ていると、たとえば過去に世で何が起きているかということより、今何が起きているのかということをとらえよう、あるいはそれをぜひ語り合いたいと考えている印象を受けます。

そういう方、自分は映画ですが、あるいは写真家であったり、ダンサーであったり、そういったプロジェクトは確かにあるそうです。とはいえカンボジアにも変化の波、グローバライゼーションの波が来ていますので、政府としては建物を保存するというより再開発とか、金銭的なメリットの方に目が行っているようです。

私の来歴についてですが、高校を卒業した後に映画作りを目指したいと思っていましたが、カンボジアには映画学校がありません。だから映画がらみのワークショップに参加することから始めました。

その頃フランスのデイヴィ・シュー監督がドキュメンタリーを作るためにカンボジアいらしたときに6か月くらい若い映画を目指す方々と話し合えるクラスを催してもらっていたんです。

そこに興味をもってまず参加し、そのコースみたいなものが終わったときにパリで勉強するきっかけをもらい、その元で短編を作り、その後たびをそすることができ、その後にフィクションを作ろうと考えていました。

なのでいわゆる映画学校に行ったことはなく、いろんな映画祭やワークショップに参加する中で自分の映画に対する情熱をはぐくんでいきました。カンボジアは今も映画学校というものは残念ながらありません。

ただトレーニングできるようなものがいくつかあるようで、それとNGOがPNCという映画学校のようなものをやっているのですが、あまり一般的に知られているものではないので、未だ学校というものはありません。

それと私の好きな作家ですが、気に入ると何度でも見てしまうタイプで、アジアではアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が大好き、フレーミングそして物語の作り方が本当に素晴らしい。あと台湾のホウ・シャオシェン監督、小津安二郎監督の作品ももちろん大好きで、アジアの作品を見ることが多いですね。


(C)Cinemarche

第32回東京国際映画祭「スペシャル・メンション、学生審査員賞」受賞コメント


撮影:吉田(白畑)留美

ニアン・カヴィッチ:学生審査員の皆さん、ありがとうございました。そして、2016年に自分を(タレンツに)選んでくださったタレンツ・トーキョーにも、あらためてお礼を申し上げたいです。今度は自分の作品を持って、東京フィルメックスにこうやって戻ってこられたことを大変光栄に思っています。

ちょっと思い出したんですが、タレンツ・トーキョーに参加したときに、フライトに乗り損ねるというヘマをやらかしてしまいました。けれどもタレンツ・トーキョーさんはもう一回チャンスをくださったんです。

そして作品を作り終え皆さんにお見せすることができて、その上このような賞を頂けて、大変うれしく思っています。この先はあまりそういう失敗はしないようにしたいです。本当にありがとうございました。

まとめ


(C)Cinemarche

この作品が非常に視聴者の感情に作用するのは、ニアン・カヴィッチ監督がもともとこの地に住んでいた人の一人であり、その思いを深く汲んで作られた作品であるからともいえます。

作品内ではニアン監督のご家族も登場し、建物との思い出を切々と語るシーンも描かれていますが、しゃべっている様子をそのまま撮影しただけでなく、その思いを表情とともに表した見せ方など、一貫したテーマに向けてさまざまな苦労とともに編集が行われたようすもうかがえます。

映したいもの、残したいもの、訴えたいものをどう描くかという点において、仕上がりに高い評価が与えられたこの作品。ドキュメント作品を作る上では非常に参考にできる点が多く含まれるものであるともいえるでしょう。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら

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