大どんでん返しに魅せられる名作
アガサ・クリスティの短編『検察側の証人』を、『サンセット大通り』(1951)『アパートの鍵貸します』(1960)の巨匠ビリー・ワイルダーが映画化したサスペンス。
未亡人殺しの容疑者とその妻をめぐるスリリングな法廷劇が繰り広げられます。
『スエズ』(1938)のタイロン・パワーと『モロッコ』(1931)のマレーネ・ディートリッヒが共演しています。
公開時には、エンドクレジットに「結末を決してお話にならないように」というナレーションが入るほど、驚きのどんでん返しが大きな話題となりました。
ビリー・ワイルダーならではのウィットとユーモアに富んだ展開と、マレーネ・ディートリッヒの美貌と演技力に圧倒される名作の魅力をご紹介します。
映画『情婦』の作品情報
【公開】
1958年(アメリカ映画)
【原作】
アガサ・クリスティ
【監督】
ビリー・ワイルダー
【脚本】
ビリー・ワイルダー、ハリー・カーニッツ
【編集】
ダニエル・マンデル
【出演】
タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ、エルザ・ランチェスター、チャールズ・ロートン、トリン・サッチャー、ジョン・ウィリアムス、ヘンリー・ダニエル、フランシス・コンプトン、イアン・ウルフ
【作品概要】
アガサ・クリスティの短編『検察側の証人』を、『サンセット大通り』(1951)『アパートの鍵貸します』(1960)の映画化。
主演の『モロッコ』(1931)のマレーネ・ディートリッヒのたっての希望により、巨匠ビリー・ワイルダーが監督を務めた一作です。
未亡人殺しの容疑者を『スエズ』(1938)のタイロン・パワーが演じ、スリリングな法廷劇を繰り広げます。
実質的な主人公・老弁護士をチャールズ・ロートン、その付き添い看護婦役には、実生活のロートン夫人であるエルザ・ランチェスターが扮してます。
映画『情婦』のあらすじとネタバレ
入院していた重鎮の老弁護士ウィルフリッド卿は、口うるさい付き添い看護婦のミス・プリムソルとともに退院しました。
タバコも酒も刑事事件も禁止され、文句を言ってばかりのウィルフリッド卿でしたが、二階に上がるためのリフトがすっかり気に入り機嫌が良くなります。
そこに、未亡人エミリー・フレンチ殺しの容疑をかけられたボールという男が、事務弁護士メイヒューに連れられやって来ました。メイヒューからもらった葉巻に火を貸してくれたボールが気に入った卿は、周囲の反対の声に逆らって依頼を受けてしまいます。
ボールはエミリーとの出会い、そして事件当日のことを話しました。彼女の好意を利用したのではないかと卿に聞い正されますが、ボールは必死で無実を訴えます。
妻がアリバイを証明すると言うボールに、ウィルフレッド卿は愛妻の証言は信じられないと冷たく話します。
状況がボールに不利な中、卿が自分の代わりに弁護を任せようとしているブローガン弁護士がやって来て、未亡人が8万ポンドをボールに遺していたことを話します。逮捕される可能性がさらに高まったと話す中、さっそく警察が迎えにやってきました。
ボールは遺産について知らなかったと弁明しますが、そのまま連行されます。
看護師に叱られたため休もうとしていた卿の前に、ボールの美しい妻・リスチーネが現れました。彼女は冷静に、夫が逮捕されるだろうと思っていたと話します。
クリスチーネは夫と未亡人との交際を知っていました。そして、ボールは自分の本当の夫ではないという衝撃的な事実を話します。彼女は東ドイツに夫がいましたが、生きていくためにボールには秘密にしていました。
夫を愛しているかと聞かれたクリスチーネはこたえずに立ち上がり、彼のアリバイは成立させるから心配いらないと言って立ち去ります。卿は呆然と見送ってから、ブローガンに向かって自分がボールの弁護を引き受けると言いますた。
ウィルフレッド卿が弁護を引き受けてくれたことを聞いてボールは喜びますが、妻と会えない不安を吐き出します。彼は戦地の酒場で歌っていたクリスチーネとの馴れ初めを話しました。
しかし、卿は、外国人で法律用語に弱いクリスチーネを証言には呼ばないとボールに話します。ボールは妻なしでは耐えられないと訴えながら連れて行かれました。
映画『情婦』の感想と評価
ユーモアとスリルを堪能させるワイルダーの魔法
アガサ・クリスティの傑作ミステリーを、スクリーンの魔術師ビリー・ワイルダーが映像化した名作『情婦』。原作の持つ骨太な魅力を損なうことなく、老弁護士のユーモラスな描写を交えたワイルダーテイストに見事に仕上げました。
