ゲイであることを隠して生きる高校生・純とBL好きであることを秘密にしているクラスメイトの紗枝。思いがけないきっかけで付き合うことになった2人は……!?
浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を実写映画化した『彼女が好きなものは』。
自分がゲイであることを周囲に隠して生きている高校生・安藤純とBL(ボーイズラブ)好きのクラスメイト・三浦紗枝の恋愛を通じて、世間に蔓延する“普通”という価値観をあぶり出し、2人が社会の偏見と自分自身に向き合う姿を描いています。
純を演じるのは本作が初主演となる神尾楓珠。紗枝には山田杏奈が扮し、青春映画としても完成度の高い作品に仕上がっています。
神尾楓珠『世界でいちばん長い写真』などの作品で知られる草野翔吾が、脚本と監督を務めました。
映画『彼女が好きなものは』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(日本映画)
【原作】
浅原ナオト 『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(角川文庫)
【監督・脚本】
草野翔吾
【キャスト】
神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦獠太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼
【作品概要】
浅原ナオトの青春小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を実写映画化。
ゲイであることを隠している男子高校生と、BL(ボーイズラブ)好きの女子高校生がひょんなことで出会い、付き合い始めるが……。
監督を努めたのは『世界でいちばん長い写真』(2018)などの草野翔吾。
映画『彼女が好きなものは』あらすじとネタバレ
⾼校⽣の安藤純には誠という年上の同性の恋人がいます。ですが、母親にも親友で同じクラスの高岡亮介にも自分がゲイであると話したことはなく、クラスメイトには話をあわせながら、距離を保って生きてきました。
ある日、書店にやってきた純は女子生徒とぶつかってしまいます。彼女は持っていた本を落とし、純が拾い上げると、それはBLマンガでした。
女子生徒はクラスメイトの三浦紗枝で、彼女はとても気まずそうにしていて、本の表紙を隠そうとしていました。
紗枝から「誰にも⾔わないで」と口止めされた純は一晩、その本を借りることにし、誠に見てもらいました。誠は「秘密の共有は人を親密にする」と述べ、純と紗枝が急接近するんじゃないかと微笑みました。
翌日、本を返すと「誰にも言ってないでしょうね」と紗枝は純に確かめ、純が「言ってない」と応えるとほっとしたようでした。
中学時代にBL好きがバレて友だちがいなくなったことを告白する紗枝。約束を守ってくれた上にBL好きだと知っても態度の変わらない純に紗枝は次第に惹かれていき、ついに告白します。
「⾃分も“ふつう”に⼥性と付き合い、“ふつう”の人生を歩めるのではないか?」。一縷の望みをかけ、純は紗枝の告⽩を受け⼊れました。
純にはもうひとり、大切な友人がいました。彼の名前はMR.ファーレンハイト。純が誠と初めて結ばれたときに、みんなはどんな気持ちになったんだろうとネットを検索していた時、彼の存在を知ったのです。会ったことはありませんが、SNSで彼らは何度も言葉を交わして支え合ってきました。
ある日、純は紗枝を家に招きます。そこでふたりはキスをして、抱き合いますが、紗枝に名前を呼ばれた純は誠を思い出してしまいうまくいきません。紗枝は落ち込んでいる純を慰めます。
純はそのことをMR.ファーレンハイトに打ち明けました。いらいらを抑えきれず、「自分は普通じゃない」「異常な人間だと思われたくない」と強い調子で気持ちを綴っていると、MR.ファーレンハイトは「もう連絡を取るのをやめよう」と返信してきて純は動揺します。
それからしばらくして、純と紗枝は、紗枝のBLの師匠の奈緒とその恋人の隼人ととのダブルデートで温泉に行くことになりました。
紗枝はいつもと髪型を変えていましたが、純が気づかないので少しふくれっつらをしていました。でも彼女が浴衣姿になると純は思わず「かわいい」と声に出し、紗枝は喜びます。
