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『[窓]MADO』映画あらすじ感想と評価解説。実際の事件を基に煙草が火種となった“窓を閉じる人間”の心理を描く

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

映画『[窓]MADO』は2022年に封切り後、2023年12月2日(土)より大阪・第七藝術劇場にて公開、12/2(土)、3日(土)は、西村まさ彦、大島葉子、麻王監督舞台挨拶予定。12月9日(土)より横浜シネマジャック&ベティ、2024年2月に神戸・元町映画館にて劇場公開!

郊外の団地で暮らす「A」家は、階下の「B」家の部屋から来るタバコの煙害に苦しめられ「化学物質過敏症を発症した」として裁判を起こしました。

映画『[窓]MADO』は、裁判の過程で資料として公に提出された、「A」家の夫が書き記した4年に渡る日記からヒントを得て制作した作品です。

現代社会の問題に深く切り込んだ本作で監督を務めたのは、裁判で直訴された「B」家の息子であり、映像ディレクターとして活躍する麻王。本作が初長編作となりました。

様々な作品で名演を見せてきた西村まさ彦を主演に迎え、『楽園』(2019)の大島葉子や『台風家族』(2019)のMEGUMIらが顔を揃えました。

映画『[窓]MADO』の作品情報


(C)2022 towie LLC

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
麻王

【音楽】
板倉文、Ma*To

【キャスト】
西村まさ彦、大島葉子、二宮芽生、慈五郎、MEGUMI、小林涼子、小川美潮、細井学、荻野みかん、関口アナン、山本純嗣、大熊一弘、モロ師岡

【作品概要】
郊外の団地で暮らす「A」家が、階下の「B」家の部屋から来るタバコの煙害に苦しめられ「化学物質過敏症を発症した」として損害賠償を求めた横浜・副流煙裁判。

本作は実在の裁判である「横浜・副流煙裁判」で「A」家に訴えられた「B」家の息子本人である監督・麻王が、「A」家の夫が残した手記を基に、裁判の顛末を客観的に見つめ描き出しました。

食い違う「A」家と「B」家の主張から、窓を閉ざして人の意見を聞かず、自分の考えに盲信的になり、噂を信じて実際に調査をしようとはしない、無関心な社会の様子を浮き彫りにします。

様々な役柄を演じてきた西村まさ彦が主演を務め、『楽園』(2019)の大島葉子や『台風家族』(2019)のMEGUMI、『MIRRORLIAR FILMS Season3』(2022)の二宮芽生、『キングダム』(2019)の慈五郎などが顔を揃えました。

映画『[窓]MADO』のあらすじ


(C)2022 towie LLC

郊外にあるすずめ野団地に住む、英夫、英子、娘・英美の3人家族である江井家。

ある時から、娘・英美が階下に住む備井の部屋から流れてくる煙草の煙害に苦しめられ、激しく咳き込むように。備井家は江井家と同じく、美井夫、美井子、娘・美井美の3人家族です。

管理人の立ち会いのもと両者は顔を合わせ「美井夫の煙草が原因で英美が苦しんでいるので、煙草をやめてほしい」と江井家は備井家に伝えます。

美井夫は「確かに煙草を吸っているが、吸っているのは防音室だ」「本当にその煙が原因なのか」と答えますが、管理人は「火のないところに煙は立ちませんから」と備井家が今後気をつけることでその場を穏便におさめようとします。

しかし、その後も英美の症状はおさまるどころか悪化。さらに英子までも症状がひどくなっていき、病院で「化学物質過敏症」の可能性があると言われます。

同じ症状の英美も「化学物質過敏症」に違いないと医師は診断もせずに診断書を書き、それを証拠に江井家は備井家相手に訴訟を起こしました。

訴訟が始まった後も英美と英子の症状は悪化していく中、その様子に憤りを感じた英夫は日々備井家の様子を観察し、記録につけ始めます……。

映画『[窓]MADO』の感想と評価


(C)2022 towie LLC

火のないところに煙は立たないのか?

