ベールに包まれた北に潜入した工作員が見た祖国の闇とは?実話に基づく問題作が公開
『タクシー運転手』『1987、ある闘いの真実』など、歴史の裏側に秘められた題材に焦点を当てた社会派映画を、次々と送り出している韓国映画界。
その系譜に連なる新たな作品が、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』です。
核開発疑惑に揺れる北朝鮮に潜入、権力の上層部に接触せよとの密命を帯びた、韓国の国家安全企画部の工作員。彼のコードネームは”黒金星”でした。
僅かなミスで命を失いかねない危険な任務を果てに、時の最高権力者・金日正(キム・ジョンイル)に接見を認められるまでになります。
しかしその立場ゆえに、北と祖国が密かに行っていた裏取引を知る事になった”黒金星”。困難な立場に立たされた彼は、祖国を裏切る事になるのか、祖国から見捨てられるのか。
それとも、北が”黒金星”の正体を見破るのか。追い詰められた彼が選んだ決断とは。
CONTENTS
映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』の作品情報
【日本公開】
2019年(韓国映画)
【原題】
공작 / The Spy Gone North
【監督・脚本】
ユン・ジョンビン
【キャスト】
ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、チュ・ジフン、キ・ジュボン
【作品概要】
1990年代北朝鮮内部に潜入し、権力の中枢との接触に成功した韓国工作員の運命を描く、迫真のポリティカル・サスペンス。
監督デビュー作『許されざるもの』で、軍隊の権力構造をテーマに取り上げ、カンヌ国際映画祭の”ある視点”部門に招待されたユン・ジョンビン。その後『ビースティ・ボーイズ』『悪いやつら』『群盗』と、問題作・話題作を手がけた彼の最新作です。
『アシュラ』『哭声 コクソン』で強烈な姿を見せた、韓国を代表する演技派ファン・ジョンミンが、異国で単身スパイ活動に挑む”黒金星”を演じ、その上司を『お嬢さん』のチョ・ジヌンが演じます。
“黒金星”と様々な駆け引きを行う、北朝鮮側の人物として『リアル』『華麗なるリベンジ』のイ・ソンミン、『背徳の王宮』そして『神と共に 第一章 罪と罰/第二章 因と縁』のチュ・ジフンが登場します。
韓国のアカデミー賞とも呼ばれている2018年大鐘賞で、ファン・ジョンミンとイ・ソンミン両名が、主演男優賞を獲得した作品です。
映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』のあらすじとネタバレ
第2次世界大戦後南北に分割統治され、戦争が勃発した朝鮮半島。戦争の休戦後も、南北はスパイを使って水面下で激しく争っていました。
この映画は1990年代に実在したスパイ、黒金星(ブラック・ヴィーナス)を基にしたフィクションです…。
東西冷戦が終結後、核の開発を進める北朝鮮に警戒を強める、韓国の情報機関・国家安全企画部。韓国軍軍人のパク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は、北に潜入する工作員としてスカウトされます。
軍の将校である過去を葬るため、別人の様に振る舞い始めるパク。酒に溺れ賭場に出入りし、知人から借金を重ね自己破産し、軍人であった過去と決別します。
国家安全企画部の室長チェ・ハクソン(チョ・ジヌン)は、謀略で北の核開発を知る教授を韓国の学会に招き、篭絡して核開発の情報を得る事に成功します。
しかし核兵器の開発・保有の実態は、北朝鮮の最高指導者・金日正(キム・ジョンイル)直属の、限られた人物しか知らないと聞かされます。
北朝鮮上層部に接触、核開発の実態を掴む目的で、パク・ソギョンが工作員として派遣される事が決定します。彼のコードネームを”黒金星”(ブラック・ヴィーナス)と名付けるチェ室長。
その手段はパクにビジネスマンを装わせて中国に派遣、北の外貨獲得部門と接触し、信頼を得て徐々に権力中枢に迫ろうとするものでした。
こうして中国に送られたパク。1995年当時、中国では南側の工作員が北側に拉致され、殺害される事件が続いていました。
パクは中国で、北の商品を取り扱う在日同胞の男に接触するなど、北の商品に関心のある韓国人ビジネスマンを装います。
狙いは対外経済委員会の所長、リ・ミョンウン(イ・ソンミン)に接近する事でした。
パクは自分が監視されていると気付きます。北側は彼が利用できる人物か、それともスパイであるかを見極めようとしていました。
しかしまだ北側と接触出来ずにいるパク。そこでチェ室長は北の密輸事業をリークし、中国での外貨獲得事業の妨害を行います。
この工作により北の対外経済委員会は、中国に支払う多額の現金を必要とする事態に陥ります。そこでかねて目をつけていたパクに接触を試みます。
こうしてリ所長に接触したパク。取引に提示された条件は北側への誠意として、現金と南側の機密情報を提供する事でした。パクはチェ室長と相談し、手渡す現金と情報を用意します。
改めて厳重な警備の中、リ所長と接触したパク。傍らには、北の国家安全保衛部の課長、チョン・ムテク(チュ・ジフン)がいました。
パクの経歴を調べ、保衛部の立場から彼が工作員ではないかと、強く疑っているチョン課長。
ビジネスの条件として、チョン課長からスパイになれと要求されたパク。しかし彼は拒絶し、交渉は決裂します。しかしリ所長は、改めて彼と会う機会を設けます。
次の会合でもチョン課長に疑われ、怒りの姿勢を見せたパク。その物怖じしない態度を、リ所長は「浩然の気」と呼んで評価します。
