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Entry 2021/03/19
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映画『ヘカテ』あらすじ感想評価と内容解説。ダニエル・シュミットの名作がデジタルリマスターで生誕80周年に鮮やかに蘇る!

  • Writer :
  • 滝澤令央

スイス映画界の名匠ダニエル・シュミット生誕80年記念

ダニエル・シュミット監督がベルナール・ジロドー主演でポール・モーランの小説を映画化した作品『ヘカテ』


⒞ 1982/2004 T&G FILM AG, Zeurich ⒞ 2020 FRENETIC FILMS AG.

ダニエル・シュミット監督作の日本初公開作品として知られる本作は、80年代日本で起こったミニシアターブームの先駆けとなりました。

シュミット監督は、ドイツ映画を源流とするスイス映画界において、ニュー・ジャーマン・シネマと並行しながら、多言語や多文化社会、そして現実と虚構の狭間を捉えてきました。

第二次世界大戦下のモロッコを舞台に、外交官の男が赴任先で出会った人妻に身も心も奪われていく様を描いた映画『ヘカテ』。

2021年、ダニエル・シュミット生誕80周年を記念して、デジタル・リマスター版が4月23日(金)東京 Bunkamuraル・シネマほか全国で順次公開されます。

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映画『ヘカテ』の作品情報


⒞ 1982/2004 T&G FILM AG, Zeurich ⒞ 2020 FRENETIC FILMS AG.

【公開】
1982年(フランス・スイス合作映画)

【原題】
Hecate

【監督】
ダニエル・シュミット

【キャスト】
ベルナール・ジロドー、ローレン・ハットン、ジャン・ブイーズ、ジャン=ピエール・カルフォン、ジュリエット・ブラシュ

【作品概要】
原作は、外交官であり、第二次大戦後の亡命先のスイスでココ・シャネルの伝記も執筆した、戦間期の文壇の寵児ポール・モーランが1954年に発表した小説「ヘカテとその犬たち」。

監督を務めたのは、ダニエル・シュミット。ドイツはベルリンにてテレビ映画製作に携わった後に『今宵かぎりは…』(1972)にて長編映画デビュー。ヴィム・ヴェンダース監督作『アメリカの友人』(1977)やライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作『リリー・マルレーン』(1981)に俳優として出演した後に本作を手がけました。

撮影監督は長編一作目からの付き合いであるレナート・ベルタ。『勝手に逃げろ/人生』(1979)においても撮影監督を務めており、ジャン・リュック・ゴダール監督ともゆかりのあるスイスを代表するシネマトグラファーです。

シュミットも盟友である R・W・ファスビンダーの『第三世代』(1979)『ローラ』(1981) ラウール・ヒメネスがプロダクション・デザインを務め、マルグリット・デュラスとのタッグで知られるカルロス・レッシオが音楽を手がけるなど、世界各国から一流スタッフが集結しました。

主演はベルナール・ジロドー。シュミット作品の主演俳優にしては、本作において非常に型破りな演技を見せており、ある意味、ジロドーのキャスティングから監督の柔軟さが伺えます。

主人公を魅了する運命の女を演じたのは、ローレン・ハットン。ナチュラルなセリフ回しによって、ジロドーとの見事なバランスを保たたせています。

その後のキャリアとしてポール・シュレイダー監督『アメリカン・ジゴロ』(80)など俳優としての活動のほか、『ヴォーグ』誌専属のモデルとしての活躍も有名で、2018年には史上最年長の73歳で同誌の表紙を飾るなど、今なお生涯現役のレジェンド・モデルとして活躍を続けています。

映画『ヘカテ』のあらすじ


⒞ 1982/2004 T&G FILM AG, Zeurich ⒞ 2020 FRENETIC FILMS AG.

1930年代の北アフリカ。新たに着任した地で退屈を感じていた若きフランス領時官のジュリアン・ロシェルは、夫がシベリアに赴任中であるという人妻のクロチルドと出会います。

彼女と時間を過ごしていくうちに、ジュリアンは彼女の全てを知りたいと渇望するようになりました。

掴めぬ彼女に魅了されていくうちに、ジュリアンはやがて、外交官としての仕事を失ってしまいます。

求めても手に入らないクロチルド。彼の胸は激しい嫉妬に焦がされていきました。

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映画『ヘカテ』の感想と評価


⒞ 1982/2004 T&G FILM AG, Zeurich ⒞ 2020 FRENETIC FILMS AG.

男を滅ぼすファム・ファタール

映画『ヘカテ』は、女が男を翻弄し身を滅ぼさせるファム・ファタールが登場する作品

フランス語で「宿命の(致命的な)女」を意味し、絵画や文学作品において、恋心を寄せた男を運命が破滅させるために遣わしたかのような女を描きます。

しかしファム・ファタールは、故意に男を破滅させるのではなく、彼女の魅力が、無邪気に男を破滅させる純粋さを持っていると言えます。

本作に登場するクロチルド演じるローレンハットンは、ファム・ファタールを演じていますが、彼女の無邪気さ、純粋さは佇まいから表出するものでした。

ファッションモデルとして活躍している彼女にとって、身なりは重要な表現のひとつです。

画面に初めて登場した時、風になびく髪をかき上げる彼女の姿が、非常に印象的です。それは、そよぐ風が人工的に演出されたものであることもさることながら、腕から覗く彼女の脇毛が目を引くからでしょう。

こと21世紀現在においても処理しない女性の体毛について批判的な声がありますが、体毛をそらないことで純粋さ、自然さを表すというのは、ファム・ファタールを演じるうえで挑戦的であり、それが意図的なものでなかったとしても、無邪気な女性の確かさがありました。

