思い込みが記憶をすり替えた、連続殺人の真の犯人像とは?
映画『サスペリア2』は、『ゾンビ』(1978)、『フェノミナ』(1985)を手掛けた、イタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェント監督による、サスペンススリラー作品です。
邦題に“Part2”と入っているのは日本での公開が1978年で、日本で1977年に公開された『サスペリア』が大ヒットしたのにあやかってつけられました。
つまり、『サスペリア』の続編ではありません。逆にPart2の本作が原題の「Profondo Rosso」で先に制作され、イタリアで1975年に公開されています。
本作の見どころは、すでに真犯人が登場しているにも関わらず、それに気がつかずストーリーが進む、視覚トリックです。この手法は「映画秘宝EX最強ミステリ映画決定戦」で高く評価されました。
“重要なものを見ているのに見過ごしている”と、いうトリックは主人公目線ですが、鑑賞者自身もこのトリックに惑わされます。
アルジェント監督のデビュー作『歓びの毒牙 』(1970)でも、この視覚トリックが採用されています。
映画『サスペリア2』の作品情報
【公開】
1975年(イタリア映画)
【原題】
Profondo rosso
【監督】
ダリオ・アルジェント
【脚本】
ダリオ・アルジェント、 ベルナルディーノ・ザッポーニ
【キャスト】
デヴィッド・ヘミングス、ダリア・ニコロディ、ガブリエレ・ラヴィア、マーシャ・メリル、クララ・カラマイ、ニコレッタ・エルミ、エロス・バーニ、グラウコ・マウリ
【作品概要】
主演のデビッド・ヘミングスは、カンヌ国際映画祭にて1967年にパルム・ドールを受賞した『欲望』で俳優デビュー、後に監督として『別れのクリスマス』(1973)で、ベルリン国際映画祭の監督賞を受賞しています。
女性記者ジャンナ役のダリア・ニコロディは、アルジェント監督と公私に渡るパートナーで、本作が初の監督と出演者コンビの作品です。オカルトに精通していた彼女は、『サスペリア』の企画者として参加しています。
2021年6月18(金)~7/1(木)、4Kレストア版ブルーレイ発売を記念して、シネマート新宿・心斎橋で2週間上映。
映画『サスペリア2』のあらすじとネタバレ
惨劇の始まりは、クリスマスツリーが飾られた屋敷の部屋です。
ハーモニーと童謡を歌う子供の声が流れていて、突然叫び声がしたかと思うと、誰かが何者かにナイフで刺される様子が、部屋の壁にシルエットで写ります。
そして、引き抜かれた血まみれのナイフが床に転がると、白のハイソックスに、黒いエナメルの靴を履いた、子どもの足が近づいていきます…。
時と場所は変わり、劇場では“超心理学会”が講演会を催し、自然界に存在するテレパシーを継承した、テレパシストのヘルガ・ウルマンがその能力を披露します。
例えば、聴衆の1人を指しポケットの中で、4本の鍵の束を握っていることや、その聴衆の名前を言い当てます。
ところが、ヘルガは突然パニック状態に陥り、何かに怯え始めます。会場の中に強い殺意が漂っていると感じ、自分がそのターゲットになっているからです。
彼女は刃物で何度も切りつけられる感覚に襲われ、そして一点を指すように「もう、殺してるわ、また殺す気ね」と言い、屋敷から子供の唄声も聞こえてくると言います。
会場が豹変するヘルガに集中する中、退席し出て行く聴衆がいます。ヘルガは屋敷では惨劇があり、全てが秘密で屋敷の中に閉じ込め、隠す必要があるとつぶやきました。
退席した人物はトイレに行き、皮手袋を手にはめます。
講演が終了しヘルガは主催者の教授に、あの場では言えなかったことがあると告げ、内容をレポートにしておくと言います。
アパートへ帰ったヘルガは、講演での出来事をレポートにまとめながら、友人と電話をしているとドアのチャイムが鳴ります。
ヘルガが玄関まで行きますが、突然ドアが破壊され何者かが侵入してきます。その人物は斧を振り上げ、彼女に襲いかかりました。
必死で逃げるヘルガを執拗に斧で切りつけ、窓際に追い詰められた彼女は、致命傷となる一撃を受け、勢いで割れた窓ガラスの破片で首を裂き、無残な最期を遂げました。
その頃、演奏の仕事でイタリアに来てるアメリカ人ジャズ・ピアニストのマークは、仕事がうまくいかず酔いつぶれた、ピアニスト仲間のカルロと一緒にいます。
2人はどこからかする悲鳴を聞きますが、カルロはよくあることと気にしません。ところがマークは窓際に追い詰められ、何者かに襲われるへルガの姿を目撃します。
マークはとっさにヘルガの部屋に向かいます。廊下には不気味な絵画がいくつも飾られ、それを横目に観ながら、ヘルガのもとへ駆けつけます。
マークは割れたガラスに首が刺さった状態のエルガの体を下ろし、ふと窓の外に目を向けると茶色のロングコートに、帽子を被った“男”の後ろ姿を見ます。
警察の捜査が入るとマークは、廊下に飾られた絵画に違和感を感じはじめます。しかし、現場の保存は捜査の鉄則と言われます。
