秩父アニメの最新作、『空の青さを知る人よ』は2019年10月11日より公開。
『あの花』『ここさけ』の長井龍雪監督が送る、秩父アニメ三部作の三作目『空の青さを知る人よ』が2019年10月11日より公開されました。
東京へ出てバンドで天下を取るというあおい。地元で就職して妹あおいの面倒を見てきたあかね。
秩父で暮らす姉妹の前に、大物演歌歌手お抱えミュージシャンとなった、姉のかつての恋人慎之介が帰ってきます。
そして時を同じくして現れる13年前の慎之介。
なりたい自分にまっすぐ進みたい18歳の慎之介と現実を知った31歳の慎之介。
慎之介を待っていた自分に気づくあかねと、姉の幸せを願いながらもあふれる気持ちに戸惑うあおい。
彼らのそれぞれの想いは、どのような着地点を見つけるのでしょうか。
CONTENTS
映画『空の青さを知る人よ』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本】
岡田麿里
【監督】
長井龍雪
【キャスト】
吉沢亮、吉岡里帆、若山詩音、松平健、落合福嗣、大地葉、種崎敦美、吉野裕行、上村祐翔ほか
【作品概要】
2011年、フジテレビの深夜アニメ枠“ノイタミナ”で放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』。
幼なじみの死によってすれ違ってしまった若者たちの心の機微を丁寧に描き、「号泣アニメ」として大きな話題となった『あの花』。その後実写化や劇場版にもなり、舞台となった秩父は聖地巡礼の地として多くの観光客が訪れるようになりました。
2015年には同じスタッフで、再び秩父周辺を舞台にした映画『心が叫びたがってるんだ。』が公開され、こちらも大ヒットを記録しました。
同じ秩父を舞台に三作目となるオリジナルアニメをつくるという難題に挑んだのは「超平和バスターズ」=長井龍雪(監督)・岡田麿里(脚本)・田中将賀(キャラクターデザイン・総作画監督)。
この『空の青さを知る人よ』が最もシンプルで、前向きな作品だと彼らは語っています。
映画『空の青さを知る人よ』のあらすじとネタバレ
相生あおいは高校二年生。秩父橋でベースの練習をしながら、姉のあかねが車で迎えに来るのを待っています。
姉妹は13年前に両親を事故で亡くして以来ふたり暮らし。あかねは高校卒業後、秩父市役所で働いています。
あおいが幼いころ、家の裏山にあるお堂ではあかねの同級生、慎之介たちがいつもバンドの練習をしていました。あおいはいつの日かベーシストになり、慎之介のバンドで演奏したいと思うようになっていました。
あかねは高校を卒業したら、恋人の慎之介とともに東京の専門学校へ行くつもりでした。でも幼いあおいはあかねと離れることを拒み、あかねは進学をあきらめて就職したのです。
今のあおいはメンバーもいないのに、卒業したら東京に出てバンド活動をする、といって聞きません。そんなあおいに近所の人たちは、いいお姉ちゃんに感謝しないとね、と声をかけ、そのたびにあおいは屈折した気持ちになるのでした。
そんな姉妹をそばで見守っているのは、かつて慎之介のバンドでドラムを担当していた幼なじみの正道とその一人息子正嗣です。正道は妻に浮気されたバツイチで、あかねと同じく市役所につとめています。
そんな正道は地元を盛り上げるための音楽祭を企画し、ヘルプとしてあかねを指名しました。正道はあかねに想いを寄せていて、それは当のあかねもわかっていますが、大人のマナーとして知らぬフリをしています。
今日もお堂であおいが練習していると、突然「うるせえ」と声が。そこにいたのはなんと、18歳のままの慎之介(しんの)でした。
幽霊なのか?パニックになりながらあおいは家に戻りますが、あかねにどう話したらいいかわかりません。
すると正道がやってきて、とにかくすぐに手伝いに来てくれ、とふたりは西武秩父駅まで連れてこられてしまいます。
正道は、ご当地ソングに定評のある大物演歌歌手、新渡戸団吉を町おこしの目玉として招聘していました。予定より早く秩父に来たいという気まぐれな団吉は、鉄道ではなくトレーラーで乗り付けた挙げ句、駅前でいきなり一曲披露するのでした。
でもそれよりも、そのバンドメンバーの中に元恋人、慎之介の姿があったことにあかねは驚きます。
実はあかねとの進展を望む正道が、慎之介への気持ちに決着をつけてほしいとの思いから、あえて団吉にオファーをしたため慎之介もやってきたのでした。
家に戻ったあおいは正嗣を連れて再びお堂に行き、しんのと話します。その結果、しんのはなぜかお堂から出られないこと、そしてあかねにフラれた直後であることが判明します。
