好きってなに?死ぬってなに?
すべての意味から解放される世界。
大森立嗣監督の長編映画11作目となる『タロウのバカ』は、長編デビュー作『ゲルマニウムの夜』以前に執筆していたオリジナル脚本をもとに製作されました。20年の時を経て遂に映画化です。
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』『ぼっちゃん』『さよなら渓谷』『光』と、社会の中のアウトサイダーたちを真っ直ぐ描いた作品群の原点とも言える作品。
戸籍も持たず、一度も学校に行ったことのないタロウ。人を好きになる気持ちも、物事の意味も、障がいも、生死も、タロウには関係ありません。
タロウはエージとスギオと作る3人だけの世界で生きています。彼の存在は怪物なのか?それとも天使なのか?
R15+指定の純粋で過激な問題作、映画『タロウのバカ』を紹介します。
映画『タロウのバカ』の作品情報
【日本公開】
2019年(日本映画)
【監督・脚本】
大森立嗣
【キャスト】
YOSHI、菅田将暉、仲野太賀、奥野瑛太、植田紗々、豊田エリー、國村隼、角谷藍子、門矢勇生、荒巻全紀、ACE、葵揚、水澤紳吾、池内万作、伊達諒、中島朋人、大谷麻衣、播田美保、水上竜士、小林千里、原沢侑高、伊藤佳範、大駱駝艦
【作品概要】
大森立嗣監督が20年以上前に書いていたオリジナル脚本を、遂に映画化。3人の少年の過激な日常を描いた青春ドラマです。
主人公タロウ役には、監督自らオファーした、今作が俳優デビュー作となるモデルのYOSHIが登場。OFF-WHITE、ヘルムート・ラングなどのファッション・アイコンとして注目を浴びる中、ミュージシャンとしてもデビューが決まっています。また、菅田将暉、仲野太賀など、今まさに旬で勢いに乗る若手実力派俳優の共演にも注目です。
映画『タロウのバカ』のあらすじとネタバレ
2人の男が、とある施設にやってきました。廃墟のような施設の中に鎖で閉ざされた部屋があります。
扉を開けると、そこには大勢の障がい者たちが劣悪な環境のもと監禁されていました。半グレ集団による金稼ぎの一環で、介護施設を装った酷い施設でした。
施設の見回りに来た吉岡と小田は、そこで血を流し倒れている障がい者を発見します。面倒を起こしたのは、バイトをしていたエージでした。
吉岡は状況にイラつき、エージを殴ります。「生死の判断つかねぇ奴は殺せ」。拳銃で倒れている男を撃ちます。
死体を山奥に埋めに行く吉岡と小田。「調子にのるなよ」という小田の警告に、吉岡は聞き耳を持たず、殺してしまいます。死体が2体、同じ穴に埋まりました。
大きな川が流れ、頭上には高速道路が走る河川敷に、パンツ一丁で草むらを歩く少年がいます。
彼の名はタロウ。戸籍もなく、一度も学校へ行ったことがない少年です。タロウという名は、よくつるんでいるエージとスギオが付けたものです。
タロウとエージとスギオ。3人は、あてもなく自由奔放にその町を走り回っていました。
エージは、続けていた柔道をケガのため諦め、勝ち進む兄と比べられることに憤りを感じていました。「生きてる意味がねぇお前は、世の中のすみっこで生きていけ」。高校の先生に罵られます。誰も味方はいません。
スギオは同じ高校の洋子のことが好きでした。洋子は、売りをやっています。男の元へ通う洋子を痛々しい眼差しで追うスギオ。自分の感情にも気付いていないスギオは、なぜか心が痛むのでした。
その日、エージは吉岡をヤル計画を立てていました。3人は動物の面をかぶり、やってきた吉岡に襲い掛かります。
吉岡を叩きのめし、鞄を奪い逃げる3人。鞄には、一丁の拳銃がはいっていました。その拳銃は、タロウ、エージ、スギオの人生を思わむ方向へと導きます。
映画『タロウのバカ』の感想と評価
映画『タロウのバカ』の世界は、現代に起こる悲惨なニュースを流し見していた自分を戒めるものになりました。「わたしのバカ」です。
子どもの虐待、障がい者施設や老人ホームでの悲惨な事件、弱者を排除する風潮、そして自然災害にテロ事件。今の日本では、毎日のように新しい事件が更新されています。
理不尽な事件が多い中で、自分の感情の波に疲れ、目をつぶっている自分がいました。向き合うことも体力が必要です。
やっぱり、世の中は綺麗ごとだけじゃない。目を逸らさず、向き合う心の強さを、寄り添う心の余裕を、大人は意識し続けなければなりません。
映画では、エージがナビゲーター的存在です。エージの言葉で「飛ぶ」という表現が多く登場します。
「飛ぶと落ちるとき死ぬ」。「飛んでる。世界がどんどん小さくなる」。生と死の狭間でエージたち3人は、精一杯もがきながら生きていました。
劇中、河川敷に白塗りの人間たちが踊り出てきます。舞踊カンパニー「大駱駝艦」です。
「飛ぶんだ!」。死者からのささやきなのか。物語が死に向かっていく予兆として印象深いシーンでした。
そして、映画『タロウのバカ』の魅力のひとつにキャスティングが挙げられます。
タロウを演じた、驚異の新人俳優YOSHI。モデルとしてすでに活躍しているYOSHIですが、本作で俳優デビューとなりました。
野生あふれる無垢で残虐なタロウを、軽やかに演じるYOSHIの姿は、性別を超えた新しい時代の俳優像を感じました。
タロウの憧れ的存在エージを演じたのは菅田将暉。無鉄砲で刹那的、優しさを併せ持つエージを、どっぷり演じています。存在自体がすでにカリスマな菅田将暉の暴れる演技がスゴい。
スギオ役は、映画にドラマ、CMに出演が相次ぐ仲野太賀が演じています。弱さの中に見える狂気、恋愛にとまどう姿が生々しく、一番リアルに感じられました。
そして、映画の中に登場するダウン症のカップル、藍子と勇生を演じたのは、ダウン症の方たちのエンタテイメントスクール、ラブジャンクス所属の角谷藍子と門矢勇生。劇中での歌は藍子のオリジナル曲で、すでにリリースもしています。
歌に踊りにおしゃべり、明るくて人懐っこく、注目されることが大好きな彼らの等身大の姿が映し出されていました。
障がいを持っていても、いなくても、違いはない。命の重さに変わりはないのです。
まとめ
壊れゆく世界を生きる3人の少年たちの獰猛な青春映画『タロウのバカ』を紹介しました。
誰からも愛されたことがなく、好きという感情がわからないタロウが、エージとスギオと過ごすうちに、少しづつ成長していきます。
相手を大切に思い、相手のために怒り、一緒にいたいと思う気持ち。それは愛でした。しかし、気付いた時、彼はまた一人になっていました。
壊れ続けて行く世界で希望はどこにあるのか。映画『タロウのバカ』から警告音が鳴り響きます。