また彼女に翻弄されるジュリアンが、外交官としての仕事はおろそかになり、世界情勢すら彼女を前にどうでもよくなるなるほど、身を滅ぼしていく展開は王道的でありながら、支配欲を満たさんとするジュリアンに対し、「ありのままのすがた」を見せようとしないクロチルドの受動的な様子が興味深い点として挙げられます。

それは彼女には「ありのままのすがた」など存在しないことを意味しています。

「いったい君は何者なんだ」というジュリアンの質問に対し、「男にとって望む女である」と答える彼女。やがて彼は、その答えから自分自身が投影したい姿を彼女に重ねているだけだと気付いていきます。

恋愛とは、相手の目から見える世界の中に互いのすがたを見出すことであるのだとしたら、彼はクロチルドから見える世界を見ようとしなかった。自分の中に見えるクロチルドの世界だけに心酔していたからです。

あの夜の浜辺で、身悶えするほどに欲した彼女の世界を、手に入れることは叶いませんでした。

やがて出世したジュリアンが向かった先は、シベリア。そこ彼は、かつてクロチルドと婚約していた男が自分と同じようにクロチルドという病に蝕まれ、やがて破滅を迎えていたことを知ります。

彼女は、男にとっても望む女の姿を映す鏡だったのでしょう。

ジュリアンが初めてクロチルドと出会ったパーティで、ジュリアンは白いスーツを、彼女は白いドレスに身を包んでいました。

そして黒いジャケットを纏ったジュリアンが、ベルリンでクロチルドと再会した時、彼女が来ていたのは黒いドレス。このミラーリングが彼女のすがたは彼の中にしか存在しないということを視覚効果で物語っていたのです。

彼女を通して見えた理想の女性とは、自分自身の中に存在する幻想でしかありませんでした。

本作をはじめとしたファム・ファタールのジャンルが誤解されがちなのは、男を手玉に取る女の狡猾さを描いているわけではないということです。

男は「宿命の女」を前に勝手に自滅していくひとり相撲を演じ、其の実残されたのは純粋さを放つ女性のすがただけなのです。

振れ合い重なる平衡関係

ウィリアム・ブレイクの絵画《ヘカテー(1795)》テート・ブリテン所蔵

タイトルの『ヘカテ』とは、ギリシャ神話の魔術と冥府の女神の名に由来しています。

魔術の支配者であるヘカテは、狂気や死を司る女神で、劇中でも語られている通り、ジュリアンが自身を破滅へと導く(と思い込んでいる)クロチルドのすがたと重なります。

また冥府神とは、夜と暗闇、浄化と贖罪を司るもので、それらに着想を得た本作も夜のシーンが、象徴的な光と闇の平衡を描いています。

バランスを取り合う2つの事象は、シュミット作品では定番のモチーフとなっており、冒頭の船は、陸と海が触れ合う狭間に位置するものの象徴。画面の細部まで徹底された風景のコントラストは宗教画のような美しさを放っています。

そして本作のディフォルメされたドラマは、東洋と西洋とが交わる様子をモチーフとしています。それは、本作がスイス映画であることと大きく関係しています。

スイス語が存在しないスイスにとって、国産映画は常に多言語が並存する社会を描いています。

産業として小規模なスイス映画は、多言語や多文化を用いているため、国際主義の歴史を重ねてきました。

スイス映画は多言語性において世界から高い評価を受けており、スイス方言のドイツ語映画製作に端を発した、海外映画輸入における字幕や吹替の歴史とも深い縁があります。

そしてスイス映画が自身に求めたアイデンティティのひとつとして、国内外に存在する方言が混在するなどといった言語、文化、政治の多様性を見出したことが大きな要因でしょう。

これは、スイスという国が、フランス語圏とドイツ語圏で分裂しないよう考えられたものです。

本作の主人公ジュリアンは、フランス領事としてアメリカ人の人妻と出会います。ふたりを引き合わせたのは、戦争という当時の国際情勢でしたが、やがて彼女に心酔していくうちに彼は一度、自身を取り巻く世界を見失ってしまいます。

当時の北アフリカで暮らす将校も、鎖につながれた奴隷も、貧困にあえぐ子供も確かにそこにいたのに、その全てを彼は拒んでいきます。ただひたすらにクロチルドを欲するあまり、世界を拒み続けてしまうのです。

『ヘカテ』は、フランス語、イタリア語、ドイツ語、英語と様々な言語が飛び交い、多文化が交じり合うことで生まれる齟齬を、ジュリアンとクロチルドの関係性に集約させて描いていました

まとめ


⒞ 1982/2004 T&G FILM AG, Zeurich ⒞ 2020 FRENETIC FILMS AG.

大勢のスタッフが関わっている映画作品を一人の作家に集約させて語ることは、あまり好ましくありませんが、本作は、主演俳優以上に作品を司る監督の強い作家性を感じさせます。

ラブシーンを演じるベルナール・ジロドーとローレン・ハットンというキャスティングには、別の選択肢もあったかもしれません。しかしそれぞれに主張する俳優の強い個性すら、シュミット作品はコントロールし、その輝きを自分色に染め上げてしまいます。

それは、きっちりと制御の手が届く世界で、ニュートラルな作品作りを心掛けているからでしょう。

シュミット監督は世界にコントロールされる側の俳優として、ヴェンダースやファスビンダー作品に出演したことで、自身の持ち味を本作で改めて発揮することが出来たのだと思わせます。

キャリア中期にシュミット監督が堪能できる一作です。

映画『ヘカテ』はデジタルリマスター版として、2021年4月23日㈮より渋谷 Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開!

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