こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回紹介するのは、『半落ち』や『64-ロクヨン-』など、警察内部の人間模様を描いた作品の多い、人気作家の横山秀夫作品の中でも、泥棒を主人公にした、異色とも呼べる原作を映像化した、映画『影踏み』です。
証拠を残さない事から「ノビカベ」と呼ばれる泥棒が、ある出来事から殺人事件に巻き込まれ、自身の過去とも対峙する本作の、サスペンス的な手法に注目していきます。
CONTENTS
映画『影踏み』のあらすじとネタバレ
深夜に住居へ忍び込み、現金を盗んで消えていく、凄腕の「ノビ師」真壁修一。
真壁は証拠も残さず、取り調べにも決して口を割らない事から、地元の警察から「ノビカベ」の異名で呼ばれていました。
ある晩、真壁は県会議員の稲村宅へ忍び込み、現金を盗み出しますが、家に灯油をまいて、焼身自殺を図ろうとしていた稲村の妻、葉子の姿を見て、自殺を止めます。
その事により、刑事で幼馴染の吉川聡介に捕まってしまいます。
2年後、刑期を終えて出所した真壁を迎えに来たのは、弟の啓二でした。
真壁は、自身が逮捕された夜に、葉子が通報する前に、吉川が現場に現れた事が気になっていました。
真壁は刑務所で「警察がマイクロチップを使って、違法な追跡捜査をしている」という話を聞き、吉川を訪ね真相を聞きますが、逆上した吉川に胸倉を掴まれます。
警察署を後にした真壁は、葉子のその後が気になり、独自に行方を探そうとします。
真壁は啓二と共に、バッティングセンターで働きながら、窃盗品を競売にかけている大室誠を訪ねます。
裏社会の情報にも通じている大室から、葉子の夫がギャンブルに狂い、家ごと競売にかけられた事、その競売に関西のやくざが参入し、8万円で、家も葉子も競り落とされた事を聞かされます。
「今頃、薬漬けにされているだろう」という大室の言葉を聞かされながらも、葉子を探し続ける真壁。
そこへ、刑事一課の馬渕が真壁の前に現れ「吉川が死んだ」と聞かされます。
サスペンスを構築する要素①「謎だらけの主人公」
本作の主人公は、住人が寝入った深夜を狙い、住居に忍び込んで現金を盗む「ノビ師」と呼ばれる、泥棒を家業とする真壁修一という男です。
真壁は、証拠も残さず、取り調べでも口を割らない為、逮捕不可能な「ノビ師」として、「ノビカベ」という異名で地元警察に知られた存在です。
ですが、その真壁が、偶然忍び込んだ県会議員の自宅で、初めて会った県会議員の妻、葉子の焼身自殺を止めた事から、本作の物語は始まります。
その2年後、出所した真壁は、葉子の現在を探ろうとしますが、この時点で、観客には真壁に関する情報が全く与えらていない為、「何故、逮捕されてまで葉子の命を救ったのか?」「何故、葉子にこだわるのか?」が全く不明のまま、作品の世界に引き込まれていく事になります。
その後、徐々に明かされていく「真壁の過去」が物語の主軸となる訳ですが、序盤は主人公なのに謎だらけという、真壁のキャラクターが、『影踏み』という作品の推進力になっています。
サスペンスを構築する要素②「独自捜査の果てに感じる孤独」
本作の物語の主軸は、真壁の過去が、徐々に明らかになっていくという展開なのですが、もう1つ、親友で警察の、吉川聡介が殺された事件の真相究明も、作品の重要な要素となっています。
吉川殺害の容疑をかけられた真壁は「裏家業の人間」独自のやり方で、捜査を開始します。
闇金から捜査資金を借り、訳ありの人間をかくまう旅館に宿泊しながら、裏の世界に詳しい人間から情報を集め、必要であれば住居に侵入し証拠を盗み出します。
そして、地裁の執行官まで絡むこの事件の犯人は、真壁が情報提供を受けていた大室でした。
大室を犯行に走らせたのは、自らの意思とは関係なく、男を惹きつけてしまう葉子の魅力。
そして、葉子の魅力に大室が狂わされたのは、裏の世界に身を置いているからこその「孤独」であり、真壁自身も、裏の世界に身を置く、自身の立場を見つめ直すキッカケとなります。
サスペンスを構築する要素③「タイトルの『影踏み』の意味は?」
本作のタイトル『影踏み』とは、受験に失敗し、道を外れた弟の人生を、真壁が歩んでいる様子を意味します。
作品の前半から、真壁を「修兄ィ」と呼び慕う、啓二という若者が登場します。
当初は弟だと思っていたのですが、ストーリーが進むにあたり「真壁には双子の弟がいた」という話になります。
真壁を演じているのは山崎まさよし、啓二を演じているのは北村匠海と、全く似ていないどころか、年齢すらも離れており、途中まで、本当に頭が混乱した状態で鑑賞していました。
しかし、映画の中盤で、真壁の過去が明らかになり、亡くなった啓二のイメージに、いつまでも捕らわれている事が分かります。
作品の前半を思い返してみても、誰も啓二と会話をしておらず、特に序盤の図書館の場面で、真壁が啓二を怒鳴るのですが、その際の周囲の反応で「啓二は存在しない」という事が分かる演出となっています。
真壁は、自分と同じ双子で、兄によって人生を狂わされた、久能次朗と対峙する事で、自身の過去と決別し、久子との新たな道を歩むようになります。
最初は全てが謎だった真壁という人間の、過去を知り、葛藤し苦しむ様子を見る事で、観客はいつの間にか、真壁に共感を覚えるようになります。
1人の男が抱える、過去にまつわる謎が明らかになった時、感動的なラストシーンを迎える、見事な構成の作品です。
映画『影踏み』まとめ
ファンタジー色が強い事から、長らく映像化不可能と呼ばれていた『影踏み』。
「双子」という特別な存在を扱いながらも、本作で描かれているのは、自身の信念から、社会の規律に反抗し、裏家業に足を踏み入れてしまった、真壁という男の悲しみと再生を描いた物語です。
「真壁の過去」と「吉川聡介殺害の真相」という2つの謎で、ストーリーを引っ張り、最後は感動的なラストに持って行った、篠原哲雄監督の手腕が光った作品と言えるでしょう。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに。