山本英夫の同名漫画を綾野剛主演で清水崇監督が実写映画化『ホムンクルス』。
記憶と感情を失った男が「ホムンクルス」と呼ばれる存在が見えるようになり、自身の過去と対峙する事になるサイコミステリー『ホムンクルス』。
世界的にも活躍している監督の清水崇が、カルト的な人気を誇る漫画原作をもとに、独特の映像世界を生み出し、人間の深層心理に挑む。
名越役を綾野剛が演じるほか、伊藤役を成田凌が務めています。そして脇を固めるのは内野聖陽、岸井ゆきの、石井杏奈らも演技力を発揮した本作の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『ホムンクルス』の作品情報
【公開】
2021年公開(日本映画)
【原作】
山本英夫
【監督・脚本】
清水崇
【共同脚本】
内藤瑛亮、松久育紀
【キャスト】
綾野剛、成田凌、岸井ゆきの、石井杏奈、内野聖陽
【作品概要】
『殺し屋1』など、独特の作風で知られる漫画家、山本英夫。
その山本英夫の累計発行部数400万部超えを記録した、カルト的な人気を誇る作品『ホムンクルス』を、「呪怨」シリーズで、国内外で人気を誇る監督、清水崇が実写映画化。
主人公の記憶を無くした男、名越を演じるのは、数多くの映画やドラマに出演する人気俳優の綾野剛。
名越を危険な世界に誘う、伊藤を演じるのは、正統派だけでなく「スマホを落としただけなのに」シリーズなどで、異質の演技を見せる成田凌。
ヤクザの組長を内野聖陽が演じる他、岸井ゆきの、石井杏奈ら個性的な俳優陣が脇を固めています。
映画『ホムンクルス』のあらすじとネタバレ
車上生活を送る男、名越進。
名越は過去の記憶が無いまま、ホームレスのような毎日を送っていますが、ホテルのレストランで食事をするなど、何故かお金には不自由していない様子です。
名越が車を停めている、公園に住んでいるホームレスグループは、名越を「あんちゃん」と呼んで、仲間として受け入れながらも、感情の変化を見せない名越を、どこか不気味に感じています。
ある時、名越の車を、奇抜なファッションに身を包んだ若者、伊藤学が訪ねます。
著名な医者の息子で、自身も研修医である伊藤は、名越に「頭蓋骨に穴を開けさせてほしい」と申し出ます。
名越は、その要求を断りますが、伊藤は「あなたじゃなきゃ駄目だ」と食い下がります。
それでも、頑なに伊藤の要求を断った名越ですが、翌日、自身の車がレッカー移動されてしまいます。
再び名越の前に現れた伊藤は「あなたに生きる意味を与える」と伝えます。
伊藤は、名越が過去の記憶や一切の感情を失っている事を知っており、それらを取り戻すために「トレパネーション」と呼ばれる手術を施す事を提案します。
「トレパネーション」は、いわゆる第六感に目覚めさせる手術で、頭蓋骨に穴を開けて、脳に眠る潜在的な能力を開放する事が目的です。
失敗すれば植物状態になりますが、名越は「今も、そんなに変わらない」と伊藤の提案に乗る事にします。
「トレパネーション」を受けた名越ですが、自身に大きな変化を感じません。
伊藤は、名越の第六感を試す為、伏せたカードの図柄を当てるテストを行います。
伊藤から「全ての意識を左側に集中させろ」と伝えられ、名越は左目だけで伏せられたカードを見て、直感で図柄を言い当てます。
実験の成功に伊藤は喜びますが、名越は「偶然だ」と感じ、伊藤の実験にくだらなさを感じます。
伊藤と別れ、繁華街に入った名越が、試しに左目で通行人を見てみると、通行人が奇妙な見た目の、化け物のような存在に見えてしまいます。
驚いた名越ですが、ヤクザの組長にぶつかってしまい、路地裏に連れて行かれてしまいます。
映画『ホムンクルス』感想と評価
山本英夫原作の、カルト的な人気漫画『ホムンクルス』を、「呪怨」シリーズで海外でも知られる監督、清水崇が実写映画化した『ホムンクルス』。
映画『ホムンクルス』は、2つの謎「記憶を失った名越の過去」「『ホムンクルス』とは何なのか?」が物語の主軸になっていますが、一筋縄ではいかない、かなり捻りの利いた作品となっています。
物語を通して伝えられるのは「コミュニケーションの難しさ」
まず序盤では、車で寝泊まりする、名越の様子が描かれており「この男は何者なのか?」という謎が、物語の推進力となります。
名越は車で生活していますが、何故か「アメリカン・エキスプレス」のブラックカードを持っており、ホテルのレストランで普通に食事をするなど、お金には困っていない男です。
その理由について、名越自身も分かっていません。
さらに、名越が車を停めている場所は、一流ホテルとホームレスが溢れる公園の間の道路で「何者でもない、どちら側の人間でもない」という、名越の不安な立ち位置を表現しています。
