ネイティブアメリカンの保留地で発生した、少女の殺害事件を物語の軸に、アメリカが抱える闇を描くサスペンス映画『ウインド・リバー』。
実際の問題をテーマにした本作の、見どころや作品の背景などをご紹介します。
CONTENTS
映画『ウインド・リバー』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
Wind River
【監督】
テイラー・シェリダン
【キャスト】
ジェレミー・レナー、エリザベス・オルセン、ジョン・バーンサル、ジル・バーミンガム、ケルシー・アスビル、グレアム・グリーン、ジュリア・ジョーンズ、テオ・ブリオネス、タントゥー・カーディナル、エリック・ラング、トカラ・クリフォード、マーティン・センスマイヤー、オースティン・グラント、イアン・ボーエン、ヒュー・ディロン、マシュー・デル・ネグロ、ジェームズ・ジョーダン
【作品概要】
ワイオミング州、ネイティブアメリカンの保留地「ウインド・リバー」。
雪山で発見された少女ナタリーの死体、第一発見者で野生生物局に勤めるハンターのコリーは、部族警察長ベンの要請で、新人FBI捜査官のジェーンと共に、犯人の捜索を開始。
果たして犯人は誰なのか?そして事件に隠されたアメリカの闇とは?
主演は『アベンジャーズ』シリーズのホーク・アイ役などで知られるジェレミー・レナー、監督は『ボーダーライン』(2015)『最後の追跡』(2016)の脚本を担当したテイラー・シェリダン。
白人社会とネイティブ・アメリカン社会の対立
本作『ウインド・リバー』は、ネイティブアメリカンの保留地「ウインド・リバー」で発生した、殺人事件を中心に物語が進んでいきます。
作品の舞台となる、ネイティブアメリカンの保留地とは、かつてネイティブアメリカンが生活していた農業に最適の土地を、大陸から来た白人達が占領しました。
当時のジャクソン大統領が、1830年に制定した「インディアン強制移住法」で、ネイティブアメリカンは、政府が用意した保留地へ強制移住させられ、「ウインド・リバー」はロッキー山脈の隣に位置し、冬は雪に閉ざされる辺境の地となります。
この一連の出来事で、白人社会とネイティブ・アメリカン社会の間に、修復不可能とも言える溝ができ「アメリカ最大の失敗」とも語られています。
作品内でFBI捜査官のジェーンを「ウインド・リバー」の住人が毛嫌いしていたり、アメリカの国旗を逆さにしているシーンがありますが、これは歴史的な理由から、白人への敵意を表現しています。
無法地帯と化した保留地の闇
ネイティブ・アメリカンは、辺境の地に強制的に移住させられただけでなく、白人との同化政策により、独自の文化を破壊された上、貧しい生活を送る人が増えるようになります。
現在でも、自分の生活に希望を持てず、アルコールやドラッグなどに依存する人が多く、犯罪が多発し社会問題となっています。
保留地は連邦政府の土地となっており、事件が発生しても州警察や市警察は動かず、事件に介入するのはFBIのみとなります。
その為、作中でも登場した独自の警察組織、部族警察が組織されています。
また、事件として扱われなければ、死亡者数も行方不明者数も調査されないという実態があり、数多くの事件が発生しているにも関わらず、失踪者、死亡者数の人数が解明されていません。
本作のラストで表示されるテロップ「数ある失踪者の統計にネーティブアメリカンの女性のデータは存在しない。実際の失踪者の人数は不明である。」は、こういった社会的な背景が原因となっています。
作中で、一度自然死になりかけたナタリーの死因を、暴行を受けた際の傷跡からからジェーンが、必死で殺人事件として扱おうとしたのはこの為です。
保留地では、レイプは犯罪として立証されない為、ジェーン達は他の管轄に渡さないように、極秘で捜査を進めていました。
『ウインド・リバー』が扱っているテーマは、この無法地帯と化した保留地の闇の部分となります。
保留地の光となるカウボーイ
本作では、ナタリー殺害の真相を、3人の捜査官が追っていきます。
部族警察長のベン、FBIの新人女性捜査官ジェーン、野生生物局ハンターのコリー。
中でもコリーは、時にはナタリーを失った父親のマーティンの良き友人となり、時にはナタリーの兄に父親のように接しており、保留地の人々の支えとなっています。
ですが物語の途中で、ナタリーの兄の「あんたは、ここの人間じゃないだろ?」という言葉から、コリー自身も余所者である事が分かります。
ここで興味深いのがコリーの風貌、テンガロンハットを被り、常に無愛想な表情を浮かべ、カウボーイのような印象を受けます。
監督のテイラー・シェリダンは、コリーを「おしゃべりなカウボーイ」と表現しています。