パクはチェ室長から渡された、精巧な偽物のブランド時計を渡し、北側の関心を買う事に成功します。
リ所長もパクが工作員でないか、そして信頼できるビジネスパートナーかを、見極めようとしていました。
パクに長期的な事業の提案を求め、同時に骨董の壺を渡し、売って金に換える様求めるリ所長。
渡された骨董は精巧な偽物でした。これは北側に試されているのだと、パクとチェ室長は考えます。
また韓国の国家安全企画部は、北の核開発の現状を掴むのは容易では無いと判断していました。
そこでパクは北朝鮮国内で、南のCM撮影を行う事業を思いつきます。撮影クルーが北に入国する事で、機密を映像に収める機会が得れると考えたのです。
次の会合で北側に、偽物と見抜いて売ったはした金と返礼品を用意し、自分の才覚とビジネスへの熱意を、リ所長に証明してみせたパク。
そして彼は、リ所長にはCM撮影事業を提案します。
北側での資本主義的なCMの撮影に難色を示されますが、パクはキム・ジョンイル総書記に流れる金額を示し、これを手始めに観光事業を展開、南北の事業と交流を拡大しようと訴えます。
パクの提案を上層部に伝えたリ所長。こうしてパクは北側との、事業を通した接触工作に成功します。
1996年4月5日、韓国の総選挙の6日前に38度線で武力衝突が起きます。その結果韓国世論は保守派に流れ、選挙では金大中(キム・デジュン)率いる野党が破れる結果となります。
北がこの時期に、利益を生むCM事業を中断しかねない軍事行動をとった事、そして同時に韓国国家安全企画部の協力者が、死亡事故で亡くなったとの報道に接し、何か不審を感じるパク。
そんなパクの元に、キム・ジョンイル総書記が面会を求めているとの連絡が入ります。4月27日、ピョンヤンに到着したパクは、市内の招待所と称するホテルに連れていかれます。
そこで面会前の、健康状態の精密検査を受けたパク。それは自白剤を注射でした。意識の無いまま、パクは国家安全保衛部のチョン課長の尋問を受けます。
目隠しをされ、車で招待所から連れ出されたパク。次いで船に乗せられた彼は、銃を突きつけられます。
パクにお前の正体は見破った、と告げるチョン課長。パクはチェ室長から渡された品で、自決する事を覚悟します。
映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』の感想と評価
南北対立を背景にした極上のスパイ・サスペンス
「007シリーズ」に代表される、荒唐無稽なアクション映画がある一方で、ジョン・ル・カレ原作の『寒い国から帰ったスパイ』のように、敵味方が時に手を組む、権謀術策渦巻く世界として描かれる、スパイ映画の世界。
無論『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』は、後者の流れをくむ作品である事は、言うまでもありません。
核開発を巡る諜報戦を期待した方には、意外な展開かもしれません。しかし実話を基に、韓国と北朝鮮の対立の歴史に埋もれた、貴重な事実を描いた映画です。
もっともこの映画を、悪いのは北朝鮮の軍部、さらに悪いのは韓国の旧体制である、という視点で描いた映画と捉える事も可能です。
その一方で北朝鮮の抱える闇、貧困や不法な国際ビジネスなどにメスを入れた作品でもあります。決して”親北”な態度に終わらない、深みを持った作品です。
社会的問題作を世に放つ、ユン・ジョンビン監督らしい作品です。
俳優たちが見せる男たちの演技合戦
この映画の主要キャストは男性のみ。実話ベースという理由もありますが、いわゆるサービス描写や家庭描写といった息抜き部分は、最低限に抑えられています。
その結果登場人物の思惑がうごめく、全編に緊張感の漂う作品になっています。そういった駆け引きを越えて築かれる、男の信頼と友情の姿は、実に美しく感じられるでしょう。
過去の作品同様、この映画の脚本にも参加しているユン・ジョンビン監督。実に見応えのあるポリティカル・サスペンス映画を完成させました。
そしてこの世界を支える、卓越した演技力を持つ韓国男優陣。抑えた演技の中に、感情や思惑を滲み出させる姿は必見。大鐘賞主演男優賞の、ダブル受賞の実績も納得です。
ちなみに劇中に登場する「浩然の気」とは、公明正大で恥じる事の無い、不屈不屈の道徳的勇気を現す言葉。この映画の主人公に相応しい言葉であり、同時にこの映画のテーマを示す言葉でもあります。
まとめ
渋い展開のスパイ映画が観たい、男臭さが魅力の映画が観たい、という方にお薦めの作品『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』。
黒金星を演じたファン・ジョンミンの抑えた演技は、『アシュラ』で見せた『アウトレイジ』的とでも言うべき、日本のヤクザ映画的な演技を知る者は、その違いに驚くでしょう。
その一方で”ビジネスマン”的な卑屈さ、抜け目なさも表現しており、シーン毎で見せる姿に飽きる事がありません。
その相手役で、北側の「浩然の気」を持つ男、リ所長を演じているイ・ソンミン。実は彼の主演作『目撃者』を見ているのに、全く同一の俳優だと気付いていませんでした。
本作に対し『目撃者』では自己中心的で、世の不正義に無関心な小市民を演じていたイ・ソンミン。『目撃者』の紹介記事を書く際に、この映画の出演を確認したはずが、すっかり騙された気分です。
韓国映画を支える男優陣の演技力、そしてその層の厚さには驚かされるばかりです。
タランティーノ映画の様な、マシンガントークを駆使した演出とは異なる、韓国男優陣が演じた、緊張感あふれる会話劇映画としてもお楽しみ下さい。