『花束みたいな恋をした』(2021)の脚本家・坂元裕二が『ラストマイル』(2024)の塚原あゆ子監督と初タッグ
結婚して15年になるカンナは、ある日事故で夫の駈を亡くしてしまいます。しかし、駈とカンナはずっと前から倦怠期で不仲な状態でした。
駈を亡くし、新たな生活を歩もうとした矢先、初めて駈に出会った15年前にタイムスリップしています。
最初は困惑していたカンナでしたが、タイムスリップできることが分かったカンナは運命を変えようと奮闘します。はたして、運命を変えることはできるのでしょうか。
『花束みたいな恋をした』(2021)で、学生から社会人へと移り変わる若者の恋愛のリアルを描き出した脚本家・坂元裕二が、夫婦をテーマに描いた映画『ファーストキス 1ST KISS』。
監督を務めたのは、『ラストマイル』(2024)、『わたしの幸せな結婚』(2023)の塚原あゆ子。
ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021)、『カルテット』(2017)で坂元裕二の作品に出演する松たか子と、『夜明けのすべて』(2024)の松村北斗が共演し、夫婦役を務めました。
CONTENTS
映画『ファーストキス 1ST KISS』の作品情報
(C)2025「1ST KISS」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【監督】
塚原あゆ子
【脚本】
坂元裕二
【キャスト】
松たか子、松村北斗、吉岡里帆、森七菜、YOU、竹原ピストル、松田大輔、和田雅成、鈴木慶一、神野三鈴、リリー・フランキー
【作品概要】
『花束みたいな恋をした』(2021)、『怪物』(2023)の脚本家・坂元裕二が『ラストマイル』(2024)、『わたしの幸せな結婚』(2023)の塚原あゆ子とタッグ。
『ラストレター』(2020)の松たか子、『夜明けのすべて』(2024)の松村北斗が夫婦役を務め、他の出演者には『ハケンアニメ!』(2022)の吉岡里帆、『君は放課後インソムニア』(2023)の森七菜など。
映画『ファーストキス 1ST KISS』のあらすじとネタバレ
(C)2025「1ST KISS」製作委員会
結婚して15年になるカンナと駈。しかし、ずっと前から夫婦関係は冷え切り、会話もなくなっていました。離婚届を書き、駈が仕事終わりに提出する予定だったその日、駈は事故によって亡くなります。
駈は、ホームから落下したベビーカーの中の赤ちゃんを救うためにホームに降り、赤ちゃんを救うことはできましたが、駈は電車に轢かれてしまったのです。
英雄だと言われても、家族より他人を選んだと駈に複雑な思いを抱きながらも、月日は過ぎていきました。駈のいない世界でカンナは舞台芸術の仕事をする日々を送っていました。
ある日、3年越しの餃子が届き、カンナはそれを楽しみにしていましたが、うっかり餃子を焦がしてしまった上に、仕事の呼び出しを受けます。
首都高に乗って仕事場に向かうカンナでしたが、トンネルに入ったところで事故に遭い、気づくと首都高ではない違う場所に辿り着いていました。
しかも、真冬であったはずなのに何故か真夏になっています。気温の高さに動揺するカンナを小学生の2人組が「夏休みの宿題をしています」と言って声をかけます。動揺しているカンナの様子に小学生は「変なおばさん」と言います。
何が起こっているのか分からないままカンナが彷徨っていると、そこは15年前初めて駈と会った場所であることに気づきます。そこに現れたのは15年前、カンナと出会う以前の駈でした。
「生きている…」と呆然とするカンナは逃げるように車に乗り込み、トンネルに戻っていくと、首都高を走っていることに気づきます。
職場に向かったカンナは同僚の世木杏里に話すと、「現在も未来も同時に存在しているのかも。私の中学生の頃書いた小説のネタです」と言われます。そして首都高で事故があったことを知ります。
15年前の駈に会ったことで懐かしさと嬉しさを感じたカンナは、もしかしたらもう一度会えるかもしれないと首都高に向かいます。するとまたしても15年前に戻っていました。
カンナが駈の前できちんとした格好でいようとホテルで買ったかき氷のTシャツは、駈に突っ込まれてしまいます。忘れていた駈への思いと恋しさに、カンナはタイムトラベルを繰り返すようになります。
そんなカンナの様子に杏里は「恋だね」と言い当てます。そして「自分から声をかけるのではなく、声をかけてもらえるように仕向ける」というアドバイスを聞き、お洒落をして駈の気を引こうとします。
しかし、なかなか上手くいかず、不審がられたり、絵をじっと見ていると勘違いされたりしてしまいます。それでも駈と話せば、出会った頃のように打ち解けて話すことができることに嬉しさを感じています。
ある時、何気なくとうもろこしはむいてからではなく、皮ごとが美味しくなるコツだと話します。すると現在に戻った時に2人で撮ったキャンプの写真のとうもろこしがむいてあったはずなのに、皮ごとに変わっていることに気づきます。
運命を変えることができる!と気づいたカンナは、駈の死に結びつく行動を変えて、何とかして駈が死なない未来に変えようと奮闘します。
映画『ファーストキス 1ST KISS』の感想と評価
(C)2025「1ST KISS」製作委員会
『花束みたいな恋をした』(2021)へのアンサー
