映画『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』は、2018年11月17日(土)に公開されました。
突然死んだ夫が幽霊となり妻を見守る話…かと思いきや想定外の方向に進みます。
美しい映像と音楽で語られる、時間と記憶にまつわる壮大な物語。
他に類を見ない幽霊映画映画『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』について解説していきます。
CONTENTS
映画『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
A Ghost Story
【監督】
デヴィッド・ロウリー
【キャスト】
ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラ、ウィル・オールダム、リズ・フランケ、ロブ・ザブレッキー
【作品概要】
『ムーンライト』『レディバード』『アンダー・ザ・シルバーレイク』など独特な意欲作を作り続けている会社、A24の中でも特異な作品『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』。
演出を務めたのは『セインツ 約束の果て』や『ピートと秘密の友達』のデヴィッド・ロウリー監督で、1組の夫婦の愛の物語を幽霊からの視線から描き、壮大な時間の経過を軸に見せる作品です。
主人公のCを演じるのは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞したケイシー・アフレック。妻Mは『キャロル』でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したルーニー・マーラが演じています。
『セインツ 約束の果て』の監督と主演2人が再タッグを組んだ注目作です。
映画『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』のあらすじとネタバレ
とある郊外の家に引っ越してきた夫婦、夫のCと妻のM。
Mは子供の頃引越しが多く、自分がそこにいた証としてメモ書きを残してから家をあとにしていたと語ります。
作曲の仕事をしているCのピアノが、ある夜突然音を立てました。
飛び起きた夫婦はピアノのある部屋を見に行きますが、そこには何があるわけでもなく、Cはおそらくピアノの上に何かが落ちたんだと言ってMを安心させます。
しかし以前から、その家ではたまに変な音がすることがありました。
ある日、Cは家の前で交通事故を起こし病院に搬送され、知らせを聞いたMが病院についた時には彼は帰らぬ人となっていました。
霊安室でCと対面し言葉もなく立ち尽くすM。
彼女はCの顔を眺めたあと、シーツを被せて部屋を出ていきます。
しばらくしてCはシーツをかぶった状態で起き上がり、病院の中をさまよいます。
Cの姿は周りから見えていません。
彼は幽霊になってしまったんです。
病院の廊下の向こうにまばゆい光が射していましたが、彼はそれを無視して家に戻ります。
Cが家の中で立ち尽くしていると、Mが家に戻ってきます。
MはCの存在には気づかず、1人でチョコパイを作り始め、ボウルいっぱいのパイを座り込んで黙々と食べ続けました。
しばらくして彼女はトイレに駆け込み嘔吐します。
Cはそんな彼女をずっと近くで見ていました。
Mは夫の死を忘れようとするかのように、仕事にも行き、家事もこなし、1人で平穏な生活をしようと努めていました。
2階から降りてきて出勤していくM。
Cがそれを見送っていると、その直後にまたMが降りてきて家を出ていきました。
時間の流れの感じ方が生きていた時と違うようで、Cは数日の出来事を数分で見ていました。
Mは新しい生活をしっかり送っていました。
Cが家の中をさまよい、ふと窓の外を見ると、向かいの家にも自分と同じようにシーツをかぶった幽霊がいることに気づきます。
2人はテレパシーのようなもので会話をします。
Cが「何をしているの?」と聞くと、向こうの幽霊は「待っているんだ」と答えます。
「誰を?」と聞くと相手は「わからない」と言いました。
ある日、Mが男と一緒に帰ってきました。
2人はいい雰囲気でしたが、男がMにキスをしようとすると彼女にやんわりと止められ、男は去って行きました。
ある日、Mは荷造りを始めます。
Cは彼女のそばでずっとそれを見ています。
Mは家の柱の隙間に何やらメモ書きを押し込むと、上からペンキを塗ってそれを隠し、家を出て行ってしまいました。
Cは彼女について行かず、家に残ります。
彼はMが残したメモを見ようと柱を引っ掻きますが中々ペンキは剥がれません。
しかし急に扉が開き、新しい家の住人が入ってきます。
ヒスパニック系の母子家庭で、スペイン語のためCには家族が何を話しているかさえわかりません。
しかし、子どもたちはどうやらCの存在を感知できるようで、ある夜とうとうCの姿を見た彼らは怯え出します。
母親に幽霊のことを話しますが、信じてくれません。
ある夜の食事中、物に触れるようになっていたCはポルターガイスト現象を起こし、恐怖に慄いた一家は家を出ていきました。
Cは柱のメモを取り出すのを再開しますが、今度はその家にパーティ好きの若者たちが入居してきます。
ある夜のパーティでそのうちの一人が語りだします。
