高校生たちの歪でエキセントリックな三角関係が思わぬ方向へと走り出す!
芥川賞作家、綿矢りさの同名小説を、オムニバス映画『21世紀の女の子』(2019)や『なっちゃんはまだ新宿』(2017)などで知られる首藤凜が脚本と監督を務め映画化。
首藤監督は10代の多感な時期に原作に出会い、以降、この作品を映画化したいという強い想いを持ち続けていました。その思いが通じ、本作で劇場用長編映画デビューを果たしました。
何不自由ない高校生活を送っているように見えた女子高生・愛は、片思いの同級生への思いを募らせるあまり、彼の恋人に近づきます。
恋心をつのらせ暴走する主人公・愛に山田杏奈、彼女が思いを寄せる同級生にジャニーズJr.のアイドルグループ「HiHiJets」の作間龍斗、彼の秘密の恋人に芋生悠が扮し、歪な三角関係の中に激情ともいえる感情を浮かび上がらせます。
映画『ひらいて』の作品情報
【公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本・編集】
首藤凜
【原作】
綿矢りさ:『ひらいて』(新潮社)
【キャスト】
山田杏奈、作間龍斗、芋生悠、山本浩司、河井青葉、木下あかり、板谷由夏、田中美佐子、萩原聖人、田中偉登、鈴木美羽
【作品概要】
綿矢りさの同名小説を首藤凜が脚本、監督、編集を務め映画化。ずっと好きだった同級生に秘密の恋人がいることを知った愛がとった行動とは!?
主人公・愛に山田杏奈、彼女が思いを寄せる同級生・たとえにジャニーズJr.のアイドルグループ「HiHiJets」の作間龍斗、その恋人に芋生悠が扮し、いびつな三角関係の中に激情ともいえる感情を浮かび上がらせます。
映画『ひらいて』あらすじとネタバレ
高校3年生の木村愛は、成績優秀で友人も多く、進学もほぼ推薦入試での合格が約束されていて、何不自由ない学園生活を送っていました。
そんな愛が密かに思いを寄せているのが、同じクラスの斜め前の席に座っている西村たとえです。たとえは、地味で目立ちませんが、成績優秀で、独特の雰囲気をまとっているように愛には感じられました。
校舎の階段の下にたとえがいるのがわかった愛は、持っていたゴミ箱をわざとぶち撒け、片付けをたとえに手伝ってもらったり、わかっている問題をわからないふりして質問したりして、なんとか彼に近づき、気持ちを知ってほしいと思っていました。
ある日、愛はたとえが誰かからの手紙を大切そうに持っているのを見て、不審に思います。塾の帰り、多田から同級生たちが夜の学校に忍び込んでいるらしいと聞いた愛は「私も行きたい」と言い、他の数人の生徒と共に学校へと自転車を走らせました。
愛は他の生徒たちが職員室にテスト問題を探しにいく間、渡り廊下から危険な綱渡りまでして自分の教室に入り込むと、教室の後ろにあるたとえの棚から手紙を取り出しました。
たとえに手紙を送ったのは糖尿病を患う同級生の新藤美雪だということがわかります。美雪はたとえの「秘密の恋人」だったのです。ふたりは普段そんな素振りを全く見せず、愛は地味な2人の交際に衝撃を受けます。
愛は美雪に近づき、2人で映画を見たり、カラオケに行ったりしました。「付き合っている人はいるの?」という愛の問いに、美雪は恥ずかしそうにたとえと付き合っていることを告白します。
中学のときからの付き合いらしいのですが、学校では話をしないと決めていると言います。
たとえが、2人が交際していることを自分の親に知られたくないというのがその理由だと美雪はうちあけました。キスもまだしていないという美雪の言葉に驚いた愛の中で何かがはじけて、愛は「この前のがファーストキッスだったの?」と美雪に尋ねました。
以前、文化祭で発表するダンスの練習中に、その場を離れた美雪を追いかけた愛は校舎の裏で美雪が倒れているのを見つけて、口移しでジュースを飲ませて救けたことがあるのです。愛は「ちゃんとやり直そうか」と強引に美雪にキスしました。
三者面談では、担任の教師からまず推薦での合格は大丈夫だろうというお墨付きがでました。母親と一緒に教室を出ると、廊下にいただらしなさそうな男性から、かまぼこを渡されました。
「誰かのお父さん?」と戸惑っていると、そこにたとえがやってきました。
いったん階段を降りた愛でしたが、母親に「忘れ物をした」と言って、教室に戻り、たとえとあの男が、面談を受けている姿を確認しました。
「東京に行きたがっている」「母親と隠れて連絡を取っている」というような内容を、父親は愛想よく話していました。
文化祭でクラスの代表に立候補した愛の指揮のもと、クラスの展示制作が行われていました。その過程でたとえと教室でふたりきりになった愛は、たとえと美雪がつきあっているのを知っていると明かし、たとえに「好き」と告白しました。