その名越の前に、突然現れた奇抜なファッションに身を包んだ男、伊藤が現れた事で、物語は急展開します。
伊藤により「トレパネーション」を施された名越が、不気味な「ホムンクルス」が見える能力を持つようになります。
この「ホムンクルス」は、人間が深層心理の奥に眠らせた感情で、いわゆる「トラウマ」なのですが「超合金ロボット」「腰だけが回転する女」など、実に様々な形で表現されています。
特に、女子高生ユカリの「ホムンクルス」と対峙する場面は、1つ間違えると笑えてしまう光景になるところを、常に「恐怖と笑いは紙一重」と語る清水崇監督だからこその、言葉で表現する事が難しい、妙な迫力のある場面に仕上がっています。
名越と「ホムンクルス」の闘いは、一見するとかなり奇妙ですが、実は「カウンセリング」のようなものです。
そして名越が、自身の過去と深層心理にも向き合う展開が、終盤の核となります。
かつての名越は、派手な暮らしを送っていましたが、上辺だけで心は空っぽの男でした。
その名越の深層心理を見抜いた、ななこという女性と暮らすようになりますが、事故でななこを失ったショックから、名越は記憶を無くしたという事が判明します。
かなり変わった展開と、映像表現が印象的な本作ですが、物語を通して伝えられるのは、コミュニケーションの難しさです。
ラストで名越が語る「俺達は、自分の事しか見えていなかったんだ」という台詞も印象的ですね。
病的な現代社会の象徴としての「ホムンクルス」
おそらくですが、人間誰しも「忘れたいぐらい辛い過去」の1つや2つ持っており、深層心理の奥底に眠らせているのではないでしょうか?
それらが無意識の内に「トラウマ」となり、それを形にしたのが、本作に登場する「ホムンクルス」です。
「ホムンクルス」は、誰もが心に闇を抱える、病的な現代社会の象徴とも言えますね。
そして、どんなに親しい間柄の人であっても「絶対に踏み込んでほしくない領域」が深層心理にはあり、それを隠して他人と接し、また相手も必要以上に踏み込まない。
これが、現代社会で誰もが無意識に行っているコミュニケーションではないでしょうか?
そう考えると、かなり異質な形であり、人の「絶対に踏み込んでほしくない領域」が見えてしまう、名越の能力は恐ろしく感じます。
名越と伊藤を通じて問いかけられる、人との距離感とは?
本作のメインキャラクターとなる、名越と伊藤。
この2人は、コミュニケーション能力が、ある意味において欠落しており、対人関係において真逆の問題を抱えていました。
記憶を失う前の名越は、自分の事しか興味が無い男で、他人が全く見えていませんでした。
その事が、ななこを失う原因となってしまいます。
一方の伊藤は、父親に認められなかった事がトラウマになり「他人に認めて欲しい」という強い願望を抱くようになります。
「他人に興味の無い」名越と「他人に認めて欲しい」伊藤、2人は「ホムンクルス」と向き合う事で、それぞれ考え方が変化していきます。
「他人を見つめる大切さ」に気付いた名越は、新たな人生を歩みますが、伊藤は自身に「トレパネーション」を施し、他人のトラウマを見つけ出す方向に進んでしまいました。
名越と伊藤、ラストでの2人の変化を通して、現代社会におけるコミュニケーションの難しさが、テーマとして浮き彫りになったと感じました。
まとめ
誰もが深層心理に抱えているトラウマ。
そのトラウマが見えてしまうという、独特の世界が広がる『ホムンクルス』ですが、込められたテーマは、誰もが必ず悩み、生きて行く中で切り離せない「人との距離感」「人とのコミュニケーション」の難しさです。
ただ、トラウマや人とのコミュニケーションに関しては、受け止め方が人それぞれで、本人からすると重要な事でも、他人からすると「そんな事で、悩んでいたの?」という事もありますね。
本作に登場するヤクザの組長も、正直「そんな事でヤクザになるか?」とも感じましたが、清水崇監督は「ホムンクルスは個々人の深層心理が具現化したもの」で「わからない部分があるほうが真実味がある。」と語っています。
その人の事を、分かったように感じていても、本作の伊藤の台詞でもありますが、全ては自分に都合よく解釈した「幻想」かもしれません。
本作は、あえて説明的な台詞を使用せず、想像させる余白を作り、観賞した人によって、いろいろな解釈ができる作品になっています。
最近の清水崇監督は「他とは違う映画を作ってやる」という意気込みが、作品から伝わってきます。
一筋縄ではいかない展開と、独特の表現で構成された『ホムンクルス』の世界観を味わってみて、あらためて「人とのコミュニケーション」について、考えてみてはいかがでしょうか?