ヒロインのクリスチーネを演じた名優マレーネ・ディートリッヒたっての願いで、ワイルダーが監督を務めることとなったといいます。ふたりの深い信頼関係が伝わってくる素晴らしい作品です。
チャールズ・ロートン演じる主人公のウィルフレッド卿は、茶目っ気たっぷりな法曹界きっての老獪な名弁護士です。心臓の病で入院していた彼は、退院してからも看護師の目を盗んで酒や葉巻を楽しみ、禁止されている刑事事件も引き受けてしまいます。
厳しくウィルフレッド卿を監視する優秀な看護師のミス・プリムソルとの攻防が、なんともユーモラスで笑わせてくれます。実生活でもロートンの妻であるエルザ・ランチェスターが演じているので、素晴らしく息もぴったり。ふたりの掛け合いは本作の見どころのひとつとなっています。
そのほかにも、階段が負担にならないようにと取り付けられたリフトを気に入ったウィルフレッド卿が、上がったり下がったり楽しむ場面や、彼のために用意された超巨大なバミューダパンツなど、コミカルなシーンが満載です。
しかし、その一方で、卿の勘の鋭さや老獪さもあますことなく描かれ、彼の魅力を存分に描き出しています。
物語の終盤、思いもかけない展開を迎えるスリリングな空気感の中、ショックによりダメージを受け続けるウィルフレッド卿の体調への心配という思いがけないスリルまで味わえることでしょう。
すべてを知ったウィルフレッド卿の新たな決断と、彼の思いを理解して受け入れたミス・プリムソルの人間味ある温かさと深い絆に心癒される一作となっています。
魅力あるふたりのメインキャストに加え、誰でも魅了してしまう人たらしのボールを演じるタイロン・パワー、彼を愛し抜く熱い女性クリスチーネを演じたマレーネ・ディートリッヒのバランスも素晴らしく、完璧なキャスティングに唸らされることでしょう。
ディートリヒの放つ唯一無二の存在感
本作の一番の見どころは、なんといってもディートリッヒの放つ麻薬のような魅力です。
前半では、私たちのイメージ通りのディートリヒが登場します。いつもクールで、時折見せる色香にハッとさせられる女性です。ボールと初めて出会った酒場のシーンは、これぞディートリヒ!と言いたくなるほど彼女らしい場面となっており、妖しい魅力に満ちています。思わず男たちがふるいつきたくなるのも頷けます。
破られた黒いパンツのすき間から見える美しい脚線美に、思わず目を奪われることでしょう。ディートリヒの退廃的な色気は、本作の肝でもあります。なぜなら、後半の彼女は、これまでとは全く異なる演技を見せるからです。
ディートリッヒ演じる氷のような美女クリスチーネは、実はとても熱い情念の持ち主です。彼女は自分を劣悪な状況から救い出してくれたボールを心から愛していました。
女優のクリスチーネは、架空のはすっぱで下品な女に化け、ウィルフレッド卿を見事に騙します。私たち観客も、女がディートリッヒだとは決して気づけないほどの見事な化けっぷりです。声の出し方、イントネーション、見開いた大きな目、下品な視線、どれもが私たちの知るディートリッヒとは似ても似つかないものでした。本作の成功は、彼女の卓越した演技力があってこそと言えます。
法廷に戻ってからのクリスチーネもまた、ディートリッヒのこれまでのイメージを覆す姿でした。手紙が見つかり狼狽して卿を口汚く罵ったり、涙を流して崩れた顔で証言したり。その後、裏切った男を刺し殺してから肩を落として法廷を出ていくみじめな姿も、これまでの誇り高きディートリッヒとは一線を画す役だったと言えるでしょう。
クリスチーネの持つ逞しさ、凄みを見せつけられたからこそ、ウィルフレッド卿、そしてミス・プリムソルも、彼女を見放さずできる限りのことをしてあげようという気持ちになったに違いありません。
まとめ
アガサ・クリスティの傑作短編を見事に映像化した古典の名作『情婦』。
タイロン・パワーとマレーネ・ディートリッヒという美男美女が放つ強い輝き、実生活でも夫婦である弁護士・ウィルフレッド卿役のチャールズ・ロートンと看護婦役のエルザ・ランチェスターとの息ぴったりの掛け合いなど、見どころたっぷりの一作です。
いくつもの伏線を経ての大どんでん返しに驚かされるものの、悲劇で終わらせないワイルダーならではの人間味あるエンディングに、心が温まることでしょう。
この素晴らしい余韻こそ、魔術師ワイルダー作品を観る最大の楽しみと言えるのかもしれません。