映画『愛のまなざしを』は男女の嫉妬と復讐と救済を描く
仲村トオル演じる精神科医の主人公と、杉野希妃演じる彼の元患者であった女性との愛憎劇を描いた映画『愛のまなざしを』。
亡き妻・薫への思いが断ちきれない医師・貴志に、綾子は薫への嫉妬心を燃やし、貴志への独占欲をふくらませていきます。
カンヌ国際映画祭でW受賞した『UNloved』や『接吻』の万田邦敏監督が、深い男女の嫉妬と復讐と救済を描き出しし、万田邦敏監督ならではの地獄図のような愛憎劇が展開する映画『愛のまなざしを』。
スリリングなストーリーをネタバレ解説交えてご紹介いたします。
映画『愛のまなざしを』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
万田邦敏
【脚本】
万田珠実、万田邦敏
【プロデューサー】
杉野希妃、飯田雅裕
【キャスト】
仲村トオル、杉野希妃、斎藤工、中村ゆり、藤原大祐、万田祐介、松林うらら、ベンガル、森口瑤子、片桐はいり、藤野詩音
【作品概要】
『UN loved』(2001)『接吻』(2007)の万田邦敏監督が、亡き妻への思いを捨てきれない男と、その男に恋をする女が織りなすダークな恋愛模様を描き出した『愛のまなざしを』。
精神科医・貴志を演じたのは、万田邦敏監督作品連続出演の仲村トオル。監督・プロデューサーとしても精力的に活動する杉野希妃が、貴志からの愛を渇望する綾子を演じます。
貴志の義理の弟・内山茂役には、役者、監督、プロデューサーなど、幅広く活躍する斎藤工。映画やドラマ・舞台で評価の高い中村ゆりが貴志の妻を演じます。
貴志の息子・祐樹役には、オーディションを勝ち抜いて、本作が映画デビューとなったルーキー藤原大祐が抜擢。その他、片桐はいり、ベンガル、森口瑤子など、ベテラン陣が脇を固めます。
映画『愛のまなざしを』のあらすじとネタバレ
精神科医の滝沢貴志が経営する滝沢クリニックは繁盛しています。
ある日クリニックに、男性につれられて一人の女性が来ました。「この人病気だと思うから看て欲しい」と男性はその女性を指します。
貴志は男性を待合室で待たせ、女性に症状を話すように促しました。
「なんだかいつも不安でしようがない。自分の居場所がないと思える」女性は淡々と語り始めました。付き添ってきた後藤という男性ともうまくいかず、彼が怖いとも言います。
貴志は女性に頼まれて、後藤に女性が迷惑していると、伝えることになりました。
その後、貴志の携帯に息子の祐樹から電話が入りました。三者面談の日程を決めて欲しいと言うのです。
貴志は妻の薫を亡くし、家に薫の両親が来て仕事で忙しい貴志に成り代わって、祐樹の面倒をみていました。
それから2日後、後藤に連れられてきた女性・水野綾子が診察にやって来ました。
症状は快方に向かっているので、もう通院の必要はないでしょうと言う貴志に、綾子は「やめないでください」と言いました。
綾子はいきなり「今まで黙っていたけれど、ずっと死にたいという思いが消えないんです」と語り始めます。
10歳の時に交通事故で亡くした両親のこと、叔父の家に引き取られたけれども、邪魔者扱いされて、唯一の味方だった母方の祖母が死んでしまったことなど、次々と話し出します。
涙を流しながら話す綾子に、貴志は「もう少し診察を続けましょう」と言いました。
遅くまで診察室に残る貴志を心配して、事務員が声をかけました。もうすぐ帰ると言った貴志の耳に、「まだ気にしているの? 私の遺体の前で、もう誰も愛さないと誓ったことを」と、またしても亡き妻の声がしました。
その頃、綾子をクリニックに連れて行った後藤が、綾子のマンションを訪れていました。
玄関先で「もう来ないでください」という綾子。「先生から話を聞いたのですが、君の口から本当のことを聞きたい」という後藤に、もう来ないでとドア越しに声をかけてドアをしめました。
貴志は患者の診察の合間に薬を飲んでいます。また亡き薫との幻の会話が始まりました。
そこへ、綾子がやって来ました。綾子は「先生も誰か大切な人を亡くしたのですか? 私先生のお役にたてませんか」と尋ねます。
貴志は、6年前に病気で妻を亡くしたこと、妻を今でも愛していることを話します。
「私たち同じ傷をもっていたのですね」と、抱きつこうとする綾子を、貴志は「君はボクの患者だから、ダメだ。もう帰りなさい」と、帰しました。
