日越外交関係樹立50周年記念「ベトナム映画の現在 plus」&「ベトナム映画祭2023」にベトナムを代表する映画作家たちが登壇!
日越外交関係樹立50周年を記念し、近年高い評価を受けるベトナム若手監督の作品を特集する上映会「ベトナム映画の現在 plus」が2023年8月17日~19日にアテネ・フランセ文化センターにて開催されました。
その最終日にはクロージング上映&トークが行われ、ベトナム出身の映画監督ファン・ダン・ジーとブイ・タク・チュエン、映画プロデューサーのチャン・ティ・ビック・ゴック、日本の映画作家である藤元明緒が登壇しました。
また、大阪シネ・ヌーヴォで2023年10月7日〜13日開催の「ベトナム映画祭2023」ではベトナム映画界屈指の問題作『Kfc』が特別上映され、本作を手がけたレ・ビン・ザン監督のリモートQ&Aが行われました。
本記事では、「ベトナム映画の現在 plus」クロージング上映&トーク、『Kfc』レ・ビン・ザン監督のリモートQ&Aの模様をお届けします。
CONTENTS
「ベトナム映画の現在 plus」クロージング上映&トークリポート
ファン・ダン・ジー(映画監督)
アテネ・フランセ文化センターで開催された特集上映会「ベトナム映画の現在 plus」の最終日2023年8月19日には、クロージング上映&トークが行われました。
「日本映像学会アジア映画研究会」代表にして第36回東京国際映画祭・シニアプログラマーである石坂健治による司会進行のもと、ベトナム出身の映画監督ファン・ダン・ジーとブイ・タク・チュエン、映画プロデューサーのチャン・ティ・ビック・ゴック、日本の映画作家である藤元明緒が登壇しました。
「オータム・ミーティング」で広がる“助け合い”の場
まずトークの話題は、ファン・ダン・ジー監督(以下、ジー監督)が30年来の付き合いであるチャン・ティ・ビック・ゴック(以下、ゴック)とともに2013年から主宰し続けている、若手映画作家育成を目的としたワークショップ「オータム・ミーティング」へ。
第76回カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人賞)を受賞したファン・ティエン・アン監督をはじめ、『Kfc』レ・ビン・ザン監督、『走れロム』チャン・タン・フイ監督、『第三夫人と髪飾り』アッシュ・メイフェア監督など、近年注目を集める映画作家が多く参加している「オータム・ミーティング」。
ジー監督は自身の初の監督作で多数の国際映画祭に参加する中で、ベトナムで映画界が発展するためには「世界に対して開くこと」「自分たちがまず自信を持たなければいけない」と痛感。「映画作りにおいて、助け合って映画を作るのはとても美しいこと」という言葉の通り、若い世代の映画監督にも自身の経験を伝えるべくワークショップを始めたと語りました。
チャン・ティ・ビック・ゴック(映画プロデューサー)
「オータム・ミーティング」は初年度は監督コース1つのみだったものの、『青いパパイヤの香り』『シクロ』のトラン・アン・ユン監督を講師に招くなど、その充実した内容からワークショップは成功。2年目にはより国際的な場にすべく韓国から講師を招き、3年目以降には日本や台湾、東南アジアの国々から講師及び受講生を募るようになりました。
「オータム・ミーティング」の話をもらった時は、自身が大手の映画会社をちょうど辞めたタイミングであったというゴックは、ノウハウのないインディペンデント映画の製作の進め方に迷う中で“孤独感”を味わい、“コミュニティ”を作る大切さを思い知ったとのこと。
その上で「オータム・ミーティング」は、若い世代だけでなく自分たちも“国際的な映画作り”の情報共有をすることができ、監督・俳優同士をつなげる大事さも実感したと明かしました。
トラン・アン・ユン監督の“美しい精神”
ブイ・タク・チュエン(映画監督)
『輝かしき灰』(2022)が第35回東京国際映画祭・コンペ部門にノミネートされた他、2002年の「TPD(ベトナム映画タレント開発支援センター)」の創設に尽力し副長も務めるブイ・タク・チュエン監督(以下、チュエン監督)は、自身が映画の現場で映画作りを学び成功した人間だからこそ、若い世代にも学ぶだけでなく作る体験をしてもらいたかったと言及。
またフォード財団からの資金提供に成功した際には、その資金をもとに若い監督たちによる映画制作に成功しましたが、その内の1人こそが同じくクロージンングトークに登壇したジー監督であり「ジー監督は『TPD』出身者の希望の星」とチュエン監督は言います。