しんのは、東京でミュージシャンになって早くあかねを迎えに来たいが今はまだ会えないと言います。
そして、現在の慎之介とあかねが結ばれれば、生き霊のようなこのしんのは本体に戻れるのではないか、という結論に至るのでした。
そのころあかねは、正道とともに団吉の接待をしていました。不本意な再会に不機嫌そうな慎之介は、店を出たあと吐いてしまいます。二次会へ行こうと盛り上がる団吉を正道にまかせ、あかねは慎之介を車で送っていきます。
ホテルの部屋に入ると、慎之介はあかねに抱きついてきました。もったいつけるなよ、という慎之介にあかねは幻滅し、部屋を出ていきました。
特に仲良くもない同級生の千佳は、あおいに年上の彼氏がいるという噂を聞きつけてつきまとってきます。大人の恋愛に憧れる千佳に、車で迎えにきた姉の姿を見せ、噂はガセネタだったと納得させました。
千佳ががっかりしていると、団吉のバンドメンバーふたりが食あたりで入院したとの連絡が入りました。関係者たちが対応に困っていると、ドラムとベースならここにいる、と正道とあおいが代理でステージに立つことになってしまいます。
プロと演奏できるなんてすごいじゃないか、と素直に応援するしんの。しかし31歳の慎之介はリハーサルが終わるやいなや、ベースが目立ちすぎだの、ドラムがベースに引っ張られているだの、素人ふたりにきつくあたります。
それを知ったしんのは慎之介に怒りをあらわにし、ベースは何があってもリズムをしっかり刻むんだ、とあおいの練習につき合うのでした。
何事にもまっすぐなしんのと接するうちに、あおいは自分がこの町を出たいのはよこしまな理由からだと話し始めます。その理由は、「あか姉に好きに生きてほしいから」。
自分のせいであか姉は夢をあきらめ、この場所にしばられている、とずっと負い目に感じてきたとあおいは言います。
しんのが自分こそ、ここから出るのがこわかったのかな、とうなだれるので、思わずあおいはその頭をなでてしまいます。
「さすが、未来のうちのベーシスト!」
しんのが約束をおぼえていたことにあおいは動揺し、とっさにしんのにデコピンをしてほしいと頼みます。強めのデコピンをもらったあおいは、そそくさとその場を離れます。
そして、あか姉のため、しんののため、ふたりをちゃんとくっつける、と呪文のように唱えるのでした。
翌日、千佳に慎之介が好きなのかと聞かれたあおいは、慎之介ではなくしんのが好き、だけど好きになっちゃダメなんだと苦悩します。
そして心とは裏腹に、「あか姉みたいになりたくない!」とあかねに言って家を飛び出してしまいます。
しばらくして、あかねはあおいの好物である昆布のおにぎりを作ってお堂にやってきます。とっさに隠れたしんのはこっそりおにぎりをひとつ取り、それを食べながらあかねの気持ちを思いやるのでした。
あおいはというと、正嗣の部屋にやってきています。慎之介と千佳がひそかに会っていたことに腹を立てていたあおいは、正道に協力する!と言って出ていきます。
その後、正嗣がひとりでお堂にやってきました。あおいが好きだ、としんのに宣言する正嗣。あおいがしんのに惹かれていることに気づいた正嗣の告白に、しんのは顔を曇らせます。
音楽祭の会場であるミューズパークの裏で、慎之介はひとりギターを奏でています。そこへあかねがやってきて、聞きたい曲があると言います。それは以前、慎之介が1枚だけ出したCDの曲でした。
『空の青さを知る人よ』
その曲のタイトルは、あかねは好きな言葉の一節でした。
慎之介の歌を聞きながら、あかねは楽しそうに笑っています。遠くからその姿を見ていたあおいは、あかねのその笑顔がずいぶん久しぶりであることに気づきます。
あかねと過ごすこの時間に安らぎを感じた慎之介は、戻ってこようかなとつぶやきます。そんなことしたらしんのが消えちゃう、とあおいは思いますが、あかねは、まだ若い、まだこれからだと明るく慎之介を励まします。
慎之介が去ったあと、ひとり残ったあかねは大粒の涙をこぼしていました。あおいは、両親の葬式でさえ泣いていなかったあかねが泣く姿を初めて見たのでした。
映画『空の青さを知る人よ』の感想と評価
大人にこそ見てほしいデトックス映画
『あの花』『ここさけ』と、涙なしには見られない長井龍雪(監督)✕岡田麿里(脚本)作品。本作の『空の青さを知る人よ』も、気持ちよく涙を流させてもらいました。
公開直後の劇場に詰めかけていたのは若いカップルや、意外に男子のグループが多かったのですが、この作品はもうちょっと大人の方にも見てほしい作品です。
