Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/10/13
Update

映画『不実な女と官能詩人』感想とレビュー評価。実在した人物の驚くべき物語と新しい女性の姿|銀幕の月光遊戯 46

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第46回

映画『不実な女と官能詩人』が、2019年11月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネリーブル梅田にてロードショー公開されます。

彼女が恋に落ちたのは、後に“エロスの司祭”と称される異端の詩人、ピエール・ルイスだった。

19世紀後半のパリを舞台に繰り広げられる2人の奔放な愛の行きつく先は!?

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『不実な女と官能詩人』の作品情報


(C)CURIOSA FILM

【公開】
2019年公開(フランス映画)

【原題】
Curiosa

【監督】
ルー・ジュネ

【キャスト】
ノエミ・メルラン、ニール・シュナイダー(シュネデール)、バンジャマン・ラヴェルネ、アミラ・カサール、スカリ・デルペラト

【作品概要】
19世紀のパリを舞台に、フランス象徴主義の詩人ピエール・ルイスと、官能的な写真のモデルの1人となった親友の妻との関係を美しい映像で描いたドラマ。

ルー・ジュネの初の長編映画監督作品。

映画『不実な女と官能詩人』のあらすじ


(C)CURIOSA FILM

19世紀のパリ。

著名な詩人ジョゼ・マリア・ド・エレディアの次女マリーは、新進気鋭の詩人ピエール・ルイスと出逢いひと目で恋に落ちます。

ピエール・ルイスも彼女に夢中になり、親友の詩人アンリ・ド・レニエにそのことを告げますが、マリーの両親は貴族出身のアンリ・ド・レニエとの結婚を決めてしまいます。

愛する人を親友に奪われたことにショックを受け、アルジェリアに渡ったルイスは、数々の女性の痴態を写真に収め、その関係を日記に綴ることに情熱を傾けるという退廃的な日々を過ごしていました。

マリーもまた、夫に愛されながらも自身は夫を愛することができず、満たされることのない結婚生活を送っていました。

1年後、ピエールが帰国したと聞きつけたマリーは、彼のもとへ駆けつけました。

「あなたと結婚したかった」とピエールに告げるマリー。ピエールはマリーの“愛人”となり、2人は情交を重ね、マリーは喜んで彼の被写体になるのでした。

彼女たちの営みは、やがて夫にも知られることとなり、周囲の人びとをも巻き込んでいきます。

映画『不実な女と官能詩人』の解説と感想


(C)CURIOSA FILM

実在の人物の驚くべき物語

本作品に出てくる主な登場人物はすべて実在の人物です。

そのうちのひとりピエール・ルイスは、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したフランス象徴主義の詩人・小説家です。

作曲家ドビュッシー、小説家ジッド、詩人オスカー・ワイルドらと交流を深め、パリ大学時代から交流のあった詩人ポール・ヴァレリーをマラルメに紹介するなど、各方面に大きな影響を与えた人物として知られています。

彼の代表作『女と人形』は、過去に5度映画化されており、とりわけ、ルイス・ブニュエルが1977年に発表し、遺作となった『欲望のあいまいな対象』がよく知られています。

生涯で2,500人以上の女性と関係を持ち、「エロスの祭司」とも称されたルイスは、関係のあった女性の痴態を写真にとり、克明な日記を付けていました。其のアルバムや撮影場面が、映像として見事に再現されています。

そんな彼と愛人関係となるのが、本作品のヒロイン、マリーです。ピエールを愛していながらも、家庭の事情により、詩人アンリ・ド・レニエと結婚させられるのですが、結婚後も公然とピエールと関係し続けます。

彼が構えるカメラの前でも堂々と美しい肉体をさらし性に奔放な彼女は、別の男性や自分の妹をも巻き込んでいきます。

マリーの夫のアンリ・ド・レニエは、20世紀初頭のフランスで最も重要な詩人と称され、経済的にも成功した人物でした。3人の複雑な関係は歴史的にもよく知られています。

映画は19世紀末のパリとベル・エポック時代の文化を美しく再現しながら、マリーのピエールに対する情熱的な想いを大胆な映像で表現しています。

ベル・エポックの新しい女性の姿


(C)CURIOSA FILM

愛する人がいながら意に沿わぬ結婚をさせられた女性の悲劇的なお話を想像していたら、まったく予想していなかった展開で驚かされました。

ピエールと関係を持つことに、マリーは一切躊躇せず、夫に対する罪の意識も待ち合わせていません。ピエールが撮った自身の裸体写真を無造作に机の引き出しにつっこんでいて、隠そうという意識もありません。欲望にひたすら忠実な姿が描かれるのです。

彼女たちが生きたベル・エポックの時代といえば、当時、パリのファッションアイコンとなった作家のコレットが思いだされます。

映画『コレット』(2018/ウォッシュ・ウェストモアランド)では、キーラ・ナイトレイが、時代と闘い時代のシンボルとなったコレットを溌剌と演じていました。

女性がパンツスタイルで出歩くことも許されなかった時代に、男装姿を披露し、夫の浮気を認めるかわりに自身も同性との情事にふけったコレット。その大胆な性のあり方が本作のマリーと重なります。