しかしたとえは愛にきつい言葉を投げかけてきました。「うそなんじゃないかって。なんかうそついているんじゃないかって。全体的に」
その言葉が愛の胸に突き刺さりました。「勇気を出して告白しているのにひどいじゃない」と愛は言うと「弱くて狭い世界にいるから美雪が好きなんでしょ。そうやって二人の世界にひっこんでいればいい!」と教室を飛び出しました。
文化祭前日、愛は、ダンスのリハーサルの最中でしたが、気が乗らず、指導者からポジションチェンジを言い渡されてしまいます。
そこに美雪が訪ねてきました。「明日は人が多くて見られないかもしれないから、今日観に来たの」という美雪。彼女もメンバーだったのですが、体調を崩して迷惑をかけてはいけないからと、途中で抜けていました。
愛はダンスのリハーサルに出るのをやめて、衣装のまま、美雪の手をひっぱってずんずん歩きはじめました。
愛のことを好きな多田が花束を持ってきますが彼を無視し、美雪を連れて学校を出ていきます。美雪の家にやってきた愛は、美雪の部屋で制服に着替えました。
美雪は自分は長い間友達がいなかったので、この前は楽しかった。また愛ちゃんと友達に戻れないかなと語りかけてきました。
「ちょっとしたおふざけだったのかなって。忘れてまた友達でいよう」という彼女の言葉に愛は激しい怒りを感じました。
愛の告白をたとえは「おふざけ」だなんて思って美雪に伝えたというのでしょうか。「忘れて」って何!?
ところが、それは愛の勘違いでした。美雪が言っているのは、この前、カラオケ店で2人でキスしたことでした。たとえは美雪に何も言っていなかったのです。
愛は「ずっと好きだった」というと、美雪に激しいキスをしました。美雪は戸惑っていましたが、愛を受け入れたように見えました。愛は美雪を押し倒し、制服のボタンをはずし、愛撫しはじめました。
その時、母親が帰ってきて、美雪はあわてて制服を直すと部屋を出ていき、お茶とお菓子を持って戻ってきました。
「すごいね。あんなことしたあとでするっと娘に戻れるだなんて」と愛が皮肉交じりに言うと、美雪は「お母さんが大好きだから」と答えました。
そして、まだ子供のころ、糖尿病の数値がよくならないことに苛立って、風呂に入ってガラスを割り、手を怪我したことがあると話しはじめました。
その時に両親はじめ、たくさんの人が自分のために動いてくれたのを目の当たりにして、今まであまりにも自分のためだけに生きていたと感じたこと、自分のためでなく人のために生きたいと思ったことを語るのでした。
愛たちのクラスは文化祭の展示で賞を取り、担任教師は、愛とたとえに表彰状を持たせ、記念写真を撮りました。
自転車に乗って帰宅していると、場末のラブホテルに多田と親友のミカが入っていくのが見えました。愛は自転車をUターンさせ漕ぎ始めました。
愛は美雪の家の前で美雪を待っていました。帰ってきた美雪が鍵をあけて、二人が中に入った途端、愛は美雪にキスし始め、それは次第に激しくなっていきました。ふたりはベッドで抱き合い結ばれました。
眠っている美雪に呼びかける愛。返答がないのを確かめると、美雪のバッグから彼女のスマホを取り出し、指紋認証させ、たとえにラインを送りました。
夜の教室。愛が座っていると、たとえが現れました。「人と会う約束をしている」と言うたとえ。「来ないよ。送ったのは私だから」と愛は答えました。「美雪とやったの。2回も。すごい喜んでたよ。それも嘘だというの?」
たとえは真っ直ぐ愛を見て「事実だと思うよ」と冷静に答えました。愛は制服を脱ぎ、下着姿になりました。「私のものになって!」
「服着て!」とたとえは2度大きな声でいい、愛は制服を身に着けざるをえませんでした。
「おれはお前のようなやつが嫌いだ。なんでも奪い取れると思っている」とたとえが言うと「知ってる。視界に入って嬉しい」と愛は応えました。
「どうしたらお前のものになる?」と尋ねられ「抱きしめてキスして」と言うと、たとえは愛を抱きしめキスしました。
「嬉しい?」とたとえは尋ね「嬉しい」と答える愛。するとたとえは「嬉しいなら態度で見せろよ。貧しい笑顔だな。自分しか好きじゃない笑顔だよ。一度でも他人に向かって、俺に向かって微笑みかけてみろよ」と愛を罵倒しました。
映画『ひらいて』感想と評価
冒頭、ダンスの練習をしている少女たちを俯瞰で撮っています。カメラが彼女たちの頭上をダイナミックに通過していく様に思わず息を呑みました。
そのダンスは、文化祭の出し物で、学年の中から選出された女子生徒たちで構成されていることがあとから判明します。ステップを踏む少女たちの誇らしげな身振り、センターを踊っている少女のどこか不機嫌さを漂わせる不敵な面構えに目がいきます。