2009年からは新たなプロジェクトを開始し、1年目には600人近い受講生が参加。中学生・高校生を含む15歳〜22歳までの受講生を無料で育成してきた「TPD」。
学校の夏季休暇期間でのサマーキャンプを利用しての映画制作体験など、10代前半の若い世代にも映画制作の機会を広げる活動も行なっているチュアン監督は「TPD」について、「オータム・ミーティング」のように才能ある若者と出会える場でもあり、映画作りの良いコミュニティとなっていると語りました。
日本・ベトナム合作映画『海辺の彼女たち』を手がけた藤元明緒監督(以下、藤元監督)は、「外に開く」が前提となっている映画作りの教育現場は「ありそうでないこと」であり、「オータム・ミーティング」などの卒業生が再び帰ってきて自身が得た情報を共有するなどの“サイクル”は形成されているのかについて質問。
それに対しジー監督は、ベトナムでインディペンデント映画を制作する人々には「助け合う」という共通にして前提の意識があることに言及。そして「オータム・ミーティング」の1番の貢献者であり、フランスで多忙に活動を続けながらも、出身地ベトナムで情熱をもって毎年講師を務めているトラン・アン・ユン監督の行動こそが“美しい精神”そのものであると語りました。
「とにかく作りたいものを、まず作りなさい」
藤本明緒(映画作家)
また『海辺の彼女たち』のベトナムでの上映を試みたものの、検閲により残念ながら「日越外交関係樹立50周年での記念上映」は実現できなかった藤元監督は、ジー監督に「ワークショップの参加者とは“表現の自由”についてどんな議論をしているのか」とも質問。
対してジー監督は「検閲のことは、急いで考えなくていい」「とにかく作りたいものを、まず作りなさい」と受講生に伝えていると回答。
作品によってはあえて国内の検閲には出さず、ネットを介しての海外での公開を勧めることもある一方で、『どこでもないところで羽ばたいて』を手がけ、国家検閲委員会のメンバーであった女性監督グエン・ホアン・ディエップが中心となったベトナム映画法をめぐる戦いなどにより、マスコミも支援してくれて、現在検閲はよりオープンな方向性へと向かっていると語りました。
最後に、「オータム・ミーティング」などでの若手育成活動を含め、今後の活動に対する抱負や目標を問われたジー監督は「受講生たちに映画作りを続けてほしい」「それを私たちに知らせてくれるのが、とてもうれしいし、『私たちが若い人たちに何かができたんだ』と感じられる」という自身の願いを告白。
それに対してゴックは「映画を作ってもらいたい」という願いを前提とした上で、NPO事業であるために運営に苦労している「オータム・ミーティング」の良いスポンサーにして理解者を見つけたいと明かしました。
そしてチュエン監督は、2009年にフォード基金とのスポンサー契約が終了し現在は過渡期にある「TPD」について、活動を通じてエネルギーをもらいながらも、より専門的な育成の場を作り上げていきたいと答えました。
クロージング上映&トーク登壇者プロフィール
ファン・ダン・ジー(映画監督)
1976年生まれ、ベトナム・ゲアン省出身。
監督、プロデューサーとして活躍するほか、アジアの若手映画人を育成するワークショップ「オータム・ミーティング」を2013年から主宰している。
ブイ・タク・チュエン(映画監督)
1968年生まれ、ベトナム・ハノイ出身。
「TPD(ベトナム映画タレント開発支援センター)」に2002年の創設から尽力し副長を務める。最新作『輝かしき灰』(2022)では東京国際映画祭コンペ部門ノミネートされた。
チャン・ティ・ビック・ゴック(映画プロデューサー)
1977年生まれ。
独立系プロデューサーとしてアッシュ・メイファ監督『第三夫人と髪飾り』をはじめ、トラン・タン・フイ監督『走れロム』など「オータムミーティング」出身監督の国際進出を後押しし続けている。
藤本明緒(映画作家)
1988年生まれ、大阪府出身。
2018年に日本・ミャンマー合作映画『僕の帰る場所』が、2020年に日本・ベトナム合作映画『海辺の彼女たち』が国内外で評価され、現在アジアを中心に劇映画やドキュメンタリーなどの制作活動を行っている。
『Kfc』レ・ビン・ザン監督リモートQ&Aリポート
“問題作”たる所以と「オータム・ミーティング」での決意
はじめに本作の『Kfc』の制作経緯を聞かれたレ・ビン・ザン監督(以下、ザン監督)は、20歳の時に学校の卒業制作として本作の脚本を執筆し提出したもののあえなく却下され、最終的にはスポンサーの資金提供のもと短編版の完成に成功したものの、それでも「卒業制作上映ではかけられない」と学校側に断られてしまったと告白。
