仰天のトリックで観る者を唸らせる名作
直木賞を受賞した東野圭吾の人気ミステリー「探偵ガリレオ」シリーズ第3作『容疑者Xの献身』を映画化。
テレビドラマ『ガリレオ』主演の福山雅治、柴咲コウをはじめスタッフ・キャストが続投しています。監督は西谷弘。
天才物理学者のガリレオこと湯川と新人刑事の内海のバディが、残忍な殺人事件の真相に迫ります。
孤独な男の抱いた熱い恋心はどこにたどり着くのでしょうか。無償の愛に心打たれる秀作の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『容疑者Xの献身』の作品情報
【公開】
2008年(日本映画)
【原作】
東野圭吾
【脚本】
福田靖
【監督】
西谷弘
【編集】
山本正明
【出演】
福山雅治、柴咲コウ、北村一輝、松雪泰子、堤真一
【作品概要】
天才物理学者と女性刑事のコンビが難事件を解決する、人気テレビドラマ『ガリレオ』の劇場版。
『そして父になる』(2013)の福山雅治演じる主人公の湯川教授が、友人である天才数学者の仕掛けた謎に挑みます。
湯川とタッグを組む内海刑事役の柴咲コウをはじめ、堤真一、松雪泰子、北村一輝ら豪華キャストが出演。
監督は『県庁の星』(2006)の西谷弘が務めます。
映画『容疑者Xの献身』のあらすじとネタバレ
冴えない中年男性の石神哲哉は美しい花岡靖子が営む弁当屋の常連客でした。
ある日、靖子の家に別れた夫の富樫慎二が無理やり押し入ります。一生お前は自分から逃れられないからあきらめろと靖子に言い捨てて出ていこうとした慎二の頭を、怒った美里が後ろから鈍器で殴りつけます。
男のうめき声は隣室の石神に聞こえていました。
起き上がった慎二が美里に殴りかかります。娘を助けようとした靖子は、思わずコタツのケーブルで慎二の首を絞めて殺してしまいました。
物音を隣室で聞いていた石神は靖子宅を訪ねます。
その後、川岸で指紋を焼かれ、顔を潰された全裸死体が発見されました。毛髪と付近にあった自転車の指紋から死体が慎二であることが判明します。
草薙刑事と内海刑事は元ホステスだった靖子を疑い訪問しますが、彼女には犯行時に映画を観に行っていたというアリバイがありました。草薙たちは隣室の石神にも話を聞きますが、何も情報を得られません。
その後、石神は公衆電話から靖子に連絡をとり、刑事が来たのは想定内だから心配いらないと言い、自分にまかせるようにと話します。
湯川を訪ね、捜査協力を依頼する草薙と内海。容疑者が美人だと聞いた湯川は話に乗り気になります。容疑者の隣室に住んでいるのが昔学友だった天才数学者・石神と聞いて彼は驚きます。
靖子から礼を言われ幸せに浸っていた石神が帰宅すると、部屋のドアの前に湯川が来ていました。
17年ぶりの再会に盃を交わす二人。石神は親の病気のために大学院進学をあきらめ、高校教師となっていました。石神は湯川が持ってきた数学の難題に夢中で取り組みます。翌朝までに難問を解いた石神の能力に改めて湯川は驚きます。
朝、一緒にホームレスが暮らす界隈の前を通りながら、湯川の若々しい姿を羨ましいとこぼす石神。湯川は彼らしくない言葉を聞いて驚きます。
映画『容疑者Xの献身』の感想と評価
悲しき無償の愛が生み出した非情なトリック
大人気ドラマ「ガリレオ」シリーズの劇場版となる本作は、ベストセラー作家・東野圭吾が直木賞を受賞した秀作です。無償の愛が引き起こした、とんでもないトリックが大きな話題となりました。
常に真実を追求してきた天才物理学者の湯川は、若手女性刑事の内海から殺人事件の捜査協力を依頼されます。顔を潰され、指紋を消すために両手両足を焼かれた残酷な死体を前に、捜査は行きづまっていました。
被害者の元妻・靖子の犯行が疑われましたが、彼女には強いアリバイがありました。
靖子は実際は元夫を殺害していましたが、壁越しに聞こえてきた物音から事態に気づいた隣室の石神がアリバイ工作に奔走したのです。
