連載コラム「銀幕の月光遊戯」第46回
映画『不実な女と官能詩人』が、2019年11月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネリーブル梅田にてロードショー公開されます。
彼女が恋に落ちたのは、後に“エロスの司祭”と称される異端の詩人、ピエール・ルイスだった。
19世紀後半のパリを舞台に繰り広げられる2人の奔放な愛の行きつく先は!?
CONTENTS
映画『不実な女と官能詩人』の作品情報
【公開】
2019年公開(フランス映画)
【原題】
Curiosa
【監督】
ルー・ジュネ
【キャスト】
ノエミ・メルラン、ニール・シュナイダー(シュネデール)、バンジャマン・ラヴェルネ、アミラ・カサール、スカリ・デルペラト
【作品概要】
19世紀のパリを舞台に、フランス象徴主義の詩人ピエール・ルイスと、官能的な写真のモデルの1人となった親友の妻との関係を美しい映像で描いたドラマ。
ルー・ジュネの初の長編映画監督作品。
映画『不実な女と官能詩人』のあらすじ
19世紀のパリ。
著名な詩人ジョゼ・マリア・ド・エレディアの次女マリーは、新進気鋭の詩人ピエール・ルイスと出逢いひと目で恋に落ちます。
ピエール・ルイスも彼女に夢中になり、親友の詩人アンリ・ド・レニエにそのことを告げますが、マリーの両親は貴族出身のアンリ・ド・レニエとの結婚を決めてしまいます。
愛する人を親友に奪われたことにショックを受け、アルジェリアに渡ったルイスは、数々の女性の痴態を写真に収め、その関係を日記に綴ることに情熱を傾けるという退廃的な日々を過ごしていました。
マリーもまた、夫に愛されながらも自身は夫を愛することができず、満たされることのない結婚生活を送っていました。
1年後、ピエールが帰国したと聞きつけたマリーは、彼のもとへ駆けつけました。
「あなたと結婚したかった」とピエールに告げるマリー。ピエールはマリーの“愛人”となり、2人は情交を重ね、マリーは喜んで彼の被写体になるのでした。
彼女たちの営みは、やがて夫にも知られることとなり、周囲の人びとをも巻き込んでいきます。
映画『不実な女と官能詩人』の解説と感想
実在の人物の驚くべき物語
本作品に出てくる主な登場人物はすべて実在の人物です。
そのうちのひとりピエール・ルイスは、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したフランス象徴主義の詩人・小説家です。
作曲家ドビュッシー、小説家ジッド、詩人オスカー・ワイルドらと交流を深め、パリ大学時代から交流のあった詩人ポール・ヴァレリーをマラルメに紹介するなど、各方面に大きな影響を与えた人物として知られています。
彼の代表作『女と人形』は、過去に5度映画化されており、とりわけ、ルイス・ブニュエルが1977年に発表し、遺作となった『欲望のあいまいな対象』がよく知られています。
生涯で2,500人以上の女性と関係を持ち、「エロスの祭司」とも称されたルイスは、関係のあった女性の痴態を写真にとり、克明な日記を付けていました。其のアルバムや撮影場面が、映像として見事に再現されています。
そんな彼と愛人関係となるのが、本作品のヒロイン、マリーです。ピエールを愛していながらも、家庭の事情により、詩人アンリ・ド・レニエと結婚させられるのですが、結婚後も公然とピエールと関係し続けます。
彼が構えるカメラの前でも堂々と美しい肉体をさらし性に奔放な彼女は、別の男性や自分の妹をも巻き込んでいきます。
マリーの夫のアンリ・ド・レニエは、20世紀初頭のフランスで最も重要な詩人と称され、経済的にも成功した人物でした。3人の複雑な関係は歴史的にもよく知られています。
映画は19世紀末のパリとベル・エポック時代の文化を美しく再現しながら、マリーのピエールに対する情熱的な想いを大胆な映像で表現しています。
ベル・エポックの新しい女性の姿
愛する人がいながら意に沿わぬ結婚をさせられた女性の悲劇的なお話を想像していたら、まったく予想していなかった展開で驚かされました。
ピエールと関係を持つことに、マリーは一切躊躇せず、夫に対する罪の意識も待ち合わせていません。ピエールが撮った自身の裸体写真を無造作に机の引き出しにつっこんでいて、隠そうという意識もありません。欲望にひたすら忠実な姿が描かれるのです。