その集団から、芋生悠扮する美雪が離れ、気づいた山田杏奈扮する愛が追いかけます。彼女こそセンターの位置で踊っていた少女。
この一連のシーンに物語を構成する多くの要素が圧縮されていると言ってもいいかもしれません。それらは強烈なインパクトを持って、観る者に迫って来ます。
学園内で確かな地位を築き、何の不自由もないように見える少女・愛は、クラスメイトの男子・たとえに片思いをしています。しかし、彼に秘密の恋人がいると知り、彼女の中で何かがはじけます。
たとえを自分のものにしたいと願うあまり、暴走し、自身の立場やなにもかもを破壊していく姿がすさまじい熱量で描かれていて圧倒されます。
撮影を担当するのは、今泉力哉監督の一連の作品や『サマーフィルムにのって』の岩永洋。『サマーフィルムにのって』で映画作りに励む高校生たちを生き生きと活写したように、本作でも、暴走する愛の魂の叫びをカメラの中に見事におさめています。
疾走する自転車に並走するカメラは、愛が速度をおとしてもそのまま突っ走っていくようなダイナミックさに溢れています。
何でも持っているからこそ、手に入らないものをどうしても手に入れたいと執着するのか、儚げな存在を踏みにじりたいという嗜虐的な欲望のあらわれなのか、愛が、たとえや美雪に及ばす行為の理由をそんなふうに分析することに意味はないでしょう。
彼女自身、よくわかっていないのです。理屈では説明できない感情がほとばしり、愛を突き動かします。
愛はたとえからひどく辛辣な言葉を投げかけられます。「全部嘘じゃないかって」と自身の生き方を全否定されてしまうのです。
たとえは、愛の中に、自分自身を支配し続けたいと願う父親の姿を重ねていたのかもしれませんが、それにしてもこの言葉は、勇気を出して恋の告白をした女子高生にとって、なんとつらい言葉でしょうか。
しかし、それはまた図星として、愛の心に深く突き刺さり染み込みます。
首藤監督は、そうした愛の激情を言葉やモノローグではなく行動や目に見えるものとして提示しています。夜の町の自転車の疾走や、教室を飛び出していく愛の身体の躍動感、そして愛の「爪」の変遷まで、ダイナミックかつ緻密な描写が重ねられていきます。
高校生の恋愛感情を、複雑でいびつな三角関係として描く中で、本作は単なるティーンの恋愛モノを超えた次元へと昇華され、思いもよらぬ境地へと観る者を導いていきます。
映画の終盤、卒業式を目前にした愛は教師の説明が響く教室で鶴の形をした折り紙を一枚の紙に戻していきますが、その一枚の折り紙と愛の姿が重なって見えてきます。
ひらかれた紙はしわくちゃで、ここに至るまでの愛の傷の深さを証明しています。同時にそれは、型通りにくくりつけられて信じて疑わなかったものからの開放を意味しているのではないでしょうか。
嘘にまみれた世界から愛は脱出したのです。例え行く先が茨の道だったとしても、愛は自由を獲得したのです。
ラスト、愛が美雪のもとに走りよりささやいたのは、首藤凜監督が「ぴあフィルムフェスティバル2016」で審査員特別賞と映画ファン賞(ぴあ映画生活賞)を受賞した作品のタイトルと同じ「また一緒に寝ようね」という言葉でした。
その言葉に、ここからスタートする愛の人生を思わずにはいられません。
まとめ
ヒロイン・愛を演じるのは『ミスミソウ』(2018)や『ジオラマボーイ・パノラマガール』(2020)などの作品の主演で知られる山田杏奈です。
100点満点の女子高生という立ち位置から、恋心をつのらせた挙げ句、ノンストップで暴走し全てを破壊していく姿を体全体で表現し、圧巻の演技を見せています。
好きな男子生徒に向ける熱く深い眼差しや、嘘を指摘される要因となる「暗い目」など、表情ひとつひとつにも驚くほどの深みを持たせています。
西村たとえにはジャニーズJr.のアイドルグループ「HiHiJets」の作間龍斗が扮し、物静かで目立たないというキャラクターを忠実に演じながらも、ヒロインを引きつけて離さない何かを静かに発散させています。
心の奥底にある強い怒りも感じさせ、本格的な演技が初挑戦とは思えない存在感を示しています。
また、たとえの秘密の恋人である美雪に扮する芋生悠は、愛とは対極的な少女を静かに、儚げに演じています。
たとえと視線を交わす際に見せる笑顔が愛らしく、愛の暴走に巻き込まれながらも、崩れてしまわない芯の強さを覗かせることに成功しています。
愛と美雪の間に起こったことに、本当の愛があったのか、判断がつきかねますが、少なくとも、2人の間には性への欲望が確実にあり、そこを映画がしっかり描いているのは特筆すべきことでしょう。2人の熱演が光ります。