男湯に入っていると「なんでいるの」と誠が隣にやってきました。実は純は週末、誠が家族でここに来るのを知っていてこの場所を選んだのです。
そこへ隼人がやってきました。彼は「足首に鍵をまいているのがゲイの証拠なんだって。何人もみかけたよ」と面白おかしく語り、誠は「ここでする話じゃないよ」と怒って立ち去りました。
風呂からあがって紗枝と話をしていた純はMR.ファーレンハイトから連絡が来ているのに気が付きます。「僕は海を渡るよ」という文面から始まったそのメッセージは「遺書」でした。
ショックを受け駆け出す純。様子のおかしい純を見留めて誠が呼び止めます。「僕が異常だなんて言ったから」と純はMr.ファーレンハイトのことを話し、「お前のせいじゃない」と言う誠に「なんで僕たちみたいな人がうまれるの?」と気持ちをぶつけて泣きじゃくりました。
誠は「もうしゃべるな」と言って、純の唇に自身の唇を重ねました。どれくらいキスしていたでしょう。誠の顔にヨーヨーが投げつけられ、水が飛び散りました。
ヨーヨーを投げたのは紗枝でした。「その人誰!?」と彼女は眉を釣り上げながら言いました。
そんな紗枝を見て純は「別にいいじゃん。ホモ、好きなんでしょ?」と冷たく言い放ちました。
ショックを受けて奈緒に慰められている紗枝の様子を見ながら、純は心の中で呟いていました。「わかってる。彼女が好きなものは僕であってホモではない」
翌日の放課後、紗枝と純は美術室の準備室に入っていきました。「今日は部活がないからここなら誰にも聞かれないはず」と紗枝は言いました。
純は自分がゲイで誠は彼氏であると告白しました。紗枝は誠が奥さんと子供と思しき人と車で帰っていくのを見たといい、「不倫ってこと?」と顔をしかめました。そして「女の人と付き合うのは世間体のため?」と尋ねました。
そんな紗枝に純は問いかけました。「三浦さんは、将来結婚したり子供を持ちたいと思う?」うなずく紗枝に純は「僕もなんだ」と答えました。
「ぼくもそういう幸せが欲しいと思ってしまうんだ。三浦さんとならちゃんと付き合えると思った。でもやっぱりホモだった。本当にごめんなさい」
「今更嫌いになれない私はどうしたらいいの?」と紗枝は問いかけました。
この2人だけの会話を聞いていた人物がいました。クラスの中心的存在の小野という男子生徒です。彼は紗枝と純が付き合い出した頃から、純が紗枝を好きでもないのに付き合っているのではないかと疑っていたのです。
彼は他の生徒たちが大勢いる中で亮平に「お前は知ってたのかよ。安藤がホモだってことを」と詰め寄り、何も知らなかった亮平は返答につまります。それをきっかけに純がゲイであることが学校中に知れ渡ることになってしまいました。
翌朝、登校した純は他の生徒たちの自分を観る目が変わっていることに気が付き、教室を飛び出します。
公園でひとりベンチに座っていると亮平がやってきました。「お前たちがしゃべっているのを小野が聞いてしまったんだ。知ってたのか?ってやつに聞かれて・・・それをみんなが聞いていて広まってしまった」と彼は言いました。
亮平に励まされて一旦教室に戻った純でしたが、小野は体育の着替えの時、変な目で見ていたんだろうと詰め寄ってきました。
亮平がそんなことないと答えても彼は信じられないと言い「俺が女子更衣室に行ってやらしい目で見てないといっても誰も信じないだろ? 出ていけよ!」と怒鳴りました。
亮平は出ていくよと言うと、そのまままっすぐ歩いていき、いきなり窓から飛び降りました。クラスメイトたちからは「あ!」と悲鳴に近い声があがりました。
落ちたところに藤棚があったため、純は腕の骨折だけで済み、命に別状はありませんでした。しかし、病院にかけつけた母親に純は「ずっと必死に周りに合わせて生きてきたんだよ。なんで僕なんて産んだんだよ。なんでまだ生きているんだよ」と気持ちをぶつけずにいられませんでした。
悲しむ母親に純は「ごめん」と呟くと泣きはじめました。母は息子の手に触れ、それからしっかりと抱きしめました。
純の事故を受け、学校では同性愛についてのディスカッションが行われました。建設的な意見がたくさん出ましたが、小野は「理解者面して実際身近にいたら大騒ぎだったじゃないか」と口を出しました。担任教師は「発言を遮るな」と小野を厳しく注意しました。
見舞いに来て、そのことを純に報告する紗枝。「自分も理解がある方だと思っていたから恥ずかしかった」と彼女は言いました。