それでも「暴力描写など、際どいシーンをカットする」という方法で校長の審査の目を掻い潜り上映に漕ぎ着けましたが、教師陣と審査員の人々に大きな衝撃を与えてしまい、学校の卒業自体を拒否されるという事態に陥ってしまったという、『Kfc』が“問題作”と言われた所以を明かしました。
そしてザン監督は、その後「オータム・ミーティング」に参加した際にトライ・アン・ユン監督から強烈な支持を得られたことから、映画制作を続けることを再度決意し、資金集めに苦労しながらも2016年に『Kfc』の長編版を完成させたと語りました。
“純粋な感動”を絶対に完成させる
「『Kfc』のような“エクストリーム(過激な、急進的な)”な作品は、ベトナム映画史において過去に存在したのか」という質問に対しては、ザン監督は「本当に自分の感覚に従ってこの作品を作った」と言及した上で、ここまで血や死体が描かれている映画はベトナム映画史上『Kfc』が初であり、本作のような暴力的な映画は検閲を通すのが非常に難しいと説明。
以前のベトナム映画は全てが“国営”の作品であり、描かれるテーマも社会や戦争に関するものがほとんどだった中で、今回手がけた『Kfc』の後に続いて、他の人々もこれまでにない映画を制作してほしいと語りました。
そして、多くの困難がありながらも『Kfc』を完成させた原動力を問われたザン監督は「他の監督と同じように、ストーリーを考えついた時に感動したから」と回答。19歳・20歳という若い時期は「これができたら幸せ」と思える非常にピュアな時期であり、そんな時期にあった自分が「これは面白い」と思えたことを絶対にやりたいと感じたと告白。
また過激な内容であり、制作には多くの時間がかかった映画ながらも、本作のキャスト陣は最後まで撮影に参加してくれたこと、自分を信用してくれるキャスト陣と出会えたことは本当にラッキーだったと明かしました。
『Kfc』は“愛”に関する物語
映画冒頭・エンドクレジットでベトナムの国民的名曲『美しい昔』(作詞・作曲:チン・コン・ソン、歌唱:カイン・リー)を使用した理由について聞かれたザン監督は、同楽曲を「歌詞は明るいが、とても寂しい感じがする」と思ったから挿入曲に選んだと答えました。
そして、映画を観た友人知人の多くからも聞かれた「なぜロマンチックな曲を、ホラー映画な『Kfc』で使ったのか」という理由については、自身は本作を「愛に関する話で、ロマンチック」と捉えているからだと明かしました。
そして最後に、ザン監督は2023年7月に富川ファンタスティック国際映画祭で上映された『Rock-a-Bye baby』のことも聞かれ、同作について「自分が小さい時のことを思い出しながら作った作品」「本当に個人的な感情から生まれた作品」と説明。同作も将来的に日本で上映できる機会があったら本当に幸せだという言葉で締めくくりました。
レ・ビン・ザン監督プロフィール
1990年生まれ、ベトナム・ニャチャン出身。
ホーチミン市映画大学に在学中、卒業制作として短編版『Kfc』を制作するも審査委員会から「暴力的過ぎる」と卒業が許可されず、同校を中退することに。
その後、トラン・アン・ユン監督の手助けを受けながらも『Kfc』を長編化。ベトナム本国では上映禁止処分を受けるも、ニューヨーク・アジアン映画祭2017での「有望監督賞」受賞をはじめ海外映画祭で高い評価を得ている。
まとめ
「ベトナム映画の現在 plus」でのベトナムの映画監督ファン・ダン・ジーとブイ・タク・チュエン、映画プロデューサーのチャン・ティ・ビック・ゴック、日本の映画作家である藤元明緒によるクロージングトーク。そして「ベトナム映画祭2023」での『Kfc』を手がけた監督レ・ビン・ザンのリモートQ&A。
日越外交関係樹立50周年を記念して開催された両企画でのトーク内容に共通するのは、「映画に対する“検閲”の目」といえるでしょう。
自分が「これは面白い」と思えたことを絶対にやりたいと感じ、本当に映画の完成にまで辿り着いたザン監督。その姿は、ジー監督が「オータム・ミーティング」の受講生たちに伝えていた「とにかく作りたいものを、まず作りなさい」という言葉そのものです。
法律などの映画制作をとりまく環境に直面しながらも、それでも“作りたいもの”は見失わない姿勢。それはベトナムのみならず、日本を含む世界各地の映画作家たちの“共通にして前提の意識”であるはずです。