雄大な大地に綴られる愛の叙事詩
アフリカの大地に魅せられ、現地でコーヒー園を経営する一人の女性の激動の半生を描く感動作『愛と哀しみの果て』。
『トッツィー』(1983)の名匠シドニー・ポラック監督がアイザック・ディネーセンの回想録をもとに実写映画化しました。1986年のアカデミー賞では作品賞をはじめ7部門を受賞した名作です。
主演のメリル・ストリープとロバート・レッドフォードの2大俳優の名演に心奪われます。
独身女性として肩身の狭い母国デンマークを離れ、広大なアフリカで新たな人生を歩み出した富豪女性の挑戦と、愛ある人生が描かれます。
彼女が本当に求めたものはなんだったのでしょうか。そして彼女はどこへ行きつくのでしょうか。
雄大な大地に流れる時間を丁寧に紡いだ作品の魅力についてご紹介します。
映画『愛と哀しみの果て』の作品情報
【公開】
1986年(アメリカ映画)
【原作】
アイザック・ディネーセン、ジュディス・サーマン、エロール・トルゼビンスキー
【脚本】
カート・リュードック
【監督】
シドニー・ポラック
【編集】
フレドリック・スタインカンプ、ウィリアム・スタインカンプ、ペンブローク・ヘリング、シェルドン・カーン
【出演】
メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード、クラウス・マリア・ブランダウアー、マイケル・キッチン、マリック・ポーウェンズ、ジョセフ・シアカ
【作品概要】
『トッツィー』(1983)『ザ・ファーム 法律事務所』(1993)の名匠シドニー・ポラックが監督を務めるヒューマンドラマ。
アイザック・ディネーセンの回想録『アフリカの日々』、ジュディス・サーマンの伝記、そしてエロール・トルゼビンスキーの原作を基にカート・リュデュークが脚色しました。
1986年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞、作曲賞、録音賞、美術賞、撮影賞の7部門に輝く快挙を成し遂げています。
主演は『ソフィーの選択』(1982)のオスカー女優メリル・ストリープと『スティング』(1974)の名優ロバート・レッドフォード。
映画『愛と哀しみの果て』のあらすじとネタバレ
莫大な財産を持ちデンマークに住んでいたカレンは、わずらわしい上層階級の世界を離れたいがために、恋人ハンスの弟で、財産を使い果たした友人・ブロアを便宜上の結婚に誘います。
1913年。東アフリカのケニアに農園を持つことになり、ナイロビ行きの列車に乗っていたカレンは、列車を止めて象牙を積み込む冒険家のデニス・ハットンと出会います。デニスは友人のコールに象牙を渡してくれるように言って去って行きました。
到着後、ブロアを探して英国人クラブを訪れたカレンは、女性は入ってはいけないと言われて追い出されます。
それからわずか1時間後、カレンとブロアの結婚式が挙げられました。
その後、再び訪れたクラブで彼女はコールと出会い、本で埋められたその部屋がデニスのものだと教えられます。
ブロアとともに住居に着いたカレンは大勢の黒人たちに迎えられました。ブロアが、酪農をする計画を勝手にコーヒー栽培に変えたと知ってカレンは怒ります。
ふたりは大ゲンカになり、翌日、ブロアは雨が降ったら帰ると伝言を残し、狩りに出かけたきり帰りませんでした。
ひとり残されたカレンは、収穫までに4年かかるというコーヒーの栽培に取り組みます。
そんなある日、草原に出かけたカレンはライオンに襲われそうになったところをデニスに助けられます。
帰宅後、コールも交えて夕食をとることになり、3人で楽しい時間を過ごしました。創作の物語を聞かせたカレンにデニスは美しいペンを礼に渡し、話を書きとめるように言います。
映画『愛と哀しみの果て』の感想と評価
壮大なアフリカの風景に圧倒される
メリル・ストリープとロバート・レッドフォードという2大名優が共演する愛の物語『愛と哀しみの果て』。壮大なアフリカの大地でひとりの女性が逞しく生き抜く姿が描かれます。
大戦前のデンマークに住んでいた富豪のカレンは、上層階級のわずらわしい世界を嫌い、友人のブロアを婚約者に迎えて一緒にアフリカのケニヤへと移住します。当時としては大変な勇気の持ち主で、行動的な女性だったといえるでしょう。
しかし、アフリカに存在する英国クラブも同じく女性を低く見る古い体質で、女人禁制を強いていました。