退院も視野に入ってきた頃、紗枝に「学校には来るよね?」と聞かれ、純は母親の親戚が大阪にいるから転校するかもしれないと答えました。
「もしよかったらあと一回だけ来てくれないかな。描いていた絵がコンクールに入選して表彰されることになったの。安藤くんに見届けてほしい」と言われ純は「少し考えさせて」と応えました。
表彰式の日、紗枝と亮平は純を探しましたが来ていないようでした。紗枝に順番が回ってきた時、純が体育館に入ってきました。
映画『彼女が好きなものは』感想と評価
人との距離が常に近くならないよぅに気をつけながら、本当の自分を隠して他者に合わせて生きることのつらさ。結婚して子供を持つという将来を描けないことへの苦しみ。性的マイノリティの人々が日常的に覚える感情が主人公・純を通して丁寧に描かれています。
彼の視点で観ると、日常、街のいたるところで観られるポスターや広告などが如何に異性愛者に向けて発信されているかということに気付かされます。
また、劇中、生徒たちがLGBTに対してどのように向かい合うかという話し合いが行われるシーンがあります。
そこで多くの生徒たちが理解を示す発言をしているのですが、これはとてもリアルな光景に見えます。実際、今の日本で暮らす高校生たちに同じ質問をすれば、彼らの多くが同じように自分は理解できると応えるのではないでしょうか。
しかし、映画の中で小野が「理解者面して実際身近にいたら大騒ぎだったじゃないか」というように、身近な問題としてはとらえきれていないように思えます。
「(LGBTの人が)周りにいたことがない」という言葉を聞くことがありますが、いないのではなく、純のように悟られないように、みつからないように細心の注意を払っているのだということに気がつくべきでしょう。
また、小野のようにあからさまに嫌悪をむき出しにする人も少なくないと思われます。彼の行為は「アウティング」と呼んでもいいひどい行為です。いくら感情が高ぶったとしても、純の親友である亮平だけをそっと呼び出すことだって出来たはずです。
登場人物たちは彼に甘すぎるのではないか、もしかしたら人の命が失われてしまったかもしれないのに、こんなに簡単に許されてしまっていいのかと憤ってしまうくらいです。
ただ、自分たちが許していない、あるいは想像できない対象が表れたときに、このように攻撃的になる人々というのは珍しい存在ではありません。
マイノリティに対して社会は決して優しくありません。本作からは、今のそんな日本の現状が見えてきます。
そんな中で、紗枝が全校生徒の前で、自身のBL好きを告白し、純とのなれそめを語ったのち、彼は壁を築いているが、それは自分を守るためではなく私たちを守るためだと発言します。
紗枝はそのように彼のことを理解したということ。これはとても大切な視点ではないでしょうか。
壁といえば自分を他者から守るものと思いがちですが、思考の転換をしてその意味を考え直すこと、人の気持ちをおもんばかって、想像すること、その大切さを本作は教えてくれるのです。
事の顛末を経て、2人の間に生まれた信頼と愛情の深さに大きく感情を揺さぶられずにはいられません。強い共感を生む、真摯で温かい作品です。
まとめ
浅原ナオトによる原作『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』は2016年にWEBに連載され、2018年に書籍化。翌年の2019年にはNHKで『腐女子、うっかりゲイに告(こく)る』。というタイトルでドラマ化されています。
それから2年後に本作が公開。このように二度も映像化されるのは、やはりそれだけ時代の要請がある作品であるということでしょう。
社会的テーマが真摯に描かれているのは勿論のこと、本作のもうひとつの魅力は役者の好演によって、学生生活が生き生きと立ち上がり、瑞々しい青春映画になっていることです。
純を演じる神尾楓珠の清潔感溢れる初々しさも、友だちのために奔走する亮平役の前田旺士郎の溌剌とした演技も素晴らしく、また小野という人物も三浦獠太が演じたからこそ、単なる悪役でない存在になったと言えます。
そして、『ひらいて』(2021)に続いて山田杏奈の魅力が爆発しています。
『ひらいて』では他者の気持ちを顧みず暴走する女子高生を演じていましたが、本作では聡明で思慮深く愛らしいヒロインを演じていて眩しいくらいです。次はどんな顔をみせてくれるのか、次回作が早くも楽しみでなりません。