映画『浮かぶ』は2023年2月3日(金)よりアップリンク吉祥寺にてレイトショー上映!
天狗の神隠し伝説が残る地に暮らす姉妹の物語を通じて、映画をはじめ芸術において常に存在する「見る」「見られる」の関係性が生む残酷を描いた映画『浮かぶ』。
初監督作『ひとひら』により多数の映画祭での受賞を果たした吉田奈津美監督の初長編作品であり、第22回TAMA NEW WAVEある視点部門、第15回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門に選出されました。
このたびの劇場公開を記念し、自らのオリジナル脚本のもと、本作を手がけられた吉田奈津美監督にインタビュー。
本作で「天狗の神隠し」という伝承、「見る」「見られる」の関係性を描こうと考えられた経緯、映画監督という「見る人」としての葛藤を向き合い続けたことで見えてきたものなど、貴重なお話を伺いました。
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伝承と現実の差を描くために
──本作は田中なつさん演じる主人公・結衣と、芋生悠さん演じる結衣の妹・佳世の姉妹を中心に物語が語られてゆきますが、その中で「天狗の神隠し」という伝承を扱われた一番の理由とは何だったのでしょうか。
吉田奈津美監督(以下、吉田):本作で「天狗の神隠し」という伝承をとり上げたのは、実際に天狗がいるか否かそのものではなく、その伝承を通じて「伝承と現実の差」のようなものを描きたかったためです。
全ての伝承、全ての時代に当てはまるわけではありませんが、その土地に暮らす人々にとって不都合な理由で誰かがいなくなった時にも、失踪という結果に対する建前の理由として「天狗の神隠し」という伝承が用いられていた時代があったことは否定できません。
そうした神聖な、不可侵な伝承として語られてきたものと、実際に起きていたであろう現実とのギャップを、物語を進めていく上での鍵にしたかったんです。
古くからのしきたり通りに人が集まり、伝承が語り継がれていく傍らで、進と佳世の関係が進み、その関係を結衣が目撃してしまうという、かつて伝承が覆い隠してきた現実とどこか根底でつながっている出来事が若い世代の中で起こる様を描いたのも、そうした理由に基づいています。
「見る」「見られる」の認識の食い違い
──天狗の神隠しという伝承を通じて「伝承と現実の差」を描く一方で、「見る」「見られる」の関係性が生み出す残酷や葛藤も描こうと思われた経緯も、改めてお教えいただけますでしょうか。
吉田:元々自分の周りには俳優さんやモデルさんなど「見られる」を仕事にしている友人・知人が多く、映画制作といった機会以外でもそういった方と会うことが多い環境で過ごしていました。
その中で、今現在の世の中全体に広まっている「『見られる』を仕事とする人々は、大衆の視線によって消費されている」という考え方に対して、少なからず違和感を抱くようになったんです。
個人の権利を守る動きの一つとして「大衆の視線による消費」という視点が認知されていくことは、決して悪いことではないです。ただ、「見られる」を仕事にしている方に対し「あなたは消費される対象だ」というレッテルを何も考えずに貼るのは、その方への押しつけにつながるのではと思うんです。
吉田:そして、次第に「大衆からの消費される」という視点だけで「見られる」という仕事を定義する言葉と、実際に「見られる」を仕事にしている方と交わす言葉、その中にある認識の食い違いを無視できなくなっていきました。
もちろん、「『見られる』を仕事とする人は、大衆に全く消費されてない」と否定したいわけでもないし、「『見られる』を仕事とする人自らやりたいと言うのであれば、何をしても、何をさせてもいい」という考え方を肯定したいわけでもないです。
そうした認識におけるバランスは非常に難しいし、何をもって「見られる」という仕事を定義すればいいのかと考えた時に、「見られる」と「見る」の間に生まれる関係性はとても複雑に絡み合っていて、一方向からでは簡単には語れないことなのだと改めて痛感したんです。
自身の視点が反映されている進
──ご自身が考え続けていた「見る」「見られる」というシンプルなようで非常に複雑な関係性を描くにあたって、吉田監督は結衣と佳世の姉妹、そして進をどのように描こうと考えられたのでしょうか。
吉田:確かにこれまで作られてきた映画でも、テーマとして「見る」「見られる」という関係性に注目した作品は多くあります。
今作では「見る」「見られる」の関係性の良い面・悪い面両方を描いた上で、その関係性を理解することの難しさを映画を通じて再考したいと思ったからこそ、『浮かぶ』を手がける上での私の視点は、諏訪珠理さんが演じてくれた進にずっとありました。
ただ、「見る人」としての自身の視点が反映されている進の心情は、脚本の執筆時にも書きやすかった一方で、「見られる人」としての佳世と結衣の心情は本当にゼロから作り上げたものなので、私も手探りの中で作っていった部分があります。
けれども、田中さんは「結衣の境遇と自分には重なる部分がある」と明かしてくれ、芋生さんも「映画を観る方に想像してもらいたい」という思いから作中ではあえて明確に描かなかった佳世の心情を、深く想像した上で理解してくれていました。
そんな二人と対話を重ね続けたからこそ、監督である自分から遠い人格を持つ結衣と佳世の姉妹を形作ることができたと感じています。
記録と物語、二つの大切な領域が重なる
──吉田監督が映画制作を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