趣味など共通点の多い2人が運命的な出会いによって恋に落ちるも、その恋に終わりがあることを描いた『花束みたいな恋をした』(2021)。
『花束みたいな恋をした』に描かれた、学生から社会人へと移り変わる若者の恋のリアルさは、大きな反響を呼びました。
『ファーストキス 1ST KISS』では、柿の種とピーナッツの台詞にあるように、違う2人だからこそ上手くやっていけると駈とカンナは結婚します。
しかし、その違いが相手の嫌なところとして映るようになり、互いに指摘し合うようになってしまいます。
その積み重ねがすれ違いを生み、とうとう同じ家に住んでいても会話もしなくなり、“無”になってしまう2人。
その姿は、すれ違いに気づかないふりをして結婚したらそうなっていたかもしれない『花束みたいな恋をした』の麦と絹の姿とも言えなくはないのでしょうか。
だからこそ、絹は麦との別れを選びました。本作における駈とカンナも別れを選びます。しかし、別れるはずだった2人は駈の死によって宙ぶらりんになってしまいます。
別れを決意した2人ですが、どこかに後悔もあったのではないでしょうか。
その後悔に気づかない、もしくは気づかないふりをしていたカンナは、タイムトラベルを繰り返し、駈が死なない未来に変えようと奮闘する中で、駈への諦められなさを実感していくのです。
その諦めなさは後悔ともいえます。生きていたらやり直せたかもしれない、別れたい訳ではなかった、夫婦として仲良くやっていきたかった……その思いがカンナを突き動かします。
しかし、いくらタイムトラベルを繰り返しても駈が死ぬという未来を変えることはできませんでした。
そんなカンナに、真実を知った15年前の駈は、「やり直したいのは君との結婚生活だ」と言います。
主人公がタイムトラベルを繰り返す『アバウト・タイム』(2013)においても、何度も繰り返しても直面できぬ問題があることを悟ります。
それが共に生きていくことでもあります。しかし、互いの努力によって関係性を壊さず共に生きていくことができる、互いのダメなところも許し合っていく、それは理想のようで真実とも言えます。
そしてそれは、終わりを選んだ絹と麦に対する別のアンサーとも言えるのではないでしょうか。
当たり前のようで、つい目を背けてしまう大切さを伝える本作の真っ直ぐさに、心を揺さぶられます。
切なくも愛おしい本作の魅力は、松たか子演じるカンナのキャラクターの存在感が大きいでしょう。
タイムトラベルしたカンナは15年前の駈に恋をします。しかし、15歳の年齢差があってもカンナに惹かれる駈の姿は、演じるキャラクターによってはリアリティがなかったり、チグハグな印象に見えてしまいます。
松たか子演じるカンナの絶妙なコミカルさとキュートさがあってこそ物語が成り立っているといえます。
しかし、悪くいえばそれは本作の強引さともいえます。タイムトラベルの設定がぼやけている上に、メッセージを伝えるための強引な展開ともとれる演出が目立ちます。
その一つが、吉岡里帆演じる天馬理津や森七菜演じる世木杏里の存在です。
そもそも、タイムトラベルを繰り返す描写に対して、カンナの現実パートの時間軸はかなり粗が多い印象は否めません。
天馬理津や世木杏里は、タイムトラベルをするカンナに合わせて示唆的な言葉を投げかける都合の良い存在でしかなく、その背景も描き込んでいるようには思えません。
また、物語の都合上必要だったとはいえ、駈が亡くなった事故についても、あまりにも都合の良い、リアリティのない事故になっている印象は否めません。
そのように駈とカンナの物語を成り立たせるために必然性を感じてないキャラクター配置、展開になっている強引さはありますが、映画の持つメッセージ性は胸を打つものであり、松たか子、松村北斗の説得力のある演技が観客を引き込みます。
まとめ
(C)2025「1ST KISS」製作委員会
脚本家・坂元裕二がおくる夫婦の映画『ファーストキス 1ST KISS』。
劇中、過去も未来も同時に存在しているといった仮説が語られますが、マルチバースとして見た場合、15年前の駈に会いに行ったカンナは存在するはずです。
しかし、最後に映し出されたカンナは駈の手紙で初めてタイムトラベルのことを知ったかのように描かれています。幸せな15年を送ったカンナと、15年前の駈に会いに行ったカンナは同一人物ではないと考えられます。
その考えで行くと、15年前のカンナにあっていない駈もいるはずです。タイムトラベルをカンナが繰り返すこと度に分岐し、それぞれの世界線の15年後ができていることになります。上書きしたり、やり直せばいいという話ではないのです。
そのようにタイムトラベル映画としてみると本作は整合のつかない部分もありますが、そのゆるさも含めて魅力とも言えます。
カンナ役の松たか子は、ありえない設定も出てくるので、キャラクターのエネルギッシュさでもって物語を引き込もうと意識したと言います。
最初は受け身であった駈役の松村北斗も次第に感情的になり、カンナへの想いが溢れていきます。実年齢においても差のある2人だからこそ、15年という歳月の説得力につながっていると言えます。
15年後の松村北斗の姿は、特殊メイクで歳を重ねた姿となっています。一方、15年前の松たか子も特殊メイクによって若々しい姿として描かれています。
SF映画として粗もありますが、松たか子と松村北斗の絶妙な化学反応が織りなすドラマに引き込まれ、胸が熱くなります。