それから1カ月後、診察に来た綾子に、良くなったから治療を終わりに出来そうだという貴志。うなずく綾子は、「私は良くなったので、先生の患者じゃなくなりました」と言います。
その夜、診察室を訪れた綾子と貴志は一線をこえてしまいます。
一方、貴志の息子祐樹は、不在がちな父への憤りを胸に秘めながら毎日を過ごしていました。
久しぶりに祐樹が待つ家に帰った貴志は、義理の父に「結婚を前提につき合っている人がいます」と綾子のことを打ち明けました。
貴志は祐樹にも話しますが、祐樹の反応は「なにそれ、勝手にしろよ。でていけよ」と、冷たいものでした。
貴志はその足で綾子のマンションへ向かいます。貴志の様子を見て、自分のことを反対されたと悟った綾子は、自分を悲観します。
綾子を慰めて、育ての親だという伯父に挨拶に行こうと言う貴志に、綾子は伯父からもその息子からも性的虐待を受けていたから、もう一生会うつもりはないと、告白しました。
あなたにふさわしくないと言う綾子を抱きしめ、貴志は「僕がずっと君を守る」と言います。
「嬉しい。ずっと一緒にいてくれるのね」綾子は貴志に抱きつきました。
映画『愛のまなざしを』の感想と評価
愛に枯渇する綾子
本作『愛のまなざしを』の冒頭には、「その手はいつも私の肩にふれていた わたしは常に感じていたのだ 愛のまなざしを」という文字が浮かび上がって来ます。
優しさに満ち溢れた愛の言葉と思いきや、その内容はとんでもなくどろどろした愛憎劇であり、見事なサスペンスとなっていました。
まず、嫉妬。自分を治療してくれた精神科医の貴志に恋をした綾子は、貴志が6年前に亡くなった妻の薫を今でも愛していることを知り、嫉妬します。
しかし、嫉妬をしてもライバルはもうこの世にいません。なんとか貴志を振り向かせようと、綾子はあの手この手の嘘を使うのですが、貴志の気持ちを完全に独占することができなかったのです。
次に、待ち構えていたのは、復讐。綾子は、貴志の心を掴みきれないため、貴志を苦しめることを思いつきます。
貴志の妻・薫を慕い、薫を治療できなかった貴志を信用していない薫の弟である茂に近づき、一緒に貴志に復讐しようと、計画をもちかけます。
「あなたが私を自分のものにしたと知ったら、貴志さん、さぞ苦しむでしょうね」「あんたって怖い人だ」
色仕掛けでせまる綾子に対し、茂は冷静に対処します。嘘をついてまで相手の気を引こうなんていうのは許されないと、茂も綾子から距離を置きます。
貴志ばかりか茂を惑わすことも出来なかった綾子が哀れに思える場面ですが、いかに愛に飢えていたとしても、自分を偽っているのなら、本当に愛してもらうことは不可能と言えるでしょう。
ラストに用意された救済とは?
治療が上手く行かず、薫を自殺に追い込んだと思う貴志は、綾子からの薫の不倫話に惑わされ、困惑します。それでも薫を愛していると言う貴志に綾子の独占欲は大爆発。
綾子は「貴志が死ねば薫とあの世で再会するから、それは嫌だから、私が死ぬ。薫の呪縛から解いてあげる」と言い、包丁を腹に突き立て自殺しました。
これが物語のラストに用意された事実です。死んで決着がつくはずもない愛憎劇ですが、ライバルがこの世にいない綾子にとっては最善の方法だったのでしょう。
ここで気になるのは冒頭の言葉です。
貴志の肩に手を添えるのは、薫と思われます。貴志は精神安定剤らしい薬を飲んでは、薫の幻と会話をしていました。いつも薫の眼差しを感じていたと言えます。
死んでも貴志を支えていた薫から貴志を奪うことができなかった綾子ですが、ラストで見せる綾子の笑顔は、諦めにも似た満ち足りたものでした。
愛に飢え、自分を愛してくれる人を探し求めた綾子が貴志に取った救済措置は、自らの存在を消すことでした。
愛する人のためならば、死さえ怖くないという女心。強かな女性の凄みを感じさせる結末です。
まとめ
本作『愛のまなざしを』は、狂気の愛を描くのを得意とする万田監督が、脚本家万田珠実と『UN loved』『接吻』に続く、三度目のタッグを組んだ愛の三部作最終章です。
主演の仲村トオルは悩める貴志を熱演し、綾子を演じる杉野希妃は罪深い女の業を見事に表現しました。
さりげなく貴志に寄り添う死んだ薫役の中村ゆりの存在感にも圧倒され、綾子の誘惑にも捉われない純粋な青年茂を斎藤工が好演。
そして父との確執を隠せない難しい年ごろの祐樹を演じた、映画初デビューとなる新人藤原大祐のすがすがしい演技も、見どころの一つでした。
『愛のまなざしを』は、一人の男性をめぐる愛の葛藤、人間の性とエゴをあぶりだした作品と言えます。