コレットは作家としても成功しまさに新しい時代の女性として、歴史に名を残していますが、それに比べてマリーが一般的に“文化の裏面史”などといった評価をされているのはいささか不公平感があります。

マリーも小説家としてデビューしています。ただし、ジェラール・ドゥヴィルという男性名を使っていました。コレットも当初は夫の名で作品を発表していました。このように時代はあくまでも男性優位社会でしたが、そんな中、堂々と新しい感性のもと生(性)をまっとうした女性がいたことを映画は語っているのです。

新しい才能の競演


(C)CURIOSA FILM

マリーを演じているのは、『英雄は嘘がお好き』(2018/ローラン・ティラール)で、戦地から婚約者を持ち続ける健気な女性を演じたノエミ・メルランです。

マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督の『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(2014)、『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(2016)でも重要な役割を果たしていました。

常にマリーがイニシアティブをとリ続けることが、本作のみどころのひとつとなっています。

ノエミ・メルランは、堂々とした演技を見せるとともに、一糸まとわぬ大胆な姿を何度も披露しています。非常に美しく、まるでアートのような姿に見惚れることでしょう。

ピエール・ルイスを演じるのは、『ボバリー夫人とパン屋』(2014/アンヌ・フォンテーヌ)でヒロインを魅了する超絶美少年として強烈な印象を残したニール・シュナイダー(シュネデール)です。

『ポリーナ、私を踊る』(2016/バレリー・ミュラー、アンジェラン・プレルジョカージュ)ではボリショイ・バレエ団でヒロインと恋に落ちる青年を演じていました。

ベル・エポックの時代の詩人に扮した本作ではこれまでとはひと味もふた味も違う渋さと深みをたたえています。

アンリ・ド・レニエを演じたのは、『海へのオデッセイ ジャック・クストー物語』(2016 ジェローム・サル)、『セラヴィ!』(2017/エリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ)などの作品に出演しているバジャマン・ラベルネです。

3人の主要人物の中では彼がもっとも複雑な内面の持ち主といえるでしょう。妻と親友の関係を知りながら婚姻も友情も手放さなかった彼の胸中は如何なるものだったのでしょうか。

これからのフランス映画界を背負って立つ若き才能の競演をお楽しみください。

まとめ


(C)CURIOSA FILM

長年テレビドラマを舞台に活躍してきたルー・ジュネは、短編映画を経て、本作で長編劇映画監督デビューを果たした女性監督です。

彼女はピエールからマリーに送られた手紙やはがき全てに目を通したそうです(マリーからピエールへの手紙は消失してしまっているそうです)。

そこから、マリーの情熱の強さを読み取り、ベル・エポックの時代を生きた、異端の詩人と、その恋人、その夫をめぐる愛と官能の物語を完成させました。

女性監督が見た、19世紀後半に繰り広げられたある女性の迷いない生き方をとくとご覧ください。

映画『不実な女と官能詩人』は、2019年11月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネリーブル梅田にてロードショー公開されます。

次回の銀幕の月光遊戯は…

次回も見応えたっぷりの新作を取り上げる予定です。
お楽しみに!

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

関連記事

連載コラム

鬼滅の刃名シーン/名言|炭治郎/禰豆子兄妹の絆×累の感動の“再会”に注目【鬼滅の刃全集中の考察14】

連載コラム『鬼滅の刃全集中の考察』第14回 大人気コミック『鬼滅の刃』の今後のアニメ化/映像化について様々な視点から考察・解説していく連載コラム「鬼滅の刃全集中の考察」。 今回は「那田蜘蛛山編」の名言 …

連載コラム

映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』考察と評価感想。映画好きな独裁者・金正日に翻弄された女優と監督の半生|だからドキュメンタリー映画は面白い51

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第51回 北朝鮮に拉致された女優と監督が語る、映画マニアな将軍様の素顔。 今回取り上げるのは、2016年公開の『将軍様、あなたのために映画を撮ります』。 …

連載コラム

映画『突撃!』ネタバレ感想と結末までのあらすじ。キューブリックが戦争の理不尽を問う|電影19XX年への旅1

巨匠スタンリー・キューブリックの反戦映画『突撃!』 はじめまして!歴代の巨匠監督たちが映画史に残した名作・傑作の作品を、シネマダイバーの中西翼がご紹介する、連載コラム「電影19XX年への旅」。 コラム …

連載コラム

『あまねき旋律(しらべ)』インド・ナガランドの自然と音楽を堪能する|映画と美流百科9

連載コラム「映画と美流百科」第9回 今回 取り上げる映画は、インドの山間部にある村々で古くから受け継がれてきた“歌”を追った音楽ドキュメンタリー『あまねき旋律(しらべ)』です。 この作品はインド東北部 …

連載コラム

映画『悪魔のいけにえ』ネタバレ感想と考察解説。レザーフェイス殺人鬼時代を作り出した名作を深掘り!|SF恐怖映画という名の観覧車130

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile130 ホラー映画とSF映画を題材とした当コラムで今までほとんど触れることの無かった「伝説的名作」と呼べる映画たち。 日々押し寄せる新作映画情報 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学