というのも今回主要登場人物に前2作よりも上の年代(31歳)を登場させたことによって、がむしゃらな10代との対比が明確になり、そこに現実感とノスタルジックな想いが存在するからです。
決してうまくいっていないわけじゃない人生。もちろん挫折もあったけれど、自分はそれなりに頑張ってるしそこそこ幸せ。大人の誰もが持っているこの感覚。
だけどあのころの自分には、こうなりたい!という夢があった。ともに歩んでいきたい人がいた。
ちょっと忘れていた、いや、きっと忘れたフリをしていたそんな気持ちに正面から向き合ったのがこの映画です。
そして、劇中で何度か歌われるしんのたちのバンドの曲「ガンダーラ」。50代前後の方には懐かしい、あのゴダイゴの大ヒット曲のバンド風アレンジがしっくりきます。
この物語のテーマにもピッタリ合ったこの曲の歌詞によって、こちらもかつていろいろ夢見ていた昔を思い出し、すっかり感情を同期させられてしまいました。
俳優陣の声の演技がいい
本作は主演を声優ではなく俳優が演じるということで、観る前は少し不安を感じていました。
しかし、結論からいうと、吉沢亮も吉岡里帆も素晴らしかったです。
特に吉沢亮は、まっすぐな18歳のしんのと31歳のちょっと疲れた慎之介の二役を見事に演じ分けていました。思えば吉沢は、2019年に公開された映画『キングダム』で漂と嬴政の二役を演じて評価を上げていましたね。
それでも実写とアニメでは演技方法が違うので中々むずかしいと思うのですが、明るいしんの役のときは持ち前のコメディセンスを発揮し、慎之介のときは抑えた演技で、と器用にこなしていました。
また吉岡も想像以上にアニメに合う声で、違和感なくあかねの声にはまっていました。実年齢よりもちょっとお姉さんの役だったので、作り込み過ぎなかったことがかえってよかったのかもしれません。
さらに進化した町おこしとしてのアニメ
脚本家の岡田麿里が最初に『あの花』を書いたとき、本人が秩父市の出身ということもあり、自身を投影したその脚本は秩父市を想定していたはずです。
それがアニメ化されるときのロケハンの結果、やはり舞台は秩父ということで落ち着いたようですが、放送当時はそれを大々的にはアピールしていなかったそうです。
そのアニメが評判となり、徐々に舞台が秩父だということが広まると「聖地巡礼」という動きが起こってきました。秩父市やそこにつながる鉄道会社の協力で、作品は絶妙なバランスで観光に取り入れられ現在に至っています。
東京都内からそんなに遠くはないけれど、ちょっとした旅行気分が味わえるちょうど良い距離感。山に囲まれた盆地という地形。古くから続く祭りもあり、田舎らしいコミュニティが息づいている。
本作は特に、団吉が秩父を知るためにさまざまな名所を訪れるという設定があるので、地元の美味しいものを食べ、観光スポットの写真がたくさん紹介されます。もちろん駅や市役所、有名な秩父橋など実物そっくりに描かれる町の風景を見て、実際に現地を訪れるのも楽しいでしょう。
『あの花』での一時的なブームにとどまらず、『ここさけ』そしてこの『空青』へと三部作として秩父を盛り上げてきた功績は大変なものです。完結となるこの作品が明るい未来を示唆しているように、秩父の町にこれからもたくさんの人が訪れることを願ってやみません。
まとめ
「超平和バスターズ」の作品は、他者との関係に悩む若者を主人公に、痛みを伴いながらも自分を解放していく姿を丁寧に描いてきました。
13年前の人物が現れ、いっしょに空まで飛んでしまうというファンタジーではありながら、登場人物たちの悩みは将来の不安だったり、失ってしまった夢への後悔だったり、とごくごくあたりまえのものです。
突然の異物混入によってそれぞれが自分自身と向き合うことになりますが、一歩ずつ前に進んでいく、そんな姿に共感をおぼえるのです。
あおいが好きになったしんのは消滅してしまったけれど、それによって姉との関係を見直すことができ、そんな妹の成長を認めた姉のあかねもまた、自分自身の道を歩きだすことができた。
そして慎之介もまた、漠然とした後悔を認めてリスタートすることができました。
エンドクレジットでは、慎之介とあかねのウェディングパーティの写真が写し出されます。その写真の横には、成人式を迎えたあおいの写真も飾られており、あたたかく幸せな余韻をもって映画は終わります。
過去の二作品よりも前向きなメッセージが感じられる『空の青さを知る人よ』。清々しい爽快感につつまれた後は、ぜひ秩父の町にも足を運んでみてください。