交わるはずのない時間が交わる時。
大切な1日が消えた!?
台湾映画『1秒先の彼女』(2020年)を、山下敦弘監督がリメイク。日本版は、岡田将生と清原果耶のW主演で、男女逆転の設定となっています。
郵便局員のハジメは、昔から何をするにも人よりワンテンポ早い男。良い感じになった女性と花火デートを約束した当日、ハジメが目覚めると日付は次の日になっていました。
花火大会デートのはずが、昨日の記憶がいっさいない。遺失届を出そうとするハジメに、警官が訪ねます。「君、何を失くしたん?」。「昨日です」。
ハジメは、郵便局の常連客・レイカが、消えた1日の鍵を握っていると確信します。レイカは、人よりワンテンポ遅い女でした。
1秒早いハジメと、1秒遅いレイカ。2人の時間が重なる時、思わぬ奇跡が…。果たして、ハジメの消えた1日は存在するのか。映画『1秒先の彼』を紹介します。
映画『1秒先の彼』の作品情報
【公開】
2023年公開(日本映画)
【原作】
チェン・ユーシュン
【監督】
山下敦弘
【脚本】
宮藤官九郎
【キャスト】
岡田将生、清原果耶、福室莉音、片山友希、しみけん、笑福亭笑瓶、松本妃代、伊勢志摩、柊木陽太、加藤柚凪、朝井大智、山内圭哉、羽野晶紀、加藤雅也、荒川良々
【作品概要】
第57回台湾アカデミー賞最多受賞作となった台湾映画『1秒先の彼女』(2020年)を、日本版にリメイクした『1秒先の彼』。
監督は、『リンダリンダリンダ』(2005年)、『苦役列車』(2012年)の山下敦弘監督。脚本には、宮藤官九郎が参加。
山下敦弘監督×クドカンの初タッグにより、原作の舞台を日本の京都に移し、男女のキャラ設定を逆転した、日本オリジナルのリメイク版が完成となりました。
1秒早いハジメを演じるのは、岡田将生。山下敦弘監督とは『天然コケッコー』(2007年)以来、16年ぶりの共作となります。
そして、W主演となる、1秒遅いレイカを演じるのは清原果耶。岡田将生とは13歳の年の差があるものの、それを感じさせない落ち着いた演技でハマリ役となっています。
原作でも登場するキーパーソン、ラジオDJには、本作が遺作となった故・笑福亭笑瓶が本人役として声の出演を果たしています。他にも、写真屋の店主としての演技もみせています。
映画『1秒先の彼』のあらすじとネタバレ
交番に入ってきた、赤ら顔の男が遺失届を出そうとしています。「君、酔っ払い?何を失くしたん?」。問いかける警官に男は答えました。「昨日」。
皇一(すめらぎはじめ)は京都生まれ。何をするにも、とにかく人よりワンテンポ早い男でした。小さい頃から、記念写真はいつも目を閉じたものばかり、競技ではいつもスタートでフライング、目覚まし時計の1秒前に目が覚めます。
高卒で中賀茂郵便局に入社したハジメは、12年間、配達員をしていましたが、度重なる信号無視とスピード違反で、ついたあだ名は「ワイルド・スピード」。免停をくらい、現在は窓口勤務となっています。
せっかちで、ひねくれ者。口だけは達者。「見た目は100点なのに中身が残念」。一緒に暮らす妹・舞とその彼氏・ミツルや、同僚たちにも呆れられる、なんとも残念な男です。
ハジメは、鴨川で路上ライブをしていた桜子に惹かれ声をかけます。郵便局の窓口に会いに来てくれた桜子。お弁当を届けてくれたり、嫌な客から助けてくれたり、ハジメは桜子に夢中です。
ハジメは舞い上がる気持ちを、いつも聞いている深夜ラジオにぶつけます。ラジオから桜子の歌が流れてきました。DJから生電話が掛かってきます。
せっかちなハジメは、DJが笑福亭鶴瓶から笑福亭笑瓶に変わったことも、番組名が“おばんざいナイト”になったことも、番組にメッセージテーマがあることも一切素通りです。
桜子との恋話をしゃべりだすハジメに、笑瓶は番組テーマ「失くしたもの」について教えてと頼みます。「面倒やなぁ」と露骨に嫌がるハジメでしたが、「失くしたものは、お父さんや」と答えます。
ハジメの父・皇平兵衛は、ハジメが高校生の時、「みょうがとパピコを買いに行ってくる」と出て行ったきり、帰ってきませんでした。母の清美は、蒸発じゃないと言い張っていますが、いわゆる蒸発です。
季節は夏。近所の花火大会が近づいていました。ハジメは桜子を花火デートに誘いますが、桜子は「自分ばかり幸せにはなれない」と涙を流します。
理由を聞けば、弟が病気で入院し、手術代40万円が必要なのだと打ち明けられます。
花火大会デートの当日、ハジメは40万円の現金を手に、待ち合わせ場所にバスで向かっていました。現金を数えポケットにしまったハジメを後ろの乗客が見ています。
後ろからハジメのポケットに手が伸びてきます。いまにも、40万円が盗まれそうな、その瞬間。ピタツ。すべてのものの動きが止まりました。時間が止まってしまったようです。
ハジメが目覚めると、そこは家の布団でした。なぜか全身砂だらけで、顔が真っ赤に焼けています。いつも、目覚ましの1秒前に目覚めるハジメが寝坊です。
あれっ! 桜子との待ち合わせ場所に向かっていたはず!? しかも、今日は月曜日? 花火大会の場所に行くも、昨日で終わったとのこと。電子レンジの中には40万が入っていました。
何が何だか分からないハジメ。交番に遺失届を出してみよう。いや、理解してもらえない。だって、失くしたものって、「昨日」なんですから。