夫となったブロアも妻を軽んじ、資金を出したのがカレンであるにも関わらず、酪農からコーヒー園経営に計画を勝手に変えてしまいます。
しかも経営はすべて妻任せで、果ては浮気の末に梅毒をカレンにうつすという体たらくです。
そんな中で、カレンは冒険家のデニスと運命の出会いを果たし、熱い恋に落ちます。
この作品の大きなみどころの一つはなんといっても雄大に広がるアフリカの風景です。デニスの操縦する小型飛行機に乗ったカレンが、どこまでも広がっていく生命が満ちあふれる大地を見て息を飲むのと同様、私たちも皆美しい映像に目を奪われます。
ツンとすましたプライド高い女性でありながら、実はどんな試練にもくじけず体当たりする強いカレン。ストリープはまさにはまり役です。
デニスとの出会いにより心がやわらかく解きほぐされていったカレンが美しくなっていく様を、ストリープが丁寧に演じます。
カレンとデニスとの間に流れる濃密な空気感。けがをした少年を見捨てられないカレンの優しい心。デニスの持ってきたレコードが奏でるモーツァルトの美しい音楽。
それらのひとつひとつが、美しいアフリカの大地の中で煌めき、観る者の胸を温めてくれる一作です。
どこまでも行き違う男と女の愛
アフリカで農園を開いたデンマーク女性のカレンは、便宜上、友人のブロアと結婚しますが、次第に彼を想うようになる愛情深い女性です。必要があれば、危険を省みず草原を渡る逞しさも持っています。
そんな彼女は冒険家のデニスと出会い、深く愛し合うようになりました。しかし、やがてふたりの関係性は変わっていきます。
しがらみにとらわれる母国を嫌うカレンでしたが、実際はまだ形式にとらわれた価値観を持っていました。
自分の愛する家具に囲まれて生活せずにいられないのと同様、愛する人を結婚という形で自分と結びつけることを重要視していたのです。
それに対して、何より自由を重んじる人間だったデニスは、旅に出ても必ずカレンのもとに帰って来ているのに不安がる彼女の思いを理解することはできませんでした。
皮肉なことに、別れが目の前に迫った時に初めて、ふたりは互いの思いを理解できるようになります。
家財道具をすべて売り払い空っぽになったカレンの部屋で、デニスは「カレンの持ち物が好きになった」と言い、カレンは「何もないのが好きになったし、こうやって生きるべきだった」と呟きます。
すべての財産を失って肝の座った様子のカレンに対し、彼女との別れを後悔しているかのように逡巡した表情を見せるデニスの姿は対照的です。
彼女との別れを前に、ひとりこの世を旅立ったデニス。物を持たずに生きる貴さを知っても、実際に持たずに生きることはアフリカでは叶うはずもなく、カレンはデンマークに帰国して文筆家となります。
それは、彼女の語る物語を愛し、ペンをプレゼントして「書き留めて」といったデニスの遺言を守ることでもありました。
カレンはアフリカでの愛の記録をしたためたことで、デニスという存在を永遠に自分のものにしたのです。
まとめ
愛し合う男女の別離という哀しいストーリーですが、それすらも自然の摂理と受け止められるほどに、この作品のアフリカの風景は観る者の心を揺さぶります。
この大きな大地の上で、人間というのはなんてちっぽけな存在なのでしょうか。
しかし、そのちっぽけな人間の抱えるひとつひとつ ー愛、別れ、哀しみ、病、裏切り、事故などーは、実はその雄大な自然に打ち勝つほどに、異次元の大きさを持つものなのかもしれません。
夫の裏切り、ままならないコーヒー栽培、友人の病死など数々の困難にあいながらも、さまざまなものを手にしたいと願いながら常に挑んで生きてきたカレン。
その彼女が、最後には何も持たないことの価値に気づきます。教えてくれたのは決して思い通りになどならないどこまでも広がる雄大なアフリカの大地と、同じく望み通りに御すことなど決してできない野生の男、デニスの存在でした。
アフリカにたくさんの食器や家財を抱えて渡ってきたカレンでしたが、帰国後の彼女はきっとペンひとつさえあれば満足という質素な生活をしていたのではないでしょうか。
彼女が本当に求めたものは、彼女自身の中にしか存在しないことに気づいたに違いありません。
「思い出で自分を孤独の果てまで追い詰めると、何でも耐えられる」と語っていたカレン。書くという行為は、孤独とともにデニスの面影を抱きしめて生きていくという決意そのものだったのかもしれません。