松浦寿輝の芥川賞受賞作『花腐し』が綾野剛主演でスクリーンに!
詩人・小説家・フランス文学者・批評家、そして東京大学名誉教授であった松浦寿輝。『折口信夫論』などの評論、『冬の本』などの詩集があり、小説では2000年に『花腐し』で第26回芥川賞を受賞しました。
『花腐し』は「ハナクタシ」と読み、死に別れた女性の影を追い求め、どん詰まり生活をおくる中年男の物語です。中年男を主人公とした幻想小説風なものが多い松浦寿輝作品の代表作とも言えます。
やるせない男の心情をあらわす本作を、日活ロマンポルノの名作から、『ヴァイブレータ』(2003)、『共喰い』(2013)をはじめとする日本映画の脚本を数多く手がけ、監督としての代表作『火口のふたり』(2019)を持つ荒井晴彦が映画化。
キャストには、綾野剛、柄本佑、さとうほなみといった実力派を揃えました。
映画『花腐し』は、2023年11月10日(金)テアトル新宿ほか全国公開。映画公開に先駆けて、小説『花腐し』をネタバレありでご紹介します。
小説『花腐し』の主な登場人物
【栩谷】
恋人と死別し何となく生きているだけの男
【伊関】
立ち退きを栩谷から命じられるが怪しげなキノコ栽培をしていて動じない男
【祥子】
栩谷の恋人
小説『花腐し』のあらすじとネタバレ
共同経営していた友人に騙されて逃げられ、デザイン事務所の借金を背負うことになった栩谷(くたに)。
やるせない毎日のなかで記憶の中に浮かんでくるのは、恋人との雨の日の思い出。「傘をさすのが本当にへたな人ね」と言っていた祥子のことでした。
祥子が死んでからもう10年以上たつのに、彼女のことが未練がましく記憶に残っている栩谷。
「あなたは傘の差し方もしらない人なのね」と言った祥子の言葉に、自分は見様見真似で人並みになろうと懸命にやって来たつもりで、結局傘の差し方も箸の持ち方も覚えずにこんな歳まで来てしまったのかも知れないと、栩谷は思います。
ある日、栩谷は新宿の消費者金融の社長・小坂という暴力団まがいのようなことをやっている老人から、借金を返す代わりにある仕事を頼まれました。
その仕事とは、小坂の所有している取り壊しの決まった古アパートで唯一立ち退かない男・伊関を立ち退かせること。
アパートの伊関の部屋をノックして、なんとか中へ入れてもらった栩谷。
伊関は部屋で変なキノコを育てており、奥の部屋では若い女が裸でベッドに寝ていました。
実は、伊関はマジックマッシュルームを育てており、それを使って若い女をいいようにしていたのです。
栩谷がその女を発見した時、マジックマッシュルームでバッドトリップ中。女の好きなようにさせている伊関に、栩谷は付き合い切れないと判断し、古アパートを出て新宿の夜の町を歩きます。
栩谷は風俗街で迷い、目についた小料理屋に飛び込みました。店で栩谷は忘れられない過去と恋人の祥子を思い出します。
祥子のアパートに入り浸るようになり、栩谷が「結婚」という言葉を何回か持ち出してもそれを冗談に紛らわしてしまうのは祥子の方でした。
そんな関係のなかで行きずりの情事がないわけでもなく、あやふやな関係をつづけているうちに、2人の関係は腐り始め、祥子は死んでしまい、自分はとうとう‟どん詰まり”まで来てしまった……。
祥子を失って以来付き纏う喪失感に、栩谷は打ちのめされていました。
小説『花腐し』の感想と評価
死んだ恋人・祥子との雨の思い出をいつまでも引きずるように抱えている主人公・栩谷。その思い出は、彼を褒め称えるものではなく、むしろ「どうしようもない人」と栩谷を手のかかる男と言い切ったもので、とてもほろ苦いものでした。
それでも栩谷にとっては大切な思い出です。栩谷は雨が降ると必ずと言っていいほど祥子のことを思い出し、そんな自分は落ちるところまできたどうしようもないヤツと、自業自得の思いに陥りました。
そんな栩谷とふとしたことで知り合う伊関。こちらもまた立ち退きを強いられているアパートの一室で、マジックマッシュルームなどという不気味なキノコを栽培して、アスカという女性を虜にさせている怪しげな男です。
みな日の当たるまともな世界を謳歌しているとはとても言えない人々ばかりなのです。
栩谷の日常生活と思い出とが交互に書き表されますが、どちらもとても陰気なグレイのイメージを持っています。最初から最後まで、どしゃ降りの雨にくすぶる栩谷の心情を書き表した作品と言えます。
祥子を失ってからの自分の日常はどろどろと腐っていったのだと、栩谷は思いました。栩谷の感じる日常そのままが小説の世界となり、鬱屈した男の心の中を書き表す幻想的な物語を紡いでいます。
映画『花腐し』の見どころ
『火口のふたり』(2019)を手がけた荒井晴彦監督が、次はコレを撮りたいと意欲をみせた『花腐し』。
実はすでに別の監督たちもこの小説を映画にしたいと名乗り出ていたそうですが、結局は荒井監督が映画化することになったそうです。荒井監督のこの小説の感想は「難しいなあ……」。
小説に込められたテーマは、原作者松浦寿輝いわく‟黒々としたトンネル”です。
先の見えない真っ暗なトンネルの中で、もがき苦しみながら這いずり周る徒労感が、そのまま小説に反映されていました。
救いようのない心の闇を抱く、どん詰まり人生を歩む栩谷を演じるのは綾野剛。腐りきった自身の世界観をどう表現するのか、楽しみです。
映画『花腐し』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
松浦寿輝:『花腐し』講談社 (2020/7/15)
【監督】
荒井晴彦
【脚本】
荒井晴彦、中野太
【キャスト】
綾野剛、柄本佑、さとうほなみ
まとめ
芥川賞作家松浦寿輝の代表作作品『花腐し』をご紹介しました。
死んだ恋人・祥子の思い出を抱えながら生きている栩谷。未来に何の望みもなくただ生きているだけの毎日の中で、栩谷が見る幻影はやはり祥子でした。
作者は、流暢な文章で雨にけぶる景色に栩谷の屈折した感情を織り交ぜています。
孤独に生きる男の一人の女への愛が切々と伝わってこんな愛もあるのだなと思え、またその反面、過去に捉われて落ちていく栩谷に不甲斐なさを感じるかも知れません。
それぞれ個人の感想はあるでしょうが、人間の過去の思い出にスポットを当て、心の闇を幻想的に表した、ある意味美しい小説でした。
この小説を映画化した『花腐し』は、2023年11月10日(金)テアトル新宿ほか全国公開されます。