ハジメは、もやもやしたまま、郵便局の窓口業務にあたっていました。いつも、手紙を出しに切手を1枚だけ買いにくる、常連さんがやってきます。
彼女の顔も陽に焼けた様に真っ赤です。今日の手紙は少し重量がありました。切手の値段が変わり、慌てる彼女。それを待てないハジメは、おまけしてあげました。
いつもの帰り道、通りかかった写真館のディスプレイに自分の写真が飾られています。海をバックに、めずらしく目をつぶっていません。というか、こんな写真を撮った記憶がありません。
写真館の主人を問い詰めると、バイトの長宗我部麗華が撮ったものだと分かります。写っている海の景色が天橋立だということも分かりました。
天橋立!? ハジメはワイルドスピードの異名の如く、スクーターを飛ばし天橋立の郵便局へたどり着きました。そこにある私書箱の鍵を実家に一度取りに戻ったものの、無事に開けたハジメは、自分宛ての手紙を発見します。
封筒を開けると写真が入っていました。怪我で入院していた幼い頃のハジメが写っています。記憶の断片が次々と浮かんできます。
そして、最新の手紙には、例の海での写真が入っていました。そこには、いつも窓口に来る彼女の姿もありました。そう、ハジメは幼い頃、彼女に会っていた記憶を取りもどします。
映画『1秒先の彼』の感想と評価
台湾のヒット映画『1秒先の彼女』のリメイク版『1秒先の彼』。オリジナル版は、何をするにも人よりワンテンポ早い郵便局で働く女・シャオチーと、シャオチーに密かに思いを寄せるバスの運転手、何をするにも人よりワンテンポ遅い男グアタイの物語となっています。
リメイク版は、何をするにも人よりワンテンポ早い郵便局で働く男・ハジメと、ハジメに密かに思いを寄せる大学生、何をするにも人よりワンテンポ遅い女・レイカの物語です。
舞台は京都ですが、今昔の時間がゆったりと流れる京都の雰囲気と、はんなりとした京都弁が、オリジナルのファンタジーなストーリーにぴったりです。
さらに、男女の設定を逆転させたことで、同じストーリーでありながら、日本版ならではの魅力がたくさん詰まった作品になっています。
『1秒先の彼女』と『1秒先の彼』の比較
オリジナル版の主人公、ワンテンポ早いシャオチーも相当面白いキャラですが、リメイク版のハジメも負けないくらい愛すべきキャラとなっています。
演じているのは、岡田将生。今作では、とにかくせわしなく早口なハジメを、嫌みなく愛すべきキャラに演じています。岡田将生にはコメディがよく似合う。
オリジナル版では、シャオチーが恋に落ちる相手は、ブロックチェーンビジネスの傍ら、公園で無料でタイダンスを教えている男ウェンセン。
ウェンセンは初めから怪しさ満点で、結局は浮気男でしたが、リメイク版でハジメが恋する女性は、路上ミュージシャンの桜子という絶秒にありそうな設定です。
相手の本性を確かめる前に恋愛に突き進んでしまうシャオーチーとハジメは、どちらも見事に恋愛下手です。そんな2人が恋の相談をするのはラジオ番組。どちらも笑える場面となっています。
台湾版ではDJとミュージカルさながらの展開に発展し、シャオチーの浮かれ具合をコミカルに表しています。
日本版では、笑福亭笑瓶の番組“おばんざいナイト”が登場。DJが笑福亭鶴瓶から笑瓶に変わったばかり、そんなの気にしないハジメとの噛み合わないやりとりや、ハジメの母が途中で番組に乱入するなど、クドカンならではの細かい仕掛けに思わずクスっと笑ってしまいます。
そして、それぞれのもうひとりの主人公。シャオチーに思いを寄せるグアタイと、ハジメに思いを寄せるレイカ。
グアタイとレイカの「消えた1日」の過ごし方には、大きな違いがあります。グアタイは時間の止まった瞬間、自分の運転するバスにシャオチーが乗っていました。そのままバスを運転し、海へと向かうグアタイ。
リメイク版では、時間が止まった日、レイカはハジメの乗っているバスを見つけます。すると、バスの運転手である釈迦牟尼憲(ミクルベケン)も動いていました。
その後、ミクルベはレイカの願いに協力してくれます。演じているのは、不思議な魅力がファンタジーにぴったり荒川良々。妖精のような存在にも見えてきます。
また、オリジナル版では台湾の文化を知ることもできます。シャオチーの「消えた1日」は、台湾のバレンタインデー7月7日。日本版は夏の花火大会の日でした。
シャオチーの部屋のクローゼットにヤモリが登場し、失くしたものを教えてくれますが、これは台湾では壁虎と呼ばれ、家を守ってくれる存在とされているのだとか。
オリジナル版の方はよりファンタジー色が強く、おおげさに大胆に展開するのに対し、リメイク版はどこか現実的に描かれ、ありそうでない夏の妖し物語、ほっこりする作品になっています。
まとめ
何をするにも人よりワンテンポ早い男と、ワンテンポ遅い女の物語。台湾映画のリメイク版『1秒先の彼』を紹介しました。
1秒のテンポのズレが、積もり積もると1日消えてしまうというストーリー展開が面白いこの作品。オリジナルもリメイクもそれぞれの楽しみ方がありました。
あなたは人よりワンテンポ早い人ですか? 遅い人ですか? 記憶の無い1日があったなら、あなたは人よりワンテンポ早い人間です。