彼女たちが生きたベル・エポックの時代といえば、当時、パリのファッションアイコンとなった作家のコレットが思いだされます。
映画『コレット』(2018/ウォッシュ・ウェストモアランド)では、キーラ・ナイトレイが、時代と闘い時代のシンボルとなったコレットを溌剌と演じていました。
女性がパンツスタイルで出歩くことも許されなかった時代に、男装姿を披露し、夫の浮気を認めるかわりに自身も同性との情事にふけったコレット。その大胆な性のあり方が本作のマリーと重なります。
コレットは作家としても成功しまさに新しい時代の女性として、歴史に名を残していますが、それに比べてマリーが一般的に“文化の裏面史”などといった評価をされているのはいささか不公平感があります。
マリーも小説家としてデビューしています。ただし、ジェラール・ドゥヴィルという男性名を使っていました。コレットも当初は夫の名で作品を発表していました。このように時代はあくまでも男性優位社会でしたが、そんな中、堂々と新しい感性のもと生(性)をまっとうした女性がいたことを映画は語っているのです。
新しい才能の競演
マリーを演じているのは、『英雄は嘘がお好き』(2018/ローラン・ティラール)で、戦地から婚約者を持ち続ける健気な女性を演じたノエミ・メルランです。
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督の『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(2014)、『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(2016)でも重要な役割を果たしていました。
常にマリーがイニシアティブをとリ続けることが、本作のみどころのひとつとなっています。
ノエミ・メルランは、堂々とした演技を見せるとともに、一糸まとわぬ大胆な姿を何度も披露しています。非常に美しく、まるでアートのような姿に見惚れることでしょう。
ピエール・ルイスを演じるのは、『ボバリー夫人とパン屋』(2014/アンヌ・フォンテーヌ)でヒロインを魅了する超絶美少年として強烈な印象を残したニール・シュナイダー(シュネデール)です。
『ポリーナ、私を踊る』(2016/バレリー・ミュラー、アンジェラン・プレルジョカージュ)ではボリショイ・バレエ団でヒロインと恋に落ちる青年を演じていました。
ベル・エポックの時代の詩人に扮した本作ではこれまでとはひと味もふた味も違う渋さと深みをたたえています。
アンリ・ド・レニエを演じたのは、『海へのオデッセイ ジャック・クストー物語』(2016 ジェローム・サル)、『セラヴィ!』(2017/エリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ)などの作品に出演しているバジャマン・ラベルネです。
3人の主要人物の中では彼がもっとも複雑な内面の持ち主といえるでしょう。妻と親友の関係を知りながら婚姻も友情も手放さなかった彼の胸中は如何なるものだったのでしょうか。
これからのフランス映画界を背負って立つ若き才能の競演をお楽しみください。
まとめ
長年テレビドラマを舞台に活躍してきたルー・ジュネは、短編映画を経て、本作で長編劇映画監督デビューを果たした女性監督です。
彼女はピエールからマリーに送られた手紙やはがき全てに目を通したそうです(マリーからピエールへの手紙は消失してしまっているそうです)。
そこから、マリーの情熱の強さを読み取り、ベル・エポックの時代を生きた、異端の詩人と、その恋人、その夫をめぐる愛と官能の物語を完成させました。
女性監督が見た、19世紀後半に繰り広げられたある女性の迷いない生き方をとくとご覧ください。
映画『不実な女と官能詩人』は、2019年11月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネリーブル梅田にてロードショー公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回も見応えたっぷりの新作を取り上げる予定です。
お楽しみに!