マークは茶色いコートを着た“男”が逃げて行くのを見たと証言していると、女性ジャーナリストのジャンナ・ブレッチィが押しかけてきます。
ジャンナは被害者のことを“人の心を読む”有名人だから、特ダネになると言います。そして、マークの姿を見つけると、第一発見者だと直感し写真を撮ります。
マークは事情聴取のため連行され、4時間後にやっと解放されて戻ってくると、カルロはまだ酒をあおっていました。
自暴自棄のカルロを心配するマークですが、自宅へ帰ろうとしたときマークは、カルロが犯人と思しき男を見なかったかたずねます。
カルロは「男?」と聞くと、茶色いコートを着た男だと説明すると、彼は確かに見たと答えます。
そして、事件現場の絵が一枚なくなっていることを不審に思い、カルロに話すとその絵に“重要な意味”が、あるのではないかと答えます。
マークは絵が無くなっていることよりも、そこに描かれていた奇妙な顔に違和感を感じていると言います。
カルロはマークが見たと思っていることは、記憶の中で混同しているだけで、そこに真実はなく真実だと思い込んでいるだけで、実は記憶がすり替わっていると言います。
映画『サスペリア2』の感想と評価
推理サスペンスには最初から、真犯人がわかっているケースがありますが、本作は真犯人を目撃していながら、最後まで観ないとわからない、視覚トリックが採用されています。
“視覚トリック”なので、主人公が最初に抱いた印象が真犯人解明を邪魔したと言ってよいでしょう。
それは、思い込みによる記憶のすり込みで作り上げた、“虚偽記憶”もあわせ持ったトリックでした。
記憶のすり込みトリック
主人公のマークはヘルガの部屋で見た、鏡に映り込む絵画にマーサの顔を見ていました。ところが部屋の窓から逃げ去るような後ろ姿を目撃した時は、ハットに茶色のレインコート、殺害方法などから“男”だと思い込みます。
その真犯人らしき最初の目撃が、“すり込み”による記憶となって、鏡に映り込んだ絵画の記憶があいまいになったのです。
つまり、自分の見た現実と思い込みによる“虚偽記憶”が、さも事実のように残ってしまうという仕組みです。
カルロが幼少期に母親の殺人を目撃したショックはトラウマとなり、母親からなかったことにするよう記憶をすり替えられます。
しかし、カルロは目撃した事実と母からのすり込みに葛藤し、自分に言い聞かせ“虚偽記憶”に支配され精神に障害をきたしました。
終盤に屋敷で起きた惨劇を壁に描いた、カルロの過去を明かしたことで、“男”、“殺人”、マークの行動を知りうる人物という情報が、真犯人はカルロでは?と思わせます。
更にカルロがジャンナをナイフで刺し、銃をマークに向けたあたりで、彼に真犯人の要素が増えます。しかし、勘の良い方なら殺害方法に疑問も抱いたはずでしょう。
犯行に躊躇する気持ちがあり、残忍さがなかったからです。
そして、記憶力の良い人であればすぐにピンときます。ヘルガの部屋から犯人らしき姿を見た時、カルロの姿もあり、マークと一緒に悲鳴を聞いたからです。
真犯人に迫る伏線とは
マークは真犯人は“男”と思い込みますが、ストーリー内ではそうとは限らないという伏線がいくつかありました。
それがジャンナの存在です。彼女はまだ男社会だった記者を仕事にし、マークとの腕相撲も引けを取りませんでした。
つまり、マークの“女性とはこうあるもの”といった、固定概念は払拭するべきという伏線です。
カルロの恋人マッシモは男性でありながら、マークがイメージする女性らしさがあったことで、強くたくましいのが男性とはかぎらないと意味させます。
そして、真犯人のマーサは“元女優”だったので、男性ぽい衣装に身を包めば、それらしい仕草や声色もできるので犯行には十分でした。
マークが推理した犯人像からいち早く消された、マーサこそが真犯人だったという、どんでん返しは本作が見せたかった真骨頂の結果です。
『サスペリア2』は被害妄想から精神を病んだ妻が夫を殺害し、目撃者の息子カルロに秘密を共有させた、サイコパス母が犯した悲しい惨劇でした。
まとめ
映画『サスペリア2』は日本で公開されたときは、106分の劇場版でした。今回、ご紹介したのは126分の完全版からのレビューとなりますが、内容自体は劇場版部分です。
当初、劇場版を観た人が完全版DVDの発売に、上映不可能だった過激なシーンがあるはずと、期待が高まったといわれています。
ところが追加されていたのは、登場人物の何気ない日常シーンなどでした。マークとカルロがピアノで連弾するシーン、警察官同士の会話やマークとジャンナの恋のかけひきなどです。
スプラッター映画ファンからは、多少がっかり感があったようですが、残酷シーンの合間にある、何気ないシーンが日常に潜む残虐事件として、妙にリアルな恐怖感を抱かせたともいえます。
本作はアルジェント監督の“視覚トリック”というアイデアが、サスペンスやホラー映画に革新的な効果を施し、多くのファンをとりこみました。
近年、科学的にも実証されてきた、記憶とは自分に都合よく書き換えられる仕組みが、この『サスペリア2』には盛り込まれているので、今観ることで作品が放つ斬新さが体感できるでしょう。