「ベートーベンの第九は素晴らしい曲だから語り継がれている。だがしかしそのうち人類は滅びる。太陽系が崩壊し宇宙もいつか消える。」
彼は「だから全ての創造物には意味がない」と言います。
やがてその若者たちも家を出ていきます。
Cはまた一人、柱のペンキを削り続けていました。
しかし、突如、家が崩壊します。
クレーンで取り壊された家の残骸に立ち尽くすC。
隣の家も破壊されており、今まで窓越しに話していたもう一人の幽霊と対面します。
もう一人の幽霊は「もう来ないかも」と呟いた途端に消失し、シーツだけがそこに残っていました。
映画『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』の感想と評価
芸術的特性を活かした映像表現
本作に出てくるゴーストは子供が想像するような、一番オーソドックスな白いシーツを被った姿をしています。
そして画面は古典的なスタンダードサイズの1.33:1です。
セリフも極端に少ないので、まるで往年のサイレント映画のカラー版を見ているかのような気分になってきます。
悲しみの表現でも泣き叫んだりするわけではなく、黙々とパイをやけ食いすることで描いたりと、とても抑制された演出が続きます。
しかしただの幽霊ものではなく、何のジャンルか形容のできない話になっています。
とても静かな映画ですが内容は壮大です。
まさかのタイムスリップ描写に時の流れの繰り返しまで描かれ、たった92分で大河ドラマを見たかのような印象です。
“時間を自由に伸縮できる芸術”という、映画の特性が存分に活かされています。
特に、時間の制約がなくなった死者の見る世界というのを表現しているのが本作のユニークなところです。
「時は金なり」なんて諺があるくらい時間は大事ですが、それは生者の感覚。
Mへの未練でさまよい続けるCは、何百年と同じように存在し続けています。
未来を超え、さらに過去に戻り、また時間が繰り返されて過去の自分を見るようになってもこの世に残り続けるC。
偉大な漫画家である手塚治虫の代表作『火の鳥 未来編』(COMの1967年12月号〜1968年9月号)を想起するような気の遠くなる話ですが、あくまで彼の根底に有るのは「愛した女性への思い」です。
彼の執着はM本人へではなく、彼女と過ごした日々の思い出へと変わっていきます。
その証拠にCは、新たな相手を見つけたMが家を出て行っても、彼女にはついて行かず家に留まりました。
自分のことを忘れようとしているM本人よりも、彼女との思い出の家を守り、そして彼女が残したメモを見ようと必死なC。
そして彼は家が壊されても現世に残ります。
メモとは存在の証
向かいの家のゴーストは「もう(待っていた誰かは)戻ってこない」と悟って成仏したのに、何故Cは現世に残ったのか。
パーティを開いていた男の「人類はいずれ滅びるのだから創作物に意味はない」という発言がここで効いてきます。
人類がいなくなってしまうなら表現は意味がない、例えかのベートーヴェン作曲の「第九」でさえも。
それを言うなら音楽を作っていたCの人生や、Mの人生、2人が一緒に過ごした日々も、そしてMが思い出の家に残したメモにも意味はないことになってしまいます。
Cはその話を聞いたこともあって、意地でもこの世に居続けたんではないでしょうか。
開拓時代に彼が見た家族も無残に死んでしまいますが、その家族の娘もこの世にいた証のように何かを書いた紙を残します。
そこで彼は人間の営みは無意味に見えても意味があると気づくんです。
そしてCは最後の最後にMのメモを見ることができました。
何が書いてあるかはわかりませんが、内容は重要ではありません。
自分を愛してくれていた人間が、存在の証を残してくれた。
自分の人生は無意味ではなかった。
それを確認できただけでもう彼に思い残すことはなかったのでしょう。
実際、ローリー監督はメモに何を書くかはM役のルーニー・マーラに任せていた上に、マーラ本人も何を書いたか覚えていないそうです。
「メモが有ったことが重要で中身は関係ない」。
これは人間も同じで、どんな人生だったとしても「この世に生きていたこと」に意味があるということです。
ちなみに劇中で引用される「第九」のパートは有名な「歓喜の歌」という詩にベートーヴェンが感動して音楽をつけた物です。
「歓喜の歌」はシラーというドイツの詩人が1786年に親友との友情に感動して書いたもので、その一節に下記のような言葉があります。
地球上にたったひとりでも、同じ心を分かち合える人間がいる者は歓喜せよ
そのような存在を見つけられなかった者はこの輪から涙ながらに出て行くが良い
劇中で2人出てくるゴーストのうち、隣の家にいたゴーストは「もう心を分かち合える存在がいない」ことを悟って諦めたように成仏しますが、CはMと一緒に生きていたことの証を確認し満足して成仏します。
主人公が生きていたのは映画の冒頭10分だけですが、これは生命賛歌、人間賛歌がテーマの作品です。
まとめ
静かながらも深い感動を与えてくれる本作『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』。
本記事の解説以外にも、いろいろな解釈ができるように作られています。
余白が多い分、こちらが能動的に見ていくのが楽しい作品です。
死というものは普段意識していなくてもいずれ絶対に人間に訪れるもの。
自分は死んだらどうなるのか、幽霊になるならどうしていたいか、死んでしまったあの人は今どうしているのか、そんなことに思いを馳せたくなる映画です。