吉田:ビデオ機能付きのデジカメが販売され始めた頃、当時幼かった私は旅行などの際に、デジカメで家族の姿をよく撮影させてもらっていたんです。そして成長しても「映像で記録する」という行為は、自分にとって大切なことであり続けました。
またカメラでの記録とは別に、物語を自分で考えることがずっと好きだったため、自分の大切な二つの領域が重なっている映画制作にその後行き着いたのは、必然的だったのかもしれません。
実は高校生ぐらいの頃、当時の友人に誘われてとある映画のエキストラに登録したことがあったんです。
エキストラに登録していると、次に撮影するシーンで必要な役に近い人を探すために、次回の撮影で撮るシーンの概要・必要なエキストラの性別や年齢などが書かれたメールが送られて来て。作品の進捗が少しだけうかがい知ることができました。そして、毎回通知を送ってくれる担当者の方の名前を見た時、初めて「映画は人の手によって作られている」と実感できたんです。それが、映画制作の世界に興味を持った最初のきっかけだと思います。
また、自分がエキストラとして出演した映画の監督さんの講演会に行った際、その方が語った「映画というものは多層的なものであり、それを役者さんと共有することによって、一つの世界を作り出す」という言葉も、私を映画制作の世界へと後押ししてくれたと感じています。
「見る人」「見られる人」がともに映画を作る
──映画『浮かぶ』の撮影そして完成を通じて、吉田監督の中で「見る」「見られる」の関係性における新たな気づきはありましたか。
吉田:自分の周りにいる見られることを仕事にしている方の姿と、世の中の「見られる」という仕事に対する認識の間にあるギャップに接し続ける中で、私は見られることを仕事にしている友人たちのことをカメラで撮れなくなってしまった時期がありました。
幼い頃からカメラで誰かを撮るのが好きだったけれど、自分はカメラで記録することで、被写体であるその人の価値を、自分の手元に残そうとしているんじゃないか。
普段はそんな彼らとフラットな関係で接しているつもりでも、心のどこかではそういう感情を持っていて、そのことに罪悪感を抱いているんじゃないか……誰かをカメラで撮れなくなった時、「自分はなぜ、撮れなくなったのか」の原因をとにかく分析しました。
そして完成したのが『浮かぶ』です。
吉田:『浮かぶ』では「見られる」を仕事とする俳優の皆さんと、見られることについて対話をしながら作品を作ることによって、「見られる人」の想いと改めて向き合え、私自身の「見る人」としての葛藤や罪悪感を見つめ直すことができました。
両者の関係性を全て理解できたわけではありませんが、「『見る人』と『見られる人』がともに映画を作る」ということの本当の意味には気づけたような気がします。
インタビュー/河合のび
撮影/藤咲千明
吉田奈津美監督プロフィール
1996年生まれ、千葉県出身。東京女子大学在学中に早稲田大学シネマプロダクションに所属。
早稲田大学理工学部にて是枝裕和らによる2017年度映像制作実習に参加し、講義内で映画『ひとひら』の企画・脚本・監督を務める。監督デビュー作となった同作は、The 5th Asia University Film Festivalにて審査員特別賞、第22回京都国際学生映画祭でも審査員特別賞(鈴木卓爾賞)を獲得した。
映画『ひとひら』をきっかけに、ベトナム・ダナンにて開かれた若手映画監督育成ワークショップ「AutumnMeeting」に参加。その際に行われたピッチングにて企画が最終選考にまで残った『浮かぶ』を自主映画として制作。本作は自身初の長編作品となった。
映画『浮かぶ』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
吉田奈津美
【キャスト】
田中なつ、芋生悠、諏訪珠理 他
【作品概要】
初監督作『ひとひら』によりThe 5th Asia University Film Festival審査員特別賞をはじめ、多数の映画祭での受賞を果たした吉田奈津美監督の初長編作品。本作は、第22回TAMA NEW WAVEある視点部門、第15回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門に選出された。
主人公の結衣役はデビュー作『アイスと雨音』(松居大悟監督)で注目を集め、本作が長編映画の初主演作となった田中なつ(本作の撮影当時の芸名は「田中怜子」)。
結衣の妹・佳世役を『ソワレ』(外山文治監督)や『ひらいて』(首藤凜監督)などで知られ、吉田監督のデビュー作『ひとひら』から続けての出演となった芋生悠、姉妹を見守る少年・進役を、本作が長編映画デビュー作となり、のちに『裸足で鳴らしてみせろ』(工藤梨穂監督)で初主演を務めた諏訪珠理が演じた。
映画『浮かぶ』のあらすじ
かつて、木々が鬱蒼と生い茂る大きな森に囲まれていた町。そこには古くから伝わる天狗の神隠し伝説があった。
主人公の結衣は、町に残る最後の林が伐採されることをきっかけに、11年前、神聖な森だったその林で年子の妹である佳世が神隠しにあっていたことを思い出す。
「あの日、佳世の隣には私もいたのに、自分は選んでもらえなかった」風に揺れる木々に誘われるかの様に、伐採前の林へと足を踏み入れていく結衣。
一方姉妹と幼馴染みの進は、そんな結衣の行動に苛立ちを見せるのだった。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。