カウボーイと言えば、西部劇に登場しインディアンと戦う印象が強いですが、カウボーイ風のコリーは、先住民族の支えになろうとしているのです。
本作を西部劇と比較する人は多いですが、コリーは土地を奪うのではなく、逆に守り続ける保留地の光となるカウボーイという印象を受けます。
これは、かつて先住民族を悪者として描き、先住民族を倒していくカウボーイや騎兵隊を、ヒーローとして描いていた西部劇への、アンチテーゼにも感じます。
成功しようが失敗しようが作らなければならなかった映画
ネイティブアメリカンの先住民の生活や環境について、アメリカ国内でも、あまり知られていません。
本作の監督、テイラー・シェリダンも「ウィンド・リバーで、異常にレイプ事件や女性の行方不明者が多い」という記事を読み、現地でネイティブアメリカンの信頼を得て、協力してもらいながら取材を重ねました。
テイラー・シェリダンは「この作品は成功しようが失敗しようが作らなければならなかった映画だ」と語っています。
また、雪山での撮影は過酷で、カメラを乗せる台車や、カメラを安定させる装置などは使用できず、手持ちカメラでの撮影しか方法がありませんでした。
手持ちカメラは見苦しくなる可能性があり、テイラー・シェリダンは「リスキーなアイデアだった」と語っています。
確かに手振れが気になるシーンはありましたが、それが逆にこの作品にリアリティを与えていたと思います。
特にナタリーの死体をコリーが発見するシーンは、死体の様子を手持ちカメラで撮影している為、何とも言えない不安な感覚から、息苦しさを感じました。
テイラー・シェリダンは「物語が映しだすものが社会に反映され、何らかの変化を起こすこと」を願いながら本作を制作しました。
テイラー・シェリダンの熱意が込められた本作は、第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて監督賞に輝きました。
また当初は、全米4館の限定公開でしたが、口コミで話題が広がり公開4週目には2095館へと拡大され、6週連続トップテン入りを記録、「アメリカ人の観客の共感を得られるとは思っていなかった」テイラー・シェリダンは「共感を得られた事がありがたかった」と語っています。
エンターテイメント映画として高い完成度
ここまで読んでいただけると、アメリカの問題を描いた、重苦しい難解な作品と感じる方もいるかもしれませんが、本作はエンターテイメント映画として完成度が高いです。
テイラー・シェリダンは「誰も、わざわざお金を払って説教くさい映画を見たくはない」と考えており、「観客を楽しませる事が真っ先に来なければならない」と語っています。
特に、人物描写が優れていたと思います。
新人FBI捜査官のジェーンは、何も知らないまま薄着で事件現場に到着した所から、次第に「ウィンド・リバー」の闇に気付き、全力で事件の真相に挑むようになります。
部族警察長ベンは、FBIが寄越したのが新人女性捜査官のジェーン1人である事と、あきらかにジェーンが雪山を甘く見ていた事から、当初は呆れた様子を見せます。
ですが、ナタリーの死を安直に自然死と扱わずに、事件の真相を解明しようとするジェーンの熱心さから、ジェーンをサポートしながら、捜査を続けて行きます。
コリーも、当初はジェーンへの協力を「子守」と呼びながらも、自身の過去に繋がる理由から、ナタリー殺害の真相を究明しようとします。
規則に乗っ取った捜査をするジェーンと、自由に動くコリーは、対照的に思えますが、ジェーンは次第にコリーの悲しい過去や、優しさに触れていき、心から信頼しあえるチームとなっていきます。
そして、事件の真相が明らかになった時、悪党に一切容赦しないコリーの、ヒーロー的なカッコ良さを楽しめます。
まとめ
本作がアメリカで話題になったのは、トランプ政権の移民政策に対する反感があるかもしれません。
テイラー・シェリダンは、脚本家として、メキシコ国境地帯の麻薬戦争を描いた2015年の映画『ボーダーライン』や、銀行強盗を繰り返す兄弟の姿を通して、衰退していくアメリカを描いた2016年の映画『最後の追跡』に携わっています。
そして、今作では自らが監督として「アメリカ社会から、隔離された人達の闇と悲劇」を描いています。
映画は、作品にその時の時代性を感じる事が面白さの1つですが、今作はアメリカの「今、現在」の空気を反映させた映画ではないでしょうか。
日本でも、2018年は『万引き家族』が大ヒットしました。
この作品は、社会から外れてしまい「忘れられながらも生きていかなければならない人達」の物語だと思います。
世界的に「格差のある社会」というのは問題になっている、その事に皆が危機感を抱いているのではないかと感じました。
本作はエンターテイメント映画として本当に楽しめますが、映画の設定や背景などが分かれば、さらに印象に残る作品となっています。