孤独な石神は、自分に光を与えてくれた靖子とその娘の彼女とその娘の幸せを守るためにすべてを投げ打ちます。
天才的頭脳を持つ彼が選んだのは、消えても気にされることのないホームレス男性を殺害して死体をすり替え、殺害時刻を偽装するという大胆な方法でした。
彼は靖子が警察に問い詰められても困らないよう、ホームレス殺人について彼女に隠し通し、すべての罪を背負って出頭します。
ホームレスを残酷な方法で殺害するというトリックは、道義上に問題があるのではないかと論争を巻き起こしました。その末にラストを感動的ととらえることにも異論が出たといいます。
しかし、無償の愛というのは本来こういうものではないでしょうか。例えば、愛する我が子を守ろうとする母親なら、非情な行為でもためらわず行うに違いありません。
無償の愛とは、特定の誰かを守るためであれば罪を犯すこともためらわないという性質を持つといえるかもしれません。
石神の愛は捨て身のものでもありました。真実が明かされた後も、石神は決して事実を認めようとはしません。もし、証拠が目の前に突きつけられても、彼はしらをきり通したことでしょう。
石神にとっては、靖子母子を守ること以外に「正義」は存在しなかったに違いありません。
互いを天才と認める男たちの篤き友情
本作でもうひとつ丁寧に描かれているのは、主人公の湯川と数学者・石神の切ない友情です。学生時代からの友人だったふたりは互いに世間から「天才」と呼ばれる存在で、お互いをこの上ない「天才」だと認め合う仲でした。
友の高い能力を知っているからこそ、湯川は石神の隠している罪に気づいてしまい、石神もまた湯川に真実を知られていることに気づきます。
きっかけになったのはあまりにも悲しい些末な出来事でした。湯川の若々しい姿を羨ましいと言った石神のひとことで、湯川は石神が恋をしていることに気づきます。石神は本来自分の容姿を気にするような男ではなかったからです。
また、恐ろしく頭の良い人間がおこなった犯行だと気づいたからこそ、湯川は天才脳の持ち主である石神を疑わないわけにはいきませんでした。
調べるほどに事件の緻密な論理が明らかとなっていき、石神にしか成し得ない犯行だと湯川は認めざるを得なくなります。
湯川は友人の石神との悲しい友情ゆえに苦しみ、これまで感情に流されることなく真実を追求してきた彼は真相を闇に葬ろうかと悩むほど追い詰められます。
彼を引っぱり上げてくれたのは、側で支えてくれるもう一人の友人・内海刑事でした。
最後に石神と一対一で対峙した湯川は、石神の決心を変えられないことに苦悶します。この素晴らしい頭脳をこんなことに使わなければならなかったのは残念だと言って泣く湯川に、石神はそう言ってくれるのは君だけだと応える石神。
魂の応酬も、強い恋心に勝つことはできませんでした。その後、遠くから聞こえてきた靖子の叫びと石神の咆哮に湯川は涙します。
石神が本当に心の底から人を愛したという事実が、湯川の心を慰めるラストに胸打たれます。
まとめ
愛ゆえに道を踏み外す男の哀しみを描き出した見ごたえあるミステリー『容疑者Xの献身』。「ガリレオ」シリーズから好演を続ける福山雅治と、オーラを消して冴えない孤独な男を演じる堤真一の演技の応酬から目が離せない秀作です。
人を愛することの美しさと醜さ、残酷さが余すことなく映し出されます。
自分の幸せを投げ打って愛する人を守ろうとした天才数学者の石神。しかし、そうすることこそが彼の幸せそのものだったというパラドックス。
いつの間にか、そこまで人を愛することのできた彼をどこかで羨んでいる自分に気づかされます。
元夫をやむを得ずに殺してしまい、結果としてその罪を償う道を選んだ靖子も、石神の深すぎる愛を受け止めたことで幸福に包まれていたに違いありません。
事件トリックの見事さに唸らされるとともに、人間の幸福は常識では計れないことを教えられる一作です。