本作は、実際に起こった煙草による副流煙を巡る裁判を基に劇映画化した作品であり、監督を務めたのは訴訟された家族の一人息子である麻王でした。

しかし、どちらか一方に肩入れして描くのではなく、客観的な立場で双方の主張を描き、そこから見えてくるものを観客に突きつけます。それは、どちらの主張も一方的であり、第三者がきちんと介入していない現状です。

英美は医師の診察をきちんと受けた上で「化学物質過敏症」の診断を受けたわけではありません。また英美が本当に「化学物質過敏症」だとしても、その原因は本当に煙草の副流煙のみだと断定できるのかという点も曖昧なままです。

きちんと調査して原因を見極めるべき点はいくつもあるのに、表面的な主張のみでこの問題を判断しようとすることに危険性があり、美井子は「どう見てもおかしいのに、誰も調べようとしない」と嘆きます。

また裁判の前に、美井夫は本当に自分が原因なのかを見極めるため禁煙していたと言います。しかし「吸っていないと主張しているだけで、煙草をやめていないのだろう」と英夫は決めつけます。そして「やっていないことを証明することはできない」という美井子の主張は誰にも届きませんでした。

他者との対話を拒み「窓」を閉じる

どんどん症状が悪化し、家の中でもマスクをしないと生活できない状態になり、外に出歩くこともできなくなっていく英美の姿は痛々しく映ります。しかし原因が分からなければ、治るものも治すことができないはずです。

一見被害者かのようにも見える江井家にも隠してきた不都合なことはあり、観客は誰が被害者で誰が犯人なのか分からなくなっていきます

SNSが発達した現代社会において「加害者と被害者」という対立構図は簡単に仕立て上げられてしまいます。当事者ではない第三者は、表面的なことしか見ようとせず、加害者に仕立て上げられた人々の届かない主張に耳を傾けることもありません。

無関心と無責任な第三者の誹謗中傷によって傷つき、新たな被害者が生まれていることにも無関心です。その構図を象徴的に表しているのが「」だと言えるでしょう。

閉ざされ、ビニールで覆われていく江井家の窓は、対話を拒みうちに籠り、妄執に囚われていく人間の姿と重なります

また団地に住む人々から避けられていく美井子の姿は、一方的に窓を閉められ拒絶されたかのような印象を受け、孤立していく備井家の姿を象徴しているのです。

何より必要だったのは、窓を開け放ち対話をすること、第三者がきちんと介入することだったのではないでしょうか。

まとめ


(C)2022 towie LLC

本作の主題歌に使われている楽曲『窓』は、1991年に発表された曲で、美井夫として登場する監督の父親・Ma*Toが作曲した曲です。

また映画冒頭ではベランダで歌う英美の姿が映し出されます。のびやかな声で歌っていた英美が激しく咳をするようになり、次第に支えがないと歩けなくなり、寝込むようになっていきます。

消耗し、息も絶え絶えになりながら掠れた声で歌う英美の姿は痛々しく、本作の“一番の被害者”は誰なのか、と複雑な思いが込み上げます。

そんな英美の歌声を黙って聴いているのが、備井家の娘である美井美です。劇中では娘になっていますが、この美井美こそが監督・麻王の立場といえます。孤立していく両親、消耗していく英美の姿を見つめていた美井美は、一番客観的にこの問題を見ていたのかもしれません。

食い違う双方の主張、事なかれ主義でまともに調査しようとしない行政。そして噂が飛び交い、偏見の目を向ける団地の住人たち

そこには、いつの時代も変わらぬ保身的な集団心理の構図があるのです。

2023年12月2日(土)より大阪・第七藝術劇場にて公開、12/2(土)、3日(土)は、西村まさ彦、大島葉子、麻王監督舞台挨拶予定。12月9日(土)より横浜シネマジャック&ベティ、2024年2月に神戸・元町映画館にて劇場公開!


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