ロックのカリスマ、デヴィッド・ボウイの映画初主演作
『赤い影』(1983)のニコラス・ローグ監督による地球に生きる異星人の愛と葛藤を描くSFカルト作品。
グラムロックの貴公子と呼ばれ人気を博したデヴィッド・ボウイが映画初主演を務めています。
地球にやってきた異星人が、遠い星に残してきた家族を思いながら地球での生活にとらえられていくさまを、切なく美しく映し出す傑作です。
映画『地球に落ちて来た男』の作品情報
【公開】
1977年(イギリス映画)
【原作】
ウォルター・デビス
【脚本】
ポール・メイヤーズバーグ
【監督】
ニコラス・ローグ
【編集】
グレイム・クリフォード
【出演】
デヴィッド・ボウイ、リップ・トーン、キャンディ・クラーク、バック・ヘンリー、バーニー・ケイシー
【作品概要】
『華氏451』(1967)の撮影監督で、『赤い影』(1983)などの監督作を持つニコラス・ローグがウォルター・デビスの同名SFカルト小説を映画化。地球文明のなかに生きる異星人の愛と葛藤を描く一作です。
グラムロックの貴公子と呼ばれ人気を博し、『戦場のメリークリスマス』(1983)など俳優としても活躍したデヴィッド・ボウイが映画初主演を務めています。
『バッフィ ザ・バンパイア・キラー』(1993)のキャンディ・クラーク、リップ・トーンらが共演。
1977年に119分の短縮版が日本初公開されました。その後99年に約140分の完全版として公開された後、2016年ボウイが他界したことを受けて、同年7月にリバイバル公開されています。
映画『地球に落ちて来た男』のあらすじとネタバレ
ニューメキシコの湖に不時着した宇宙船。そこに乗っていたひとりの美しい男は古物商に指輪を売りに訪れ、トーマス・ジェローム・ニュートンと名の書かれたパスポートをみせました。その後、彼は川の水を1杯うまそうに飲みほします。
トーマスは特許に強い弁護士のオリバー・ファーンズワースを訪ね、特許を9つ手にしてW.E.社を立ち上げ成功させます。
ニューメキシコに戻ったトーマスはエレベーターのなかで失神し、メイドのメリー・ルーに助けられました。彼女は酒を飲みましたが、トーマスは水しか飲みませんでした。
一方、教え子の女子学生らと肉体関係を持っていた大学教授のネイサン・ブライスは、ファーンズワースからの誘いにより大学をやめ、W.E.社の高給の燃料分野研究職の仕事を得ます。
ルーと暮らすようになったトーマスはそれぞれ違うチャンネルに合わせたたくさんのテレビをじっと観ていました。裸で湯舟につかるルーに興味をしめさず、自分には妻がいることを話します。
教会に行った帰り、トーマスは宇宙でのことや残してきた家族を思っていました。彼は宇宙船が不時着したあたりで熱心に写真を撮り始めます。
湖畔に車を停め、ここに家を建てようかと言ったきり、ルーがどんなに話しかけてもトーマスは返事をしなくなりました。心配したルーは彼を車に連れ戻します。
車内からトーマスはファーンズワースに電話し、宇宙計画を進めるように指示しました。
映画『地球に落ちて来た男』の感想と評価
地球の水に見放されていく異星人の悲しみ
デヴィッド・ボウイが驚異的な美しさで異星人を演じる幻想的なSF作品『地球に落ちて来た男』。オールヌードでの激しいラブシーンにも挑んだ、ファンには衝撃的な一作となっています。
デヴィッド演じる異星人のトーマスは、故郷の星に残してきた愛する妻子の身を常に案じています。何度もテレビやラジオの電波を使って交信を試みますがうまくいきません。
彼は宇宙事業に乗り出すことを目的にビジネスを立ち上げ成功させますが、それが逆に彼を過酷な運命に追い詰めることとなっていきます。
トーマスの悲劇の過程は、彼と地球上の水との関係性が変わっていくさまからくっきりと浮かび上がります。
地球にやってきた当初、トーマスは川の水をコップに汲んで、そのままうまそうに飲んでいました。彼の星には水がないため、故郷に水を持ち帰ることが彼の悲願でもありました。
地球を満たしている水が彼の生きる源であり、この水にこそ彼がやってきた理由があったと思われます。
お酒好きなルーと付き合うようになっても、彼は水しか飲まずに過ごしていました。しかし、有人宇宙飛行で異種の者として注目されるようになったことから理不尽な迫害を受けることになり、アルコールに依存するようになっていきます。
いつも神経質そうに額にしわを寄せ、悩み深い表情を見せていた美しく物静かだったトーマスは、空砲の銃を鳴らしながら笑い叫ぶという狂気じみた姿を見せるようになります。
悲しいほど美しい純粋さを持っていた彼は、最後には毒されてアル中になっていきます。人の苦しみ、愚かさをそのままかぶってしまった彼の姿にやりきれないほどの悲しみを感じます。
そんな状態になり、アルコールを手放せなくなっても尚、トーマスは故郷の星と交信する試みをやめることはありませんでした。
しかし、誰よりも彼こそが、もう自分の星とつながることも妻子に再会する願いも叶わないことに気づいていたに違いありません。
異端の者を容赦なく迫害する人間の残酷さ、その犠牲となっていく者の悲しみ。ニコラス・ローグ監督は、異星人という架空の存在を通して、人の世の醜い真実を厳しく鋭く映し出しています。
まとめ
グラムロックの貴公子と呼ばれた若き日のデヴィッド・ボウイが絶世の美しさで映画初主演を務めたSF映画『地球に落ちて来た男』。撮影監督出身のニコラス・ローグ監督が、映像の魔術師ならではの幻想的で美しい映像で、異端の者の悲しみを映し出す傑作です。
独特の雰囲気を持つ唯一無二の存在であるデヴィッド・ボウイが、異星から来た謎の男・トーマスというはまり役を、この上なく美しくはかなげに演じています。
いったい彼がどこから来たのかは、最後まではっきりしません。しかし、彼の脳裏によみがえる砂漠のように乾ききった故郷の映像が、彼が持つ水への苦しいまでの切望感をっくっきりと浮かび上がらせます。
愛する妻と子に水を持ち帰りたいという純粋な願いは、人間たちの残酷な好奇心によって踏みにじられ、トーマスは毒されていきます。しかし、彼はどこまで堕ちてもやはり美しいままでした。
トーマスのように美しい魂を持つ異端の者をやさしく受け入れることができない現代世界に対して、この作品が警鐘を鳴らしているように思えてなりません。